怪獣と王様がいない日
「いよいよ明日だな。あいつら」
野口はふと呟いた。
「まあ、そうだな」
竹内が答えた。
「てことは、ここには今『怪獣』はいないわけだ」
またも野口が言う。
「『王様』もな。まあそれは前からだけど」
そして竹内が答えた。
「あいつらのいない俺達。・・・サポーターはどう思うんだろうな」
「まあ普通のチームに見えんだろうな。お前も俊也も、力はあっても人間の延長線上にいるからな」
みたび野口の言葉に、今度は友成が手厳しく返す。
「人間の延長線上か。あんまり当たってるとはいいたくないな」
竹内は首をかしげて苦笑いした。
「だからこそ、我々の真の強さを思い知らせることができるのだ。我々は決してあの二人ありきのチームでないことを、Jリーグに思い知らせるのだ!」
満面の笑みで、バドマン監督は選手にそう声をかけて送り出した。
第23節 鹿島戦(H)
スタメン
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF7桐嶋和也
MF27久岡孝介
MF2猪口太一
MF28藤崎司
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
FW25野口拓斗
リザーブ
GK1天野大輔
DF18鶴岡智之
DF35毛利新太郎
MF4江川樹
MF17チョン・スンファン
FW11佐川健太郎
FW13須藤京一
ソンと関原の両サイドバックが、累積警告で出場停止。剣崎と小宮がアジア大会メンバー入りで欠場と、やや迫力を欠く中で絶好調竹内がスタメンに復帰した。ただ、バドマン監督が言ったように、今日の試合はアガーラ和歌山の本来の地力が試される一戦といっても過言ではない。
それだけに、今日の出場メンバーの気迫は、百戦錬磨の鹿島の選手たちを圧倒した。
「うおおっ!!」
気合い全開で左サイドをかけ上がる桐嶋。ここ最近影の薄い状態が続いているが、天翔杯でのゴールの勢いそのままに奔走。栗栖とのワンツーパスからアタッキングサードに進出。野口目掛けてクロスを放つ。
「せぃやっ!」
それを相手DFに競り勝って落とす野口。反応した竹内がボレーを放つ。冷静沈着な一撃がゴールに吸い込まれた。
この試合は完全に和歌山のものだった。躍動する竹内らに鹿島守備陣は防戦一方。前半は竹内の1点でしのいだものの、後半になってもオリンピック世代の勢いを止められない。よくよく考えれば、制約の影響で本来選ばれているはずの選手が大量にいて、揃い揃って負けず嫌いなのだ。「帰ってきたら場所がなくなっていた」と剣崎、小宮に言わしめたいと目の色を変えるのも無理はなかった。
「俺だってえっ」
右サイドを突破した三上からのクロスに、野口は完全フリーになってヘディングシュート。これはバーにはじかれたが、竹内に代わって途中出場した須藤がスライディングで押し込み追加点。守っては粘りと友成の奮闘によって完封。2-0とスコア以上の完勝を治め「和歌山って実は普通に強い」という印象をリーグ全体に植え付けたのであった。
その翌日・・・ところ変わって韓国・仁川。
ニッポンっ!ニッポンっ!ニッポンっ!ニッポンっ!
