第七話 『並び立つ巨大な黒』
「俺は反対だな」
巨大ゴーレム“クロガネ”の説明を受けたジンは、暫く呆気にとられた後、漸くその言葉を引きだせていた。
「あら。そんなに駄目な名前かしら“クロガネ”って。もうちょっと可愛い方が良いとも思ったのだけれど」
そういう意味で言ったわけじゃあないことは分かっているだろうに。ミラナ女王は飄々としている。
「あのゴーレムを動かすには、直接あのゴーレムに乗る必要があるってわけですね」
「そうね。丁度、胸の辺りに人が入る場所があるの。作った魔法使いや技術者達が四苦八苦しながら、乗り手の魔法使いの安全を図ったという優れものよ。まるでベッドで横になる程度の感覚でゴーレムを動かせるらしいわ」
カナがゴーレムを動かすために搭乗しても安心しろと言っているのだろう。ただ、それで通じる話では無い。
「あれをカナが動かすってことは、カナが直接ドラゴンと戦うことになる」
「それが反対なの? あなた、そんなに人道主義だったかしら?」
「ジンさん。私なら大丈夫です。少し驚きましたけど、“クロガネ”に乗るしかドラゴンへの対抗策が無いのだとしたら、その訓練を受けた私が………」
だからそう言う意味では無い。カナまで勘違いしている。ジンが反対しているのは、もっと違う事である。
「カナはもう『魔奇対』の一員だ。在職期間はまだ酷く短いが、そういう職に就いた以上、年齢関係無く、命を張る程度の義務が生まれている。そこに反対は無い。ただし、君を信用するかどうかは別の問題だろう?」
「わ、私のことを信用してくれていないんですか!?」
彼女は今さら何を言っているのか。同僚になってそれ程の期間は経っていないはずだが。
「じゃあ聞くが、君はあの巨大なゴーレムを動かしたことはあるのか?」
「な、ないですけど………」
カナはジンの言葉にショックを受けたのか俯いた。
「次に女王陛下に聞きますが、“クロガネ”に戦闘行動を行わせたことはありますか?」
「そうねえ。実働実験は既に済んでいるのだけれど、戦闘となると中々難しいから」
それはそうだろう。あの巨大ゴーレムが何か相手に戦う事態など、訓練であろうとも機会は殆どあるまい。
「能力不足かもしれない。本当に戦えるかどうかもわからない。それに町の命運を預けるというのは反対だと言っているんです」
「まあ、まっとうな意見ではあるか」
ジンの言葉に共感したらしいフライ室長。彼はまだジンに近い考え方をする人間だった。
「なら、どうするのかしら。行っておくけれど、わたくしは“クロガネ”を動かす気が満々よ」
「俺は別行動をとらせて頂きます。どうせあのデカブツが動けば、俺には援護の仕様が無い。町の西側では国防騎士団がドラゴン対策に動いている。その手助けをさせて貰いますよ」
信用云々の話であるならば、国を守る訓練をし続け、実際に行動することもある国防騎士団の方が余程信用度が高いとジンは考えている。同僚のカナには申し訳ない話であるが。
「………わかったわ。許可します。確かにあなたの力で“クロガネ”の援護は難しいでしょうし、かと言って、何もさせないというも労力の無駄遣いになる」
ミラナ女王の許しを得た。フライ室長の方を見ると、彼も頷いている。カナは俯いたままであるが、返答を聞く気は無かった。
「もう一度、町の西側に向かって、国防騎士団のダスト師団長の指揮下に入る予定ですから、何か用がある場合はそこを通してください。ああ、それとカナ」
「なんですか?」
ジンに話し掛けられて、カナは漸くその顔を上げた。
「俺が何を言ったところでゴーレムを動かすことになるんだろうが、十分に注意しろよ。あのゴーレムが動けば、それはドラゴンが動くのと同じだ。町を守ろうとして破壊する可能性があるんだからな」
一応の忠告をしてから、ジンはすぐに町の西へと向かった。大言を吐いたものの、ジンにブラックドラゴンをどうにかできる作戦は無い。だから、少しでも急いで誰かの手助けをしたかったのだ。
「私……とても悔しいです」
