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黒金  作者: きーち
第一章 巨竜襲撃! 黒い竜は王都を狙う
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第六話 『クロガネ』

「“クロガネ”ですか。確かにその言葉には聞き覚えがあります。確か国防に関わる計画の中で、現在大きく動いている事項の一つに、その名前が出て来たかと」

 ラッドの仕事は『魔奇対』を中心として、他の国家機関と情報や知識、権力を交換、交渉し合う物である。

 結果、他組織の情報であっても、ラッドの耳にその多くが届くことになるのである

“クロガネ”という言葉も、そういった物の一つだ。ただし、言葉以上の物をラッドは知らない。国家の機密事項であるということだ。

「耳聡くて助かるわあ。あなたを『魔奇対』のトップに据えたのは、そういうところがあるからよ? 大事にしなさい」

 ラッドの方が年上なのであるが、まるっきり子ども扱いである。まあ、ある国家機関の窓際に追いやられていた立場のラッドが、彼女によって小さいながらも組織のトップに立てることになったのだ。頭が上がらないのは仕方が無い。

「して、そのクロガネとはどういう………」

 単語を知っているとしても、それがどういう意味を持つのかを知らなければ、話すらできない。

「計画の概要については、ここに書いてあるの。すぐに読んでちょうだい」

 渡された紙の束はそれなりの厚さがあるのだが、これをすべてここで読めと言うのだろうか。

「流し読み程度で内容を把握しろということですかな? 中々に無茶な注文を………うん? これは何の冗談です?」

 流し読みだけでも、渡された資料が馬鹿げた物であることがわかった。書かれていることの大半が夢想ごとなのだ。どれもこれもが実現不可能と思える計画であり、尚且つ、それをする意味がわからないと言った類の。

「冗談みたいな話に感じたってことかしら。なら教えてあげるわ。その資料は、すべて既に実行済みの物よ。冗談だなんてとんでもない」

「ははは。笑い話ですな。この計画の産物がどこにあると言うのです。これだけの規模の物。存在していればすぐにわかるはずですよ」

 渡された資料は、とある物の建造計画であった。非常に大がかりな物であり、それが本当に作られているのであれば、隠すことなどできない。

「町中で作るわけにはいかないから、離れた場所に秘密工場を作ったの。前王の代から進んでいたものなのだけれど、わたくしがそのまま掻っ攫うことにしたわけよね。完成までに20年以上の歳月が掛かっているのよ。長かったわあ」

 前王とは、ミラナ女王の父のことだろう。早世した王の代から時間を掛けて続けられた計画だと言うことは、その計画の目的も二転三転しているのかもしれない。少なくとも現女王は、計画の産物を実際に役立てるつもりの様だ。

「………それで、その作られた物はまだその秘密工場に存在するのですかな? 自分の目で見てみなければ、未だに信用し難い」

「なら見に行ってみたらどう? 丁度、南門近くに置いてあるのだけれど」

「持って来ているのですか!?」

 ラッドは町の西側が見える窓へと目を向けるが、それが見えるわけも無い。

「本当にアレを動かそうと思えば、隠しておける物では無いもの。どうせなら、大々的に発表した方が良いでしょう? そのために町の近くまで運んできたのよねえ」

「それはまた………しかしちょっと待ってください。この資料にある物が本当にあり、カナ・マートンが『魔奇対』の人員になったということは………」

 性質の悪い話になってきたとラッドは考える。話には良い話と悪い話。そしてどうでも良い話の3つが存在し、ミラナ女王が持ってくる話の大半は悪い話である。だから、今さらうんざりしても遅いのだろう。

