第四話 『虚仮の一念、船をも壊せ』
老人がジンの鎧へ手を伸ばそうとする。鎧に触れられれば、その瞬間、あの妙な戦闘技術によって、ジンは床かどこかへ叩きつけられるだろう。
反撃する時間も無い。だからジンはその場に座った。盾は天井方向へ。
「ぐうっ……!!」
ジンで無く、老人の呻き声が聞こえた。確かに盾の守備範囲は盾の前方に半円形で広がっている。それ以外は無防備なままだ。
ならば、自分がその半円形に納まる様にすれば良い。しゃがむ事で体の表面積を減らし、天井側に向けることで、唯一力の範囲外になる盾の裏側を床の方に向けた。
結果、盾の曲げる力にそのまま手を突っ込むことになった老人は、右腕を失う。
「とりあえず一人!」
右腕を失った老人に盾を向ける。力は老人の全身を襲い、原型を留めぬ形へと変化した。
「ならば次じゃな」
代わりはいくらでもいるとばかりに、次の老人が魔法防壁内へと入ってくる。これでは辺りが老人の死体だらけになりそうだ。
(………この防壁はなんとかできないもんかね。できたとして、あの老人が周囲を防衛しようとする限り、時間が掛かっちまう)
とりあえず防壁の抜け方は一つ思い付いた。ただし、その後が問題だ。部屋にあるガラスの筒を全部破壊しておきたいところであるが、その時間はあるまい。
(こうなったら船ごと破壊するか? って、それができたら苦労しないよな。奇跡の剣でも威力不足だ)
「考え事は良いが、動きが鈍くなっとるぞ」
「がっ! ぐえっ」
やってきた老人と戦うため、とりあえず立ち上がったのだが、盾の防壁外から手を伸ばされ、そのまま魔法の防壁に叩きつけられた。やはり真正面からやり合うには、こちらの実力に不足がある。
「は、はは。そういう器用な体捌きが出来るのなら、案外、二人同時や三人同時でも、上手い具合に動かせるんじゃねえのか?」
防壁に叩きつけられた反動で、体が軋むような感覚を覚えるが、それに耐えつつジンは話す。
「かもしれんのう。しかしどう努力しても、わしの精神は一つじゃから。一つの精神には一つの体で本来は十分じゃて。今は非常事態じゃからこうしているが」
一つの精神に一つの体。言っていることは当たり前だが、やっていることは異常者のそれだとジンは思う。
(うん? 一つの精神? 体は複数あって、一つの意思で動かしてるんだから当たり前だが、じゃあその精神の入れ物はどこにあるんだ?)
体は複数あるが、その中に本体がいるのだろうか。どうにも違う気がする。
(大事な物ってんなら、わざわざ出てくる奴はそうじゃあない。むしろ守ろうとするはず。探ってみるか)
ジンは剣を再び出現させる。右腕で握り、防壁の中で限界まで老人から距離を置く。
「できれば遠距離から攻撃したいと言ったところかのう。しかし、そう上手く行くか?」
こちらが剣の力を放つより先に、老人がこちらへ接近してくる。盾の力でそれを牽制し、盾の力場を老人が掻い潜ろうとするその隙を狙い、剣の力を放つ。
(できれば派手に攻撃したいってのが本音でね!)
