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黒金  作者: きーち
第八章 決戦、ハイジャング
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第五話 『誰に向かってしゃべってる?』

「ううむ。まだ船は浮上できんか。見込んだだけのことはあると言いたいが、巨大ゴーレムという奴は厄介じゃのう」

 老人の言葉のおかげで、やはりカナが未だに船の浮上を押し留めているらしい事を知る。

(ったく、無茶しやがって)

 未だ外にいる人間は反抗を諦めていない。船に侵入した戦闘員達もきっとそうだろう。ならば、ジンだけがここで倒れているわけにはいかない。

「なあ………聞かせてくれよ」

「何じゃ?」

 体はまだ十分に動くほど回復していない。とにかく老人がこちらのトドメを刺そうとする前に、時間を稼がなければ。

「爺さんの目的が、神様ってのを作ることだとかは以前に聞いたけどな、なんでそんな目的を持ったんだ?」

 老人の興味を惹きそうな話題を口にしてみる。老人の本質が策謀家や指揮官で無く、研究者であるのならば、ジンの疑問に答えてきそうな気がする。

「………そうじゃな、お前さん、天才というのはどういう存在を言うと思う?」

 言っている意味はわからないが、こちらの話には乗って来た。チャンスだ。

「あれだろ……すっごい物覚えが良い奴とか………」

「それは単に効率の良い習得方法を使っとるだけじゃろう。まあ、そういうのも才能と呼べなくも無いがの。ただしわしは、天才という存在は人よりもその分野における到達点が高い存在じゃと思っておる」

「到達点?」

「階段を思い浮かべてみろ。階段の頂点を目指すのが専門家という者じゃが、そこではどこまで階段を昇れるかと言う問題こそが一番じゃ。段の昇りが遅かったり早かったりと言うのは、最終的にどこへ行き着くかという事に比べれば、些細な差でしか無い」

 成果として何を残すか。それによって、人は天才かそうでないかが決まるということか。わからないでは無いが、今、その話がどう関係しているのかについてはさっぱりだ。

「そのことに気が付かんかった若い頃、わしは自分のことを凡庸か、それより下の人間じゃと思っておった。人並み以上の努力をして、人並み程度の成果しか残せぬ、ただ一個人の魔法使いであったからじゃ。事実、生来の魔力量も平均並みじゃったから」

 確かこの老人は、フェンリス魔法学校の元校長であったらしいから、さらにその前は一生徒だった時期もあるのだろう。まったく想像できない姿である。

「自分で自分ことを変じゃあないかと思い始めたのは、20代の後半からじゃったか。同年代の友人が、妙なことを言い出した」

「あんたの感覚が可笑しいって話か?」

 老人が自分のことを変だと思わないというのは、頭が鈍いと言わざるを得ない。

「近いな。しかし可笑しいと思ったのはわしの方じゃ。友人はこう言ったのじゃ、最近、憶えた公式や魔法知識が思い出し難くなる時がある。物忘れというのは、20代のうちから酷くなるものなんだろうか。とな」

 個人差がある問題に思える。ジンもまた20代であるが、物忘れに悩むということはあまり無い。しかし齢を取れば、誰でも感じるものではないだろうか。

「わしはな、その言葉の意味がわからんかった。一度憶えた物を忘れることがあるのか? そういう疑問を抱いたのだ。もし忘れているとしたら、それはそもそも憶えていないはずじゃないかと考えた。友人が言っているのはそういうことかと………」

「憶えていたことを忘れるってのは、多かれ少なかれあるだろ。赤ん坊の時の記憶なんて、誰だって憶えていないだろうし」

「わしは憶えておった」

「は?」

 老人は倒れるジンの顔を覗きつつ、自分の胸に手をやった。

「正確には、自身で憶えきった物に対しては、絶対に忘れんかった。本が一冊あったとして、流し読み程度ならわしも忘れることはある。しかし、一字一字をしっかり読めば、絶対に忘れることはない。それが何十年経とうとも」

