第九話 『信頼に足る仲間』
「例のブラックドラゴンについてだが、死骸の骨格を調べた結果、やはり元はグリーンドラゴンであった可能性が高いらしい。それがどういうわけか巨大化し、町を破壊する程の凶悪な怪獣となる。まさしく奇跡の御業だと言えるな」
「病室に入るなり、話すことがそんな内容ですか。室長」
ハイジャングの町に幾つかある病院の病室で、フライ室長の話を聞いたジンは、半眼で彼を睨み付けていた。
町の病院はどこも怪我人で満杯であるものの、カナが町を襲ったドラゴンを倒した人間であるという配慮から、個室を与えられていた。その個室にもう一つベッドを運び込み、ジンもここで看病を受けていた。
ブラックドラゴンとの戦いで、ジンとカナは怪我人となったのだ。後遺症が残る程の物では無いが、それでも暫くは安静にする必要がある。
そんな彼らの見舞いと事後報告を兼ねて、フライ室長はこの病室にやってきたらしい。
「君らは良くやってくれたと思うが、町が受けた被害は甚大だ。例え傷を癒す時間だとしても、仕事の話を進めなければならん」
病人に鞭を打つ室長の言葉に、ジンは露骨に顔をしかめるが、反論はしない。国からの給金は、こういった状況を我慢する分も含まれての代価だろうから。
「被害の規模はどれ程のものとなったのでしょうか? 私、それが一番気になります」
ベッドの上で布団をかぶったままのカナであるが、顔だけを上げてフライ室長に尋ねる。怪我自体は酷い物では無かったのだが、“クロガネ”内部での打ち身と、ずっと力んでいたために発生した筋肉痛。そして魔力を消費し続けたことによる気怠さなどが合わさって、体を動かすことが一時的に困難となっているらしい。
「町の一角が破壊尽くされているのだ。勿論、死傷者も相応に出ている。ただ、町が全壊にならなかっただけマシだとも言える。過去に起こった奇跡による被害では、町の大半が壊滅状況になった例もあるからな」
気休めにすらならない内容で、フライ室長は慰めの言葉を掛ける。顔を俯かせるカナを見れば、むしろ彼女を落ち込ませただけだったが。
「俺は俺でやるだけのことをやったつもりだ。君だってそうだろう。誰からも文句を言われる筋合いは無いさ。まあ、多分、騎士は何をやっていたんだなんて文句は来るだろうが」
今回の様な事件は中々ないものの、できる限りのことをした結果であるならば、それにいちいち落ち込んでいたら次の仕事に差し支えがある。
少なくとも、カナがいなければもっと酷い被害が出ていただろうから、彼女が町の損害に気を病む必要は無い。
「というか、ジン先輩は実質何もしてない様に思えます」
「そ、そういうことを言うか? これでもドラゴンの足止めやら調査やらを頑張っただろうに」
一応、ブラックドラゴンの隙を作り、“クロガネ”の攻撃を助けたという手柄もあるにはあるが、カナがそれを見ていなかった以上、主張しても仕方があるまい。転がってくる名誉は有り難く貰い。誰にも気づかれなかった努力は心に仕舞う。それが大人だ。
「まあ、何にせよ、組織の長としては君らの頑張りを称えたい気分だよ。君達は自分達の役割を十分にこなした。今後、町が破壊された責任や復興計画に関わる仕事が増えてくるだろうが、そういう机上の話は私に任せてくれたまえ。これからが私の本領発揮だ」
言われなくてもジンはそうするつもりだった。現状、『魔奇対』で十分に動ける人間は室長しかいない。他二人が怪我人なのだから、健康な者が積極的に働いて貰わなければ。
「今後の仕事を室長がしてくれるんなら、なんで俺達は室長から仕事の話を聞かなければいけないんですかね?」
「事後報告だよ、事後報告。事の顛末を知らないままと言うのは、君らだって嫌だろうに。なにせ、ブラックドラゴンを直接的に倒したのはマートンくんで、その補助がジン、君だ」
確かに、今後、破壊された町がどうなって、ブラックドラゴンのデカい死骸をどうするのかと言った話は、気にならないと言えば嘘になる。
「倒したのは“クロガネ”ですよね? ある意味は、私も“クロガネ”に手を貸した程度のことでしかありませんから」
