完全アウェー
「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」・・・・・
「熱気がハンパねえな。ここロッカーなのにすげえ聞こえてくるよ」
「やっぱ韓国とアウェーで戦うのは嫌だな。なんせスタジアム中が『敵』なんだからよ」
試合開始前のロッカールーム。すでにボルテージが高まり切っているスタンドからの大声援に、菊瀬や小野寺をはじめ、日本の選手たちは気圧されつつあった。
そんな中で、櫻井は彼らしい間抜けたことを剣崎とともに談義していた。
「ね~、これって何言ってんだろ。俺『フーラミンゴ』って聞こえんだけど」
「そうか?韓国って日本が嫌いなんだろ。俺にゃ『ヘーボ日本』って聞こえるぜ」
「あ~、それアリだ。確かに聞こえる。ヤバいもうそうとしか聞こえねえ!」
「だろ?」
「いや、どうでもいいわそれ」
唖然としながら末守はツッコミを入れた。
「さてと。昨日も言った通り、今日に関してはコーチングや伝達の類は一切ないと考えなさい。こんな声援じゃまずまともに聞こえないでしょ」
選手を送り出す前に、叶宮監督は指示のおさらいをする。
「徹底することは『ボールを取られたらすぐに奪う』『ロストしたらまず味方を見る』『奪ったらとにかく前に動く』。FWの二人以外はそれを徹底なさい。そして剣崎と櫻井。あんたたちはボールをもらったら自分のタイミングで自由にシュートを打つことね。あとあえて言うとするなら・・・目の前を受け入れることよ」
全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる中、叶宮監督はつづけた。
「今日はアタシたちがボールを持った瞬間大ブーイング。審判は別の国の人間が捌くけど、もしかしたら判定もそれに流れるかもしれないわ。自分に対して理不尽な仕掛けがあったとしても、スポーツマン湿布を決して忘れないでね。『気持ちは熱く、思考は冷たく』ね」
だが一部選手を除き、イレブンはじめメンバーはみな緊張の表情を隠さない。
スタメン
GK1渡由紀夫
DF14真行寺誠司
DF20外村貴司
DF5小野寺英一
DF12灰村柊哉
MF3内海秀人
MF8菊瀬健太
MF13末守良和
MF10小宮榮秦
FW9剣崎龍一
FW11櫻井竜斗
近森と亀井がベンチ外となった中で、叶宮監督は中盤をダイヤモンド型にして内海をアンカー、小宮をトップ下に配置。あとは選手たちがどれだけ指示通りにプレーするかだったが、スタジアムに立った瞬間、ほとんどの選手の頭が真っ白になった。
「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!「テーハミンゴッ!!!」ドドンドドンドンっ!
普通国際大会で選手入場の際に流れているはずのアンセムが完全にかき消されている。国歌斉唱の際はさらにすさまじく、韓国の時には大合唱だったのが、日本の君が代が流れた瞬間大ブーイング。図太い神経の持ち主である剣崎も、さすがにこれにはのまれた。
「 」
埼スタの比じゃねえなこれ、と隣の真行寺にささやいたはずが、自分の声が自分ですら聞こえない。これは正直ヤバいと思った。
(何だよこれ・・・。こんなんでサッカーになんのかよ。隣同士の会話すら聞こえねえ)
何よりすごかったのは韓国の選手たちだった。
「ィヤァッ!!!」
ボールを持った瞬間、一発退場すれすれの強烈なスライディングをかましてくるし、ドリブルしているところをとも止めようとすれば強靭なフィジカルに返り討ちにされる。観客の声援も手ごわい。味方がボールを持てば拍手や声援を送り、逆に日本がボールを持とうものなら大ブーイング。本当に「12番目の選手」として機能していた。
「 」
(くそっ!指示がほとんど伝わらねえ)
「 」
(ユキオがなんか言ってっけど、うるさくてよく聞こえねえよちくしょう・・・)
その状況ではまともな守備ができるはずもない。ここの技術で何とか抵抗していたが、31分と37分、相手エースのノ・ミョンバクに立て続けにゴールを割られてしまう。さらに、韓国選手たちの強烈過ぎるスライディングに冷静さを失った末守がイエローカードをもらうなど、日本は完全に飲まれていた。
そんな状況下。
センターサークルで試合再開のためにボールをセットした剣崎の傍に小宮がにらみながらやってきた。
「あんだよ」
「さすがにこんだけ近かったら聞こえるか。狙え」
「んあ?」
「狙えつってんだよ。行けるだろお前なら」
「こっから?ゴールをか!」
小宮からの指示(というか命令)に、さすがの剣崎も驚いた。ただ、気は乗った。
「やったらどうなると思う?」
「ビビってんのか?」
「黙らせれるかってことだ」
「知るか。ただ、日本中からは総スカンじゃねえか」
そう最後に言葉を交わして、剣崎は小宮にいったん渡す。そして前に出て、振り返る。小宮は健太-サークル付近を少しうろついた後、剣崎の胸にボールを浮かせた。
「曲芸師かよ。この至近距離で胸にボール出せんのかよ」
小宮からそれを受け取った剣崎は、トラップでボールを浮かせたあと、左足を軸に反転して強烈なボレーシュートを放つ。距離にして50メートル以上あったが、弾丸ライナーがゴール目がけて飛んでいった。
「何考えてんだ」的な表情を二人以外の人間全員が浮かべたが、韓国のキーパー、アン・ドンヒョクはそれが枠に飛んできたことに直前に気づき手を伸ばす。だが、ボールはまるで剣崎の意思が乗り移ったかのように、ゴールマウスに吸い込まれていった。
スタジアムが初めて静かになった。
そして、レフェリーのホイッスルが初めてはっきり聞こえた。
こんなゴールは創作ならではですな




