第三話 『夢を語る者、夢を打ち砕きに来た者』
「わしの夢はな、神を作り出すことじゃ」
クロガネ胸部空室にて、ブライト・バーンズからそんな言葉をカナは聞いた。それに対する感想といえば、そんなところだろうなという物くらいである。
(理解できない様な事を話すなんてことは分かってる。突拍子も無いことなのは予想済み。問題は、続く話から、今の状況を打破する何かを聞き出すこと)
カナはそう考えて、老人の話の続きを聞こうとする。もしこの場にいるのが自分の先輩だったのなら、ふざけたことを言うなと老人を怒鳴りつけるところだろうが、カナはそうせず、相手の様子を探ることにした。
(まあ、わたし自身、ちょっと興味を持っちゃったっていうのもあるのかな。本当にちょっとだけ)
やはり自分の本質は魔法使いなのかもしれない。憎い相手を前にして、その相手の話に関心が向いてしまう。
「あなた達の神様は、この船なんじゃあないの?」
黒い船はカルシナ教にとっての神様だろう。ならば、作り出すまでも無く、神様は目の前に存在している。
「確かにこの船は神じゃ。ただ他より優れた力を持っているから、というわけでも無いぞ? この船は、カルシナ教徒以外の価値観からしても、神と呼べる代物じゃからな」
「どういうこと?」
カナとしては、この船が奇跡を起こす力があるから、カルシナ教にとって神体と見られていたと思っていたのだが、ブライトの話によれば少し意味合いが違うらしい。
「神という言葉には色々あるが、総じて世界を創った存在は神と呼ばれる。この船もそういう存在の一つでな」
「世界を……創る? 私達が生きるこの世界を?」
「おっと、早合点しないで欲しいのじゃが、そういう言葉で想像する程の力は、この船にも無い。さすがにのう。しかし、世界のルールを決定する権利は持っておる」
世界のルールとは何だろうか。
「例えば、物が上から下に落ちる。火が熱い。氷が冷たい。そういった物事は、言って見れば世界そのもののルールじゃな。そうしてこの船はそのルールに干渉することができるのじゃよ」
「それは魔法や普通の奇跡とどう違うの?」
「良い視点じゃぞ。それらとは本質的に違いは無い。ならば、魔法や奇跡を神と呼ばず、この船を神と呼ぶには、どうしてじゃと思う?」
まるで学校の講義だ。そう言えばブライト・バーンズは、元々、カナが通っていたフェンリス魔法学校の校長だったか。
(あっさりと話さず、こっちが思い付ける様にヒントだけを伝える。確かに教師みたいな話し方をする………。それにしても、魔法や奇跡を神と呼ばない理由か………)
ブライト・バーンズは教師ならカナは生徒としての性根が染みついている。提示された問題について、何かしら考え込む。
「………黒い船はむしろ奇跡を生み出す側……ってことですか」
「惜しいのう。及第点と言ったところじゃ。良いか? 何故、星々は輝くのか、何故、我々が住むこの大陸はこの様な形なのか。そういった種々の根源を生み出しているのが神じゃ。世界をどう動かすのかを決めている存在。そうして、神とは一つでは無い、幾つもの神が存在し、黒い船はその一つ。ただし、主流のそれでは無いから、黒い船が生んだルールは奇跡と呼ばれる」
奇跡とは、本来、世界では起こり得ない物事を言う。しかし、起こり得ないという取り決めそのものも、世界のルールだ。神とはそういうルールを作る存在であり、黒い船も大きな力を持たないが、そんなルールを作る力を持っているということなのだろう。
「それが黒い船が起こす奇跡………。それじゃあ、何でも有りってことじゃない」
「その通り。この船は、世界そのものを創りかえる力は無いが、小さな力であっても、限られた空間においては、好きなルールを世界に押し付けることができる。例えば、小さなドラゴンに大きくするための要因を与えたり、動けぬ植物に行動できるだけの体改変を行ったりじゃな。この巨大な船が浮いたり、瞬時に離れた場所に転移できたりするのも、世界のルールをこの船が変えているからじゃ。そんなことは出来る訳が無いというルールをな」