「あなたの想像通り。段階は幾らか踏むことになるでしょうけれど、その資料に載っているモノは、『魔奇対』に所属することになるわよ」

「あああ。厄介事そのものじゃないですか。私達にとっては文字通り荷が重い物でしょうに」

「今さら言われても困るわ。だって、そもそも『魔奇対』はそのために―――あら?」

 ミラナ女王は話を途中で止めた。家鳴りが聞こえたのだ。ギシギシと建物の柱が軋む音が聞こえ、ついには建物そのものが微振動を続けるまでになった。

「じ、地震か!?」

 反射的に椅子から立ち上がるラッド。この国で地震は珍しい自然現象であり、あまり人生の中で体験しないものであった。

「落ち着きなさい。ここは国が建てた建築物よ? ちょっとした地震だけでどうにかなる様には―――え?」

 ミラナ女王の話がまた途中で止まる。彼女は窓を見ていた。そこから視線を動かさず、驚愕と困惑の表情を浮かべている。

 それに釣られて、ラッドも彼女の視線の先にある窓を見た。そうして、ラッド自身もミラナ女王と同じ表情を浮かべることとなった。

「なんだ………あれは」

 ラッドは誰に聞くでも無く呟く。窓の向こう。ハイジャングの町並みが映るその景色に、町を見下ろす巨大な黒いドラゴンの姿が存在していたのだ。




 ハイジャングへ帰還するために馬を走らせるジンは、その道中で恐ろしい物を見つけた。ハイジャング方面へ向かっていたはずのグリーンドラゴンの群れ。その死体、いや、破片とも言える物と、大きな足跡である。

「やっぱり、巨大ドラゴンはグリーンドラゴンを追っていやがったんだ。そして餌を見つけて、さっそく食い荒らした!」

 悲惨な光景を見たジンは、怒鳴り声を上げた。

「グリーンドラゴン自体の脅威はこれで無くなったわけですけれど、また別の、もっと危険な物が残ったことになりますね」

「危険なんてものじゃあない。この光景を作り出したヤツが、そのままハイジャングへ向かえば、町一つが滅びる可能性だってある」

 早くハイジャングへ戻った方が良いだろう。情報を伝えたところでどうにかなる物でも無いだろうが、まったく対策無しのままでいるよりかは随分とマシだ。

「あと、多分、この光景を見ると、状況がもっと悪くなったとわかりますね………」

「ああ、巨大ドラゴンはとんでもない凶暴さだ。人間を見れば、このドラゴン共と同じ扱い方をされるだろうな」

「そうじゃなくて………。気が付かないんですか?」

 背後で馬に座るカナは、ドラゴンがドラゴンに食われた後の光景を見て、何か別の事に気が付いたらしい。

「こいつがとんでも無く危険であることは分かるが………」

「足跡ですよ! 足跡。ここまで来るまでに、巨大ドラゴンの足跡を見掛けましたか? 無かったですよね? それが、いきなりここで現れている。これってつまり………」

「巨大ドラゴンは、空を飛べる!?」

 巨大生物が足跡を残さず移動するには、空を飛ぶしかない。圧倒的な巨体を持つ生物がその体を宙に浮かせている光景を思い浮かべて、ジンは眩暈がしてきそうだった。

「地上から侵攻されるだけでも厄介なのに、普段は空を飛んで移動するとなれば、ハイジャングの町は体の良い標的になっちゃいますよ!」

「グリーンドラゴンは羽根なんて生えていないはずだよな?」

「巨大ドラゴンは元々グリーンドラゴンだったかもしれませんけど、今ではまったく別の生物と考えた方が良さそうです」

 悪い情報ばかりが入ってくる。これで本当にハイジャングが襲われたとなれば、目も当てられない。

「くっそ。奇跡ってのは国の滅ぼし掛けることが何度もあったらしいが、今回もその類かよ」

 悪態を吐くジンだが、その場に留まることは良しとせず、ハイジャングへと再び馬を走らせた。




 馬を限界近くまで酷使しながら進むのは抵抗を感じたものの、事態が事態である。後で十分に休ませるという気休めの気遣いをしつつ、ジン達はハイジャングの町へ、予定より早く到着できた。

 結果的に、それは正解の選択肢を選んだと言える。ハイジャングは憂慮すべき事態に陥っていたからだ。ただし、正解を選べたからと言って、良い結果が残るとは言えない。状況はどう見ても、ジン達にどうこうできる物では無かったのだから。

「ハイジャングが………燃えている」

 離れた場所にある高台から町を見たカナは、その光景に目を奪われる。町はあちこちから黒い煙を天へと吐いていた。ここからでも、町並みの一角が破壊されているのが良くわかる。そしてその中心には、巨大な黒いドラゴンが存在していた。

 ドラゴンは町を踏みつぶしながら移動している。元は緑色の鱗だったのだろうその皮膚は、色が濃くなり黒にしか見えない。外見的特徴はグリーンドラゴンの面影を辛うじて残しているものの、町に足を下ろす姿は直立であり、背中にはこれまた巨大な羽根が生えていた。