国歌の演奏が終わり、肩をくんで撮影をされている最中、スタジアムの一角を青くした日本代表サポーターが声援を贈る。
「ニッポン・・・か。正直まだ信じらんねえなあ、俺が日本代表ってことに」
そう言って剣崎はにやつく。隣で肩を組んでいる内海は「もうすぐ試合だぞ?浮かれるな」とたしなめつつも、自身も振り返るように語った。
「初めはみんなそんな感じさ。あの小宮だって、デビュー戦はガチガチだったんだぜ」
「マジかよ!意外だな・・・」
「ただ、その後の振る舞いで代表でいられるかがわかるな」
「その後?」
「浮かれたまま試合に入ってボロボロになるか、ホイッスルでスイッチ入って本領を出せるか。小宮は後者だった。・・・お前は」
そう言って挑発するように剣崎を見る。
剣崎はニヤリと笑い返した。
「試合が始まったら、俺はゴールしか考えられねえ。だから任せとけ!」
一方で、ベンチのコーチ陣は不安の色を隠せないでいた。それを尻目に、叶宮監督はベンチに座ってふんぞり返っている。
「クロちゃんどしたの?お腹でも痛いの?ずいぶん顔色悪いじゃない」
特にその色の濃い黒松コーチに、叶宮監督は茶化すように声をかけた。
「不安にもなりますよ。戦術らしい戦術はないに等しい、連携強化もほったらかし。第一全員集合が出国三日前ですよ!そんなバラバラな状態で勝てるわけないでしょ」
「何言ってんのよ。アジア程度、個人技のごり押しで勝てなきゃ世界なんて届かないわよ。ましてや中東ごとき、戦術うんぬんよりも個々の技術でなんとかできないようじゃ話になんないわよ」
「ですが!一部の選手に対してのあの言葉はないでしょ!このアジア大会は連覇がかかってるんですよ?余計なプレッシャーかけてどうするんですか」
「テヘペロ〜」
「テヘペロじゃなぁいっ!!」
黒松コーチが問題視したのは、試合前日のミーティングでのことだ。
そこでスタメンで起用された亀井と灰村は、全員の目の前で監督から強烈なエールを送られた。
「さてと亀ちゃんと灰ちゃん。あんたたちは明日スタメンなわけだけど、正直相当がんばってね。それこそマンオブザマッチになるぐらい。だってあんたら2人は『いようがいまいが変わらない』からね」
「・・・?」
「はいぃ?」
普段あまりしゃべらない灰村は眉をひそめて首を傾げ、亀井は間の抜けたような返事をする。そんな亀井に、叶宮はまるでリストラ社員の肩を叩く上司のようにささやいた。
「特にあんたは今回の制約がなかったら『呼ぶ必要のない』選手だったわけよ。ロシアの南條や和歌山の猪口のほかにも、今の日本にはボランチは腐るほど余ってんのよ?クラブの10番背負うなら、それなりの結果を見せてよね」
「は、はい・・・」
「灰村君も同じように。今回は双子の片割れ(浦和の真行寺壮馬)を呼べなかったからの消去法招集よ?所属してる鳥栖と同じようにスタメンを勝ち取らないと、あんたは二度と日の目見れないわよ」
「デビュー戦の新人にそう言うエールっすか」
「いい目ね。そのにらみを敵に利かせなさい」
「とてもじゃねえけどあんなこと言われちゃプレッシャーだよな。でも、だからってジェミルダートの評価まで落とすわけにはいかない!」
ピッチ上でそのやりとりを今一度思い出した亀井は、深呼吸を一つして前を向いた。
(剣崎にクロスを送ればなんとかなるんだよな。スエをかすませるぐらいしないとな)
同じように意気込む灰村。ホイッスルが鳴るや、この二人が特に躍動した。
アンカーを任された亀井は相手のトップ下にプレッシャーをかけつつ、近森を良くサポート。特に元々の聞き察知能力を最大限に生かし、積極果敢なスライディングでボールを奪う。
そしてそれを灰村、末守の左サイドが縦の連携を最大限に発揮して相手の右サイドを蹂躙。何度もドール前にクロスを送った。
それを剣崎はひっきりなしにシュートを打った。
「うげ!またバーかよ!」
自分でゴールをこじ開けることはなかったが、そのこぼれ球を櫻井と菊瀬が押し込み、叶宮ジャパンが試合の主導権を握った。
「何よあんたたちってこの程度なの?どうせならもっとボコッてきなさいよ。それができるメンツをそろえたんだから」
ハーフタイムにそんな無茶な一言だけを吐かれて放置された面々は、それでいてもう一度スイッチが入った。一番張り切っていたのは剣崎である。
「トシのやろうゴールなんか決めやがって・・・アガーラのエースは俺だってことを教えてやらねえとなっ!!」
小宮がパスを出すタイミングで剣崎は動き出し、クウェートの最終ラインはオフサイドを取ろうとする。だがそれはなく、逆にセルフジャッジしたことで動きが止まる。それはすなわち、剣崎に自由を与えたという事だった。
「くたばれっ!!」
渾身の一撃がゴールに向かって飛ぶ。キーパーは反応して手を伸ばすが、はじかれることなくゴールに吸い込まれる。逆にセーブを試みたキーパーが左手を抑え込んでひざまずく。剣崎のシュートの勢いに負け、手首を痛めてしまったのである。
『なんなんだあの9番のシュート。ボーリングの球が飛んできたみたいだ』
連覇のかかったアジア大会。日本代表は、これといった指示を受けることもなく、個人技だけでクウェートに3-0で快勝したのであった。