老人は小さな力と表現するが、カナから見れば恐るべき力であった。まさしく神そのものだ。神は世界を創ることができる。黒い船はその力を持ち、カナ達が生きる世界よりは小規模とは言え、独自の世界を創りだすことが可能であるのだ。
「正真正銘の神様………なら、なんでまた新しい神様を作ろうとするの?」
老人の目的は、黒い船を利用することで無く、新たな神を作るということだったはずだ。何故、そんな目的を持つのだ。既に黒い船という神が存在しているのに。
「この船が神の力を持つとは言え、我々の神様というわけじゃあないじゃろう?」
「当たり前よ。私達は別にこの船の力で生み出されてはいない」
「問題はそこなのじゃ。我々にとっての神で無い以上、奇跡を起こしても、わしらの意図とは少しズレた形で起こってしまう。君もドラゴンと動く森を見たじゃろう? 巨大化したせいで、栄養失調になったドラゴン。動ける様になったことで、危険を察知する能力が欠乏した植物達。船がわしらにとっての神であれば、そんな中途半端に欠陥がある奇跡にはならんはずじゃ」
黒い船の力は神の力だが、都合の良い物では無いのだろう。人間のために存在するのでは無く、ずっと前からハイジャングの地下にあった物を、ブライトが発見しただけなのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「だから、私達にとって都合の良い神様を生み出そうとしている?」
「その通り。一番はわしらを生み出した神を発見することじゃが、それは難しいじゃろう? まさか町の下に埋まっているわけでもあるまいし。じゃから、二番目の策として人間にとって都合の良い神を、人間自身が作る必要があると考えた」
「そんなこと無理よ。この船の力だって、ちゃんと扱えていないあなた達が」
黒い船が自分達にとって都合が良い神で無いというのは、船の力を扱いきれていないからだとカナは考える。そんな技能で、また新たな神を作るなど不可能である。
「ガワと内側さえ人間にとって都合が良い物であれば、力そのものは船から分け与えれば良いとワシは考えておる。まあ、まだ試しかことが無いから、実験してみるしか無いがの」
実験という単語を聞いて、カナに震えが起こる。嫌な響きだ。何をどう実験するというのだろうか。
「私とクロガネを攫った理由は……それ?」
「ガワはクロガネ。この国の女王には感謝せんと。まさか人間の力だけで、余計な奇跡を使わず、こんな代物を作り出すとは。まさに、人間にとっての神。その器として相応しいと思わんかね?」
「クロガネを神様にするつもりなの!?」
まさかそれだけのためにクロガネをハイジャングから誘き出したというのか。わざわざ町にこの船を寄越してまで。
「おいおい。君も無関係じゃあ無いぞ? 何せ、神の器となるのがクロガネじゃとしたら、神の魂となるのは君じゃからな」
「私……が?」
「そう君が。クロガネを動かす経験もそうじゃが、まだ子どもで純粋というのも良いな。神としての力が宿った時、それを受け入れやすい状態じゃと言える。しかし、子どもというのは、人としての熱意に欠ける部分がある。純粋故に邪念が無い。じゃから、君にはそれを持ってもらう必要があった。君の師には申し訳ないと思っとるよ。尊い犠牲じゃったから」
駄目だ。これ以上、老人の言葉を聞いて居られない。魔法使いとしての興味よりも、一時眠っていた憎悪が吹き上がってくる。
「あなたは! あなたはそんな事のために町を襲って、フレア先生まで!」
「夢を追う姿勢を他人が見れば、そんな事としか思えんじゃろうなあ。しかし、わしは何時でも真剣じゃよ? そして今の君は、わしにとって都合が良い感情をしておるな。子どもとしての純粋さと、人らしい邪念の一つ。身内を殺した者に対する復讐心を持ち合わせておる。その感情を維持してくれれば、わしらの神に相応しい存在となれるだろうよ」
何故こうも怒りをぶつけられているというのに、あの老人は嬉しそうなのだ。それがまた憎らしい。クロガネの右拳をぶつけられればどんなに良いか。
