表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒金  作者: きーち
第七章 潜入、黒き箱舟
48/59

第二話 『逃げる者、それに頼ろうとする者』

「で、その黒い船への侵入方法なんて物が、都合良く存在しているの?」

 ミラナ女王の声を聞きながら、ジンは窓から外の景色を見た。目的の時間までまだ少しある。上司であるミラナ女王が説明を求めており、話すだけの時間の余裕がある以上、ジン達は作戦の説明を続ける必要があるわけだ。。

「侵入方法自体は残念ながら持ち合わせていません」

 正直に話すフライ室長。それを聞いたミラナ女王は、口をあんぐりと開けたまま暫く唖然とした後、突如怒鳴り始めた。

「方法が無いなら意味無いじゃない!」

 確かにその通りだ。黒い船に侵入できなければ、どんな作戦も意味が無い。黒い船の外部からダメージを与えられる様な兵器は、ハイジャングにはクロガネくらいしか無いし、そのクロガネが攫われている状態なのだ。

「落ち着いてください。我々が知らなくとも、知っている人間がいるのです」

「知っている人間?」

「そう。ランデル・ヒューバという男を知っていますか?」

「初耳よ。どなたかしら」

「現在、国防騎士団で拘束しているミハエル・アーバインの部下で、尚且つブライト・バーンズの弟子でもあるそうです」

 フライ室長の説明を聞いて、ジンはランデルという男の顔を思い出す。禿頭の眼鏡男。そんな印象しかない。自分のことを棚に上げながら、冴えない風貌であったとジンは結論付ける。そんな男が、今回は重要人物と成りえるのだ。

「ミハエル・アーバインから聞き出した情報では不足するから、その部下にも聞いてみましょうと言うこと?」

「少し違いますな。彼が黒い船に帰還する時を狙い、我々がその権利をぶんどるのです」

 現状、ランデル・ヒューバは慌てているだろう。国防騎士団内部でもミハエルの捕縛は大々的に知らされておらず、彼の組織である特事にはその情報が伝わらない様になっている。

 何故かと言えば、特事の長が事件を起こした以上、その部下達も共犯者だと考えられるからだ。下手に情報を開示して、特事のメンバーが反抗に出る可能性もあり、ことを慎重に運ぶために、特事メンバーには戒厳令が敷かれている状態だ。

 そんな状態では、いったいどうなったのかと必ず不安になる。中でもジン達が狙うランデルはどういう行動に出るだろうか。

「他の特事の隊員はともかく、上司の未帰還について、ランデル・ヒューバはそのことの意味を理解できるはずです。ミハエル曰く、魔奇対室長の暗殺を狙う目的について知っているのは、特事の中でもランデルとミハエルに同行したギャリウスのみだったそうですから」

