挑む上での新体制
2014年1月14日
アガーラ和歌山は、和歌山県庁の一室で記者会見を行った。内容は新入団選手のお披露目であった。
その前座に、今シーズンから着用する新ユニフォームの発表会見が行われた、剣崎、友成がホーム用、竹内、天野がアウェー用のモデルとして出席した。
まずホーム用。パンツは黒一色、シャツはキーパーが赤一色、フィールドプレーヤーは深緑と緑のトライプ模様。アウェー用はパンツは共通で白一色。シャツがキーパーが水色一色でフィールドプレーヤーは黄色と橙色のストライプとなっている。
そして特徴的なのが、ユニフォームにかかれている曲線だ。選手の右肩から左の脇、さらにそこから右の脇腹あたりに入っているこのライン。和歌山県の輪郭が刻まれている。それがはっきりと浮かぶように剣崎と天野のには白、竹内と友成のには黒で縁取りされている。デザイナーいわく「和歌山県を背負って戦えるように」という思いがこめられている。
四人とも(友成だけ口にこそ出しはしないが)この和歌山県のシルエットは気に入っているようだ。
「まあこの胸スポンサーの『パワフルーツ』ともども、和歌山県の看板になれるよう頑張るっす」
剣崎はユニフォームの感想を求められると、メインスポンサー南紀飲料の新商品「PowerFruit」のロゴを指さしながらコメント。ここのささやかな笑いを上回ったのが友成。くるりと背中を振り返ると、衿元の「吉宗銀行」と腰の「雑賀信用金庫」のロゴを見せつけて、「金銭的なプレッシャーが直に掛かってるんで、焦げ付き扱いにならないように気張ります」と言い切る。記者は笑い、居合わせたクラブ関係者も顔を引きつらせながら苦笑いだった。
そのフォトセッションを終えてから30分後。今度は新入団選手の発表会見が行われた。
会見に出席したのは、バドマン監督と今石GM。そして今回入団した9人の選手達。それぞれが席につき、あるいは所定の位置に立つと、三好広報の司会進行で会見はスタートした。
「やっぱJ1はちゃうんやなぁ。J2のときはクラブハウスでしてたけど、今回は県の方から直々に部屋を貸してくれました。まあ、紀の川市のクラブハウスでしてたら、便が悪いから俺らへの質問より帰りの電車が気になってたでしょ」
今石GMの切り出しに、場の空気は和んだ。一息ついてから今石GMは補強の手応えを口にした。
「選手をはじめ僕らフロント陣にとっても未知の世界に挑むにあたって、質量ともに最大限の補強ができたんじゃないか。素直にそう思ってます。狙い絞った選手の何人は『来るわけないだろ』と周りからつっこまれたんすけど、その全員が来てくれたんでね。初めてのJ1なんすけど、不安より楽しみの方が強いですね」
割と毒のあるコメントも出す今石GMだが、この日は褒めちぎってばかりだった。特に中央に座る今石とバドマンを挟むようにして座る二人の選手に対してはその思いが特に強かった。
その一人、尾道からのレンタル移籍で加入した大型ストライカー、野口拓斗が移籍の経緯を語った。
「まだ20年生きてないですけど…オファーを受けてからすごく悩みました。特にあんな形でプレーオフに出れなかったんで『来年こそ尾道をJ1へ』という思いが、ほんとに最後まで引っ掛かってました」
それでも決断できたのは、師と仰ぐ先輩ストライカー荒川秀吉の姿からだ。
「自分から動かないと道は開けない。そういう見本がこの2年間近くにあったんで。確かに尾道でプロになれたのは自分なりに頑張った結果だと思うんですけど、背中を押してくれる人が、いつも周りに、もっと言うと身近にいたんです。このまま尾道にいるのも、和歌山で挑戦するのも、自分の成長に繋がることに変わらないけど、自分一人で戦うことで見えるものがあると思ったんです。腹くくってからはすんなり決まりましたね」
そして野口は抱負を力強く言い切った。
「一足先にJ1に送ってくれた尾道と、戦う舞台を用意してくれた和歌山。この二つのクラブの期待に応えるためにも、剣崎をベンチに追いやって、このチームで一番ゴールを奪えるように頑張ります!!」