「幾ら物を用意しようと、この船の力を分け与えることなんて―――」
「夢を見んかったかね?」
「え?」
「夢じゃよ。船に乗って2度ほど眠りに落ちたじゃろう? 寝ている間に、特異な夢を見たはずじゃが………」
顎に手をやって、繁々とこちらを見る。クロガネの胸部越しではカナの姿を見れぬはずだが、まるでこちらの様子を探っている様だ。
「なんでその事を………」
カナは確かに妙な夢を見ていた。暗闇を進む夢。どこかへ辿り着く夢。辿り着いた先で地中に埋まる夢。
「その夢はな、黒い船の中にいると見てしまう物じゃ。どうにも黒い船自体の記憶を、中に居る人間が追体験しているらしい。面白いとは思わんか? 他者の記憶を追体験するというのは、その力の一部を分け与えられていることに等しい。わしはそれを解析し、ある程度操作することが出来る様になったのじゃよ」
嫌な予感だけがする。この老人は、他者に不幸しか与えないのではないだろうか。
「君には、この船の記憶を出来る限り与えてみようと思う。大変じゃぞ? 頭痛は酷くなるし、気分は悪くなる。しかし、それを乗り越えた先には、きっと神となる道が拓けているはずじゃ。頑張ってくれたまえよ」
「まさか、今ここで―――あああああああ!!!!」
頭の芯に違和感を覚える。何か一本、針金か何かを頭の中に置き去りにされた様な感覚。それだけは終わらない。その妙な感覚から、様々な光景がカナの頭に広がっていく。星々の彼方での記憶。ホルス大陸を、いや、大陸のある世界、星と言うべきその光景を思い出す。いや、そんな思い出は自分に無いはずだ。だというのに、次々と壮大で広大で、意味のわからぬ記憶が頭を巡る。そしてそれらを思い出す度に、頭の芯から響く痛みが走る。
「さて、次は侵入者を退治に向かう予定じゃが……いや、ここは来客を持て成すという表現で良いか。そちらも興味深い相手であるし、話が合えば談笑くらいできるやも」
老人が何かを呟いているが、カナの頭には何を言っているのかが入ってこない。目や耳から入ってくる情報を受け入れられない程に、記憶の海に溺れていく。もしここでもがく事を止めれば楽になるのだろう。しかし、それはカナという人間が押し寄せる記憶に押し潰されることを意味していた。
「ったく、侵入した初っ端からこれかよっと!」
ジンは愚痴を零しながら、手に持った槌を振るう。愛用のそれで無く、最近になって新調した物だ。頑丈なのに以前よりはまだ軽く、コンパクトに振るえる。
それを叩きつける相手はカルシナ教徒と思われる相手であり、振るう場所は空に浮かぶ黒い船の中だ。
ランデルより黒い船に移動するためのペンダントを奪ったジンは、そのペンダントを使って、黒い船へ侵入することに成功した。
「いきなり光に包まれた時はどうしようかと思ったけどな!」
また別の廊下の先から襲い来る人影を避け、丸見えになった背中を槌で叩く。少しは軽くなったとは言え、手加減などできぬ重量武器だ。その一撃で命を奪ったかもしれない。
(だからなんだってんだ)
既にこの船は、ハイジャングに向けてゴーレムを撃ち放っている。それに巻き込まれた人間はかなりの物だろう。それだけの死者がもう出ているのだ。今さら船の乗組員が死んだところで、自業自得としか思えなかった。
「どっちかと言えば、侵入してすぐ見つかるってことの方が重要だわな………」
ジンは周囲を見渡す。ある程度の広さがある薄緑色の部屋。以前に捕えられた部屋と良く似ていたが、廊下に繋がる出入り口が幾つもあるという点で大きく違っていた。
(いや、廊下を人員で塞がれてるところを見れば、やっぱ同じか)
ランデルから黒いペンダントを奪い、武器の準備をしてからペンダントの機能を使ったところ、ジンの周囲が光に包まれ、その光が上空に浮かぶ黒い船へと向かった。
町から離れた場所で使う様にしていたのはこれが理由かと納得しながら、光が納まる頃には、ジンはこの部屋へと移動していたのである。
(考えてみれば、人を出迎えるための部屋だろうから、見張りがいるのは当然か)