 さて、上司の仕事が失敗したことを知った部下はどう行動するだろう。自分の判断で動く? そんなことができるのなら、部下なんて立場に甘んじていない。

「今の上司が駄目なら、以前の師に頼るってやつでしょうね。ブライト・バーンズと接触しようとするはずだ。俺達はそれを狙おうって考えてます」

 ジンが行うのは、機を見てランデル・ヒューバの動きを追い、どうにかしてブライト・バーンズの元に向かおうとするランデルに成り代わり、黒い船へと乗り込むことだった。

「ミハエルの捕縛情報については、そろそろ特事にも通達されるはず。それと共に拘禁命令が出されるはずですな。ランデルが動くとしたらその時です」

 ミハエルの言によれば、ランデルは定期的にブライト・バーンズと交流を持っていたらしく、それを行う時は何時も郊外へと足を運んでいたそうだ。

「あなた達の狙いはわかったけれど、黒い船に侵入できたとして、すべて順調に事を運べる自信はあるの?」

「正直に言えば、成功の可能性は非常に低いと考えています」

 ここでもフライ室長は正直だ。そもそもランデルが本当にブライト・バーンズと接触するかどうかも怪しいのである。

「……他に成功率の高い作戦も無いということね」

 ミラナ女王にもこちらの悩みが分かった様子。他に手が無いのだ。空に浮かんだままの船に乗り込む方法など。かと言って何もしないままでいられない状況というのもある。

「ちなみに黒い船に乗った後、俺がどうするかについては、この資料だけが頼りだったりします」

 ミラナ女王に自分が持つカナの書いた資料を渡す。ミラナ女王は受け取って流し読みをした後、資料を返してくる。

「大凡、役立つ情報が載っている様には見えなかったのだけれど」

 確かに読んだだけではわからないだろう。そもそも資料を読んでジンが思い付いた作戦自体が不確かな物なのだ。

「黒い船と俺の奇跡。万一の可能性があるなら上手く行くってだけの作戦ですからね。この資料も、そういう可能性を与えてくれた物に過ぎないってわけです」

 ミラナ女王はなんだそれはと呆れた眼差しを向けてくる。気落ちしそうになるジンを擁護するのはフライ室長であった。

「あくまで希望はあるという話であって、実際、侵入さえできれば遣り様は他にもあるでしょう。例えば敵に見つからず、カナ・マートンとクロガネを取り返すと言った」

「空飛ぶ船から帰る方法があれば……だけれどね」

 これまた痛いところを突いて来る。こちらから黒い船に向かう方法はあるかもしれないが、そこから再びハイジャングへと向かう方法となると、それを見つけるのは難しいかもしれぬ。あそこは外部の人間にとっては、閉ざされた檻の中の様な物だ。

「そこも実際に行ってみて臨機応変にということになりますな」

 フライ室長の答えを聞いて、疲れた様子になってからミラナ女王は頭を振った。

「できることと言えばそれくらい。なんとも頼りない作戦ねえ」

「最初からそうでは無いですか。空飛ぶ船なんぞが町に襲来した時点で、皆、頼りない作戦しか立てられなかった」

 重要なのは、どんな作戦であれ成功させることだ。フライ室長はそんな強がりを口にするが、発言をした本人自身が、なんとも不安気な様子であった。




 人目を忍んで歩く。町中でのそれはかなり面倒な行為である。そんなことを痛感しているランデル・ヒューバは、町の西門を目指していた。

(いや、まだ焦る必要は無い。私の行動は早かったはずだ。国防騎士団内部での待機を命じられる前に、庁舎を出ることができた。万が一捕えられても、待機命令を聞いていなかったと言い訳できる)

 しかし捕えられた後はどうする。国防騎士団の調査能力はかなりのものだ。上司であるミハエルが暗殺作戦に失敗し、既に捕えられているとしたら、共犯者としてミハエルに辿りつくのにそれほど時間は掛かるまい。

(だからこそ、急ぎこの町を離れなければ。ブライト師の船にさえ乗れば、追手から逃れるのはそう難しいことじゃあない)

 良く考えてみれば、最初から師の側に付いていれば良かったのだ。現状、黒い船は町を翻弄している。一国と渡り合える程にブライト・バーンズの力は偉大なのだ。

 一度は師の考えに付いて行けず、師の知り合いである男の部下となったが、今は師の性格がどうであれ、その力を頼りにするほか無い。

 町さえ出れば良いのだ。町中では“コレ”を使い難いが、町の外でなら幾らでも使う場所はある。そうすれば、自分はすぐにでも船へ帰ることができるだろう。

(町の西側は、復興途中で人が少ない。師の船が町の上にあるというのもあるだろう。避難するのに、一度破壊された場所に向かう者などいない)

 だが、やはり町中は町中だ。人通りが少ないとは言え、すれ違う人間はいる。立場が立場であるためか、その誰もが自分を見ている様な気さえしてきた。

(落ち着け、落ち着け。人通りがあろうと、私を探している人間なんぞそうは居るまい)

 そうだ。自分が今、誰かに追われているかどうかも怪しい話だ。案外、国防騎士団の追及は進んでおらず、ランデルがミハエルの共犯者であるなどとの話も漏れていない可能性もある。

(町の外までもう少しだ。そうさ、不安になる必要はもう無い)

 歩き続けてやっと西門に辿り着く。

「ちょっと待ってください」

「な、何かな?」

 突如として話し掛けられ、どもってしまった。良く見れば西門の門番だ。この様な状況で門を出ようとする人間に対して、話し掛けて来たのだろう。怪しく見られなかっただろうか。

「避難民の方ですか? 一応聞いておきたいのですが、町の外に向かうアテは?」

 どうやら避難のために町の外へ向かう人間はそれなりに居るらしい。一方で町の外に出た後にどこへ向かうかという展望が無い人間もいるらしく、門番の男はそれらについて門を潜る人間に聞いているらしかった。

