第三話 『虎穴に入って虎と戦う』
黒い船へと侵入したジンを待ち受けていたのは、左右に続く廊下両方を塞ぐ、以前戦った大きな鎧男二体だった。
「一体だけじゃなかったのかよ………」
うんざりしそうな歓迎に、愚痴を漏らしてしまう。しかしこのまま逃げ帰るのも恰好悪いから、相手をすることになるだろう。
とりあえず剣を右側の鎧男に向けて一発。剣の力がぶつかるより前に、力を放射した反動を利用して、左側の鎧男へ跳ぶ。
後方から力が鎧男へぶつかる衝撃音を聞きながら、盾を左側の鎧男へ叩きつけた。鎧の力で鈍器を叩きつけられるというのは、それだけもちょっとした威力があるだろうが、敵の鎧男は頑丈そうなので、盾の力を使わせて貰う。
盾の曲げる力は防御のために用いるものだが、敵に接近した状態で使えば、敵の体そのものを曲げる。瞬時に鎧ごと捻じれた敵の鎧男は、そのまま動かぬ死体に変わった。一応、後方を確認すると、同じような状態になった鎧男が倒れている。
「こいつらは、俺みたいな力を使えないのか?」
「思うに、今倒したのは作業用なのじゃろう。その物騒な武器を使うことはできんらしい」
「!!」
ジンは声が聞こえると同時に、その場を跳ね、とにかく距離を取ろうとする。少し離れた場所から見れば、案の定、ジンの死角に立つ様に、ブライト・バーンズの姿がそこにあった。
「相っ変わらず、唐突に現れるな」
「おぬしの驚いた顔が見たいのかもしれんのう」
ケラケラと老人は笑う。こちらは鎧姿なのだから、表情なんて見えないだろうに。性根から気持ちの悪い老人である。
「まあ、あんたがこっちに来ているということは、他の防御が薄いってことだから、それでも良いか」
この老人は単独の戦力でも相当なものだ。他の戦闘員達の前に現れていたら、かなりの被害が出ていたことだろう。
一方で、ジンが相手をするなら、奇跡の力さえ使えば戦える。
「そう上手く行くかのう」
「ここはわしの陣地じゃからなあ」
「は?」
目の前の老人が口を開くと同時に、自分の後ろ側からも声が聞こえた。まったく同じ声色のそれを聞いて、ジンは恐る恐る後ろを振り向く。
そこには、先程倒した鎧男のそばに立つ、ブライト・バーンズの姿があった。
「死んだ人間を生き返らせるんじゃあなく、同じ人間を複製するのが黒い船の奇跡ってことかよ………」
「まあ、そういうことじゃなあ」
「ああ、そうじゃ、わし同士の仲違いは期待せんといた方が良いぞ? わしの場合は、意思は一つで、体が複数というだけじゃからなあ」
老人はそれぞれ話し終ると、ジンへと襲い掛かってくる。
(動きは単純か!)
魔法も使わずに突進してくる二人のブライト・バーンズ。体術にも自信があるというのは知っているが、それにしても無謀だ。
こちらには飛び道具があるのである。
「手加減してるのなら、こっちのやりたい様にさせてもらうぜ」
ジンは近い方の老人を盾で牽制して、もう一方の老人を剣の力で薙ぎ払う。ただし正確に狙うことはしなかったため、命中は期待していない。あくまでこちらも牽制だ。
近づく老人達の接近を防ぎ、ジンは近い方の老人の脇を通り過ぎた。やるなら一遍にだ。
「じゃあな、爺さん! 死んでもすぐに生き返ってくるなよ!」
老人が二人並ぶ廊下目掛けて、再び剣の力を振るう。廊下の幅全体に広がるくらいの出力だ。足を踏みしめ、剣先からの反動に耐えながら、廊下の先に力を放ち続けた。廊下の壁が軋み、ひび割れ、そろそろ船体にも幾らかダメージが与えられそうだと言ったところで、ジンは力の放出を止める。
目の先にはボロボロになった黒い船の廊下と、原型を留めぬ状態の人の体と、鉄くずが転がっていた。そうしてその奥には、老人がまた一人。
「手加減では無く、死んでも構わんという吹っ切れた攻撃だったわけじゃ。これでおぬしの攻撃方法がどういうものか、幾らかはわかるじゃろう?」
先程の二人の老人は、確かに自分が仕留めたはずであるから、3人目が現れたことになる。というか、ジンの目の前で死んだ老人が、これで合計4人になる。
