ミドルシュート
『ぬあっ』
「うおぉっ!!」
イラクのサイドバックからのセンタリング。対してイラクのFWアブルドと日本のDF外村が競り合う。この日最初の空中戦。競り勝ったのは外村だった。先にボールに触れ、それを跳ね返し、セカンドボールを内海が拾ってクリアした。
「よしっ!ナイスだ外村!」
「よく競り勝ったぞお前」
やや興奮気味にキーパーの渡とセンターバックの小野寺から祝福を受ける外村。
「いやあよかったあ。ゆし、今日はこの調子であちらのエースをつぶしてみせっからな」
そう言って外村は笑顔を見せる。対してアブルドはショックを受けていた。
(クソ。なんてざまだよ。聞けば二部の選手らしいじゃねえか。そんなのが何で、オランダでプレーする俺にああも簡単に勝てるんだ?)
思ったよりもあっさりとやられてしまったことで、アブルドだけでなく、イラクの選手たち全員に戸惑いの色が見られる。事前の情報とまるで違う布陣と見慣れない選手。そしてその選手にあっさり自軍のエースがやられ、対日本戦の金科玉条だったロングボール戦術も出ばなをくじかれた。立ち上がりは完全に日本のペースだった。
「アタシの見立てじゃ、外村は必ずアブルドに勝つわ。でも勝つので精いっぱいだからクリアが雑になる。だからセカンドボールは、内海。あんたが命がけで拾いなさい。オリンピックに行きたかったらね」
(ミーティングで言ってた通り、トノはアブルドに勝てる。ならば俺がしっかりボールを拾ってやらねえと。亀井もこの大事な一戦に1ボランチ、アンカーとして重要な役割を任されてる。キャプテンの俺が仕事一つこなせないわけにはいかないからな)
キャプテンマークを巻く内海がセカンドボールをきっちり拾い続けることで、国際大会での経験が絶対的に少ない亀井と外村のプレーをさらに光らせた。叶宮監督の思惑通り、外村はアブルドとの空中戦にことごとく競り勝ち、数少ないカウンターのピンチは、亀井が持ち味の危機察知能力を発揮してその芽を確実に摘み取った。 その内海に刺激され、あるいは外村の活躍に危機感を持った小野寺も、気迫のこもったディフェンスを見せる。2トップの激しいプレスと3バックの奮闘でイラクは次第に攻撃の形を乱せなくなり、苦し紛れの横パスが増える。
そこに叶宮監督が張っていた、第二の網がからみとる。菊瀬、灰村の両サイドハーフだ。
「アンタたちは基本的にサイドに張り付いて相手のサイドの縦関係を分断させて。ハーフとバックの中間にポジションをとってね。その分走んなきゃいけないけど」
『くっ・・・出しどころが』
パスを受けたイラクの右サイドバックは、常に視界に入りこんで来る灰村にいらだつ。中央のボランチにパスを出そうとするとそこに剣崎か小宮がちらつく。
『どこに出せばいいんだ?これじゃあ戻すしか・・・』
そうぼやいてバックパスで味方に戻すが、それを八幡が掠め取った。
「よしっ!」
その瞬間、トップ下のポジションにいた剣崎が急加速。マークしていた相手選手を振り切る。
(なんて瞬発力だよ。とにかく頼むぜ、剣崎さん)
その動きを見ていた八幡はそのすごさに驚きながらパスを出す。強めのパスだったが、剣崎はぴたりとと足下に収める。トラップの技術はもはや玄人の域である。
(なんて成長率だよ。3年前はそれすらまともにできなかったのに)
ユース時代を知る矢神がそれに呆れる。剣崎がボールを受けたのはペナルティエリアからかなり離れた位置。キーパーから見て左30度とかなり鋭角な位置にポジションを取っていた。普通ならクロスを送るか、ドリブルで仕掛けるかする。だが、こいつは普通ではない。何のためらいもなく左足を振りぬいた。
『はあぁっ!?何でそんなとこから!?』
キーパーは剣崎の行動にあっけにとられ、飛んできたシュートに恐れおののいた。
剣崎が叶宮監督から受けた指示、そしてこの試合の攻撃手段は、なんともらしいといえばらしいが、荒唐無稽も甚だしいものだった。
「あんたの自己判断で、行けると思った瞬間に必ずシュートを打ちなさい。そして、誰でもいいからそれに反応なさい。こぼれ球を押し込むことがその他大勢の仕事よ」
剣崎のシュートはファーサイドのポストにぶち当たる。「やっぱりな」とイラク守備陣が安堵した瞬間、満面の嘲笑で小宮が落下点に真っ先に入り、それを押し込んだ。
「ククク。こんなめちゃくちゃな作戦思いつく監督初めてだぜ、なあ矢神よ」
「それに乗る俺たちも俺たちですけどね」
してやったりの表情を見せる小宮と、半ばあきれ気味の矢神がハイタッチ。その傍らで剣崎はあえぐのであった。
「クソッたれ!なんで俺はこうも点を取れねえんだよ畜生がっ!」
これで試合の体勢ばほぼ決まった。
後半は日本の一方的なペース。外村の奮闘で頼みの1トップがつぶされたことでイラクは攻撃パターンが激減。運動量の低下を補う叶宮監督の交代策もはまり、さらには剣崎がこのひ4本目のミドルシュートをようやくゴールの中に叩き込んで中押し。そして途中出場の近森のパスを矢神が押し込んでダメ押し。終わってみれば3-0の圧勝。余裕綽々の決勝トーナメント進出を決めた。
さらに二日後のネパール戦は、容赦のないゴールラッシュだった。
スタメン
GK16田代賢一
DF14真行寺誠司
DF5小野寺英一
DF20外村貴司
DF12灰村柊哉
MF6亀井智広
MF8八幡佑樹
MF2伊志嶺翔平
MF17末守良和
FW9剣崎龍一
FW15副島亮平
控え中心の戦力で臨んだ一戦で、格下相手に容赦なかった。
開始早々剣崎の落としを副島が蹴りこんで先制。その3分後にはインターセプトした亀井からのロングパスを受けた末守が、そのままバイタルエリアに切り込んでシュート。キーパーにはじかれたが反応していた剣崎が押し込み2点目。さらに前半終了間際には、コーナーキックのチャンスを剣崎がきっちりヘディングで叩き込んで3点目を奪う。後半も末守、副島、途中出場の櫻井がゴールを決めて6-0と圧勝。連覇の夢を近づける予選リーグ無失点と参加国最多の12得点の破壊力で1位通過を果たしたのだった。