部屋に移動した結果、目の前に黒い船の船員らしき男と真っ先に目があった。ジンの姿を見ると、随分と驚いた表情を見せたその男だが、恐らくはランデルを出迎えようとしていたのだろう。ところがやってきたのがチンピラ染みた風貌の男だったので、すぐさま異変を周囲に伝えようとしていた。
(見張りがそいつ一人だけだったら、すぐに殴って気絶させたから良かったんだけどなあ)
船へと移動した後、とりあえず目の前の男を鎧の拳で殴ったジンだったが、そのすぐ近くで、侵入者だという大声が上がった。見張りは一人では無く、他にも数人いたのである。
「その結果が今この状況ってわけだ」
船員に囲まれている。偶に襲ってくる奴らもいる。なんというか潜入と言う意味ではさっそく失敗した。
「ま、侵入ならまだ失敗してないわけだけどな」
まだジンは戦っている。船員は全員で襲い掛かってくるわけではないらしい。さすがにこちらを休ませるつもりは無く、定期的に襲ってくる人間もいるが、今のところはジンの周囲で転がるだけで終わっていた。
(体力的に見て、1、2時間が限界かな? このままのペースなら、もう1時間ってところだが、そう美味い話も無いか)
状況には何かしら変化があるはずだ。廊下を塞ぐ人員の顔が、死刑執行を待つ人間を見ているかの様だから。勿論、死刑の対象はジンなのだろう。
「しっかし、人数多いなお前ら。カルシナ教ってのは、そんなに大規模な組織だったのか?」
現代において、カルシナ教の布教などは行われていないはずだ。昔に国から弾圧されて地下に潜った宗教団体なのだから当たり前であるが、では何故、今でもこれだけの数を維持し続けているのか。
「信者の子どもや孫世代かとも思ったんだが、それだって数が合わない―――って、おいおい、なんだよあれは」
丁度、ジンの目の前に位置する廊下。その奥から、船員を押しのけて大男が歩いて来る。いや、影だけ見れば大男だったが、その実、巨大な鎧を着こんだ何かだった。頭の上から足の指先までを包む黒い鎧。
「俺の鎧そっくりじゃねえか!?」
現れたのは、全身黒い鎧男。今のジンの姿と酷く似ている。但し、その輪郭はジンよりも太く大きく、鎧の形が巨大な筋肉の様ですらあり、鎧姿のジンよりも全身が一回り大きい。比べてみれば、ジンがひ弱に見えそうですらある。
「グウワアアアアアアア!」
鎧の中にいるのは人なのだろうか? 獣じみた叫び声が敵の鎧男から聞こえ、そのままこちらへ突進してくる。
手には武器らしき物を持っていないが、体だけでも相当な質量だ。こっちも鎧姿とは言え、正面からぶつかれば危険かもしれない。
「ただ、動きは単純だな!」
馬鹿正直に真っ直ぐ突進してくる鎧男を避けるのは簡単だ。できるだけ近づかせ、安全圏ギリギリで避ける。後は他の船員を倒したのと同じように、背後から槌で叩くだけ。しかし―――
「くっそ、やっぱり効かねえか」
槌で鎧男を叩いた瞬間、激しい金属音と共に槌が弾かれる。反動で体が飛びそうになり、そのまま敵の鎧男から距離を置く。手がかなり痺れていた。なるほど、中々に頑丈だ。動きが単純とは言え、生半可な方法では倒せぬ相手だろう。
「なら、こっちだ」
その場でジンは槌を捨てて、背負っていたクロスボウを手にする。大きなクロスボウには、火薬入りの矢を既に仕込んでいた。これならばあの鎧を貫けるかもしれない。
(しかし、これは敵に接触させた状態でしか当たらねえんだよなあ)
もう一度、あの鎧男に近づかなければならない。鎧姿で自分より体格の良い相手に挑むのは初めてのことだが、上手くやれるだろうか。
(相手の動きがさっきみたいに単純なのを祈るか)
挑まぬという選択肢が無い以上、戦うしかあるまい。敵は目の前の鎧男だけでは無い、この船そのものが敵なのだ。厄介な相手はさっさと片付けてしまうに限る。
「さて、あんたが俺のお仲間なのか、それともまた違う奇跡による物なのか。興味はあるが、それより先に、こっちの方が優秀だって証明しとかないとな!」
