表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒金  作者: きーち
第八章 決戦、ハイジャング
54/59

第二話 『急いて事を仕損じろ』

 黒い船警戒のために、国防騎士団やハイジャング自警隊が展開しているのは、ハイジャングの南地区である。

 本来はハイジャング全体を防備する役目の人員まで集めた状態であるため、一見すればかなりの人数に見える。

「だいたい、この南区だけで五百人ってところか? 集めるだけ集めたってところだな」

 ジンはハイジャング南区に集まる黒い船の対策人員の一人として、この南区を見張っていた。ただし見張りと言っても、過剰な人数が投入されているため、正直、ジンがまじめに見張る必要も無いだろう。それに敵である黒い船は、空を見ればすぐに発見できる。

「まあ、狙いがあのクロガネというのだから、整備テントがある南区に集まるのは必然だろうさ」

 ジンに言葉を返す人間がいる。国防騎士団師団長のダストだ。若干、暇を持て余し気味だったジンは、南区に知り合いがいるのを見て、話し掛けに来たわけだ。

「ダストさんはあっちに居なくて良いんですか? 確か中央会議のメンバーだった様な」

 ジンは南区からハイジャング中央に繋がる道の先を見る。ここからでは見えぬが、その方向には南区に展開した戦力を迅速に指揮するため、危機対策中央会議室のメンバーが、急遽作られたテントに集まっている。

 立派な庁舎の立派な会議室の中からの指示では、士気も上がらぬだろうという判断によるものだが、後ろに控えているという点では、庁舎内だろうが簡易テント内だろうがあまり変わらない様に思える。

「あくまで俺は団長代理として出席していたから、本当に有事の際は、自分のところの師団を指揮する立場になるのさ。まあ、女王陛下が今回の作戦を提案したせいで、日和見していたうちの団長が、慌てて会議に出席したせいで、俺はお払い箱になったとも言えるが………」

 ただ、現場の方が気は楽であるとダストは話す。確かにこの人は、上の方で権謀策術に巻き込まれるよりも、部下達を直接指揮する立場が似合っている。短い期間ではあるが、国防騎士団内で戦闘訓練をしたことのあるジンの実感だ。彼の元にいる部下は、それだけで結構やる気を出しているのが証拠だ。

「うちの室長なんて、メンバーに呼ばれないってんで悩んでるんですから、贅沢な発言でしょうよ。まあ、俺なんかは行けと言われても行きませんけどね」

「ははっ。安心しろ、お前なんぞが呼ばれる場所じゃあない。黒い船を俺達が首尾よく撃退できたとして、もっとも利益を得るのがあのメンバーだ」

 その発言には、多少の嫌味が混じっているのだろう。口だけを出して、実際に働くのは別の人間だというのに、結果に残る物はすべて中央会議のメンバーの物となる。そのことに苛立ちを感じるというのは、わからないでもない。

「失敗した時の責任も同時に背負い込んでくれるんですから、まあ、仕方ないことでもあるでしょう?」

「だな。しかしそれらも、今回、作戦の提案者となった女王陛下の一人勝ちになるだろうが……それとも一人負けか」

 南区でクロガネをおとりにして、黒い船を誘い込み、黒い船へと直接乗り込む。元々は魔奇対が考え出した作戦であるのだが、ミラナ女王の耳に入ることで、彼女が発案し、中央会議室と魔奇体の共同作戦として現実化することとなった。

 実際問題として、本当に黒い船が攻めて来るかはわからぬし、攻めて来たとして、この南区であるのかも未定の状況である。ジンの見立てでは、ミラナ女王は損な賭けに出た様に思える。

(ただ、勝ちさえすれば、大した成果にはなるわな)

 敵は強大な奇跡の産物だ。それを一国の女王が立てた作戦で撃退できたとなれば、女王自身が英雄視される様にすらなるだろう。

「他に方法が無いのも事実でしょうし、俺としては、やりたかったことができるってのは有り難い」

 黒い船をもう一度攻撃するには、現在の状況こそ望むところだ。新しく手に入れた奇跡の力を、十分に活かせる可能性は高い。

「その件に関して不満は無い……が、アレは本当に上手く行くのか?」

 ダストが指差す方向には、一件の建物がある。今回の作戦の要とも言える物だ。

「さて、俺にはわかりませんよ。ただ、うちの室長曰く、案外、上手い具合に引っ掛かってくれるかもって話ですよ」

 南区に展開している人員には、あの建物がどういう意味を持つのかが皆わかっている。黒い船への奇襲に使う物だ。しかし、誰でもわかるものを、黒い船側が引っ掛かるだろうかという不安もある。