カナの言うことももっともだ。あの巨大なドラゴンに立ち向かうことができたのは、同じく巨大な、ゴーレムと言う武器があったからである。そのゴーレムはカナの様な魔力量の才がある魔法使いしか動かせないものの、やはりドラゴン退治に一番活躍した存在と言えば“クロガネ”になる。
「その“クロガネ”のことだがね。まあ、元は国家機密の中で進められた計画だったが、今回の事件で誰もが知る存在となった。女王陛下なんぞは、これ幸いとああいった巨大怪獣から町を守るために作ったのだと喧伝しているが……アレをどの組織が所有するかと言うことが問題になっている」
ブラックドラゴンの件は一応の解決が見られたが、新たな問題として“クロガネ”をどう扱うかという難題が浮かび上がったらしい。
「ミラナ女王が中心になって作られた物なんですから、女王陛下の所有物になるんじゃあないですか?」
ある意味当たり前の答えをカナは話す。勿論、“クロガネ”は女王の所有物となるだろう。しかし、それは問題に対しての回答とは言えない。
「女王陛下の持ち物ってことは、アイルーツ国の物ってことだ。つまり、専属で管理する存在が必要になる。女王陛下自身がそれを行えるなら問題ないが、あんなデカブツ、一人じゃあ無理だろう? どこかの組織が女王代理という形で管理することになるだろうな」
それなりの人員がいる組織で無ければ、“クロガネ”を万全な状態で維持することすら難しいだろう。内部構造なんてものはジンにはまったくわからぬものの、デカい物はそれ相応に金が掛かることだけは知っている。
「つまりは……その……私がこの病室に来た最大の理由がそれなのだ。“クロガネ”はどの組織が所有するか。これは事前に決まっていたことなのだよ。そしてそれはうちのことだ」
「はあ!? あんな巨大ゴーレムを管理できる人員も金も無いでしょうに?」
思わず驚くジン。『魔奇対』の組織力は弱小であり、一方でそんな組織とは不釣り合いな存在があの“クロガネ”だった。
「“クロガネ”を管理するための労力は幾らでも寄越すとの言葉が女王陛下から降りてきている。うちの仕事は魔法や奇跡に対処するものであり、さらにそこへ、それらへ対処するための道具であるところの“クロガネ”を管理すると言う仕事が加わった」
ため息を吐きながら室長が答えた。彼にとって見れば、頭痛の種が増えたと言ったところだろう。ただしジンには関係ない。自分の仕事は裏方では無く外回りだ。
「私が動かす役になるんでしょうけど、整備と管理についてはちょっと………」
もっとも関係する者と言えばカナだろう。“クロガネ”の管理者が『魔奇対』となれば、ゴーレムを動かす役はカナがするしかない。
「マートン君は心配しなくても大丈夫。組織の大幅増員も当然決まっている」
「“クロガネ”の整備に関わる部分だけでしょうに」
まるで組織全体の人員が増えるという風な室長の言葉に突っ込みを入れるジン。“クロガネ”を受け入れただけで組織全体が良くなるなんて美味しい話は無いはずだ。どうせ、“クロガネ”の管理だけを行う部署ができて、それらに関してジン達は殆ど口を出せない状況になるだろう。そして本当にそれらの人員へ指示をするのはミラナ女王辺りだと推測する。
「ま、まあ、その通りなんだが………。とにかく、これからも“クロガネ”を動かすことが何度かあるかもしれない。それだけは覚悟しておいて欲しい」
それを伝えることが病室に来た目的だったらしい。室長は本来の目的を終えた後、本当に事務的な内容の話を交わした程度で病室を去った。
残るジンとカナであるが、話はまだ続く。それは“クロガネ”に関することだった。
「これからも“クロガネ”を動かすことがあるかもしれない……ですか。また、ブラックドラゴンみたいな怪獣が現れて、町を壊す可能性が?」
不安そうにジンを見るカナ。ジンが寝転ぶベッドとカナのベッドの間には、一応、区分け用のカーテンが配置されているものの、今は開いている。こうやって何とは無しに話すためだ。
「町を壊させない様にするために俺達がいる。ただ、ああいった怪獣がまた現れるかどうかの話なら、まあ、あり得るだろうなあ」
ミラナ女王やフライ室長は、奇跡による被害が近年になって増大していると話していた。その結果がブラックドラゴンの出現であり、そしてそれが結末では無いだろう。