「あ、ああ。西に知り合いの村があってね、暫くそこで厄介になるつもりだ」

「ハイジャングからは近いのですか? 随分と身軽な恰好ですが」

 現在のランデルは、町からそれほど離れるつもりは無かったため、特別な装備や用意はして来なかった。もし町を出て他の村へ向かうのなら、それなりの用意をするのが普通である。

「その村には良く足を運ぶんだよ。だから向かい慣れて居てね。これくらいの用意で十分というわけさ」

 咄嗟に言い訳を考えるランデル。しかしあまり上手い物では無いと自分でも思う。

「そんな近くに村があったかなあ? それに近くの村じゃあ、あまり村外に避難する意味も無いんじゃあ………なんでしたら、町で適当な避難所に案内しましょうか? 下手な場所にいるより、まだ安全だと思うのですが」

「い、いや、遠慮しておく」

 予想以上に門番が親切だ。こういう気遣いができるということは、さぞかし評判が良いに違いない。しかし、ランデルにとってはありがた迷惑でしかない。

「ううーん。やはり不安だ。そうだ、町を出て暫くは護衛をして―――」

「いい加減にしてくれないか! 私は私の事情で町を出るんだ。それに対して難癖を付けられるというのは非常に不愉快なんだよ!」

 親切な相手は邪険にするに限る。怒鳴り散らし、事情をうやむやにしてこの場を去るのが自然なやり方だと考える。

「す、すみません。出しゃばった真似を」

 こちらの怒声を聞いて、門番の男はランデルから離れ、自分の仕事に戻った。門番は町の外からの人間を見張るのが仕事であって、内側からの人間に親切で付き合う事が仕事では無い。そのことを理解してくれれば良いが。

(できれば町からは少しでも離れるか。その方が怪しまれないし、まだ安全だ)

 町の人間は浮かぶ黒い船に危機感を覚えているが、ランデルはそうで無い。既に自分の師はやるべきことを終えているはずだからだ。

 クロガネを奪取する。それが目的で、むしろどうしてまだ空に浮かんでいるのかというのが疑問だった。

(まあ、師の事だ。動く理由も無いからそのままでいるという考えでも驚かんさ)

 長年、弟子としてブライト・バーンズを見ていると、その言動に対して嫌でも耐性ができる。

 何時もそうだ。明らかに個人が持つべきでない力を持ち、それを意味の分からない事に使う。もし、彼と同じだけの力を自分が持てれば、もっと建設な事に使うというのに。

(そうだな。私なら国にその力を売り込むだろう。国を支配するなどとは考えん。ただ力ある存在として人々に見られればそれで良いのだ。それだけで私は満足できる)

 だと言うのに、あの師は力を持っても満足していないのである。ランデルには理解できない、もっと違う何かを求める。魔法使いというのはそういう人種なのだろうか。

(私にはそれも理解できない。だからこそ、魔法使いでなく別の職を勧められたのだろうか)

 ランデルがブライトの元で無く、ミハエルの部下になったのは自らの意思によるものだが、ブライト自身の勧めも無かったわけではない。弟子以外の道を探すと申し出た時、紹介されたのがミハエル・アーバインという人間だった。彼ならばランデルの力も活かしてくれるだろうと。

(思えば、あれは師なりの親切だったのだろうか。そう思えば、私もそれなりに評価されていたということに………うん、ここらで良いか)

 町から少し歩いた街道から少し外れた土地。そこに辿り着くと、ランデルは懐から黒いペンダントを取り出す。鎖に繋がれたそれは、一応、船の形をしていることになっている。何の船かと言えば、今現在、ハイジャングの上空に浮かぶあの船だ。

 これは言わば仲間であることの証明品だ。何の仲間かと言えば、カルシナ教徒という意味での仲間であろう。カルシナ教にとって、この船は神そのものであり、それを象ったシンボルを持つというのは仲間の証明でもある。カルシナ教のシンボルと言えば、単純に船の形をしているものだが、本当のカルシナ教徒は黒い船を正確に象った物を付けているのだ。

