表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒金  作者: きーち
第七章 潜入、黒き箱舟
50/59

第四話 『戦う者達』

 ブライト・バーンズに襲い掛かるジンだが、体が酷く重くなる。案の定、体を縛る魔法を掛けられたらしい。

「さて、まずはこれの攻略方法を考えて来たか?」

 息すら出来なくなるほどの力。体の動きを一切止められるというのは、生きるという行為を奪われたに等しく苦しい。だが、既に味わった苦しさだ。

「無理……矢理……にでも、動かせば良い! あんたがそう教えてくれたよな!」

 息すらできずに声もでない。そのはずだが、どうやら自分の鎧は、そんな常識に縛られないらしい。息を必要とせず、多少の呪縛は物ともしない。そこにダメージがあると言うのは、鎧の姿を普段の自分だと考えるための錯覚だ。どれだけ苦痛であろうと、どれだけ体が引き裂かれる様に感じようとも、この鎧はそれを克服する。

 魔法による金縛りをジンは突破した。そうなれば、老人の体はすぐそこにある。ただし、油断は禁物だ。魔法による金縛りは、老人が戦う上で使う手管の一つに過ぎないのだから。

「次は純粋に戦うための技能を試験しよう。奇跡の力は短時間で成長するかもしれんが、戦闘技術となればそうはいかんぞ?」

 老人は東方の技術だとか言う妙な近接戦闘を行う。攻める側の力を利用する戦い方だ。それに対する攻略方は? 勿論、そんな物は存在しない。

「悪いが、俺の策は最初から力押しだ!」

 ジンは勢いに任せてブライトに掴みかかる。しかしジンが伸ばした手にブライトが触れると、魔法かの様にジンの力がねじ曲がる。小さな老人を掴もうとする上から下の力が、老人を避けて老人の後方へと向かう。力を受け流された形になるだろうか。ブライトがその気になれば、ジンの力をそのままジンへ返すことができただろうに。手加減されたのである。

「ほっ。若いのう」

 猪突猛進な若者を諭す防御と言ったところか。しかしジンのそれは度が過ぎていることを教えてやろう。

 ジンは受け流されていく方向にクロスボウを向け、引き金を引く。そうしてタイミングを合わせて地面から足も離した。

 クロスボウの中で火薬が弾け、矢が跳びだした。だが、それはどうでも良い。火薬で無理矢理跳ばされた矢は、宙を真っ直ぐ跳ばず、辺りを跳ねまわるが、それもどうでも良い。

 重要なのは、矢を発射した反動がジンの体に伝わることだ。巨大な火薬を使ったクロスボウの反動は、老人が受け流した力を打ち消してまだ余りある。普段は鎧の力で体を支えて、その反動を抑えつけているが、今はあえて体を自由にする。

 反動はジンを襲い、体の軌道を無理矢理老人側へと押し戻す。クロスボウが撃つのは矢だけでなく、ジンの体も飛ばしたのだ。

「そうくるか!」

 ジンは体がバラバラになる様な感触を味わいながら、背中を向けて老人へと飛ぶ。いや、飛ばされる。なんとかブライトを通り過ぎる前に足が再び地面へと着くも、勢いを殺さず、足が滑ったかの様に体を反転させ、さらに前へ。

 クロスボウの反動と自身の脚力。それらを利用して、普通では出せぬ程の速さで老人へ突進した。既にクロスボウ本体は捨て、出来るだけ体を丸めている。ジン自身が弾丸となり、老人へと突き進む。

「今度はわしにとっての試練かの」

 老人はジンの体に再び手を触れようとする。またジンの力を利用して受け流すつもりか。自分への試練と言ったが、この速さはブライトにとっても初体験と言うことだ。

「うおらぁっ!」

 叫び声はあくまで威勢を付けるための気分だ。別に体がこれ以上速くなるわけでは無い。しかし、そのおかげか知らぬが、ジンを受け流そうとする老人の手を潰すことには成功する。

「ぐっ、ぬぅ」

 老人の顔が苦悶に歪む。痛みによるものか、自分の挑戦が破られたことに対する悔しさか。どちらにせよ、ジンにとっては痛快だ。目に見える形で老人にダメージを与えられたのだから。

 そうしてそれだけでは終わらない。老人の手を潰した勢いのまま、ジンは老人そのものへもぶつかる。そもそも、まともに止まることを考えていなかった。ブライトに掴みかかるも、勢いは無くならず、二人して揉みくちゃになりながら床に倒れ、滑って行く。

 頑丈な体を持つジンなら別に良いだろうが、老人の体は床に擦れ、摩擦の少なそうな床とは言え、体を削られる。さらにジンは滑りながらも、なんとか老人を床へ押し付けた。

 勢いが止まって、ジン立ち上がる頃には、移動した分だけ老人の“赤い跡”がそこに残っていた。

「なんとか決着……かな?」

 ジンは老人を見る。ジンがぶつかった衝撃と床を擦れた際のダメージで、既に半死半生と言った有様だ。もしかしてもう死んだか?