剣は目の前の老人を巻き込み、さらに周囲の防壁へとぶつかる。あくまで力の反動によるものというフリをしながら、剣の力を振り回す。できるだけ広範囲に防壁へぶつかる様に。
(うん? 今、一瞬だが、あそこの老人達が動いたな)
魔法の防壁と言えども、ジンの剣の力に押し負ける可能性はある。それを警戒したのかもしれない。つまり、警戒して何かを守ろうと動いたのかも。
「やってみるか」
「なんのことじゃ?」
ジンに近づこうとしていた次の老人が聞いて来る。では、素直に答えてやろう。
「とりあえずは、この防壁から脱出する方法を、かな」
ジンは剣を床に向ける。防壁はジンの周囲に張っているが、床の方は盲点だろう。剣の力を放出し、自分の真下に穴を開けた。
「おお! そこは忘れておったわ!」
床にも防壁を張る能力は老人にあっただろう。しかしその発想は無かったはずだ。穴に落ち、下の階層にはまた部屋がある。ごちゃごちゃとした装置か何かが配置された部屋だが、とにかく向かうのは、上の階層で老人が警戒して動いた方向だ。
「ここくらいだなっと!」
下の階層ではこれ以上進めぬという場所までやってきて、今度は上へ剣の力を放つ。再び穴が開き、今度は盾の力で天井に跳ぶ。これでジンは幾つ船に穴を開けただろうか。ジン自身、憶えていない。穴を開ける度に船へダメージを与えていると思えば、痛快ではあるが。
「ふう。なんだこりゃ」
再び昇る上層階。またガラスの筒が立ち並ぶ光景を予想したが、どうにも違う。周囲にガラスの筒があるのは同様だが、ジンの目の前には、鉄の箱の様な物が大事そうに置かれていた。手に抱えられるくらいの大きさの箱だ。それが何本もの管に繋がっている。どこか間抜けな姿をしたそれであるが、何か大切な物である様にも思える。この箱を中心に、ガラスの筒が配置されている様ですらあった。
「とりあえず、壊しとくか」
「させんよ」
どうやらすぐに老人が追い付いて来たらしい。ジンの方は遠回りをして部屋に戻っただけなのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「まるで押し寄せる様だな………」
振り返るジンの目に映ったのは、何十人といる老人の姿だ。船内の他の場所で戦っていた老人までやってきているのかもしれない。もしかすれば、これが老人全員の姿だろうか。
「この場にいる全員を倒せれば、あんたを倒したことになるのかな?」
「試してみるかの?」
老人のうち一人が前に出てくる。また一人ずつ戦うつもりか。しかし、この光景を見たジンは、自分の考えに確信を持つ。
「この箱がそんなに大事か? なら、尚更壊してみたくなった」
言うや否や、ジンは剣の出力を最大にして、箱に曲げる力を放つ。群がる老人に守る隙は与えない。箱に近いのはジンの方なのだから、敵の防御よりも早く攻撃できたはずだ。だというのに―――
「な、ん、で、攻撃が通らねえんだ!」
確かに剣からは力が放出されているのに、箱の周囲で力は拡散している。丁度、箱の周囲に魔法の防壁が張られているかの様に。
「魔法は精神が起こすもの」
箱に向けて力を放つジンの腕を、やってきた老人が掴む。剣の力による反発を耐えるために力んでいたジンである。その力を利用することくらいなら、この老人はできてしまうのだろう。
掴まれた腕が体ごと振り回され、ジン自身の力を利用され、老人の群れがいる方向へと投げ飛ばされる。
「精神さえそこにあれば、魔法はそこを中心に使うことができるものじゃ」
別の老人が、投げ飛ばされたジンの足を掴み、そのまま床へと叩きつける。
「がふっ、があ………」
強い衝撃がジンの全身を襲う。自分の力を利用しただけではこれ程の衝撃は受けない。やはり、老人本人の力も強いのだ。
「おぬしはわしの本体を目にしたが」
また別の老人がジンの足を掴み、持ち上げてくる。老人の身長はジンより低いため、頭は床にぶつかったままだ。
「わしを倒すのはまだ力不足だったということじゃ」
足を掴む老人とは別の老人がジンの前にやってきて、腹部を強く叩いて来る。
「ぐっ……ふっ………」
ただのリバーブローだが、内臓に響く。いや、内臓も鎧姿になったことで強化されているはずだが………。
「あれが……あんたの………本体だと?」
息苦しさを感じるため、声を出すのも精一杯だ。実際は、鎧姿になれば呼吸を必要としないため、気のせいと言えば気のせいなのだろうが、それでもダメージを受けたのは事実で、そのダメージの感覚にジンは反応してしまう。というか、本当に鎧の機能に不備が生じ始めているのでは?
「今さら隠すまい。他の複製は、記憶が継続せんと言ったな? しかしわしは違う。一つの精神に複数の体を持つ。その絡繰りは!」
「がふっ……!!」
再び老人がジンの腹部を叩く。良く見ればジンを叩く老人の拳は、指が二、三本折れており、拳自体の形も歪になっている。どれだけの力で叩けたそうなるのか。自身の体を粗末に扱える、老人特有の攻撃と言える。
「頭の中身を別にしておくことじゃ。あくまで複製の体は空っぽの頭。それを本体の頭が操作する。そうすれば、複製を破壊されたとて、記憶を維持したまま、こうやって! 個人が! 自由に! 扱える!」
「があっ! ぐうっ! あぐっ」
何度も何度も、老人はジンの腹部を叩く。その度にジンは悲鳴を上げるが、老人の方も叩く腕が壊れていく。
魔法を使えば、もっと楽にジンへダメージを与えられるだろうに。ジンをじっくりと痛めつけるためか?
