表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒金  作者: きーち
第一章 巨竜襲撃! 黒い竜は王都を狙う
5/59

第五話 『危険生物』

 朝のハイジャング南門。そこでカナと待ち合わせをしていたジンは、出発の準備をしてから、その場所へ出向いた。

「なんだよ。もう来てたのか」

 先輩が遅れてはいけないと、かなり早めに身支度をしてから南門まで来たのだが、既にそこにはカナの姿があった。

「別に他にすることもありませんし。ジン先輩は普通に到着ですね」

 新しい後輩はどうにも早起きらしい。ジンにしてみれば、これでも急いで来たのである。

「普通ねえ。魔法使いってのは、身支度をすぐに済ませられるもんなのか? こう、魔法の道具的なあれやそれを用意するものと思っていたんだが」

「魔法道具的なあれってなんですか。そりゃあ、無くは無いですけど、そういうのは生来の魔力量が少ない人間がすることです。私なんかは道具が無くても、大抵の魔法が使えちゃうんですよ」

 自慢げに胸を張って答えるカナ。才能豊かなのは喜ばしい話ではあるが、その姿は駆けっこで一等賞をとった子どもと大差が無い。

「準備に時間が掛からないってのは羨ましい話だな。こっちは、用意に少し時間が掛かった」

「準備ですか? もしかしてジン先輩が背負っているそれが?」

 カナはジンが背負っている荷物を見る。布に覆われた棒状の長物としか判別できぬだろうそれを見て、小首を傾げている。

「何か役に立つものなんですか?」

「武器だよ武器。もしかしたら、またドラゴンと戦うハメになるかもしれないからな。昨日は素手で相手をすることになって、随分と苦労した」

 鎧姿になったジンが持つ武器であるので、それなりに重い。背負いながらここまで来るだけでも随分と疲労してしまっている。町から出たら、馬に荷物として背負わせておくつもりだった。

「武器と言うことは、剣とかですか?」

 何故か目を輝かせているカナ。騎士という身分と剣という武器。その組み合わせに心を躍らせる年頃なのかもしれない。

「期待しているところ悪いが、鉄と補強した木の棒で作った槌だ。ほら」

 背負った武器を手に取って、覆う布の一部をジンは剥がす。槌の一部分が見えて、明らかに剣で無いことを証明する。

「………なんでハンマーなんですか?」

 期待外れのその中身に、露骨に気分を害したという表情をするカナ。どんな武器を持っていようと、こちらの勝手だろうに。

「頑丈で威力がある。重いのが欠点だが、鎧姿になればむしろ軽く感じる。俺にとっては丁度良い武器ってことだ。普通の剣なんか持つと、壊しちまうからな、俺の場合」

 奇跡の力というのも厄介なのだ。ジンの力はかなり使い勝手の良い部類ではあるものの、あの姿で普段の生活を過ごせと言われれば、随分と苦労してしまうだろう。

「まあ、そのハンマーで一撃を食らえば、ドラゴンだって大けがでしょうけども………」

 がっかりしたという感情を隠そうとしてくれないカナ。ただ、ジンにその期待に応える義務など無かった。

「何時までもあーだこーだ言ってないで、さっさと出発するぞ。次の目的地はブッグパレス山だ」

 ジンは話を無理矢理中断し、馬屋で馬を借り受けてから西を目指そうとするのだが、南門を出たすぐのところで、再び足を止めてしまった。

「うん? 昨日まで、あんなところに建物なんてあったか?」

 南門をくぐった先の道。そこから少し外れた場所に、黒い壁で出来た建築物が存在していた。

 この黒い建築物について、ジンには心当たりが無い。南門を通って町の外に出たことは何度もあるが、一度も見たことがないのだ

「今まで気にもしなかっただけじゃないですか? どうせ通り過ぎる場所ですよね?」

「いやいやいや。こんなデカい……壁? とにかくコレを気にするなってのは無理だろ」

 ジンは黒い建築物を訝しみ、それに近づいて行く。どうやら黒い部分はそういう色の金属で出来ている様だが。

「あっと! ちょっと近づかないでくれるかい? 一般人には触らせない様にって命令なんだ」

 黒い建築物に近づくジンに、話し掛けてくる人物がいた。老齢に近い風貌の男性だが、体格はかなり良い。そんな男がジンと建築物を遮る様に間へと入る。

「ええっと……あんた、この黒い物がなんだか知っているのかい?」

 とりあえず、老人に黒い建築物が何であるかを聞こうとするジン。

「悪いが詳しいことは言えん。ただ、国の許可を取ってここに置いているんだ。気にせず、通り過ぎてくれないか?」

 老人にそう言われては、それ以上追及するわけにはいかなくなる。国の許可を取っており、尚且つそれが何であるかを話せないということは、国の方が黒い建築物の正体について、関係者以外に説明するつもりが無いということだ。