「ほんっとに不気味だな」
「結構。こういう事に慣れぬというのならそう思うじゃろうて。しかし便利と言えば便利じゃぞ? 自分の命を心配せずに戦える。さっきみたいな無謀な行動をして、そちらの戦力を探るという、普通ならできんこともできる」
身体への負傷に対する価値が低いということだろう。致命的なそれであっても、後で幾らでも挽回できるなら、簡単に実行してしまう。しかし―――
「本当にそれだけか? 幾ら予備の体があると言っても、単調な動きをする意味がないだろ」
「ほう。ではどういう理由があって、わしの行動の説明を付ける?」
「例えば……単調な行動しかできないとかな」
単なる思い付きの言葉だったが、確か老人は体を動かす意思は一つと言っていたことを思い出す。この老人は、別にジンだけを相手にしているわけでも無いだろう。もう一つの黒い船への入口には、他の戦闘員が殺到して、この場所以上の防衛戦力が、黒い船の方から投入しているはずだ。その状態で意思が一つということは、複数の体をたった一つの思考で動かさなければならないということ。
「さっきの二人は潰さない方が良かったかな? 動かす数が増える程、一人一人の動きは鈍くなるだろうからな」
「………正解じゃよ。どうしても投入できる戦力に不足があってな、動きが鈍くなろうと、何体か同時に動かさなければならん。普段なら一人動かすだけで良いのじゃが」
老人はあっさり認めた。彼が追い詰められているということを。体が複数あるというだけで十分に強力な力だが、一応の欠点として、複数動かせば、一つ一つの体を動かす能力は低くなるというものがあるらしい。
「じゃが、それを知ってどうする? 悪いがわしの数が減れば、こっちが肉体を操る効率は上がるぞ? あ、いや、そうなればこちらの動員戦力が減って、攻め込まれやすくなるから、それはそれで問題じゃのう………」
何か困っている様子の老人だが、ジンの狙いは老人の考えの外にある。
「安心しろよ。暫くはあんたを倒さない」
「ほう。見逃してくれるのかのう?」
「目の前のあんたはな。ただし、この船は別だ」
ジンはそう言うと、老人に背を向けて廊下を走り出した。これでも方向感覚は良いつもりだ。カナがさっき指示した船の場所へ、とにかく向かってみることにしたのだ。
(あの爺さんが増えるのがこの船の奇跡なら、もしかしたらカナが覚えていたその場所に奇跡の根本があるのかもしれない!)
「む!? そっちが逃げる気か!」
老人はジンを追ってくる気らしい。どうせなら、他の戦闘員のところへ向かってくれれば良いのに。
「逃げ足には自信があるんでね!」
とりあえず背後に剣の一撃を放ってから、再び走り出す。幾らかの足止めにはなるだろうか。しかし老人が一人ではないのだとしたら、また別の場所から追ってくるかも。
「どっちにしろ、ちまちまと相手をしてたらキリがねえっての」
何かしらこの状況の打開策を立てなければならない。そのためには、今、目指す場所こそが鍵になる様に思えた。
(ただの勘でしかないけどな)
入り組んだ廊下を進む。分岐路や行き止まりが重なり、今、自分がどこにいるかどうかが分からなくなりそうだ。しかし、ここで迷ってしまっては、また老人がやってくるかもしれないし、黒い船を倒すことなど夢のまた夢だ。
(目的の場所は、ここからさらに西の……上側あたりかな。階段はどっかにあったか?)
黒い船は幾つかの階層に分かれているらしく、階層を行き来する階段は限られた場所にしか無い様だ。
「どこかに階段は………探してる暇は無さそうか?」
「………厄介じゃのう」
「まさかとは思うが………」
何処からともなく、また二人の老人が現れる。いや、別のもう一人、さらに一人。
「多いな、おい」
「わし以外の人間は、おぬしが開けたもう一つの入口に向かっていてな」
「おぬしに回せる人材は、わし自身しかおらんのだよ」
だからと言って、こんな人数を用意する必要はないだろうに。
(こりゃあ、思った以上に追い詰めているのか?)