「ううむ。この体は、もう腕が使えんか」
そう呟くと、ジンを叩いていた老人がその場で倒れた。その後、別の老人が倒れた老人を引きずって横に退かすと、再びジンの目の前に老人が立つ。
「まあ、こういった風に雑な戦い方でも、それなりにやれて便利じゃろう?」
「さっさと……トドメを刺したらどうだ」
老人の言葉を返さず、あえて挑発する様な言葉をジンは吐く。
「その手には乗らんぞ。おぬしはまだ、幾つも反抗の手を隠しておるじゃろう? 剣と盾は何時でも好きに呼び出せるはずじゃ。気が向けば、わしの拘束なんぞ突破できるということじゃな。しかしあえて大人しく痛めつけられている理由と言うのは………」
老人は一旦、腹を叩くのを止めて、こちらの顔を覗く。
「わしの本体をどうやって破壊するか。それを探るためじゃあないかの? 容易くわしの拘束を突破しては、わしに警戒されてしまうからの」
そこまで気が付いているというのに、何故、魔法を使わない。単純な打撃だけでは、ジンの戦力は奪えないだろうに。
(それは多分、魔法を使わないんじゃあ無く、使えないからだ。あの箱には老人の本体が存在するとして、その本体を守るために、魔法の力をすべて防御に回している。だから身体を動かすしかできないんだ………)
老人の本体を破壊する方法。それは、老人に別の魔法を使わせることだとジンは考える。防御以外の魔法を使わせれば、箱の防御がそれだけ薄くなる。ジンの攻撃も通るだろう。
「なら……そろそろこっちが反撃させて貰うぜ!」
ジンは手に盾を出現させて、足を掴む老人に向ける。老人の体は歪み、ただの肉塊に変形した。
さらにもう一方の手で剣を出現させ、辺りを薙ぐ。今度はその力を阻害されず、何本かのガラス筒と同じくらいの老人が破壊される。勿論、老人の本体である鉄の箱は無事なままだ。
「どうした? さっきみたいに、魔法の防壁で俺を包まないのか? 何を狙ってる?」
魔法を使えないことを予想しながら、それに気付かないフリをする。隙というのは、油断した時にこそ生まれるもので、警戒心を敵に抱かせては元も子も無い。
「こっちにも事情というものがある。狙いというならそうじゃろうが、まあ、詮無いことじゃよ。気にするな」
あくまで魔法を使えない理由は隠すつもりらしい。ただし、その言葉では事情があると自ら明かしている様な物だ。
「だったら、全員ぶっ潰すまでだ」
これもまた事態解決への方法だ。敵が魔法を使えないのならば、老人が倒しやすくなったということである。実際、剣の力でまとめて老人を倒すことができた。
「そう何度も喰らわんさ。これでも一応は知恵がある」
一人の老人がそういうと、他の老人がその場から掻き消えた。
「なっ!?」
「何が起こったのかと問われれば、以前に見せたはずじゃな。転移というものじゃ。これは船の力であってわしの魔法では無い。じゃからわし自身の魔法が使えなくても使えるんじゃよ」
何時だったか、老人自身が説明していた覚えがある。離れた場所へ瞬時に移動できる力だったか。ジンが前に黒いペンダントを使って黒い船に侵入した時も、転移という力の効果なのかもしれない。
「戦う人間は一人に限り、倒され次第、戦力を逐次投入するってわけか」
「可笑しな作戦に思えるか? じゃが、時間稼ぎという一点のみで見れば、それなりに思えるが」
「自分の体を犠牲にする前提がある時点で、異常な作戦なんだよ!」
ジンは残った一人の老人に対して、剣の力を放つ。老人は避ける努力をした様だが、剣の力の方が早い。老人を剣の力が潰すのを確認すると、ジンはとりあえずその場から盾の力で離れた。
自分で跳躍するよりも遠い距離を移動したジンは、今まで自分がいた場所を見る。すると、転移とか言う力によって空中に現れた別の老人が、地面へと蹴りを入れていた。ジンが動かないままであれば、あの蹴りがジンの頭部を襲っていただろう。
「おっと外れか」
「そうなんども同じ手を喰らうかよ」
ジンは再び老人へ剣の力を放つ。しかし今度の動きは老人の方が早かった。剣が向けられる前に横方向へと移動し、剣の力が届く頃には、その力の範囲外に立っていた。
「同じ手を喰らわんのは、こちらも同じじゃて」
老人はジンに向かって突き進んでくる。老人が魔法を使えないとなれば、転移による奇襲か、接近戦を挑んでくるしか無いだろう。
(それに焦れて、魔法を使ってくれれば良いんだけどな!)