 国の下で働くジンには、その意向に逆らうことができない。

「まあ……良いけどさ。しっかし、一日でこんなもんを建てたのかよ」

 ジンは黒い建築物を見上げる。それなりに高さのある壁で出来た箱が、何十メートルもの長さで空き地に存在している。そんなものが、一日で作ってしまえる物なのだろうか。

「出来たんじゃなくて、移動させたんだよ。本当に申しわけないが、これ以上は話せないんだ。兄ちゃんだって分かるだろう?」

 老人はジンの追及に困った様子で、冷や汗を拭っていた。

「要するに、アイルーツ国が行っている何がしかってことなんだな。分かった。俺達も急ぎの様があるから、さっさとどっかへ行くよ。カナ、あんまりもたもたせずに馬に乗るぞ」

 気になることであるが、それは余所に置いておいて、自分の仕事に意識を移すジン。突如現れた黒い建物よりも、気になることがあるのだ。

「足を止めてたのはジン先輩じゃないですか。私一人じゃあ、馬に乗れないんですよ」

 後輩の憎まれ口を聞きながら、ジンはハイジャングの西、ブッグパレス山へと向かう。世の中は分からないことだらけであるが、せめて、自分の仕事に関わる事項だけは理解しておきたかった。




 ブッグパレス山は標高800メートルにも満たない山であるが、周囲に人里も無く、少なくとも人間にとっては未開の地の一つであった。

 山に生える木々は原生林に近く、たった一歩前に進むだけでも、障害物と気温が人の体力を奪う。そんな場所であるはずだったのだが。

「なんだこれ……山の木々があちこち折れて……地面もえぐれて酷いな」

 山の麓まで辿り着いたジン達であったが、すぐ近くまで来た時点で、山の異変に気が付いた。

 本来は人の侵入を阻害するはずの木。その多くが折れ、削られ、山の一部が禿山となっていたのである。

「山崩れでも起こったんでしょうか? だからグリーンドラゴン達はこの山から逃げた」

 カナの話す結論に辿り着けられれば、ジン達に憂慮すべき状況は無く、むしろ安心できるのであるが、ジンにはどうしてもそうは思えなかった。

「山崩れなら、崩れた後に土砂が残るだろう? これだけ山の木々をぐちゃぐちゃにする様な土砂がどこにある?」

 ジンの目には、折れた木々がそのまま映っている。木々は別に土砂で埋もれてはいないのだ。

「じゃあ、何がどうなって、こんな状況になっているって言うんですか!? 山の形が土地ごとどうにかしちゃってるんですよ!?」

 カナは混乱している。まるでこの山に突如天変地異が起きて、それを起こした何かだけがどこかへと去ったかの様だ。

「調べてみるか。丁度良く、歩きやすい土地になっていることだしな」

 山を進むにはそれなりの装備が必要であるが、木々が倒れ、植物を生活基盤とする動物が存在しなくなった禿山ならば別だろう。ちょっとした坂道でしかない。

「この変異がどれだけの範囲で起こっているか………。それを調べる必要があるとは思います………」

 混乱からどうにか立ち直ろうとしているカナ。彼女の様子は不安を感じるものの、発言自体はまっとうだ。

「そうだな。変異の範囲を調べられれば、その中心地がわかるかもしれない」

 そして、起こっている変異がアイルーツ国にとって危険なものなのかどうかの判断もできるかもしれない。

 ジンは危険な事態に対処するため、黒い鎧の姿になる。突如として、変異の原因がジン達を襲ってくる可能性だってあるのだ。

「いくら禿山になっていると言っても、馬で登るのは難しいな。降りて自分達の足で登るぞ」

「わかりました」

 カナとジンは馬から降りて山中を進む。禿山と言っても、折れた木々はその場に残り、腐り始めて異臭を放っている。

 しかし植物のそれは我慢できぬほどの物でも無い。適度に腐れば、それを栄養として、新たな植物が育っていくことだろう。山の回復は早い。

「丁度良い時期に来たのかもな。まだ、調査しやすい土地のままだ」

「嬉しい事なのかどうか、まったく分かりませんよ」

「結局、俺達の杞憂でしかなかったってオチが、一番嬉しい事態なんだが………おい。あそこ、変じゃないか?」

 禿山を進んだ先。まだ無事なままの木々が並ぶ境界線の部分を指差すジン。そこはジン達が登って来た部分とは違い、まだ山と森の形をしっかりと残している。ただ、一部分だけが禿山と同じで、折れた木々が並んでいた。