「は………はは。やるのう………」

 どこに喋るだけの力が残っているのか。少しだけ削れた頭で、ブライトは笑みを浮かべながら言葉を口にする。

「まさか、ここまで上手く行くとは思ってなかったよ」

 クロスボウの反動については、あくまでブライトの虚をつくための一手でしか無かった。なんらかのダメージを与えて、それを突破口に次の一手をというだけの方法に過ぎない。しかし、存外に大成功という結果を持ち込んでくれた。

「あれを作った人に感謝だな。帰ったら礼を言っとかないと」

「そうか……見れば面白い技術だ………世の中、興味深いことが多すぎる………」

「だけど、あんたはもうそれを知ることができない。ここで死ぬんだ」

 あっけない決着だ。あっけなさ過ぎて、自身の溜飲がすべて下がったわけでは無いのだが、終わってしまうのなら仕様が無い。

「死ぬ? わしが? そうかもな………良くやったぞ、若いの」

「褒められても、嬉しかないね」

 既に老人の目蓋が閉じようとしている。笑みも薄れ、ただ平坦な口元になろうかというその瞬間、老人の目が見開き、これまで以上の満面の笑みでジンを見た。

「わしも、奥の手を出さねばな!」

 そう叫ぶと、老人の体はその場で死体へと変化した。最後の命を燃やし尽くした。そんな叫びだというのに、その叫びが奥の手を出すだと?

「不吉な言葉を残しや……が…な、に……」

 背後から激しい衝撃が襲ってくる。鎧に口と消化器官があれば、内容物を吐き出していたかもしれない。ジンはゆっくりとその衝撃を感じた方を見る。

 自分の背中。そこには小さく皺だらけの握りこぶしが存在していた。この様な小さな手で、あれだけの衝撃を生み出したのか。

 ジンはゾッとする心地で腕の持ち主を見る。先程死んだはずの老人が五体満足のままで立っていた。

「隙は勝利を確信した瞬間にこそ訪れる。なにせ人間というものは、何時かは気を緩めるものじゃからのう」

 ジンは言葉を話す老人と、既に事切れ、物言わぬ死体になった老人を交互に見る。どちらも幻では無い。いったい何が起こっているのか。先ほどの衝撃で気を失いそうになっているジンには、皆目見当もつかない。

「さてと、隙を作った以上、その報いは受けて貰うぞ? ほれ」

 老人はジンの背中から手を離し、次はジンの右腕を握る。何をするかと反抗しようとしたが、その力を利用され、体ごと床へ叩きつけられる。今度はクロスボウの援護も無く、無様に床へ這いつくばった。

「がっ…!!! くふっ」

 肺の空気がすべて引きずり出される感覚。しかし鎧姿のジンの体には肺が無いだろうから、それも錯覚か。しかし、ダメージは体の芯まで響いている。

「ぶ、ブライト様。これはいったい………」

 廊下で隠れながら様子を見ていた船員が、ジンがブライトに倒されたのを見て顔を出した。ジンはなんとか意識を繋ぎながら、その会話の中で、現状の謎を解く答えが無いかと探る。

「魔法じゃ魔法。気にするな。分身を作る魔法なんじゃ。これからこの来客を来客席まで運ぶから、おぬしらはそれとこの場を片付けて置いてくれ」

 “それ”と言い、ブライトは顎で自分の死体を指す。

「あ、あの、それはブライト様の………」

「そういう物ができる魔法なんじゃ。わし自身が言うんじゃから、間違い無かろう? さっきも言ったが、早く自分の仕事に戻る様に」

「は、はっ! 畏まりました!」

 船員はそれ以上ブライトに追及せず、ジンが荒らした部屋を片付け始めた。

(そんなんで納得するなよ! 魔法なわけないだろ!)