「あいつの指示かあ。大当たりする場合と大外れする場合があるからなあ」

 フライ室長の提案であっては、不安は拭えないと愚痴るダストだが、結構、精々とした表情をしている。友人の提案なら、外れても文句は言うまいという覚悟がジンには感じられた。




 急遽用意されたテントは穴だらけで、そこから漏れる光が眩しい。その光にミラナは目を細めながら、丁度、西日が輝く時間帯だったかと思いに耽る。その状態から、ミラナを現実に無理矢理引きずりだしたのは、隣に立っていたフライ・ラッドの言葉だった。

「中央会議のメンバーのために用意されたテントなら、まだマシな物でしょうに。なんでわざわざここに」

 中央会議用テントから少し離れた場所。南区に展開する人員からはより近い場所に用意されたテントで、ミラナは椅子とすら言えない箱にとりあえず座っていた。

 テントはフライが魔奇対の作戦場として用意した物である。ただし、彼以外の人員はすべて出払っているため、現状はフライとミラナの専用テントと言えなくも無い。

「だって、現場からは近い方が良いでしょう? なにせ私が主導で進めている作戦ですもの」

 兵士達が動くところを自分の目で見たいということだろうか。まったくもって危険で無謀な行いだが、周囲の人間からの評判は良い。前線近くで女王の姿が見えるというのは、働く気分を高揚させられる物らしい。

「しかし、楽しみにするにしても、そろそろ飽きてきませんか?」

「まったくね。こうやって南区に防衛戦力を集めてから、既に一日経っているわけだけど、黒い船は相変わらず空の上。避難民を世話する役目の人員も割いているから、そろそろ治安の心配もしなくちゃいけない」

 呑気に構えている様に見えるミラナ女王であるが、内心では焦りを感じているはずだ。一点に戦力集中すると言えば聞こえが良いが、防衛できる期間を削る作戦であるのだ。迫る期限が明日か、もっと先か、それともすぐにでもかは分からぬが、それを過ぎれば、黒い船の侵攻を待たずにハイジャングという町が維持できなくなる。

「ですが、そろそろでしょう」

「ええ。そろそろよ」

 そろそろ南区に展開した人員に疲れがでてくる頃合いだ。そうして、町自体の限界もそろそろ近い。攻め入るならそろそろと言うことだ。

 フライはテントから顔を出して空を見る。

「やはりか………」

 南区からさらに南を見て、正面に位置する空に、黒い船は浮いていた。ほぼ一定の速度で動く黒い船だが、昨日まではこの時間帯でこの位置に見えることは無かった。

 そうして黒い点が目に見えて大きくなっていく。距離を考えるとかなりの速度だ。高度も低くなっている様に見える。

「このまま、こっちに突撃してくるつもりかしら」

「その様ですな。船ごとの特攻。望むところでもあります」

 この機会を待っていた。あの巨大な船に突撃されれば、当然、ハイジャングを大きなダメージを受ける。ドラゴンの襲撃により破壊された西区に続いて、南区も廃墟だらけの町になるかもしれない。

「町を犠牲にすることについてはどう思います?」

「民の避難は済んでいるわ。家々の破壊は心苦しいところもあるけれど、そういう感情は、作戦がすべて終わってから、たっぷりと味わいましょう?」

 ミラナ女王もフライに並んで近づいて来る船を見る。自分達はこうやって見ていることしかできないのだ。指揮を執るのは、実働する人員に近い立場にいる指揮官であるし、直接戦うのは、もっと下の立場の人間だ。

 それらから遠い人間であるフライ達は、只々、黒い船と騎士や兵士達が戦う姿を、眺めていることしかできないのだろう。




 黒い船が近づいて来る。その光景を見るジンは、まるで死刑執行を待つ死刑囚の様な気分になってくる。あの様な巨大構造物が町に接触すれば、町の被害と同様に、そこにいる人間も巻き込まれることは間違いない。勿論、ジンもその人間の中に含まれている。