ジンが去った後、カナはそう呟いた。彼に信頼されていなかったというのは仕方無い。なにせカナは自分の力をジンに見せたことは殆ど無いのだ。まだ出会ったばかりと言える状況で、自分のことを信用してくれと言うのは詐欺師くらいなものだ。
ただ、やはり自分が舐められていると感じれば、苛立ちも悔しさも湧いてくる。
「そうよねえ。ああいう言い方は無いと思うわ。もうちょっと優しく諭すように言えれば良い男への第一歩なのだけれど」
「し、しかしですな。ジンの言うことももっともです。勿論、私はマートン君の力を侮ってはいない。私自身の部下ですからな。上司が部下を信じるのは当たり前だ」
カナに気を使いつつフライ室長は話を続ける。
「別にそういうのは良いですよ。私、正真正銘の子どもですから。あまり信用できない見た目であることは知ってます。ですけど………」
「自分の力を見ないで、そのままの評価がされるというのは癪よねえ。そうして丁度、あなたの力を証明できるものがここにある」
ミラナ女王は広い土地で仰向けになっている“クロガネ”を見た。まだどう見ても、あれが人型の巨大ゴーレムには見えないカナ。しかし、自分が魔力を込めれば、あれは正真正銘、町を襲うブラックドラゴンへの対抗策となるはずだ。
「私がジンに同意したのはそれのことです。“クロガネ”は本当に信用できる物なのでしょうか? あのゴーレムが仮に動いたとして、足を踏み外した程度で大損害なのですよ?」
確かにそれはカナも不安だった。単純動かすことはできるかもしれないが、ゴーレムに複雑な挙動を行わせることができるだろうか。できなければ、暴れ回るドラゴンと戦うなんてことは不可能だ。
「それはやってみなければわからないわねえ。カナちゃん? あなた、喧嘩をしたことはあるかしら」
「ええっと……無いです」
周囲の人間が大人という環境が殆どであったカナは、喧嘩をしたという記憶が無い。本人が苛立ったり我が侭を言うことはあっても、それに対立しようとする人間がいなかったのだ。
「なら、ぶっつけ本番しかないわ。カナちゃんに喧嘩の才能があることを信じましょう」
「どんどん不安になっていきますな。何か好材料でもあれば別ですが………」
額を指で押さえるフライ室長。頭痛を感じているに違いない。カナだってそうなのだから。
「あるにはあるわよ? 例えば、“クロガネ”は元々こういう事態を想定して作られた物だとか」
「こういう事態と言うのは?」
混乱の極みにあるこの状態で、いったい何を想定していたのかを疑問に思うカナ。
「奇跡の力が町を襲う事態をよ。近年になって、及ぼす被害が甚大な奇跡による現象が増加傾向にあるというのはご存知かしら?」
「初耳ですけど………」
「件数が緩やかに増えているから、気が付かない人が多いのかしら? 室長は知っているわよね?」
「え、ええ。まあ、奇跡に対処する組織としては、重視すべき状況だと以前から考えていましたが」
その原因が何であるかはミラナ女王にもわからないらしい。しかし、理由がわからなくても何らかの対処はしなければならない。
「何時かは国の存亡に関わる程の事件が起こる。そんな時、物理的にそれを防ぐ力強い存在が必要だったの。それが“クロガネ”。前王が初めて、私の代で完成させたアイルーツ国の守りよ」
感慨深げにミラナ女王は“クロガネ”を見やる。彼女の中では“クロガネ”というゴーレムは既に信用できる存在となっているのだろう。
「あなたの力が必要なの、カナ・マートン。引き受けてくれるわよね?」
女王のその言葉に、断る理由を持たぬカナは、ただ頷いた。
ブラックドラゴンの大きさは、近づいて見れば良くわかる。遠近感がおかしくなる様な気さえしてくるその巨体。大凡、人の武器が通じるとは思えない分厚い皮と筋肉。そこへ、どうにかして攻撃を加えようとする人間を、ドラゴンはまるで蟻でも見るかのような気分で見下ろしているに違いない。
「だが、何もせずにいられないのが人間ってやつでな」
国防騎士団のダスト師団長の命令で、ジンは極力ドラゴンに近づき、その行動を阻害する任務についていた。