 ジンはそう叫びたいものの、体の調子が戻らず声が出ない。

「さて、鎧姿のままじゃあ、すぐに状態も回復しそうじゃのう。上手く拘束するには……こうじゃな」

 ブライトはジンに魔法を掛けたらしい。物を浮かせる魔法だ。中空に浮いたジンは、身動きが取れなくなる。というより、身動きをしても触れる物が無いため、どうしようも無くなる。

「何を………する気だ………」

「もう喋れるくらいに回復しよった。さすがじゃのう。早めにこうしておいて正解じゃ」

 今のジンは、金縛りに遭うよりもっと酷い。宙に浮いたまま、手足を溺れた人間の様にバタつかせることしかできない。

「何をする気かと問われたら、こう答える。仲間のところまで案内してやろうとな」

「仲間……カナか!」

 老人が連れて行くというのなら願ったり叶ったりな話であるが、このまま事が老人主導で進めば、最悪の結果が待っていそうだ。

「そう、カナ・マートンのところへな。会いたいじゃろう? 今、丁度彼女は頑張っているところでな、若いのが応援いてくれるのなら、それなりの助けになるかもしれん」

「俺は! あんたからカナを助けに来たんだ!」

 やはり既に老人はカナに対して何かをしているらしい。早く行動しなければ、手遅れになる可能性もある。

「そうか。しかし、わしも目的があるしなあ。邪魔されるわけにはいかんし、暫くはこのまま拘束させて貰うが、良いか?」

「良いわけないだろうが!」

 体をバタつかせるも、老人は魔法でジンの手足が決して何かに届かぬ様に体の位置を動かしてくる。

「さて、向かおうか。なあに、すぐそこじゃ」

 そう言って、ブライトは移動を始めた。その後に続く様に、ジンの体も自分の意思とは無関係に宙を滑って老人の後を追う。

 今は暴れても体力を消耗するだけかもしれない。そう考え、暫くはじっとして置くことにした。そうすると、気になることが頭に浮かんでくる。

「……なあ、爺さん。あんた本当は、さっき死んだんじゃあないのか?」

 ジンの目には自分が倒したはずの老人の姿が浮かぶ。その老人と、今、こうやってジンを拘束している老人は同一人物である様にも思える。しかし、やはりあの老人の死体は本物とも思えた。

「それで正解じゃよ。知らんかったか? この黒い船には死者を蘇らせる力が存在しておる」

 カルシナ教の教祖であるカルシナ・ハイ。彼は死から蘇ったことでカルシナ教という教えを広めることになった。黒い船という存在が現にいるのだから、その話にも奇跡によるタネがあるのだろう。

「カルシナと同じく、爺さんもあの世から舞い戻って来たってわけかよ」

「まあ、だいたいはそういうことじゃのう。いろいろと細かいニュアンスは違うが………」

 細かい話をされてもジンにはわからない。ただ、老人の異変には理由があると知れただけで十分だ。

(殺しても生き返ってくるのかよ。どうすりゃあ倒せる? この船ごと叩かなきゃ、完全に倒すのは無理なんじゃあないか?)

 厄介な老人は、その実、想像以上の厄介さであったわけだ。その厄介さが黒い船によるものだとしたら、船自体をどうにかしなければ、もうどうしようも無いということではないか。

「さて、そろそろ感動のご対面だ。と言っても、彼女はクロガネの中にいる」

 廊下を歩き、床下へと続く階段を降りた先に、クロガネを収容する大部屋が存在していた。カナがいるはずの胸部には、妙に角ばった箱が幾つか取り付けられており、もしかしたらそれがカナをクロガネの中に閉じ込めている装置なのかもしれない。

「カナは無事なのか!?」

「さあ。今はどうであったか………声を聞いてみるかの?」

「何?」

 ブライトが軽やかに階段を降りて行き、クロガネの胸部に取り付けられた装置に触る。すると装置から音が漏れてきた。その音は徐々に大きくなり、声として聞こえはじめた。

「カナの悲鳴か!?」

 装置から聞こえるのは、カナ・マートンの悲鳴だった。かなりか細く、呻き声にも聞こえるそれは、明らかに苦しんでいる。

「おい、ジジイ! カナに何をした!」

「何かをしておる途中じゃ。彼女には、船の知識を頭に叩き込んでもらう予定でな、その過程では苦痛を伴うから、この様に悲鳴が聞こえる。今は聞こえん様にしておいた方が良いかの?」