「破壊されているのは、まだ町の一角だけだ。これ以上、あれに町を破壊されない様、どうにかしないとな」

「どうにかって、何ができるんですか!?」

 町から離れた場所にいるというのに、その町に存在するドラゴンの姿を判別できるのだ。ドラゴンがどれほどの大きさなのかはすぐにわかる。確かに、ジンやカナがどうこうできる相手では無いだろう。

「とりあえずは町に近づく。もしかしたら、あれに対処している組織があるかもしれない。焼け石に水だろうが、手を貸すくらいはできるはずだ」

 ジンは臨時とは言え、アイルーツ国の騎士だった。町が破壊され、何もせずに居られる立場では無い。

「お前はどうする? ここで避難しているのが一番良いと俺は思うが………」

「わ、私も町に行きます。私だって臨時騎士ですから」

 どう見ても強がりだったが、彼女なりに勇気を振り絞った結果だ。尊重はしよう。まあ、いざとなって本格的に危険だと判断すれば、彼女を無理にでも安全な場所へ連れて行くつもりだ。

 ジン達はさらに馬を走らせ、町の門付近へと近づく。丁度、ドラゴンが破壊を続けている町の一角に進む門だった。

 そこには人がごった返していた。町からの避難民。兵士。自警団。騎士。様々な人種が町の方を向きながら、混乱し、虚ろに宙を見上げたり、叫び声を上げている。

 そんな中でも、なんとか統率された動きを見せる者達へ、ジン達は近づいた。格好を見れば、彼らがどういう者達なのかがわかる。アイルーツ国の軍隊である、国防騎士団の一員だ。

「なあ、お前ら、いったい何が起こった!」

 ジンはその国防騎士団員らしき人物に尋ねる。状況がとにかく知りたかった。

「何って、見て分からないのか! ドラゴンだ! 黒いドラゴンが空から降ってきたんだ!」

 騎士団員もかなり混乱している。避難民達の整理をしているのだろうが、それが十分にできていないのだろう。

「知っている! 町の中はどうなんだ? 人手が足りないんじゃあないか?」

「手でも貸すってのか? 悪いが一般人の手に負える状況じゃあないぞ!」

 ここで言い合いをしても仕方が無いのであるが、ジンと騎士団員との意思疎通が上手く行かない。

「騎士団員に知り合いの方とかいないんですか?」

 見兼ねたのかカナが口を挟んでくる。その言葉で、ジンは国防騎士団員の知り合いの名前を上げてみることにした。

「師団長のダストさんを知らないか? 俺はあの人に訓練を受けたことがある。臨時騎士だ」

「ダスト師団長? ああ、それなら丁度、ここで避難民の誘導をしているが」

「居るんだな! なら早く―――」

「おいおい。随分と慌てているな、ジン。そろそろお前が帰ってくる頃だと思っていたよ」

 騎士団員と話を進める内に、別の人間が話に入ってきた。丁度、話題に上がっていたダストという男だ。既に50も半ばの年齢であるが、仕事においては衰えを見せぬ肉体と経験に裏打ちされた知識と技術を持つ騎士団員である。

「ダストさん。お久しぶりです」

「挨拶は良い。とにかく動いてくれるってんだな。俺の指揮下に入ることになるぞ」

 ダスト師団長は、他の組織の人員であるジンに命令することを少し躊躇している様子。

「別に構いません。とんでも無いことになっている以上、組織の面子も何も無いでしょうに」

 自分の上役であるフライ室長がいたとしても、現場の人間であるため、ジンを有効に動かすことはできまい。ならば、ここでダスト師団長の元、ドラゴン対策のために動いた方が良い。

「………そうだな。ラッドの奴も今じゃあ避難民だろうし、その方が良いか」

 ダスト師団長はフライ室長と旧知の仲であるそうだ。仕事上、昔から顔を合わせることが多いらしく、『魔奇対』と国防騎士団との接点は、まずその二人で始まっていると言っても良い。