接近を望む老人には、遠距離からの攻撃が定石だろう。その方が安全だ。だからこそ、ジンの方からも老人に向かって走る。
「積極的に攻撃ってな!」
盾を老人に向けて、そのままぶつかる。盾に押し潰される老人を確認すると、また盾の力で距離を置く。しかし、老人が再び現れることは無かった。
「なんだ? まだ弾切れには早いだろ」
ジンは辺りを探る。今度はどんな奇襲で挑んで来るか。戦闘訓練時代を思い出し、敵の虚を突く攻撃はどんなものがあったかと思い出そうとする。
「手っ取り早く相手の隙を狙うなら、確か………そう、待ち伏せか」
ジンはすぐ近くにあるガラスの筒に向けて剣の力を放った。力は、割れるガラスと人間の複製体、そしてその奥に隠れていた老人を破壊した。
「やっぱり隅に隠れてやがった。やることが素人臭いんだよ」
戦う技術と経験は上でも、戦闘そのものに対する知識は低いのだろうか。自身の興味にのみに突っ走る研究者というのは往々にしてそうなのかもしれない。
「またどっかに隠れているのか? だったら、遠慮なくこの部屋を破壊させて貰うぜ!」
剣の力を今度こそ部屋中へ向けた。魔法による防壁が無ければ壊し放題だ。中に人の体があると知ってしまったので、破壊が続く光景は酷く気分の悪い物だったが、それでも破壊の手を止めない。
「ええい! 止めんか!」
漸く焦りを感じ始めたのだろう。今日何体目かの老人が今度はジンのすぐ近くに現れ、剣を持つジンの腕を掴もうとする。
「そんな攻撃じゃあ止まらねえな!」
既に盾の力も展開済みだ。伸ばす手が潰れる老人を見て、ジンは挑発を続ける。
「あんたも、あんたの企みも、この部屋ごと潰せばそれで終いだ! 本体の箱とやらは、後でじっくり解体して、今までやって来たことの報いをとことん―――ぐっ、がっ!」
突如、その場で弾き飛ばされるジン。飛ばされた後は、床を滑り、うつ伏せに倒れた。
老人は横にいるというに、攻撃は真後ろからだった。別の老人からの攻撃かと思ったがそうで無い。老人は潰れていない方の手のひらを、ジンの背中側に向けていた。
「勝手が過ぎるぞ、小僧。とことん、何をするつもりじゃ?」
老人はとうとう魔法を使った。盾の防御外からの一撃。魔法をそのまま質量に変えて、敵を叩く魔法だろうか。渾身に思えるその魔法は、ジンの鎧すらも壊しかねない威力があった。その衝撃に悶絶するジン。しかし―――
「こ……の………」
「この? 次は何じゃ?」
「この! 時を! 待っていた!」
ジンは力が抜けそうな手を無理矢理に動かし、床へ倒れたまま剣を握って、老人本体の箱に向けた。
「しまっ―――」
老人は再び魔法で防壁を張るつもりか。しかしもう遅い。剣の力は既に箱へ届こうとしている。
豪快な破砕音が部屋に響き、破壊により生じた埃が部屋中を包む。
「はっ、ははは。まんまとこっちの策に……嵌った……な………マジ…かよ」
埃が晴れた後に残るのは破壊の跡だ。壊れたガラス筒や部屋の床、天井。そして無事なままの箱。
「少し焦ったぞ。こちらとしても賭けじゃった。箱を守る防壁魔法を維持したまま、また違う魔法を使う。もしその防壁を突破する程の力があれば、おぬしの勝ちじゃったが………」
最後に放った剣の力は、少しだけ今までより弱かった。度重なる鎧へのダメージと、うつ伏せという姿勢の影響で、十分その最大出力を活かせなかったのだ。その結果がこれだ。
「くそっ………結局、あんたの方が一枚上手か………」
隙だらけのところを魔法で攻撃されたため、これまで蓄積していたダメージと合わせて、ジンにはまともに動けるだけの力が残されていなかった。箱を狙う剣による一撃が、ジンに残されていた最後の一手だったのだ。それを打ち砕かれた以上、できることは何も無くなる。