ジンは体格の良い鎧男に接敵する。敵もそれを予測していたらしい。そうして自身の動きが単調であることも理解している。だから、単調な動きであっても有効な反撃方法に出た。両の手足を広げてジンに向かい相立ったのだ。このまま接近すれば、嫌が応にも敵の懐に飛び込むことになる。自身の頑丈さを利用した策であろう。先ほど、突進してくる鎧男に使った、最小限の動きで敵の体を避けるという方法が取りづらい状況であるが、普通なら、的が大きくなったと喜ぶ状況だ。しかし………。
(ああいう姿勢を取るってことは、真正面は防御が厚いってことか。なら………)
手に持ったクロスボウの威力を信じぬわけでは無いが、できればその威力を十分に敵へ伝えたい。となれば、真正面から撃ち抜くのは愚手だ。こちらが失敗すれば、あの太い腕に掴まって、何をされるか分かったものではない。
だからこそ、あえて敵の懐に突っ込む。
「!!?」
まさかこちらが真正直に突撃してくるとは、敵の鎧男も考えていなかったらしい。体の動きが少しだけ鈍っている。それを狙っていた。
「体格が良いってのは、こういう時に不便だよな!」
ジンは姿勢を下げ、敵の股座の下を、足を前にして滑り込んだ。デカブツが手足を広げて立っているのだ。足と足の間は、それなりの空間が存在している。
「また後ろを取った!」
ジンは敵の股座を通り過ぎると、すぐさま立ち上がり、敵の首筋にクロスボウの先端を付ける。首は鎧が薄くなる場所であり、人間の体でも弱点である。勿論、的としては小さいため、相手が動けば的から外れる。だから躊躇無くクロスボウの引き金を引いた。
「アアアア!!!!!」
悲鳴なのか鎧が軋む音なのか、どちらにしても、ダメージが通った証明である音が、クロスボウの爆音と共に聞こえる。突き抜けはしなかったが、矢じりが深々と鎧男の首筋に刺さった。効果はしっかりとあったらしい。もがき苦しみ倒れる敵の鎧男。とりあえず鎧男対決はこちらが勝ちだ。
「これが最後の敵だったら気分良いんだけどなあ」
襲ってきた敵を倒したことで、周囲を見る余裕ができる。そうして、こちらと敵対する船員の数がまだまだ存在することを確認した。そして………。
「大物は遅れて登場ってところかい?」
「これでもあった予定を切り上げて来たのじゃ。遅れたなどと言わんでくれよ」
先程、敵の鎧男がやってきた廊下から、今度は小さな老人が現れる。一番会いたくなかった相手、ブライト・バーンズその人だ。
「大方、こっそり忍び込んでカナ・マートンを奪還に来たんじゃろうが、アテが外れたの」
「そうか? 船に乗り込む時点で、どこかで会うことになるんだろうなとは思ってたぜ?」
ジンはそう言いながら、クロスボウのギミックを弄り、矢を装填するための箱を開ける。そうして、腰に縛ってあった火薬付きの矢をそこに配置する。予備の矢は一本しか持って来ていない。これを撃ってしまえば、このクロスボウも無用の長物となるだろう。
「ならば、会った際はその矢でわしをどうにかするつもりだったか」
「だったじゃなくて、するんだよ。今からな」
この船からカナを助けるためには、この老人を倒さなければならない。でなければ、この老人はカナを狙い続けるだろうから。
「上等な武器一つで、今まで何度も倒された相手に勝てる様になるとは思えんがのう……。おっと、皆の衆、こやつはわしがなんとかするから、皆は通常の業務に戻ってくれ」
老人の言葉はこの船で絶対なのか、まだ侵入者が健在のままだというのに、船員がこの場を去っていく。残ったのは老人と、元々、この部屋担当だった人員のみだ。その人員も廊下に隠れて、部屋には老人とジン、そして先程までに倒した人間達だけとなる。
「しかし、お前も面白い奴じゃのう。どうしてそうまでわしに挑む気概がある?」
「あんたが俺を生かしたままで、さらに喧嘩を売る様な真似をするからさ」
ジンに歩き、近づいて来る老人。そして一定の距離で止まる。ジンが持つクロスボウを警戒しているのだろうか。ジンの方は老人を睨んだままなので、両者共に部屋の中で睨みあうだけとなる。だが、その膠着も長くは続かない。放っておけば、不利になるのは魔法を使えないジンの方だ。手に持った武器を有効に活用するため、ジンは老人へと襲い掛かった。