「そりゃあ変だろ。普通じゃあない。人間、過去の記憶なんてのは、一旦憶えても次々忘れて行くもんだ」

 ジンの言葉に老人は首を振って答えてくる。

「じゃからそれが分からんと言っておる。必死になって憶えた物は、忘れんのが普通じゃあないのか? それが勉学というものじゃ。若い頃はそれが普通じゃと思っていて、友人は少し変なんじゃあないかと思っていた。実は変なのは自分の方じゃと気付くのは、さらに10年ほど経った後じゃった………」

 老人は虚空を見つめる。彼にしてみれば、遠い過去の記憶であるはずだ。この老人は他者よりも長く生きており、そんな老人の若い頃と言えば、ジンの親どころか、祖父祖母が生まれる前の世代の話なのだから。

「さっきも言った通り、わしは物覚えの良い方では無かった。じゃと言うのに、齢を経るにつれ、何故か研究成果が他者を上回ることが多くなる。他者はわしを努力の人などと呼び始めておったが、まったくの見当違いじゃと思ったよ。わしよりも努力をしておる人間は勿論おるのに、わしの方が優れた結果出せておったからな。しかしてわしの勉学や研究の効率が上がったわけではない」

 ジンは老人の言葉の意味が薄々だが気付き始めた。彼が何を語りたいのかを。

「才能というのは階段で例えたじゃろう? 階段のどこに至るかによって天才かどうかが決まると。若い頃は階段をひたすら昇ることを考えれば良いが、齢を経れば、如何にして階段を落ちない様にするかを考えなければならん。経験や知識、技術というのは、維持しようとしなければ劣化するものじゃから」

「だけどの爺さんはそうじゃなかった」

 ブライト・バーンズは頷く。彼もまた、奇跡所有者だったのだ。

「習得した知識と技術。それらが劣化しないという奇跡が、何時の間にかわしの体に起こっておったらしい。はたして何時からか。もしかしたら生まれつきによるものか。劣化しないという他者との違いが、わしの才能を底上げした」

 崩れない積木の様な物だ。積木を積み上げるのが不器用でも、時間さえ掛ければ、どれだけでも高く積み上げることができる。そうして、何時しかは他人より高い物を作り上げてしまう。

「そうして次には奇跡についての研究を始めた?」

「当然じゃろう? 研究者にとって、わしの奇跡を有用な物ではあるが、それで自分の能力を誇ったりはせんし、自惚れもせん。只々、自身の奇跡とはどういうものかという興味を抱いた。それだけじゃよ」

 だからハイジャング周辺に起こる奇跡についての情報を集め、自らも直接それらの奇跡を目にしながら、遂には黒い船を発見した。

「船を見つけて、わし自身の能力の源泉もこの船にあったのだと確信したわい。この船の知識領域と言えば良いのか、そことわしの頭が、どういうわけか一部合一化しておったらしい。わしの知識や技術の保存は、わし自身の頭で無く、船で行われていたと言うことじゃな」

「自分の頭の中を船に預けるってのは、そこからの発想か」

 ジンはブライトの本体であるところの箱を見た。自分の頭の中をあの小さな箱に納めるというのは恐ろしい話だが、この老人にとってはそれほど抵抗を感じぬ行動だったのかもしれない。

 そもそもが、老人の頭は船の同一の部分があったのだから。

「まあのう。じゃが、長年抱き続けていた望みはそれだけは叶わんかった………」

「望み? それがあんたの真の目的か?」

「そうともさ。階段で例えれば、わしはわし自身の頂点を知りたかった。船の力によって、わしが至れる高さというものは際限がわからぬ程に高くなってしまった。どれだけ知識や技術を集めても、そこが限界で無いのじゃ。もっと、もっと多くの研究と発展を行える。研究者としての欲求が止まらず、さらなる領域に至りたいと思い続ける」

 狂気に陥っている。狂っているとか、可笑しな感性を持つと思われたこの老人は、真に自分の奇跡によって踊らされているのだ。

「船は力を与えるが、残念ながら答えはくれんでな。じゃから、わし自身の手でさらなる高みを作り上げる必要があった。それが人造の神じゃ! 未だ知識の最果てを知らぬわしにとって、唯一、次の領域への道しるべとなる者。神とは祈りと人を越えた者の象徴じゃからなあ!」