「なんであそこだけ………。ジン先輩。行って見ましょう」

 カナはどうやら好奇心が湧いてきたらしい。禿山を見た時にショックを受けたとは思えない積極性だ。

「一部と言っても結構な範囲だな。ちょっと待て、間を空けて、あっちの方も同じ様に木が折れてないか?」

 山の木々が維持された場所であるが、一定の範囲毎に折れた木々が重なる場所が点々と続いていた。

「まるで木を折った何かが移動している様な形になっていますね………間が空いているのはどうしてでしょうか?」

 カナの言う通り、折れた木々の間には、無事なままの木が存在している。

「間隔があって、移動している様か………。なあ、馬鹿なことを思い付いちまったんだが、笑うなよ?」

「多分、それ、笑えない発想だと思いますよ」

 どうやらカナもジンと同じ様なことを思い付いたらしい。

「足跡……だよなあ。これ」

「十メートル近くの大きさを持つ足跡って、じゃあ本体はどれだけの大きさだって言うんです?」

 恐る恐ると言った口調のカナ。この足跡の主を嫌でも想像してしまったのだろう。

「この跡を辿って行けば、どこから現れたのかがわかるかもな」

「行って見ますか?」

「ああ。道が都合よく出来ているんだ。進めるところまで進んでみよう」

 木々の折れた跡が足跡なのだとしたら、足跡を残した者は山の一部をぐちゃぐちゃにしてからどこかへ行ったと言うことだ。足跡を遡るだけなら、それに出逢うことは無いだろうとジンは考えた。

 禿山の部分よりかは進み難い道であったが、それでも原生林を歩くよりかは大分マシである。

 そんな木が踏みつぶされた場所を進むうち、それ自体が途切れる地点に辿り着いた。そこで木々が元通りに生えているのでは無く、再び森が拓けた場所に出たのである。

「木が折れているというより、ここでは生えてないって言い方が正しいな。人間の手によるものじゃあないが………」

 拓けた場所は、独特の匂いをジンの嗅覚に与えてくる。

「なんなんですかね。ここ」

「多分、グリーンドラゴンの巣だ。この匂いは縄張りを知らせる物だろう」

「じゃあ、湿地帯のドラゴン達はここから逃げ出してきたわけですね」

「だろうな。まだ他のドラゴンが残っているかもしれないから、注意をして……いや、もういないみたいだな」

 ジンは拓けた土地の一角に、グリーンドラゴンの死体を見つけた。既にすべて骨になったそれだが、骨格を見ればドラゴンの物であることがわかる。

「ここで何かに襲われて死んだんでしょうか………。それは山の木を圧し折った存在と同じ可能性が?」

「かもしれない。それと気になるのは………。なあ、カナ。ドラゴンの生態については、どれくらい詳しいんだ?」

「専門で学んだわけじゃあありませんから、そんなに知りませんよ?」

「じゃあ、グリーンドラゴンは共食いをするのかどうかってのは分からないか?」

 死体を調べるジンは、あることに気が付いた。ドラゴンの死因は、誰かに襲われ、食われたことによるものだ。

 骨にまで食い込む牙の跡が生々しい。そして傷の大きさから、丁度、ドラゴンの顎によるものだと伺い知ることができる。

 そもそも生態系のトップに立つドラゴンを襲える動物は、同じドラゴンでしか有り得ない。

「他のドラゴンについて良く知りませんけど、群れで生きるグリーンドラゴンが仲間を襲うなんて考えられませんよ。自分を襲ってくるかもしれない相手が隣にいて、集団が作れるはずがありませんから」