「他の騎士達が逃げないってのは、訓練や意思の高さの賜物かねえ」

「どちらかと言えば、逃げたとしても、手遅れそうだからじゃないか?」

 南区から並んで空を見るジンとダストも同様で、今から背を向けて黒い船から逃れられるなら、そうしているだろうという気分だった。

「ダストさん、どうする?」

「部下達が俺の指揮を待っている。逃げずに仕事をするさ」

 ダストはそう言うと、並ぶジンから一歩前に出る形で離れて、そのまま彼の部下達の元へ歩いて行った。

 大した人間だと思う。本能的な怖れより、鍛えた意思が強いタイプの人間だ。尊敬できなくもない。

(俺も、そういう人間だったら良いんだけどな)

 彼の様に、命の危機を前にして、なお自らの役目を果たせるか。自分の正念場はここであろう。

「と言っても、まだ何かできる段階じゃあないんだけどな」

 ジン達の仕事は、黒い船が着地した後になる。あの船が町に接近するまで、何かをできる状況ではない。

(室長の作戦はここから本番になるが、本当に有効に働くか………)

 もし成功しなければ、ジン達はこのまま黒い船に押し潰されることになるだろう。奇跡の力が使うジンならば生き残ることができるかもしれないが、他の人員は別だ。反抗することもできず、黒い船の餌食となる。

「………」

 ジンは空を見た。いや、見る必要はない。黒い船はもうすぐ近くまでやってきており、嫌でも視界に入る。そうしてさらに町へ近づく。

 どうやら空に浮かぶ黒い船は、動力音らしき音を出しているらしく、ゴウゴウと煩く耳に響いている。それがまた圧迫感を生み出しており、黒い船の巨体に圧倒されそうであった。未だ眼前を覆う程では無いにしろ、黒い船はハイジャング南区の門に今にも触れると言った距離にある。

(いや、遠近感から考えて、まだ門よりはもっと向こうにいるってことか……つまり)

 成功だ。フライ室長の狙いに、敵はまんまと嵌った形になる。黒い船は、ハイジャング南区で無く、町の南門近くにあるクロガネ整備用テントを狙っていた。

 ここからは見えぬだろうが、始まりの合図は、黒い船がクロガネ整備用テントを破壊してからだ。

 すぐにテントが破壊される音が南区に響き、黒い船さらにハイジャング側へと進む。町の防壁を破壊し、町中にその船頭が顔を出した。

(だが、中に乗っている奴らは想定外の状況に驚いているはずだ)

 黒い船はクロガネ整備用のテントを破壊した。クロガネが存在しない、空っぽのテントをだ。

(室長は、敵にクロガネが整備用テント内部にあると思い込ませた。敵の狙いがクロガネにある以上、真っ先に襲ってくる場所が町中で無く、町の外のテントになる様に)

 そのために、クロガネをパーツごとにバラして、テントから持ち出すという激務を整備班員達は行う破目になったそうだが、その甲斐はあったと言ったところか。

(黒い船の監視が外れるところで、少しずつクロガネの手足や胴体を別の場所に移す。手品としては初歩の初歩だろうし、本当に引っ掛かるとは思わなかったけどな)

 しかし、現実は黒い船がこちらの策に嵌っている。ならば、馬鹿らしく思えた次の作戦も上手く行くかもしれない。

 鍵は移動したクロガネがどこにあるかである。南区に展開した戦闘員達は、誰もがその答えを知っていた。

 クロガネ程の巨体を移動しようとすれば、そう長距離は無理である。移動先は、南門を町側に入ったすぐそこ。黒い船に気付かれぬ様に、建屋へと偽装されたそれこそが、クロガネだった。

 3号装備と名付けられたそれは、偽装するところを誰もが見ているから、まさか黒い船が本当に気付かぬとは信じられなかった。だが考えてみれば、黒い船にだけは気付かれぬ様に偽装を施していたから、黒い船から見れば、その場所に無かったはずの家が増えた程度の感覚だったろう。

(それでも違和感を覚えたっておかしくはないだろうが……もしかして、家が増えたことすら気が付かなかったか?)