「室長はどこかへもう避難を?」

「ああ。そうだ、そうだった。すっかり忘れていたが、お前らが帰ってきたら、すぐに南門の方に来てくれとの話だ。なんだ、その、小さな子どもを連れているんだったか?」

「私のことでしょうか?」

 小さな子どもと聞いて、自身のことだと思える程度に、カナは自分のことを理解している様だ。

「おお、本当にいた。ジンが小さな女の子を連れているだろうから、早急に南門まで無事なまま連れてこいとのお達しだ。やってくれるか?」

「というか、フライ室長の命令なら従う以外の選択肢が無いでしょうに」

 ジンに本来命令を下すのはフライ室長だ。一旦、ダストの指揮下に入ることにしたとは言え、いちいち確認を取らないといけない話では無い。

「女王陛下からの命令でもあるとしてもか?」

「ミラナ女王が? いったい何が目的だ?」

 ジンはミラナ女王を知っている。身分が天と地ほどの差があるのだが、良く『魔奇対』の執務室の顔を出しては、なんやかやと愚にもつかない話をすることがある。

「女王陛下が………。そうだ。もしかしたらあのことかも」

 ミラナ女王の名前を聞いて、カナは思いつくことがあったらしい。

「何か心当たりがあるのか?」

「『魔奇対』に入る前、学校で何度か女王直々の命令で、ある魔法訓練をしたことがあるんです。時が来るまでは内密にという話でしたが、もしかしたら」

 なんとも怪しい話になってきた。カナの話を信じるならば、ドラゴンの来襲をミラナ女王が予見していたことになるではないか。

「とにかく、南門に行った方が良いことはわかった。詳しい話は後にしよう」

 ジンは再び馬を走らせ、町の西側からぐるりと南側まで向かった。




 南門には、相も変わらず謎の黒い建造物が存在していた。いったいこれは何なのだろうとジンは疑問に思うものの、今はそれを考えられる状況では無い。

「ジン! いったいどうしていたんだ。帰るのが随分遅れていたじゃないか!」

 南門に到着したジン達を出迎えるフライ室長が、第一声で放った言葉がそれだった。まったく気遣いを感じないが、こう切羽詰った状況ではそうもなるだろう。

「西のブッグパレス山に、今、町を襲ってる奴の痕跡を見つけましてね。詳しく調べた後、町にとって危険だと判断して急ぎ帰って来たんですが、当たりだったみたいですね」

 ジンは町の南門を見る。まだ南側はドラゴンの破壊からは逃れているものの、時間の問題だろう。ドラゴンの巨体からしてみれば、今、破壊の手が広がる町の西側からここの南門まで、それほど時間の掛かる距離ではない。

「やはり、君らが訝しんだグリーンドラゴンの挙動を調べて正解だったわけか。もう少し行動が早ければ………」

「無理でしょう。対処が早かったとしても、俺達にあのドラゴンはどうしようも無い」

「ブラックドラゴンよ。今、そう名前を付けたわ」

 フライ室長との会話に入ってくる女が一人。ミラナ女王だった。

「ミラナ女王も避難をしていらっしゃったんですか」

 本来なら目上の人物であるはずだが、あまりジンは緊張しない。最初に会った頃は相当に固かったと思うのだが、それが解れる程度には付き合いがある。

「あら、真っ先にブラックドラゴンに特攻していれば良かったかしら。そういうのも王族の勤めよね?」

「冗談を言っている状況じゃあ無いでしょうに」

 軽口を叩くミラナ女王を見ると、ドラゴンのことを忘れそうになる。しかし、既に町の一部が破壊され続けているのは事実なのだ。

「そうね。事態は急を要するわ。だけど一つだけ訂正させて。ブラックドラゴンがどうしようも無い相手なんてことはない。カナ・マートン。お互い、顔を合わせたことはあるわよね?」

 気丈な発言をした後、ミラナ女王は視線をカナへと変える。

「わ、私ですか!? はい! 『魔奇対』に所属する様にとの命令を受けた際は、直接謁見をさせていただきました!」

 ジンが初めて女王と話した時と同じ様子のカナ。な誰だって、目の前にいきり女王が現れたらそうもなるだろう。

「あら、随分と元気の良い娘。これは期待できそうだわ」

 嬉しそうに笑うミラナ女王。いったい何が狙いなのか。皆目見当もつかない。いや、狙っている相手がカナであることだけはわかる。

「期待ですか? 私に?」

 自分自身で、何を期待されているのかがわからないのだろう。カナは困惑の表情を浮かべた。

「マートン君。今、この状況で君の様な娘に何もかもを託すのは非常に申し訳ない話なのだが、君の魔力だけが頼りなのだ」

 ミラナ女王の考えを知っているのだろうフライ室長が、カナの肩に手をやった。

「私の魔力………。以前、大規模な魔法訓練を受けたことがあるのですが、それが関わっているのでしょうか」

「そう。その通りだ。君が受けた訓練は、これから行うことの予行演習だった」

「話しているところ悪いんですが、さっぱりだ。カナに何かさせたいんですね? それはここで話しちゃいけないことでしょうか? だったらとりあえず俺は町で暴れるドラゴンをなんとかしに向かいたいんだが」