「ふうん。どう考えても、グリーンドラゴンがグリーンドラゴンを襲った跡にしか見えないんだけどな」

 ジンは骨になったグリーンドラゴンの死体を調べた結果、そういう結論に至ったのだが、カナの説明を聞く限りでは違うらしい。

「死体はそれ一つだけなんですかね。他にもあれば、色々と………あれは」

 カナが違う場所を指差す。そこには別の死体が存在していた。同じく骨になったグリーンドラゴンの死体だが、それが山になって存在しているという点が違っている。

「何体? 何十体か? どうにもこの山に潜んでいたグリーンドラゴンは、かなりの数だったみたいだな。今は違うだろうが」

 ジンは死体の山に近づく。既に骨になっているので、嫌悪感は薄まるものの、それでも死体の山というのは近寄り難い雰囲気を持っている。

「こっちも同じだ。似た様な傷がついている………。ああ、それと、どうにもこいつらを襲った何かは、ちょっとずつ大きくなっているな。牙による傷が大きい物が幾つかある。上の方にある死体の方がそういう傾向だから、間違いないだろう」

 骨を探っていくジン。ドラゴンを襲っているどころか、完全に主食にしている様だった。それはどんどん大きくなり、ドラゴンでは物足りなくなって、山の木を踏み潰し、食い荒らし始めたのだろうか。その結果がジン達が初めに足を踏み入れた禿山なのだとしたら。

「突然変異なら……。ドラゴンはそういうことが起こりやすいと聞きますし」

「どういうことだ?」

「魔法を使う生物だからか、もっと違う何かがあるのかは知りませんが、ドラゴンは体が変異し易い存在だと聞いたことがあります。人間だって、奇跡の力によって人間以上の力を持つことがありますよね?」

「俺自身がそうだ」

 突如として個体が持つ性能以上の力が与えられることが、このホルス大陸の生物にはある。

「ドラゴンにも同じことが起こったのだとしたら、仲間を襲うドラゴンが誕生したとしてもおかしくはありません」

「仲間を喰う様な悪食の成長が止まらず、遂には山の木を踏みつぶすまで大きくなるってことも有り得るのか?」

「むしろ、成長が止まらないから、周囲にある物が餌にしか見えなくなったのでは? 成長期って、とにかくお腹が空くらしいじゃないですか」

 現在、成長期真っ只中だろうカナが話す。

「体がどんどんデカくなれば、それを維持するための餌が多量、必要になるってことか。ちょっと待て、となると、アイルーツ国内で馬鹿でかいドラゴンが、腹を空かせてうろついているってことかよ!?」

 仲間を食らうドラゴンが、既にブッグパレス山にいないということは、別の場所に移動したということだ。では、ドラゴンはどこに向かったのか。

「大きくなったドラゴンは、明らかに自分の仲間を餌として捉えています。なら、逃げたグリーンドラゴンの群れを追った可能性がありますね」

「………今、グリーンドラゴンの群れはどこに向かっている?」

「それは勿論、ジン先輩が誘導に失敗したから、ハイジャング方面に逃げていることになりますから……あ」

 もしかしたら、事態が大きくなってきたのかもしれない。ジン達は帰還を急ぐことにした。




 『魔奇対』室長のラッド・フライは、その時、自分の執務室で午後のティータイムを楽しんでいた。部下のジンは良く仕事が無いことを愚痴ってくるが、彼の仕事が無いということは、ラッドにも碌な仕事が無いということなのである。

 結果、暇になったラッドは、こういう余興ばかりが捗ってしまう。どうにも最近は紅茶を入れる腕が良く成って来たと常々思うのだ。

「今日はまだ、騎士団にドラゴンが町に迫っているという情報を渡す仕事があった分、マシな一日かもしれんがね」

 国防騎士団と治安維持警備隊。ハイジャングを直接的に守っていると言える組織はこの二つであり、今回、恩と情報を売ったのは前者の方だ。

 基本的な警察権を持つ治安維持警備隊は、町中の軽犯罪者を捕える仕事をしており、普段から成果を残すことができるが、国防騎士団は軍隊に近い組織であり、有事の際以外は訓練ばかりしている。

 国民からは税金の無駄では無いかと常々文句を言われるのが国防騎士団であり、定期的に何がしかの行動を起こさなければ面目が立たない。町に迫るグリーンドラゴン退治というのは、丁度、国防騎士団向けの事案であり、ラッドが情報を売れば、その見返りも大きいと考えられる。

「仕事が似通った組織とは、できるだけ仲良くしたいというのがこちらの人情だからねえ。『魔奇対』としては、今後とも国防騎士団とは仲良くやっていきたい。うん。私の選択は間違っていなかった」