ゴールは近いかもしれない。ただし、その前に立ち塞がるブライト・バーンズ達をなんとかしなければならない。
「道が塞がれてるなら仕様が無いよな」
「残念じゃろうが、暫くはわしの相手をして貰うぞ? 時間さえ掛ければ、またこの船を浮上させることができるじゃろうからのう」
カナの魔法が切れる時が、こちらの反撃終了までの制限時間と言ったところだ。それまで、ずっとこの老人の相手をしているわけにはいかない。
「言っとくが、こっちは本気でやってんだ。真正面から突撃なんて方法を取ると思うか?」
ジンは剣を真上に向けて、曲げる力を放つ。力の反動が肩から足にまで駆け巡り、ジンを押し潰そうとするも、耐えられぬ程では無い。どちらかと言えば、天井を破壊した際に降ってくる埃の方が気になった。
(多分、もう少しだと思うんだが)
目的の場所には近いはずだ。だからこそ老人側も焦っている。ジンは廊下を塞いでいた老人を無視して、自身が開けた天井の穴へ跳ぶ。
上の階層にも廊下が続いているが、どうにも下側と様子が違っている。
「なんだこれ? あちこち光ってるが、火やランプの色じゃあ無いよな?」
青や緑に光る窓の様な物が複数配置されている廊下が存在していた。窓からは外が見えず、照明用なのかとも思うのだが、明らかに目に悪そうな光である。
「おっと、考えてる場合じゃあ無いか」
下から老人が迫ってくる足音が聞こえる。ここで立ち止まっていては、また老人に道が塞がれるだろう。
「とりあえず方向はこっち……って、これ、扉なのか?」
どこから開けるのかわからない扉が廊下を塞いでいた。左上から右下まで、斜めに線が入っているから、もしかしたらそこが開くのかもしれないが、どの様な構造をしているのかさっぱりだ。
「金属の扉ってわけじゃあないな? どっちかと言えば陶器か? なら、簡単に壊せるかもな」
ジンは扉に向けて剣の力を放つと、案の定、扉は脆く崩れた。道を塞ぐ扉が開くかどうかを考える前に、さっさと壊してしまった方が効率的かもしれない。
(扉をくぐるとその先は………別世界と言えば別世界だな)
扉の先にあるもの。それは幾つもに並ぶガラスの筒が続く大部屋だった。部屋の灯りは全体的に青く暗い。カナが向かってみてはどうかと提案した場所は、確かこの部屋辺りだったか。
「なんだこの筒は…………っ!!」
ガラスの筒を一つ覗き込むジンの目に、驚愕の色が浮かぶ。筒の中には裸の人間が浮かんでいた。女だろうか、筒自体が光を発しているせいで、中が良く見えない。
「他の筒もそうなのか!?」
並ぶ別のガラスの筒をジンは覗く。男、女、若者、老人、様々な性別、年代の人間が筒に入っている。
「なんだ、こりゃあ………」
「複製人間の製造場と言ったところかのう」
また唐突に老人の声が聞こえる。しかし、今度は自分の虚を突く場所で無く、視界に映るガラスの筒の一本からの声だった。
その筒は、ガラス部分だけが上部への登って行き、中身が外部へ晒される。筒の中身はブライト・バーンズだった。彼は最初、目を閉じた状態だったが、目を開き、自身の体を見ると、パチンと指を鳴らす。すると一瞬で裸の状態から、ダブついた灰色のローブを着込んだ姿になった。
「ここで予備の体を作ってたってわけか………他の人間の体もあるってことは………」
悪趣味という次元を越えている。吐き気すら覚えるこの部屋の風景に、どうしてだか目の前の老人は馴染んでいた。
「その通り。ここは船員を製造するための場所でもあるのじゃよ」
「百年前の信者勧誘からずっと船員の数を維持し続けたのは、こういうからくりか!」
大した勧誘活動もしていないのに、カルシナ教徒の船員を維持できている理由が、ここに来て漸くわかる。船内で船員を作っていたのだ。
「そうじゃとも。殆どの船員は、そのことを知らんがのう。複製された前ならともかく、後の記憶は共有せんようにしとるから。今、別の場所で戦っている者達は、未だに世界が百年前と思っとるんじゃないか?」