頑丈な鎧姿になれるジンだからこそ、捨て駒の様な仕事を任された様だが、相手が町を踏みつぶす怪獣とあっては、自分の身を守るはずの黒い鎧も心許ない。
「まあ、すばしっこさにも自信があるから、そうそう、ドラゴンに踏みつぶされることも無いが」
ジンは明らかに危険な距離までブラックドラゴンに近づきながらも、瓦礫や家の屋根の上を飛び回り、ブラックドラゴンの巨体から逃げ回る。
そしてダスト師団長から借りた騎士団員用の装備である弓を、隙を見て相手の顔付近へと射かけた。
鎧姿のジン以外が使える様には思えない固い弦を引き絞り、矢を発射する。矢は勢いよく飛び、ブラックドラゴンの顔付近まで届く。ジンの弓の腕自体はそれほどでも無いが、的が巨大であるため、当てるのは容易い。だが、それだけだ。
「六人張の強弓って話だが、まったく通じてないな………」
ドラゴンの左目上の目蓋に当たった矢だが、別に刺さりもせずにそのまま落ちて行く。この様子では、目に直接当たったとしても、大したダメージは与えられまい。
「ただ、顔付近にびゅんびゅん矢が飛べば、ドラゴンだって鬱陶しく思って足を止めるだろうって考えだが………」
それが、アイルーツ国が誇る最大戦力である国防騎士団が考えた作戦だと言うのだから悲しい話である。
「確かに効果はあるだろうなあ………。俺だって目の前でゴミが飛べば、とりあえず足を止めるし………」
ただし問題がある。普通、目の前を飛ぶゴミが鬱陶しい場合、足を止めてその原因を探る。そしてその原因が地面をうろつく蟻であったとすれば、とりあえずそれを踏みつぶそうとするのではないか。
「……しまった。目があっちまったよ」
ブラックドラゴンが足元を見ている。その足元の近くには、黒い鎧姿のジンが存在していた。
そして片足を上げて、狙う様にジンを踏みつけてきた。
「やばいやばいやばい」
現在、ジンは単独行動をしているため、他の人間の心配はしていないが、それはつまりドラゴンの意識がジンのみに向かうと言うことだ。
踏みつけの動作は緩慢なものの、大きさが大きさであるので、ジンは全力疾走で逃げた。
「うおっと!」
間一髪のところでドラゴンの踏みつけを逃れたジン。しかし踏みつけの際に起こった風圧は爆発かと思う程の威力となり、ジンの体を吹き飛ばした。
体が宙へと舞い、勢いのままに近くの瓦礫にジンは叩きつけられた。そのままジンは重力に従い、地面へと倒れる。
「あたたた………」
ジンはそのまますぐに立ち上がる。痛いと口では言っているものの、実際に痛みは感じていない。鎧の力は、自信の身体能力が向上するより、体の耐久性が飛躍的に増加する効果の方が大きい。多少の衝撃ではジンに害を与えることはできない。ただ、ドラゴンの体重に耐えられるかと言えば怪しい話だ。
「しまった………。これは随分とした隙だ」
恐る恐る、ジンはドラゴンを見上げる。一度目の踏みつけから外敵が逃げた以上、次の一撃を加えるのが普通だ。きっと、ジンを睨み付けているだろうと考えていたのだが、その予測は外れる。ブラックドラゴンは、ジンでは無く、別の場所を睨んでいた。丁度、町の西側にある門の方向だ。
ブラックドラゴンによって半ば壊され、瓦礫の山となっているその場所には、一体の人型が立っていた。
長方形の黒い金属を無理矢理組み合わせた、不恰好な人型。等身を見ればかなり低くく、一方で体を構成する部品はどれもが太く、ずんぐりむっくりとした印象を受ける。
そんな黒い人型は、ブラックドラゴンとほぼ同じ大きさだった。
立っている姿を見れば、それが間違いなくゴーレムであるとジンにもわかった。説明を受けていたが、本当にあんな物が動くとは信じていなかったが。
「あれが“クロガネ”か………」
ジンはドラゴンに向かって歩く“クロガネ”を見る。あれにはジンの後輩が乗っているはずだ。それもたった一人で。
「くれぐれも無茶はしないでくれ……って―――うわああ!」
聞こえぬ頼みごとを口にしようとするジンだったが、再びドラゴンの踏みつけによって起こった風圧に吹き飛ばされた。