 騎士団と警備隊。二つの組織のどちらにグリーンドラゴンの群れについての情報を伝えるのかで迷っていたラッドだが、最終的に騎士団と情報を共有することに決めたのである。

 騎士団は奇跡や魔法による犯罪にも対処する部分もあり、『魔奇対』の仕事と大幅に被っているのだ。弱い側の組織としては、逐一媚びを売っておかなければ、潰されかねないという弱みがあった。ラッドの仕事は、そういう組織間のバランスを維持することも含まれている。

「それにしても、何も無ければ、そろそろ彼らが帰って来ても良さそうな時間の気もするが、向こうで何かあったのかな?」

 暇になったラッドが思い出すのは、ハイジャングの外に出掛けているジンとカナについてだった。

 グリーンドラゴンに関わる事項で気になることがあるからと、再び調査に出掛けた部下たちが、いったいどういう状況にあるのか。フライは少し気になり始めていた。

 そしてそんな考えを頭の中で巡らせていた頃、執務室の扉がノックされた。

「おや、帰って来たのかな? 入っているよ。入室はご自由に」

「あら。なら遠慮なく失礼するわ」

 フライは扉を開けて入ってくる人物を見て、危うくティーカップをその手から落とし掛けた。

 入って来たのは妙齢の女性だ。美しく白い絹で作られたドレスを色とりどりの宝石で飾り、長いブロンドの髪を癖無く流したその姿は否応なく気品を感じさせる。顔立ちも美しいの一言で説明できる程に完璧だ。

 そんな女性が自分の執務室に入って来た。それだけで緊張してしまうものだが、フライの動揺は女性の風貌よりも別の点にあった。

「じょ、女王陛下! この様な場所にどうして!?」

 執務室に入って来た女性。その名前はミラナ・アイルーツと言う。現在、アイルーツ国全土を統治する女王陛下その人である。

「この様な場所というのは心外ね。わたくしがわざわざ用意した場所なのよ?」

 本当に驚いたと言った表情をするミラナ女王。そう。彼女の言い分は正しい。この執務室。いや、『魔奇対』という組織自体。彼女の肝いりで作られた組織なのだ。

「それは存じていますが、今回もまた何がしかを? あまり組織に負担を掛けられるのは困りものです」

 ラッドは彼女を見ると、『魔奇対』という組織がどういうものなのかを認識させられる。何故、国防騎士団という組織があるのに、似た仕事をする組織『魔奇対』が存在するのか。その原因は彼女である。

 彼女は、彼女が生まれる前から存在する組織より、彼女の意向だけで動く組織を欲し、その一つとして『魔奇対』を成立させたのだ。ただ、作られた組織の後ろ盾は彼女以外の殆どおらず、組織自体は弱小のままだったが。

「だから時々、わたくしが直々に何かと手を貸しているんじゃない」

 『魔奇対』が女王の後ろ盾を持っている以上、彼女からの支援は度々あった。非常に微々たるものなのだが、その度に『魔奇対』の執務室に顔を出すのである。おかげで、身分違いというのに、ラッドもそうだが、ジンとも知り合い程度の関係になっていた。

 今回も、そういう目的があってやってきたのだろう。

「その件ですが、こっちとしても聞きたいことが幾らかありますな。というのも、新しく入って来た部下の件で」

 ラッドが話すのはカナ・マートンという少女についてだった。彼女を『魔奇対』に送り込んだのは、女王陛下その人なのだ。

 どうしてあの様な子どもを『魔奇対』の人員としたのか。ラッドはどうしても聞きたかった。

「あら、話が早くて助かるわね。今回の用件はそれなのよ。カナ・マートンという少女。わたくしがこれから話す件に、必要不可欠な存在だと考えてくれて構わないわ」

「つまり、陛下が持ってきて頂いた用件を聞けば、カナ・マートンを『魔奇対』の人員とする説明にもなると」

 近々、こういうことになるとラッドは考えていた。『魔奇対』に関して良く分からないことが起こった時、それはミラナ女王が何がしかの行動を起こした時でもあるのだから。

「そうねえ。まず、あなた方に大きく関わり合いのある計画について説明することになるわね。“クロガネ”という単語に聞き覚えはあるかしら?」

 ミラナ女王が話すクロガネという言葉。ラッドはどこかでそれを聞いたことがあった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