 何にせよ、作戦は順調に進んでいる。クロガネは南門を突破した黒い船に反応して、偽装状態で座った状態から立ち上がった。まるで家が変形し、人型になる様な錯覚を受けるが、最初からクロガネは人型だ。体に取り付けられた偽装がそう見せているだけである。

 手には回収された巨大棍棒が存在する。クロガネはその棍棒を、町へ侵入する黒い船に向けた。棍棒から魔法を放つつもりなのだ。使う魔法は事前に決まっている。カナが得意とする、手を触れずに物を動かす魔法である。

(ただし、宙に浮かすんじゃあなく、上から叩きつけるんだっけか)

 物を持ち上げることができるのなら、物を抑えつけることもできる。クロガネ大に強大化した魔法は、黒い船全体に襲い掛かり、町へと侵入しようと進む黒い船を押し留めた。

「よし、今だ!」

 ジンが叫ぶのと同時に、南区にいる戦闘員が雄叫びを上げて黒い船へと突撃していく。別にジンの声が合図になったわけではないだろう。

 最初からの予定通りだっただけだ。クロガネが黒い船を押さえつけて、その隙に南区に展開した戦闘員が黒い船へ乗り込む。予定は順調この上ない。

 現場指揮官達が部下に黒い船へ進むことを指示し、それが終われば自らも進む。これまでの経過で、多少の疲れは見えるものの、漸くやって来た機会のおかげか、全員が恐れずに黒い船へと向かっていた。

「………あとは黒い船内部に侵入するための通路が必要だな」

 確か黒い船から脱出する際に、船底へ穴を開けたはずだが、今は地面と接しており、入ることは叶うまい。

(そもそも地面と接していなかったとして、穴が開いた状態のままってわけでもないだろうし)

 だからもう一度、あの黒い船に人が入れるくらいの穴を開ける必要がある。そうして、その方法をジンは持っていた。

「あまり使いたくは無いんだが、この際は仕様が無いだろ」

 そう自分に言い聞かせ、鎧姿になる。それだけなら何時も通りだが、両手には剣と盾が握られていた。一度、出し方さえわかれば、簡単に出せるというのが怖いところだ。気が向いた時に、周囲の何もかもを破壊してしまえるのだから。

(そんな状況には慣れたくないなあ)

 ジンは鎧姿のまま周囲を見る。通り過ぎる戦闘員達が、奇異や驚きの目でこちらを見ていることを確認し、これが今の自分の立場だと認識する。

(やっぱり、周囲からは変な奴だったり怖い奴だと思われているか。そのことさえ忘れなければ、まあ、あの爺さんみたいにはならないかもな!)

 ジンは盾の力を使い、宙を跳ね飛ぶ。突如として空を走る鎧男の影に、目を剥いて驚く戦闘員達を見下ろしながら、ただ一直線に黒い船へと向かう。

 剣の射程圏内に黒い船が存在するのを確認すると、剣を向け、その破壊的な力を手加減抜きで放つ。

 剣から放たれる力は、放射された周囲の空間を曲げ、埃を巻き上げながら、黒い船の側面へとぶつかる。

 激しい衝撃音が鳴り響き、砂煙が一旦は攻撃の跡を隠すものの、それが晴れた頃には、人が通るには十分な大きさの穴が、黒い船の外装に残されていた。

「その穴から船に侵入しろ! 敵はもう手の届くところだ!」

 ジンの奇跡の力を見て、戦闘員達が驚くよりも早く、ジンは次の指示を大声で叫ぶ。今はジンの力に周囲が疑問を覚えている場合では無いのだ。兎にも角にも船が再び空を飛ぶ前に、敵をすべて撃退しなければ。

(っと、その前に、とりあえず顔を出しておくか)