 望みが叶わず、ただひたすらに暴走する怪物。それが老人の正体だった。理屈も何ももう無いのだろう。どうにかするには、説得など意味が無く、ただこの世界から排除する必要がある。そういう人種だ。

(んなこたあ、ハナっから分かってることだろうが。だが、どうやって倒す? 時間稼ぎもそろそろ終わりだ。動けなくは無いが、出来て一つの行動ってところだろう………)

 今までの話の中で、ブライト・バーンズを倒す情報はあっただろうか。足りぬ頭を必死に動かして、なんとか老人の話を聞き続けたが………。

「船と頭の一部が合一化していたのが爺さんの奇跡って話だが、今は一部なんて状況じゃあないよな」

「まあのう。その状況をさらに推し進めたと言ったところか。既にわしの頭脳は、船との完全な一体化を果たしておる。船の意思はわしの意思であり、わしの知識の幾分かは船からの物が多い。まあ、それにも限界があるが」

 それはわかる。自分自身で船の知識をすべて得られなかったからこそ、クロガネとカナを攫ったのだから。

「だけど、この船を爺さんの本体が動かしていることには代わり無い………」

「まあのう。中枢と言えば中枢じゃ。じゃから全力で守ろうとした。そうしてわしは若いのに勝ったわけじゃがな」

「それはどうかな!」

 ジンは最後の力で立ち上がる。すぐさま警戒する老人の横を通り過ぎ、本体の箱へ走る。

「ふん! そう来ると思って、既に防壁は張っておるわい!」

 ジンの目には、狙う箱の周囲の空間が歪んで見える。かなり強固な防壁だろう。鎧の剣でも、全力を出したところで打ち破れまい。だが、それは承知している。

「強固に張ってくれていることを祈るぜ! その方が良い!」

 ジンは盾の力で箱の上部へと跳ぶ。勿論、箱の全方位には防壁が張っているだろう。どこから狙っても、剣の力は通じない。だが、それくらいでなくては困る。

(魔法だって、その効果には限りがあるはずだ。防御を固めようと思えば固めるほど、魔法の範囲は狭くなるはずだろうさ。なら………)

 箱の上部から剣の力を放つ。しかし箱にその力がぶつかる前に、箱の防壁に防がれる。しかし、防壁外の部分は守られているわけで無い以上、剣の力はそれを破壊する。

 箱に繋がる管の様な物。箱の周りの備品、箱を支える部屋の床もだ。

「この船の装甲は薄いからな!」

 箱の周囲の床が破壊される。底が抜けたそれは、重力に従って下の階層へと落ちて行く。

「な、何を!」

 老人がこちらを見て叫ぶ。しかしジンは止まらない。最後の力を振り絞って、盾の力で箱の上部の位置に滞空し、剣の力で箱へ力を放ち続ける。

 下層へ落ちた箱は、再び剣の力に晒され、それを防御し、その周辺の床が破壊される。船の下層に向かって箱は次々と落ちて行く。箱そのものを魔法で守れても、それ以上のことができないからだ。

 老人は箱を防御することだけを考えすぎた。もう防御以外の魔法を使う隙は与えない。

「このまま沈め!」

 盾の力で箱を追い、ジンも下層へ。後に老人が続こうとしているが、盾の力によって落ちるジンの方が早い。

 剣の力の反動で軌道がブレそうになるが、盾でそれを無理矢理修正していく。ダメージが蓄積する体には相当な負担だったが、しかし剣の力を止めることはしない。これが正真正銘、最後の行動だ。これ以上の何かはできない。だからこそ、今、この瞬間に、後先を考えずに力を出し尽くす。この後が無いと覚悟しているからだ。

(頼むから、最後まで上手く行ってくれよ!)

 誰とも知らぬ何かに祈る。意地でも箱の上部に位置取りながら、さらに箱を剣の力で下方へと押し込み続けた。

 落ちて行く速度は早く、遂には船の底を抜ける。丁度、浮上しようとしている船をクロガネが押し留めているところであり、船底と地面にはかなりの隙間がある。もしかしたら、クロガネは既に船を束縛できなくなっているのかもしれない。

(だが、むしろ丁度良いタイミングだ!)