そんな謙虚な姿勢を見せた野口とは対照的に、東京Vから完全移籍で加入した小宮栄秦の態度は、ふてぶてしいにもほどがあった。会見が始まって間もなく、猫背になって組んだ腕をテーブルの上においていた。コメントも、らしいといえばらしいが、あまり好感の持てるものでもなかった。
「まあ、この隣に座る今石GMが、『背番号10をやるから来てくれないか』なんて言って頭下げるからさ、来ざるをえないよね。ただ、敵として見ててさ、このチームの司令塔の発想力がへぼいって思ってたんだよね。ま、俺が来たからには、J1残留は大丈夫って思っといてよ。ちゃんと働くからさ」
「タクトの奴、J2の歴史を変えたこの俺に宣戦布告かよ。上等だぜ」
「しかし…小宮の態度は相変わらずだな。ポテンシャルは頼もしいけど、あんまり好きになれないよな」
「だが、奴は有言実行が信条だ。本領を発揮してくれりゃ問題ねえよ」
「小宮も野口も、ユースの時からの顔見知りだしな。でもまさか、一緒にプレーする日が来るとはね」
会見の様子を遠巻きに見ていたモデル4人は、各々の感想を呟いた。
会見の席順は、そのまま首脳陣の期待値に比例している。前列で監督とともに座る選手の方が見込まれている、そう考えて間違いない。ともすれば後列で立ったまま抱負を述べている選手の胸の内は穏やかではない。川崎から加入したベテランセンターバックの仁科勝幸は、少なくともこの扱いにいい気はしなかった。
(ちくしょう…J2でしか戦っていないガキどもよりもあてにされてねえのかよ。まるで俺は過去の人じゃねえか)
周りはおそらくそう当て嵌めてはいるだろうが、本人はいたって現役バリバリの心意気である。この扱いを覆すには、結果を残すよりほかない。
(俺はJ1だけで200も試合をこなしてんだ。伊達じゃねえことを見せつけてやる)
今回入団した面々のうち、最も期待がかかるのは誰か。集まったサッカー関係者のなかで一押しだったのは、一人のセルビア人ディフェンダーだった。会見後、喫煙所でたむろするライターは、それに対しての華を咲かせていた。
「攻撃陣はともかくとして、ディフェンスもいい補強だよな」
「ああ。仁科、村瀬の両ベテランも頼もしいが、やっぱこいつをとれたのがでかいよ」
「現役セルビア代表、その守備の要のバゼルビッチがな。しかも完全だぜ?」
話題の人、ザウテン・バゼルビッチの経歴は、おそらくアガーラ和歌山の歴代外国籍選手の中で最も輝かしい。若干二十歳にして母国セルビア現役A代表。国際Aマッチにはすでに23試合に出場し2得点を記録している。
国内リーグでは名門レッドスターに所属し、2年連続でベストイレブンに輝く。さらに、父としてドンコフは旧ユーゴ代表でボランチとして活躍し、血筋も一級品だ。それほどの実力者が極東の、サッカーに関しては僻地の和歌山にやってきたのだ。サッカーライターとしては、とにかく不思議でならなかった。
ただ、誰かがポツリと呟いた。
「しかし、このチーム。こんなにフォワード集めるなんて…いびつすぎねえか?」
そこから話題はそれにすりかわった。
「確かに。別に金が潤沢でもねえのに、7人は集めすぎだよな」
「去年の途中にとった王も結局は持ち腐れだったしな。まあ今年は岐阜で暴れるだろ。たぶん二桁ぐらいゴール取るだろ」
「偏ってるつったら、そもそも小宮と野口が要るか?キャラ被ってるだろ」
「しかも、野口はともかく小宮の守備は使えるのか?あいつはどっちかと言うと旧式の『走れない』ファンタジスタだぜ」
「剣崎と同じように、小宮も攻撃特化だからなぁ。J2とおんなじ戦いできると思ってんのか?」
「まあ無理だろ。いくらJ2の記録を塗り替えたって言ってもなぁ。小宮もよほど化けねえとなあ…」
次第に彼らの雑談は、取材した和歌山への批評ばかりになっていた。
ただ、彼らの指摘を苦々しく思いつつ、否定しないライターがいた。Jリーグ専門新聞、Jペーパーの和歌山番記者、浜田友美である。
「相変わらずくさされてるみたいね、ウチ。まあ、確かに常識的に見ればおかしなチームよね」
そう呟いて、浜田は喫煙所に背を向ける。そしてニヤリとして付け加えた。
「…でも、それがこのチームの魅力。選手の皆さん、早くそれを教えてあげてね」
得意気に呟いて、浜田は県庁を後にした。