 ブライトは再び装置に触れると、カナの悲鳴が聞こえなくなった。しかしそれはカナの苦痛が取り除かれたわけではなく、ただ、ジンの耳に届かなくなっただけだ。

「ふざけた実験してんじゃねえ! 興味本位での行動なら、他人を巻き込まず自分の体で試してみろ!」

「ごもっともな意見じゃな。しかし、もう既に試して失敗しとるから問題なのじゃが………こうなれば、他の人間に試してみるしか無かろう?」

 宙で暴れるジンを、さらに部屋の中空に持ち上げながらブライトが話す。ジンは彼に向かって叫び続けるものの、その言葉がブライトに届くことは無かった。

(くそっ! 考えろ、口で説得なんてのはあのジジイには無理だ。となれば実力行使しか無いが、その方法が………)

 どうすれば空中に浮かされた状態から逃れられるだろうか。今の状態は魔法による金縛りよりも厄介だ。

 空中に浮かんだ状態からの脱出方法。そんな物があれば良いのだが、残念ながらジンは知らない。だからこそ、今、自分で考え出さなければならない。

「ちなみにクロガネ内部からは、この装置近くの声が聞こえる様にしとるから、若いのには、頑張る彼女に声援を送ってほしいのじゃが、やってくれるかね?」

「馬鹿抜かせ」

 脱出に頭を働かせているというのに、ごちゃごちゃと老人が煩い。カナへの声援については、なんとか彼女を助け出してからすれば良い。

(魔法で俺を浮かべているってのはどういう事かを考えるべきだな。俺の体を魔法で掴んで、持ち上げてるってことか? なら、もしかしたら―――)

「声援が嫌というなら、彼女がどういう状況かを知ってみるのはどうだ? 彼女はな、今、黒い船の記憶をその頭に刻み込んでおる。そのための苦痛は生半可な物では無い。応援してやろうとは思わんのか?」

「てめえが無理矢理させてることだろうが。その船の記憶を刻み込ませるというのも、その装置がしてるのか」

 ジンはクロガネ胸部についている箱を見る。胸部の内と外を声で繋いだり、クロガネの操作をカナから奪ったりと多用な機能がついているらしいが、さらにカナを苦しめる機能もあるのだろうか。

「ああ。というか、そのために作った物で、後の機能は後付けじゃよ。カナ・マートンに黒い船の記憶を分け与え、神となる精神を作り上げる。それこそがわしが望んでいたことなのじゃからな」

 後半の意味はわからぬが、まずなんとかしなければならないのが、クロガネの胸部に取り付けられた箱であることはわかった。

「黒い船の記憶ってのは、あれか、この船の機能やらなんやらの知識ってことか」

「そう取って貰ってもかまわんよ。この船が歩んだこれまでの記憶、船自体の構造や機能が、今、彼女の頭に流れ込んでいるわけじゃ」

「そうか、その答えを聞きたかったんだ」

 老人の返答を聞き、もう何も聞くことは無いとばかりに、ジンは鎧の変身を解いた。

「うん?」

 武装を解除したと思ったのだろう。何事かと老人は首を傾げる。しかしジンの狙いは、最初から空中での束縛から逃れることにある。

(よし、ここまでは成功だ)

 ジンは鎧を解くことで、自身が魔法の対象となる範囲を狭めた。ブライトがジンに掛けている魔法というのが、自分を持ち上げるための物だとしたら、それによって想像するのは、大きな手に握られた自分である。その状態で鎧姿を解けば、鎧と生身の大きさの差分だけ隙間ができるはずだ。

 案の定、鎧姿を解いた瞬間、ジンの体が少しだけ床へと近づく。だが、それだけだ。まだ浮いたまま、体はどこの部分も船に接触していない。

(だが、本番はここからだよな!)

 ジンは鎧を解いた事で、空中で少しだが下へと落ちたのだ。その状態で、なんとか歪な姿勢を作ることに成功した。足は右足を床側に、左足は曲げる。右手は平行にして、左手は上空に向ける。

「なんじゃその恰好は。随分と不細工な形で浮いたのう」

「そっちの方が俺を浮かべ難いんじゃないか? それを狙ってたんだよ」

 その言葉を口にすると同時に、鎧姿へと戻る。生身から鎧姿へ。体は大きくなり、浮かべるためにジンを宙で掴む魔法は、無理矢理こじ開けられることとなる。滅茶苦茶な姿勢をしたのも、出来る限り掴みにくく、さらにこじ開ける面積を広げるためにしたことだ。

(体がさらに動いたっと!)