 箱は船を抜けて地面へ落下して行く。それを追って、ジンも船外へ出た。一旦剣の力を止めて、盾の力で地面へと軟着陸する。箱はと言えば、そのまま地面へ叩きつけられていた。しかし、まだ健在の様子だ。

「これで!」

 地面へ着地したジンは、再び箱に向けて剣の力を放つ。既に剣を持つことも困難なため、その力は先ほどまでよりは弱かったが、箱をその場から飛ばす力はあった。放つ方向は、できる限り船より遠く。力は箱にぶつかり、船から離れ、ハイジャングの町並みへと落ちて行った。

 ここまででわかることは二つ。どうやら、箱を守る防壁が無くなっていたこと。そして―――。

「……俺達の勝ちだな、爺さん」

 ジンの近くに、船から落ちて来た物がもう一つあった。何度も見た老人の体。それが、何一つ反応を示さない物体となって、地面に倒れていた。

 ジンが行なったのは、出来る限り箱を船から遠ざけることだった。箱そのものは守られていても、箱と船とを繋ぐ距離は開くことができる。箱が船を操っているというのなら、操れない距離まで箱と船を引き離せば、それは事実上、船を倒すことに繋がるのではと考えたのだ。

(思った以上に、その距離が短くて助かったけどな)

 箱を船から出した時点で、箱を守る防壁すらも無くなっていた。船の力と老人の本体がその繋がりを無くした証拠だろう。老人は船と一体化しており、そのおかげで強力な魔法を使えていたと思われる。老人自身が話していたことだ。彼の魔法の才に関しては、あくまで凡人のそれだったと。

(けど、多分、まだあの箱の中で頭だけ生きてるかもだよな。後で探しておかないと………)

 誤ってまた船に戻されでもしたら、今回の様な惨事が何度でも起こってしまう。しかし、それでもジンは勝ったのだ。多数の人員や仲間、貴族や王族の連中も入れておこう。それらの勝利だった。

「後は……そうだな、これから、どうやって逃げようか………」

 ジンは天を見る。老人の制御を失った船が落下を始めていた。まだ動力は辛うじて動いているらしく、その速度はゆっくりだ。しかし着実に下にいるジンへと近づいていく。

「普通なら走って逃げるんだろうが………駄目だ。一歩も動けねえ」

 ジンは立つことも出来なくなり、その場で倒れた。後先考えない作戦を行ったせいで、逃げるための体力を残していなかった。

「やばいな……敵には勝ったけど、船に押し潰されましたなんてなったら、洒落になんねえぞ」

 自分の鎧の耐久力は如何ほどだろうか。現状ではあまり期待できそうにない。

「まあ、さっきまでは負けて死ぬところだったのを、こうやって勝って死ねるんだから、随分とマシか」

 諦めて死ぬのでは無い、全力を出して上手く行ってから死ぬのだ。ならば、それで良いじゃあないか。

 ジンは目を瞑る。船が徐々に近づいて来る光景は正直怖い物がある。だが、その目蓋の裏がさらに暗くなる。丁度、周辺の影が濃くなった時にこうなるだろうか。

 なんだろうと目を開けてみれば、そこにはクロガネが立っていた。

「あん? ちょっと待て、お前まで巻き込まれるぞ!」

 船はそれほど高く飛んでいるわけで無く、クロガネから見れば、頭の擦れ擦れと言った程の高さであるはずだ。しかも徐々に高度を下げている。

 そんな狭い隙間に入り込み、クロガネはジンを守る様に四つん這いになった。すぐに

クロガネを船が押し潰そうとしてくるが、クロガネは地面に接した手足を支柱にし、意地でもそこを動かないという姿勢を見せた。

 クロガネと船が接した面からは多数の瓦礫が降り注ぎ、クロガネの周囲へと落下して行く。それら瓦礫の雨は時間を経る毎に酷くなり、船が完全にハイジャングへ着地するまで続くのだった。