 遠回しな話ばかりが続くので、ジンは時間の無駄だと考え始めた。カナがドラゴンをどうにかできる力を持っているのだとしたら非常に助かる話であるが、その力の行使に時間を掛けていれば意味が無い。

「せっかちなのは嫌われるわよ? まあ、でも、順を追って説明するというのも面倒よね。このカナちゃんが、人並み外れた魔力を持っているのは知っているかしら?」

「ちゃん?」

 ちゃん付けにカナは違和感を覚えているらしいが、いちいち突っ掛っているのも時間の無駄だ。

「前に散らかった酒場を魔力で整理整頓しているのを見ましたよ。その時に物見の塔を魔法で引っこ抜けるとも言い放っていた様な」

「あら、駄目よ。そんなことをしたら犯罪よ?」

「ええっと、言葉のあやでして」

 申し訳なさそうに俯くカナ。まさかミラナ女王も本気で受け取ってはいないだろうに。

「でも、実際にできる魔力をこの娘は持っているの。そして、その魔力で動かして貰いたい物がある」

「まさかドラゴンを転ばしてもするんですか? 塔を引っこ抜ける程の魔法なら可能かもしれないが………」

 少し良い案だとジンは思えた。とりあえず現状で、ブラックドラゴンをどうにかできそうなのはそれくらいなのだから。

「でも、何度もできる程の物でも無いですよ? それに近寄って集中しないと………」

「そもそも、物見の塔よりブラックドラゴンの方が重そうよ? 一か八かの賭けで、効果があるかどうかもわからない魔法を使うなんて非合理。どうせなら、もっと強い力を使わないと」

 ミラナ女王はジンの案を斬って捨てる。もっと良い考えがあるということか。

「ドラゴンを動かさないで何を動かすんです?」

「動かす物はもう見えているはずよ。わからないかしら」

「もう見えている?」

 ジンが周囲を見渡すものの、見えるのは町の南門と、その周囲の建造物。そして避難民たちくらいだ。町を出た時に見た黒い建築物もそのままである。

「うん? いや、まさか」

「そう。そのまさか。あの黒いゴーレムを動かすの」

 浮かんだ考えを否定しようとするジンであったが、ミラナ女王は心でも読んだのか、むしろ肯定してきた。

「黒い……ゴーレム? あの黒い建物がゴーレムだとでも? そうは見えませんが」

 ゴーレムとは、無機物で出来た人型の総称である。魔法使いがそれを操り、動かすこができるらしいが、ジンはあまり見たことが無かった。

 ただ、黒い建築物が、人型には見えないということだけはわかる。

「上から見れば、ちゃんと人の形をしているのよ。ずんぐりむっくりって体系だけれど、今は仰向けで寝た体勢だから、わからないかしら」

「ちょっと待ってください。あの建物はどれくらいの大きさがあります? 何十メートルって長さですよ? まさかそれが全部ゴーレムの体だとでも………」

 ジンには到底信じられなかった。魔法にもゴーレムにも詳しく無いジンであるが、もし、黒い建物全体がゴーレムなのだとしたら、今、町を襲っているブラックドラゴンと同じくらいの大きさになる。そんな物が動くとは思えなかった。

「そのまさかなのだよ。私も信じられなかったが、実際に、あのゴーレムの中心に魔法使いを据えて、動かす構造になっているそうだ。そして、ゴーレムを動かす魔法使いも既に決まっている」

 フライ室長はカナを見た。巨大ゴーレムに乗せる魔法使い。それがカナだと言うことか。

「なんとなく、そうなんじゃあないかと思っていました。学校で受けた訓練が、自分の体よりずっと大きなゴーレムを動かすことを想定した物でしたから」

 まさにそのままの訓練だったわけか。ミラナ女王は、巨大ドラゴンに巨大ゴーレムをぶつけるつもりなのだ。

「ゴーレムの名前は“クロガネ”と言うわ。なかなか逞しい名前でしょう?」

 ミラナ女王は、場にそぐわぬ笑顔を浮かべてゴーレムの名前を呼んだ。




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