永遠に縛られる奴隷だ。例え死という世界への別れがあったとしても、この場所でまた自分が作られる。
「まあ、幾ら複製できると言っても、不慮の事故で体が完全に失われることもあるから、外部からは定期的に検体を用意したり、努力や苦労をしたわい」
それがこの老人がハイジャングの裏社会に度々登場していた理由か。以前、ハイジャング地下の大空洞で不正な商売をしていたジャイブという男も、この老人に船員の元となる人を提供し、見返りとして奇跡を起こす道具を与えられ、大空洞での商売も許可されていたのかもしれない。
「それだけのことをして、一体何が目的なんだ」
「目的? おかしなことを言う奴じゃのう。これらの装置は目的でもなんでも無く、船員不足を補うための道具に過ぎんよ? というか、この装置についての事を明かした時、多くの人間はおぬしの様な反応をするんじゃが、どういうことじゃ?」
こちらの発言の意図が掴めない。そんな顔を、老人は本気でしていた。時間が経過すれば、船員は齢や事故で減員する定めだ。だから、ここでその補充をしていた。その程度の感慨しかないのだろうか。
「道徳ってもんはあんたに無いのか?」
「道徳? ううーむ。いや、昔、似た様なことを言われたぞ。思い出した、あれはカルシナじゃったか。死んだ大工の体を使って、実験的にこの装置を使って見れば、死んだ時の記憶を維持したまま複製に成功したので、その後は助手だったり、船員集めのために作った組織の長をして貰っていたんじゃよ。その後、暫くして、自分はどうして生き返ったのかと聞いてきたから、この部屋のからくりを明かすと、おぬしと同じ様にわしに道徳が無いと言っておった」
ブライト・バーンズは、カルシナ教教祖のカルシナ・ハイの事を言っているのか。以前、この船で捕えられた時、同じ部屋にいたあの白骨死体のことを。
「意味がさっぱりわからんかった。便利な道具があって、それを使うというのは、道徳に反する物なのか? 終いには自分は既に死んでいるはずの人間だったと、自分で自分の命を絶ちおって。命を粗末にする方が、よっぽど道徳に反すると思わんか?」
駄目だ。この老人と話を続けていると、こっちの頭までおかしくなりそうだ。ジンはこれ以上、会話を続けたくないという衝動から、ガラスの筒から出て来た老人に、剣を向けた。
「この部屋も、この船も悉く破壊してやる。二度とこの船の奇跡は使わせない」
「ふん? そちらはそれが最初からの目的じゃからのう。勿論、わしはそうさせんよ?」
老人はそう言うと、再び指を鳴らす。すると部屋のガラス筒が幾つか上部へ上がり、中から老人の複製体が現れた。
(全部で10人近くいるか? 動きが単調になるとは言え、かなり厳しいかもな)
ただし、こっちも手加減をする必要は無いはずだ。この部屋を壊すこと自体に、何の抵抗も感じないのだから。
「こういう場合、守りながら戦う方が不利だよな?」
ジンはそう言うと、剣の出力を最大に、部屋を薙ぎ切る様に一回転した。剣の力は部屋を平行に周り、ジンの周囲のガラス筒を壊したかの様に思えた。しかし―――
「なんで無事なままなんだよ!」
「ここではわしの魔法が特別、強力になるのでな」
「おぬしの周囲に防壁を張ることもできる」
二つ目の発言はすぐ近くで聞こえた。咄嗟に声の方向に盾を向け防御する。手の届く範囲に、何時の間にか老人の内一人がやってきており、その拳をジンへと叩きつけようとしていた。
盾の力を発動させ、近づいた老人ごと空間を捻じりつつ、このまま囲まれては叶わぬと、部屋の壁際まで盾の力で跳ぼうとするが、目に見えぬ壁にそれを阻まれる。
「くっそ、今度は魔法の力を使って、俺を防壁で包んだか!」
「その通り。このままおぬしを捕えたままでも良いが、休ませるというのも癪じゃから、幾らか相手をして貰うぞ」
老人の内、一人がジンに近づく。複数を同時に動かせば十分に戦えなくなるので、一人一人で戦うつもりなのだろう。それにその方が、ジン相手に時間を稼げる。