 黒い船の襲撃から3日程経ったハイジャングの町。西区に続いて南区も破壊されたハイジャングは、その復興を漸く始めたばかりだった。

 復興と言っても、いきなり破壊された町並みが元通りになるはずが無く、まずは瓦礫の撤去と、その瓦礫になった家々に住んでいた人間の住居を用意することから復興は始まる。

 その中心となる場所は、やはり破壊された南区の町であり、そこをフライ・ラッドは、この国の女王であるミラナ・アイルーツと歩いていた。

「快挙と言ったところですかな?」

 フライは皮肉めいた言葉を口にする。ミラナ女王は復興状況の視察という名目でここに来ており、そうして黒い船の襲撃から、町並みはまったく変わってないことを確認している。彼女やフライの目線は廃墟や瓦礫が混じる町並みの中で、異様な光景となっている着地した黒い船に向けられていた。

「散々、町や庁舎を破壊されてのこれだから、手放しに喜べないわねえ」

 現在、黒い船はほぼ放置された状態だ。さすがに船員は全員捕えたのだが、それにも中々苦労させられたらしい。

 なにせ、向こうは奇跡に関わる武器を持っていたのだ。なんとかこちらは人の多さで押していたが、作戦途中で奇跡に関わる道具の殆どが使えなくなっていなければ、さらなる苦労をさせられていたことだろう。

「本来なら、真っ先にでも内部を調べなければいけないのですが、いかんせん、人手が足りませんからな」

 現在、黒い船は数名の兵士に外部の者が侵入せぬ様に見張りをさせている状態だ。町にこれだけの大参事を起こさせた物への対応としては、まったくもって心許ない。

「いきなりまた動きだす可能性もあるわけよ? 調査はひとまず置いて、一気に破壊できないものかしら?」

「クロガネが船の下敷きになっている以上、その様なことができる火力はありますまい。というか、暫くは黒い船を放置するしかないと思うのですが」

 なにはともあれ、今は町の復興に注力すべきなのだろう。今現在に置いても、町の治安は限界に近い。黒い船の対処に労力を割き、町自体が崩壊すれば意味が無い。

「そこは賭けよね。また船が動き出して町を破壊しようとすれば、今の私達には防ぐ手だてが無いもの………。クロガネと言えば、あなたの部下はどうなったのかしら?」

「あの二人……ですか」

 未だ事態は錯綜している。事件から時間を経ていない以上、その被害状況ですら正確に把握できていない。特に船内へと潜入した戦闘員達の中には行方不明者もいる。恐らくは死亡した後に死体が発見できていないのだと思われるが。

 ただし、フライの部下であるジンとカナ・マートンの状況については、フライは既に把握している。

「大事を取って、北区にある病室に入院させています。大きな怪我は二人共無い様子でしたが、最後には事態の中心に居たわけで、万一にでも怪我があれば大変ですから」

「そんなことは分かっているわよ。大事なクロガネを、黒い船の落下から身を守るための避難所に使ったのだから、無事でなくちゃ困るの。おかげで、クロガネはまだ船の下敷き。やんなっちゃうわ」

 ミラナ女王が、事件後も機嫌の悪さを継続しているのはそれが理由だ。彼女は既に、黒い船の襲撃から町を守った立役者として見られ始めているのだが、できればもう一つの英雄として、クロガネの存在を喧伝したいと言ったところなのだろう。

 事実、今回の作戦はクロガネが存在していなければ実行できなかった物だ。ミラナ女王とクロガネ。この二つを奇跡に立ち向かった重要な存在として周知させることで、彼女と彼女の道具は、アイルーツ国そのものの根幹に食い込むつもりなのだ。

「肝心のクロガネが、今は誰の目にも見られませんからなあ」

 町の復興を象徴するイベントには、代表者の慰霊式という物がある。そこにクロガネを配置すれば、かなり見栄えする物となるはずだ。勿論、復興が一段落してからの事である。また、それまでに黒い船からクロガネを救いだすというのは、中々に難しいだろう。

「まったく。事件の収束なんて、まだまだ先じゃないの。やる事が多くて悲しくなるわ」

 そんな言葉を口にするミラナだが、どこかその表情は活き活きとしていた。それはフライもそうなのだろう。

 実際に事件と戦う者達の仕事は終わった。であれば、これからはフライ達の様な、裏方役が主役となる番なのだ。



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