ただし、ブラックドラゴンの一歩は、別にジンを狙った物では無かった。ブラックドラゴンの関心は、突如として現れた“クロガネ”にあるのだ。
町はブラックドラゴンの遊び場でしか無かったが、現れた“クロガネ”は明確な敵であった。敵は排除しなければならない。
巨体となったことで自分に害を与える存在がいなくなったはずのブラックドラゴンは、自分と同規模の巨体を持つ相手に、鋭く反応したのだった。
カナは“クロガネ”を動かすことに成功していた。まず“クロガネ”を立たせることから始まったゴーレム操作であるが、事前の訓練を受けていたからかスムーズに行なえた。その後に歩き出す動作も同様だ。
操作する場所は“クロガネ”の胸の部分にある。人型の体でもっとも安定した部分には空室があり、人が乗り込める。
空室と言っても、その空間は狭く、体の小さなカナが入っても、ちょっとした隙間ができる程度で埋まってしまう。そして壁にあたる部分は布のような触感がある柔らかい物質でできていた。
空室には魔法的なクッションがされているらしく、“クロガネ”に伝わる衝撃の大半をそこで緩和してくれる。なので、ここでゴーレム操作を行う魔法使いは、“クロガネ”が動く振動程度なら感じる事すらない。
空室には一本の杖が立てられており、その根本は空室の床に突き刺さっている。これはゴーレムを操る際にその使用魔力を調整するために作られた魔法使いの杖だ。それ専用に作られた物らしく、かなりの技術と資金が使われているそうだ。この杖と、空室の壁中に書かれた魔法陣が合わさって、巨大ゴーレムを動かすための必要魔力を、かなりの部分、軽減することができている。
もっとも、カナの様に生来から魔力量が豊富な魔法使いがいて、漸く動かせる程度の軽減率の様だが。
「よし……私ならできる」
カナは“クロガネ”の胸部空室から、両手で杖を握って、ゴーレム操作を行い続ける。常に魔力を使用しているため、肉体が倦怠感に襲われ続けられるものの、今すぐにどうこうとなる程のものではない。1時間程度なら動かせ続けることができるだろう。そしてその間に、ブラックドラゴンを倒さなければならない。
空室からは、“クロガネ”の顔部分から見えるはずの視界が前面に映っている。これも魔法陣による作用だろうか。これを起動するための魔力も自分自身の物であるため、いったいどういう仕組みなのかが気になった。
ただ、今はそれを気にし続けるより、目の前に映る光景の方に集中したい。空室の前面には、瓦礫の山となったハイジャング西区画部分と、それを行った破壊の権化であるブラックドラゴンが存在していた。
「こっちを……見てる」
ブラックドラゴンは、明らかにカナが乗る“クロガネ”を睨んでいた。そして近づいても来ている。
何気ない動作でしか無いが、その一歩一歩が町を壊していくのだ。既に瓦礫だらけとなった町並みをさらに破壊していく。
「よくも………!」
カナとてハイジャングの住人であり、自分が住む町をこうも破壊されれば怒りも湧く。先にブラックドラゴンの対策に向かうと言っていたジンは何をしているのだろうか。ドラゴンをどうにかできている風ではまったくない。
(私がするしかないんだ!)
もしかしたら国防騎士団はドラゴンへの反抗を諦めたのかもしれない。だとしたら、この国を守るのはカナが操る“クロガネ”だけだ。
(ブラックドラゴンは明らかに私と“クロガネ”を狙ってる。なら、町の外までおびき出すこともできそうだよね………)
カナは今からすぐにでもブラックドラゴンを倒しに向かいたいが、ドラゴンが町の境界線近くに立つ“クロガネ”へと近づいて来るのならば、そこまではこちらから近づかずに立ち止まっていようと考えた。
睨みあう黒い巨竜と黒い巨人の影が少しずつ近づいていく。辺りもその二つの影に合わせるかのように黒くなっていった。日が落ちて夜がやってきたのだ。
空にはいつもと変わらない星と月が瞬きはじめ、変わり果てた町並みを薄く照らしていく。その中を動き続ける巨竜が、ついに黒い巨人と残り数歩と言う距離まで接敵した。
グウォオオオオオオ!!!!