(時間は向こうの味方ってわけか。他に船へ侵入している戦闘員はどうしている? 助けに来てくれる可能性は……考えない方が良いか)
こういう場合、自分に都合の良いことは起こらない。誰かの助けを期待していれば、肝心な選択肢を見逃すかもしれない。
「ちっ、兎にも角にも、あんたの相手はしなきゃならないってことかよ」
「宜しくお願いしようかの。この船が再び浮かび上がるその時まで」
老人の言う通りにさせるつもりは無いが、今は戦う内に、状況の突破方法を見つけるしかない。
ジンはとりあえず剣を手放し、盾を構える。老人の魔法によって周囲に張られた防壁は、戦う際の間合いにもなる。遠距離武器として有効な剣は、接近戦では邪魔な長物になるかもしれないから捨てた。剣はジンの手から離れると、そのまま虚空に消える。あくまでジンの意思によって現れる物であり、ジン以外の誰かが使うことはできない様になっているらしい。
(盾の力は、接近戦でも有効だからな。案外、勝手に盾と決めつけてるだけで、防御と近接戦用の武器を兼ねているのかもしれない)
ジンは自分が持つ奇跡の盾をそう評価する。盾を持つジンは、それなりに警戒すべき相手と思われているのか、老人は中々攻めてこない。
相手の出方を待つ余裕はこちらに無いため、攻め込ませて貰おう。
「前みたいな戦闘技術じゃ、この盾の力は防げないだろ!」
ジンは前方に盾を向けながら、老人に突進する。盾の力の範囲に入っただけで、敵に致命的なダメージを与えることができるため、自身は単純な動きをするだけで十分なのだ。
「確かにのう。しかし戦い方を工夫すれば、何とかなるもんじゃろう」
老人が手のひらをこちらに向けた。そこから放たれる炎の魔法だが、盾の力によってジンには届かない。
(もっと威力の高い魔法もあるだろう? なんでそれを使わない)
その疑問はすぐに解ける。老人の魔法は、ジンにダメージを与えることで無く、視界を奪うことだったのだ。炎の魔法が一旦止んだ先には、誰もいない。
「……上か!」
普通の場所には移動していないだろうという勘が、ジンの視線を上へ向かわせる。身体能力によるものか、また別の魔法によるものかはわからぬが、確かに老人は、ジンの真上を飛んでいた。
「ふむ? 上側には盾の力は及んでおらんのか。となると、盾の前方に半円形の範囲が、盾の力の範囲に思える」
老人の目的は、そのままジンの真上を飛び、そのまま後方に着地することにあったらしい。その行為だけで、盾の力の範囲を知ろうとしたのだろう。
(万が一にでも、自分が盾の力の範囲に入る可能性もあるだろうに……そうなっても構わないってことか)
目の前の老人は、数ある老人の一人に過ぎない。危険を承知で敵の情報を探るという行為を難なく行ってしまえるのだ。
「つまりは、なんとかおぬしの前方以外に回り込めば、わしの力が通じるというわけじゃ」
「だろうな。だったらどうする?」
ジンが警戒するのは、目の前の老人以外の、この部屋にいる老人だ。単独での行動と言っておいて、別の老人がジンの虚を突いて来るというのは、十分にある可能性だ。
「では、こうしようかの」
老人はその場を動かない。そして、ジンの勘も大外れということでも無かった。突如として、ジンの背中が何かに打たれたのだ。
「周囲に張った防壁か!」
「わしの魔法によるものじゃぞ? これくらいは自由に変形できる」
防壁はジンの周囲すべての方向に存在している。だから、何時でもジンを叩くことができるのだろう。しかし、それ程の威力は無い。強く叩いた程度である。鎧の装甲を貫くには不十分だ。だが、それでもジンの姿勢を少し崩すのには成功していた。その状態を逃す老人では無い。
「そこじゃ!」
姿勢を崩したジンの視界から、大きく横に老人の姿が動く。驚いたのは、ジンの視界が動くよりも早く、老人が動いたことだ。
完全に死角に入られた。次にジンが老人の姿を確認したのは、老人の腕が、ジンの左後方から突き出された瞬間である。