 ジンは盾の力を利用して、また別の場所に跳んで行く。向かう先は、黒い船を魔法で抑え付けている、クロガネの胸部だ。

「おーい。上手くやれてるかー」

 黒い船へと乗り込む前に、挨拶でもとやってきたわけだ。ついでに元気づけられればなどという気遣いもあったり無かったり。

 そうこうするうちに、胸部への入口が開き、じと目のカナがこちらを睨んでくる。

「………なにやってるんですか、ジン先輩。こっちは魔法を使い続けて大変なんです。さっさと敵を倒してきてくださいよ」

「おーおー。元気はまだありそうだな。励まさなくても済みそうだ」

「励ます? 今さらそのために来たんですか?」

 首を傾げるカナ。この様な状況で何をしているのかと呆れているらしい。

「悪いか? これでも、後輩への気遣いは忘れてないんだぜ?」

「悪いですよ。時間を無駄にしている場合じゃないでしょう?」

 まあ、こういう風に怒る奴だというのはもうとっくの昔に理解している。

「思った以上にあの黒い船の外装が脆かったんでな、予想より船への侵入が早まりそうだから、ちょっと寄ってみたんだよ。許せって」

「予想より早く進んでいるなら、そのまま予定を前倒しにしてください。そっちの方が私も嬉しいですから」

 確かに魔法を使い続けているカナは、苦しそうである。早めに作戦を成功させる必要はあるだろう。ただし、やはりここに来たのは無駄話のためだけでは無い。

「こりゃあただの勘だけどな、もう一波乱ありそうな気がするんだよ。ここまでが順調に進み過ぎだ。あの爺さんが敵にいるんだぞ? このまま何事も無く終わるってあるかなあ?」

「………ジン先輩もそう思いますか? 私、実は話しておかなくちゃならないことがあったことを思い出したんですけど………」

「それこそ今さらだろ。いったい何だ?」

「黒い船の内部に入っても、もしかしたら単純に戦うだけじゃあ、敵を完全に排除できないかもしれません」

 心配そうに呟くカナ。クロガネから下を見れば、もう既に戦闘員がジンの開けた穴から黒い船へ乗り込んでいる姿が見える。

「確かに、あの爺さんや、俺みたいな鎧男が向こうの戦力にあるからな、一朝一夕には行かないか」

「それだけじゃあないんです。船で記憶を流し込まれた時、実は、船の内部構造や機能を一部知ることができたみたいで……けど、上手く思い出せないというか………」

「それ以上思い出そうとするのはやめろ。そんなことで精神に疲労を感じちまえば、魔法だって上手く使えなくなるぞ」

 自分の頭を擦り始めたカナに、思考を続けるのを止めさえる。彼女が魔法を使えなくなれば、黒い船が再び宙に浮き始めてしまうかもしれない。

「そうですね……ただ、船のあそこあたりに、何かありそうなんです。ジン先輩なら向かえますか?」

 カナは船の左側面。その中腹辺りを指差した。そこに何があるかは思い出せないらしいが、船にとって重要な場所なのだろう。

「そうだな、俺が船に侵入したら、とりあえずそこを目指してみることにするよ。まあ、厄介な敵が現れない限りだけどな」

 そう言い残して、ジンはクロガネの胸部から跳びあがり、自分で開けた黒い船の穴へ向かった。

 しかしすでにそこには戦闘員が殺到しており、ジンが入り込むには、少々狭苦しい印象を受ける。

「入口が混雑してるのなら、もう一つを作れば良いだけだよな」

 ジンは再び剣の力で黒い船に入口を開ける。相変わらず予想より脆く、剣の力でなら船体を傷つけることができてしまう。

(もしかしたら、戦闘用の船じゃあないのかもな、これ)

 ブライト・バーンズも、黒い船はハイジャングの地下で発見したものであり、本来の用途がどういうものかは分かっていないはずだ。黒い船の本来の使い方とは何なのか。興味が尽きない話だが、今は船へ侵入することが先である。

 穴が開いたのは、今度は地上から少し上がったところで、他に直接入り込める人間はいないだろう。ジン専用の出入り口と言ったところだ。

「中がどこに繋がってるかはわからねえけどな」

 黒い船内部の構造について、これまで二度入る機会があったものの、ほとんど知らないままだ。中に入って、迷子にでもなったらどうしようか。

「その時は、また穴でも開ければ良いか」

 敵の襲撃が無ければ、剣の力を使って、目的の場所へ一直線に向かって見るのも良いだろう。黒い船にはできるだけダメージを与えるべきだろうし。

「っと、危ない危ない。力に酔ってきてるな。道があるなら、壁を壊したりせず、道なりに進むのが普通なんだ」

 頭を手の甲でコツコツと叩いてから、船の内部に侵入する。穴の先には廊下が存在していた。どうやら細い廊下の壁を、黒い船の外装ごと破壊していた様だ。

「さて、何が出てくることやら」

 どんなことがあっても驚くまい。これから進むのは、奇跡の真っ只中なのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