「結果はのう。いや、若いのは良くやったと思うぞ? 船の中を散々に破壊しおって、これだけの損害を取り返すのに、どれだけの期間を必要とするか」
老人の悔し気な表情は、今回の作戦でジンが得られた最大の成果かもしれない。ただ、それ以上のことができなかったのが口惜しい。
「さて、船の呪縛もなんとかなった様じゃのう」
変化は感じられぬものの、カナが船へ魔法を掛けることを止めたらしい。時間切れという奴だろう。丁度良いタイミングかもしれない。
「クロガネを……これから奪う気か………」
「いや、さすがに今回は止めて置こう。とりあえずの撃退はできたわけじゃぞ? 喜んだらどうじゃ。まあ、おぬしの命だけは貰っておくが」
カナが無事ならそれで良いかと諦めかけた時、部屋全体が大きく振動した。
「な、なんじゃ!?」
どうやらこの振動は、老人にとって想定外の出来事だったらしい。勿論、ジンが何かをしたわけでは無い。しかし、心当たりが無いわけでは無かった。
(俺が何もしてないってんだから、こんなこと仕出かす奴なんて一人しかいないだろう)
カナはまだ諦めてはいない様だ。
「でりゃあああああ!!!!!」
クロガネ空室で叫ぶカナ。クロガネはやる気では無く魔力で動くため、威勢の良い叫び声は体力を消耗するだけで終わるのだが、今はそんなことを気にしていられない。とにかく勢いが肝心だ。
カナが何をしているかと言えば、クロガネの棍棒で、浮かび上がろうとする黒い船の先端を何度も叩いている。
「もう一発!」
一度叩けばまた棍棒を振り上げ、さらにもう一度。魔法により船へ抑えることに限界があると感じたカナは、自分の魔力が尽きる前に、船を抑えつける方法を変更したのだ。魔法で抑えるので無く、物理的に上から下へと叩きつけてやろうという作戦に。
「良く考えてみれば! こっちの方が! 船に直接ダメージを与えられて! 効率が良いかも!」
最後に頼るのは原始的な方法だ。いや、魔法で巨大ゴーレムを動かすというのは、最先端の技術が使われているのだ。それで行う作戦なのだから、棍棒で敵を叩くというのも最先端な方法であろう。多分。
「でも、ジン先輩の攻撃で穴が開くくらいだから、脆いかと思ったけど、全体的には頑丈にできてるのかなあ」
なんどか船を叩き、その装甲に歪みは生じているものの、全体的な構造はまだ健在な様子。恐らくは基礎部分が酷く頑丈な物質でできているのであろう。装甲自体は破壊できても、それ以上の崩壊には至らない。
「ちょっとやそっとのダメージじゃあ、船はまた動きだしちゃう。だから中に入ったジン先輩が、直接、船の動力か何かをどうにかして貰う必要があるんだろうけど………」
船の内部で何が起こっているのか。それをカナは知りようが無い。カナが恨みを感じているブライト・バーンズも、船から出て来た形跡が無いため、船内にいるのだろう。もしかしたら既にジンと戦っている可能性もある。
「だったら、私は外から出来得る限りの援護をしなきゃ!」
だから何度も船を棍棒で叩く。無駄に動き回る事はできない。何故ならばクロガネの周囲には、船に乗り込んだ戦闘員以外の戦闘員が、カナと同じく外部から黒い船を攻撃しているからだ。弓や槍、鈍器に剣。それら諸々の武器を使い、なんとか黒い船にダメージを与えている。そうして結果も同じく、あまり芳しい成果は出ていない。しかし、諦めようとはこれっぽっちも思わない。
(せっかくやってきたチャンスだもの! 今までの気持ち、全部ぶつけてやる!)
自身のすべてを今は黒い船へ。まだ何かをできるのなら、その何かをするのだ。船の中にいるジンだって、きっと同じ気持ちであるはず。
そう信じて、カナは再びクロガネに棍棒を振り下ろさせた。