「あとはこれの細工を動かせば―――」

「いやいや、その前に辺りを探った方が良いんじゃないか? こんなところに来たのは、他人にそれを見られたく無いからだろう」

「ああ、その通り……って、誰だ!」

 背後から突然話し掛けられたので振り向く。そこにはチンピラが立っていた。目つきの悪い、髪型だって雑に纏め、人を威圧するかの様に体格だけは良い男。

「会ったことくらいはあるだろう? 特殊事案処理小隊のランデルさん?」

 嫌らしい笑みを浮かべるその男を見て思い出す。魔奇対のジンという男だ。アイルーツ国の奇跡持ちらしい、世の中を斜に構えて見た様な冴えない風貌の男。騎士などという身分より、そこらへんで人に絡んでいる方がよっぽどらしいと思えるその姿は、実に印象に残っている。

 そうして今、その男はランデルに絡んできた。それも最悪のタイミングで。

「あ、ああ。魔奇対の臨時騎士が何の用だ」

「何の用って、もうわかってんじゃないか? あんたが手に持ったペンダント。それが黒い船に向かうための道具だな?」

「っ! 狙いはそれか! 絶対に渡さんぞ。貴様を倒してでも―――」

 ジンから守る様にペンダントを懐にしまう。

「はい、大当たり。実は本当にそれで黒い船に行けるかどうかは分からなかったんだが、あんたの言葉で確証を得られた。あとはあんたからそのペンダントを奪うだけってわけだ」

「しまっ………」

 慌てて口を塞ぎ、もう手遅れであることを認識したので手を離す。魔奇対はこのペンダント、延いては黒い船を狙っているのだろう。彼らにしてみれば、自分達の虎の子である巨大ゴーレムを黒い船に盗まれたので、何としても取り返したい思いなのだろう。

(ならば、絶対にこのペンダントを渡すわけには行かない)

 黒い船を象ったペンダントを奪われるということは、ランデルが黒い船に帰ることができなくなるだけで無く、黒い船そのものにも害が及ぶことになるのだ。

(ブライト師がこの男に後れを取るということも無いだろうが、それでも船自体に何かされれば厄介だ)

 目の前の男は奇跡持ちだ。奇跡の力は周囲に思いも寄らない結果をもたらす。例えその対象が黒い船であったとしても。

「で、そのペンダントを渡して……くれるわけ無いよな」

 チンピラが頭を掻いている。大方、面倒だとでも考えているのだろう。ランデルは戦闘態勢を取ったからだ。

(近接格闘術なんぞはしっかりと訓練したことは無いが、これでも私は魔法使いだ。こと、一対一での戦闘では圧倒的に優位に立っている)

 魔法使いの魔法は、戦闘になれば他者を容易く圧倒できる技である。本来の魔法は、さらなる知識研鑽のための道のりで覚える、単なる技能に過ぎない。しかし、それでも軍事や戦闘行為のために開発されることが多々あるのだ。ランデルがこれから使うのもそう言った類の魔法である。

「チンピラ風情が、魔法使いに勝てると思うな!」

 ランデルは既に魔力を周囲の空間へ放っている。非魔法使いの相手には分かるまい。魔力の探知は魔法使いの経験があっても難しいのだ。そうして今すぐにでも魔法を放ってやろう。ランデルがそう考えた時、視線の先の敵が変化した。

(聞いていた通りの奇跡の力か!)

 視線の先で、チンピラだった男が全身黒の鎧男へ変化した。普通なら驚くことであろうが、事前に知っていれば問題ない。こちらの魔力調整は終わらない。鎧男の手がこちらに伸びる前に、鎧男の動きが止まる。

「魔法使いに挑むというのはこういうことだ!」

 鎧男は自らの意思で止まったのでは無い。ランデルの魔法により体を止めたのである。

「これは………」

 鎧男が呟く。体を魔法で空間に固定させたつもりだが、まだ喋る程度の動きはできるらしい。

「師直伝の魔法でね。敵が襲ってきた時には有用な魔法さ。だが、私の魔法はここで終わりじゃあ無い。ここから、君の体の一部だけを動かすことだってできるのさ」

 体全体を固定して、さらに別の部分を無理矢理に動かせばどうなるだろうか。簡単だ。可動域を超えて肉体が動けば、その部分が折れるか裂ける。

「スプラッタなのは好きでは無い。しかし、君を生かしておくわけには行かんのだよ」

 まずは伸びる腕をもぐ。その後は頭だ。魔力を調整しながら考えるランデルだったが、違和感に気が付いた。

「……しまった、動かす方向を間違えたか」

 鎧男の腕はこちら側に動いていた。可動域とは逆方向に動かしたつもりだったが、調整違いで正反対の方向に動かしてしまったらしい。これではダメージを与えられない。

「間違えてねえよ。おかげで手が攣ってるみたいだ」

「え?」

 腕がさらに近づいて来る。勿論、ランデルが動かした覚えは無い。

「以前にもっと酷い金縛りにあってね。あんた程度の魔法なら、無理矢理に動かせるらしい」

 ノロノロと近づく腕だったが、ランデルの顔に近づく少し前にそのノロさも消える。避けなければと考え時にはもう遅い。鎧男の拳はランデルの顔面にぶつかり、そのまま振り抜かれた。