「ただのグリーンドラゴンが凶暴で巨大な黒い竜になる。そういう奇跡がどんなものかは知らないが、また別の場所で別の何かが起こるかもしれない。そしてそれはアイルーツ国にとって脅威となる可能性もある。ああ、まったく。“クロガネ”は必要な存在だとこの上なく証明されたわけだ」
強大な奇跡に巨大なゴーレムで立ち向かう。荒唐無稽な話にも思えるが、相手にするのが奇跡なのだから、そういう夢物語の様な存在を使う必要があったのかもしれない。
奇跡に対抗するための存在。巨大ゴーレム“クロガネ”こそが、『魔奇対』の新たなメンバーだと言えた。
「………けど、今回の事件に関しては、勝てたのは偶然ですよね?」
「気が付いていたのか?」
ジンはブラックドラゴンとの戦いを振り返ってみて思うのは、“クロガネ”はブラックドラゴンに勝てたものの、それは幾らかの幸運による物だったということだ。
「ブラックドラゴンはこちらを明らかに侮っていました。“クロガネ”にトドメを刺せる機会があったのに、それをしなかった………」
カナの顔は悔しげだ。ブラックドラゴンを倒した後だというのに、手を抜かれたことをまだ恨んでいるらしい。
「そういう、相手を侮ることも含めてブラックドラゴンという怪獣だったと思えば、“クロガネ”は善戦したと言えるんじゃあ無いか? ただし、やっぱり実力は向こうが上だったんだろうな。何せ、ドラゴンは一度も空を飛ばなかった」
ブラックドラゴンの背中には、その巨体を空へと飛ばせる翼が存在していた。飾りなどでは無いだろう。それによって空を飛び、ハイジャングの町を強襲したのだから。
「もし、ドラゴンが空を飛びながらの戦いを選んでいたら、“クロガネ”じゃあどうしようもありませんよね」
「こっちは攻撃手段が肉弾戦だけだからなあ。こればっかりはどうしようもない。まさに勝てたのはドラゴンの機転が利かなかったという運のおかげだ」
あえて茶化す様にジンは話す。気にしても仕方の無いことは気にするべきでは無い。ただし、考えなければならないことは考えなければ。
「私がドラゴン相手に上手く立ち回れなかったのは、どうしようもありましたよね?」
理解の早い後輩で助かる。ドラゴンが空を飛ぶ飛ばないは運でしか無いが、空を飛ばなかったドラゴンを相手にした場合の拙さは、反省すべき事項である。
「魔法使いでまだ肉体的に子どもだから、する必要は無いと思っていたんだが、戦闘訓練のイロハくらいは学んでおく必要はあるだろうな」
別にカナ本人の体を鍛える必要は無いが、人型である“クロガネ”を動かすためには必要な技能になるだろうとジンは考える。
「魔力の切れが、私が思ったより早かったのも問題ですね……。戦いが終わった後だから良かったんですけれど、もし戦いの最中だったと思うと、ゾッとします」
カナ自身、課題の多い戦いだったと実感しているのだろう。であれば、ジンはこの話を長くは続けない。体が癒えて、次の仕事がやってくる頃には、課題をクリアするための努力を続けているだろうから。
「なんにせよ、まだまだ考えるべきことが多い。が、今は休む時間だろうな」
ジンはそのまま脱力し、柔らかい病室ベッドに身を任せる。ジンだって今は怪我人だ。どうにも“クロガネ”から身を投げ出した際、着地を失敗し、足の骨を一本程折ってしまったのだ。
「ああ、それと、休む前に言っておきたいことがあった」
体はベッドに投げ出したまま、ジンはカナへ話し掛けた。
「言っておきたいことですか?」
カナはきっと首を傾げているだろうが、寝転んだまま天井を見上げているジンには見えない。相手の顔が見えない状況だからこそ、少々恥ずかしいことも言える。
「君が“クロガネ”に乗る前。信頼できないと言ったことを謝る。ブラックドラゴンと戦う君を見れば、信頼に足る人間であることは十分にわかった」
「…………はい! ありがとうございます!」
答えるカナの顔は笑っているだろうか。目を逸らしているせいでわからない。ただ、これからも共に仕事を続けて行く関係なのだ。ジンは彼女を仲間として認めることにしたのだから、向こうもそう思っていては欲しかった。