空気が振動するし、空間を震わせたかと思わせる程の咆哮が町中に鳴り響く。ブラックドラゴンは大きく吠え、一気に走り出した。歩くだけでもその巨体での移動速度は早いと言うのに、そのまま走るとなれば、逃げきれる者などいない。
(そもそも、逃げるつもりなんてない!)
迎え撃つ“クロガネ”は地面にしっかりと足を落とし、その右腕を振りかぶった。そしてブラックドラゴンがその腕の間合いに近づく瞬間、拳を握らせた状態で腕を前へ。
“クロガネ”ができるもっとも威力のある攻撃は、勿論、その質量を利用した攻撃だ。振り回す拳だけでも、大半の武器や兵器を凌駕する威力を出せる。
当たりさえすれば、ブラックドラゴンにだってダメージを与えることができるだろう。しかし。
「外れた!?」
正確に言えば外されたのだ。ブラックドラゴンの動体視力と反射神経は、野生動物そのままの物である。動作が大きい“クロガネ”の攻撃を回避することは、容易いことであったのだ。
ブラックドラゴンは“クロガネ”の伸ばされた右腕を掻い潜り、その首筋へと噛みついて来る。
「きゃっ!」
ブラックドラゴンの咢が“クロガネ”の首にその牙を喰い込ませた瞬間。“クロガネ”全体が大きく揺れた。噛みつかれた勢いのまま、“クロガネ”が後方へと押されたのだ。その衝撃は、カナのいる胸部の空室にも微振動程度であるが伝わってくる。カナが悲鳴を上げたのは、ドラゴンの開いた顎を見た瞬間の恐怖とその振動のためだった。
(お、落ち着かないと………。“クロガネ”はこの程度じゃあ倒れない!)
普通の生物なら、ドラゴンに首筋を噛まれた瞬間に絶命は必至だ。しかし、その体の殆どを岩と頑丈な金属で作られた“クロガネ”は、その首筋と言えども弱点足り得ない。と言うより、ずんぐりとしたその体系には、首が存在しているのかどうかも怪しい姿だ。ドラゴンが噛みついたのは、あくまで人間であれば首がある辺りであり、肩の根本と表現した方が正しい。
「いつまでも噛みつかないで!」
“クロガネ”に噛みついたまま、さらにその頭を動かそうとするブラックドラゴン。さらなるダメージを“クロガネ”に与えるつもりなのだろうが、そのドラゴンの頭を、カナは“クロガネ”の両腕で掴もうとする。
「動かない相手なら、掴まえるのだって簡単なはず―――あ」
“クロガネ”の挙動に気が付いたらしいブラックドラゴンは、噛みついたままの顎を開き、後方へと飛んだ。間合いを開いたのだろう。カナはブラックドラゴンにまんまと逃げられてしまった。“クロガネ”はカナが魔力を通した後に動くため、一つ一つの動作のタイミングが遅くなってしまう。
「ま、まだ大丈夫。“クロガネ”にはダメージは無いもの」
“クロガネ”が立っている限り、ブラックドラゴンを倒せるチャンスは幾らでもある。再びクロガネを安定した姿勢に戻し、再びドラゴンの攻撃に備えさせるカナ。
(今度はどういう方法でこっちに来るつもり?)
カナは“クロガネ”から離れたままのブラックドラゴンを観察する。ドラゴンはこちらを睨みつつも、迂闊には近づこうとしない。油断すれば、痛い目を見ると理解しているのだろう。
ドラゴンがその場に立ち止まったまま、ほんの少しの時間が過ぎる。
(睨むだけ?)
そんなはずが無いとカナが考えた瞬間、ドラゴンの口元が青く光るのを見た。
(あれは……なんだろう。どこかで………)
カナにはその光に見覚えがあった。少し考えれば気が付く物である。それは魔力による光だ。魔法を使うための魔力は、空間における濃度が一定の割合を超えた場合、青い色の光を放つのである。
(ドラゴンは何か魔法を使うつもりなの? まさか!?)
カナが答えに辿り着く瞬間と、ドラゴンが大きく口を開き、その喉を“クロガネ”へ向けたのはほぼ同時のことであった。ドラゴンの喉の奥から魔力による青い光と共に、魔法による炎が噴き出してきたのである。
カナの行動は一歩遅れる。“クロガネ”はドラゴンのブレスを避けることができず、その視界全体が青い炎に覆われていった。