「むむ!」

 不安定な姿勢から、無理矢理鎧姿になることで、ジンを掴む魔法がさらに不安定となる。結果、ジンの体は大きく回転した。魔法がどう作用しているかは分からぬままだが、ここへさらに自分の意思で動ける余地が生まれた。

「頼む! 床に着いてくれ!」

 大きく回転しながら、ジンの体が宙でブレる。床へとさらに近づき、そこへ足をさらに伸ばそうとするも、体のバランスが崩れ、ジンの体の上下が反転し、手の方が床へと近づいた。

「させんぞ!」

 どうやらブライトが、急遽、ジンの体を宙で逆さにしたらしい。というより、魔法で床に着きそうな足を持ち上げたと言ったところか。

「いや、もう遅い!」

 右手の指が辛うじて階段へ触れた。そのまま手を段の縁に引っ掛け、前方へ跳ぶ。暫くは宙に浮いたままだったが、魔法の効果範囲外へと移動したらしく、重力によって、部屋へ降りる階段へとジンは叩きつけられた。

「いたたた………」

 腰を強く打ったためか、痺れる様な痛みを感じる。勿論、鎧姿の自分であるので、痛みは錯覚であろう。

「見事脱出と言った感じじゃのう。どれ、もう一度やりあってみるか?」

 再びジンを宙に浮かせようとするかと思いきや、ブライトは戦闘態勢に入った。こちらを侮っているのか、もしくはこの状況を楽しんでいるのか。

「こっちは武器も無しにだぜ? ちょっと不利だからやりたくないが………」

 ジンは右手を老人に向け、左手を腰辺りに落とす。姿勢は低く、足は何時でも走り出せる様に。

「逃げるって選択肢は最初から捨ててるんでね。まあ、やってやるよ」

 金縛りの魔法についてはなんとかできる自信はあるが、老人の戦闘技術に対しての策は無いままだ。役に立つ武器も道具も既に無い。それでいて、老人は死んでも生き返ってくる。はっきり言って八方塞がりという奴だ。

(だが、それでもやれることなら幾らでもあるさ)

 負けるとしても、何もしないよりかは随分とマシだ。睨み合うよりも勝負を始めよう。勿論、勝負であるからには、勝ちを諦めるつもりは毛頭無い。

(走れ! 幾らでも早く!)

 自分に言い聞かせ、ジンは足で力の限り床を蹴り、老人がいる方向へ走る。しかし、老人がこちらを迎え撃とうとしている以上、どれだけ早くとも、敵の虚を突くことはできない。

(狙うのがあの爺さんであればな!)

「何!?」

 ジンは老人へ接触する前に、走る方向をクロガネの胸部へと変えた。胸部へ続く道は無いものの、現在いる階段は、胸部に付いた箱型の装置へ手を届くくらいには近くまで進める。

 その近くには、当然、老人が立っているのだが、これまでのジンとのやり取りで、幾らか距離を離すことに成功していた。

「最初から、狙いはこっちでね!」

 ジンは老人の横を通り過ぎ、箱型の装置に手を掛け、そのまま飛び上がって箱型装置の上部へ着地した。

「ふう。とりあえず成功ってわけだ」

 箱型装置に手を置いたまま、ジンはブライトに話し掛ける。装置を人質にとった形になるのだろうか。

「なるほどなるほど。若いのはカナ・マートンを助けに来たのじゃから、わしを倒すことが最優先で無いわけか。こりゃあまた一杯喰わされた」

 自分の想定外のことが起こったというのに、老人はまだ余裕を持っている。この箱型装置が壊されないとでも思っているのだろうか?

「悪いが、さっそくこいつは壊させてもらうぞ」

「その装置は、船の記憶をこの場に集める役割を持っておる。それを壊したらどうなるか、しっかり考えた方が良いと思うがのう」

「……壊すのは危険だとでも言うつもりか?」

「壊せば、集められた記憶は周囲にばら撒かれる。その時、一番の被害を受けるのは、もっとも近くにいるおぬしじゃ。クロガネ内部にいる彼女と同じだけ、いや、瞬間的にはもっと酷いかもしれぬ苦痛を、おぬしは受けるわけじゃが、それでも壊せるか?」

「ああ。むしろ運がこっちに向いてきたことがわかった」

 老人の話を聞いて、ジンは自分の拳を箱型の装置へと叩きつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