確執勃発
充実の宮崎キャンプを打ち上げ、開幕までの残り1ヶ月を地元和歌山で調整するアガーラ和歌山。ちなみにキャンプの紅白戦の結果を踏まえた「仮スタメン」は次の通り。
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF10小宮榮秦
MF4江川樹
MF16竹内俊也
MF8栗栖将人
FW36矢神真也
FW9剣崎龍一
がらりと言うわけではないが、持ち味の攻撃力とそれを補う守備力とのバランスがとれているといえた。その手応えを感じつつ、2月9日に最初のプレシーズンマッチ。紀三井寺陸上競技場に昨年後半戦に大躍進を遂げた新潟を迎え撃った。
結果は1−4の惨敗だった。剣崎がロスタイムに一矢報いた以外は見せ場のない凡戦。特にバゼルビッチの奮闘がなければさらに失点を重ねていた。それ以上に目立ったのが小宮の独善的なパスワークだった。とにかく無茶なパスが多く、受け手とことごとく呼吸が合わず、特に後半から出場した桐嶋へのパスミスはいずれも失点の起因となった。それだけならまだいいが、周りの反感を買ったのが、試合後の小宮のコメントだった。
「パスミス?してないね。全部受け手が悪い。実際剣崎のゴールは俺のお陰だろ?もっと俺様のレベルにあわせてくれないと困るんだよ。特に後からしゃしゃり出た奴はな」
責任転嫁丸出しで、名前こそ出さないが露骨に桐嶋を批判。当然翌日のリカバリーの際、人づてに話を聞いた桐嶋と揉み合いになった。
それ以降も、小宮はことあるごとにチームメートに罵声を浴びせ、批難した。
「今さらスランプ?だったらこの先使い物にならねえな」
「切り替え遅えんだよ。亀の方がまだ動けてる」
「あいつ一体何がしたいの?攻守両面で貢献できるのは才能ある人間しかできねえんだよ」
傷口に塩を塗り込んだり、出そうな芽を踏み潰したりするような発言は、当然チーム内で軋轢を生み、悪い意味でピリピリとした空気が練習場を包む。はじめはたしなめいたチョンや竹内も、次第に暖簾に腕押しと声をかけることが減った。
「ちっくしょう。あいつ一体何なんだよっ!!」
とある日の練習後。苛立ちが収まらない桐嶋は、サイダーを飲み干した空き缶をゴミ箱の中に叩き込んだ。あの日以来、桐嶋と小宮の確執は深まる一方だった。加えて罵声の標的になっている野口ら「反小宮」とも言える勢力が出来つつあった。
「確かに、新潟戦の言い方はないよな。剣崎のゴールもたまたまだろ」
「あいつ何考えてんだろうな。『俺様を理解しろ』って…。何様なんだよな」
「練習でも何かと突っかかってきますから…やりにくいっすよね」
こうした反小宮組は、練習後にたむろして小宮に対する愚痴をこぼすのが日課になりつつある。ただ、大概の締めくくりはこうだった。
「…でもあいつの姿勢はすげえよな。そこはプロとして尊敬するよ」
言動や態度で敵を作る小宮ではあるが、プロとしての姿勢は多くの選手に刺激を与えていた。コンディション調整への神経の配り方は、監理の鬼として君臨するマッケンジーコーチが「言うことなし!」と太鼓判を押すほどで、その日の気候で身につけるウェアを変え、水分補給でも口にするドリンクを事前に調べるほどその日の糖質、脂質、塩分に気を配る。食事も一度口にした物は一週間前の分まで把握している。
プレーでも与えている影響は大きい。ピッチを真上から見下ろすような俯瞰性の高さ、両足で差がないキックの質というポテンシャルは別として、それまでの和歌山にない“風”をチームに吹き込んでいた。
「高温多湿が基本の日本で、最初からアクセル全開はバカの一つ覚え。力の入れ加減で90分間プレーの質を維持するのが本当のプロ」という持論を説き、ポジショニングの重要性を証明した。ただ「脳に汗をかくのが俺様のような超一流、身体でしか汗をかけない奴は三流」という余計な一言で台無しにはしているが。
そして小宮の要求はとにかく高かった。パサーとしての小宮の独創的なプレースタイルは、同じポジションが主戦場の内村に近いものがある。ただしパスに込められたメッセージはまるで違う。内村は味方のポテンシャルを把握した上で「もうちょいやれるかな」と期待が込められているのに対し、小宮は「これぐらいやれ!」という、パワハラのような上から目線なのだ。この辺りが反小宮の思いの根幹にある。
「自己満足のレベルが低いんだよ、ここの連中はよ」
一方で小宮も彼なりに不満を持っている。上昇思考の強い小宮は、初めてのJ1の舞台にどきまぎしている選手たちがムカついて仕方なかったのである。
「J2と同じ質のサッカーで勝てると思ってんのかねえ。だったらなんで毎年1年で落ちるクラブがあんだよ。昇格が3クラブになってから全部残留が一度もないことの意味をわかってんのかね」
小宮もまた旧知の栗栖に不満をこぼす。
「まあ、確かに。同じスタイルを貫こうとしてボロボロに叩きのめされるクラブもあるしな」
「このクラブは幸いはっきりとしたカラーを持ってる。もっと質の向上に心血注げば戦えるんだがな…」
レベルを上げなければJ1では通じない。小宮の憮然とした表情はそう訴えていた。
その小宮に冷や水を浴びせるような言葉を、栗栖はあえて投げ掛けた。
「でも、お前自身がJ1でやってないからなぁ。理屈はあっても説得力ねえんだよな」
痛いところを突かれて小宮は黙る。以後は青菜に塩のようにテンションが下がった。
「まあ、上ばっか見るのもいいけど、ちょっとは足下も見てみろよ。案外発見があるかもしれねえぜ」
栗栖の言葉を、小宮はどう思っただろうか。火種をくすぶらせたまま、二度目のプレシーズンマッチの日を迎える。
作品を書くなかで、チームに軋轢を生むのは難しいです。