 黒い船に捕えられているカナ・マートンであるが、今度の目覚めでは、気を失う前の記憶をはっきりと覚えていた。

 自分はまだ黒い船に捕えられたままであろう。しかし目を開けてみると、また別の場所に移されたらしい。

「………え?」

 カナは目を見開いた。目覚めたカナがいた場所は、クロガネの胸部空室だったのだ。ある意味では慣れた場所であり、黒い船の中の一室よりは居心地が良い。もっとも、現状が自由であるわけでは無いということはすぐに分かる。

「魔力が通らない……クロガネの視界も映らないし」

 カナはクロガネ胸部空室に配置された操縦用の杖に触れるも、何の反応も無い。魔力を放出しても、それがクロガネを動かすに至らない。

「何か細工がされたのかもしれない………何が………」

「魔力が流れる筋の入口を、そこからでなく外側に配置しただけじゃよ。じゃから今はわしがクロガネを動かしておる」

 クロガネの視界が突然空室に映る。魔力が通ったのだ。しかしその魔力はカナの物では無い。

 映る視界には、酷く広い部屋が見えた。それこそクロガネが一体丸々入って、まだ余裕が有る程の。ここも黒い船のどこかなのだろう。ハイジャングから見た時は、遠くて大きさが掴めなかったが、船自体はこういう部屋が存在する程に大きいのかもしれない。そんな部屋の壁には、天井から床まで続く階段が存在していた。どうやら部屋の入口は天井側にあるらしく、そこから床へ降りるためのものなのだろう。そんな階段がクロガネの目の前にある。

 そうして丁度、クロガネの視線の先にあたる部分に老人が立っていた。目が覚めたカナが真っ先に見るのが老人になる様にとの配慮だろう。

「うえ………悪趣味」

「ちなみに空室内部の声も外に聞こえる様にしてあってな。そう言う風に他人を傷つける言葉は良く無い」

 今さら何を言うのだろうか。あの老人に対してならカナには悪態を吐く権利があるはずだ。

「今度は私をクロガネに閉じ込めて、無力さでも味あわせるつもり? けど、そんなことじゃあ諦めないから」

「承知しとるよ? というか、自分を無力などと思って貰っては困る。君には、わしを殺したいと思う程の感情の昂りを期待しておるからね」

 いったいこの老人の狙いは何だ。わからない。しかし今、この状況はチャンスでは無いだろうか。

(なんとかクロガネの主導権を取り返せれば、ここで直接敵を叩ける)

 カナは空室内部を探り、何か方法は無いかと探る。しかし空室自体も開かず、今いる場所が密室であることがわかるだけだった。

 カナがそのことを理解し、苛立ちを感じ始めた頃、老人が耳に引っ掛かる事を口にした。

「さて、そろそろ約束通り、わしがどうして君とクロガネを捕えたかを話してあげようかの」

「私を攫った理由? そんな約束した覚えないけど」

「そう言えば、君の返答は聞いてなかったのう。なんじゃ、ならこの約束は放って置くか」「待って。話せることがあるなら聞きたい」

 カナは老人との会話で、現状の打開策となる情報を聞き出そうとする。それが無理でも、周囲の状況を探るためには時間が必要だ。老人と話すことで、その時間稼ぎができるだろう。

「そうかそうか。それは良かった」

 何故か嬉しそうな表情をする老人。

「いや、なに。話せるなら是非とも話したいと思っておったのじゃよ。何せ、わし念願の夢に関わる話なのじゃ。その実験対象になる相手には、それがどういうものかを知って置いてもらいたい」

 その言葉を聞いて、カナは自分が老人を不気味と思う理由が漸く分かった。ブライト・バーンズという老人は、ずっと前からカナやその周囲を魔法研究の材料として見ていたのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