第四話 『敵は誰?』
ジン達が封蔵図書を調べ始めてから数日経つ。封蔵図書にて集めているのは、フェンリス魔法学校の歴代校長の一人、ブライト・バーンズに関わる資料だ。
他者の視点から見た来歴。本人が書いた研究書類。この魔法学校が、本人が所属した場所だけあり、資料は豊富に手に入れることができた。それらをまとめるカナと、まとめた話を聞くジン。二人して探れば探るほどに、ブライト・バーンズという人間が、自分達の追っている老人であるという想像が確信に近づいていく。
「失踪する前に残した言葉ってのは、本当に本人の弁で間違いないのか? こういうのは格好付けるための後付けってのが相場らしいが」
「調査に向かう……でしたっけ? それより少し前に調べていた研究が、ハイジャング周辺で発生する奇跡についてなのは間違いないですから、その調査へ向かった後に失踪したと」
もしかしたらそこであの黒い船を見つけたのかもしれない。いや、まだ決めつけるのは良く無いはずだ。単に魔法使いの一人が研究調査で失踪しただけの話なのだから。
「失踪した時期と、カルシナ教が流行り始めた時期が前後してるな。無理矢理繋げてみるとしたら、どうなる?」
「ブライト・バーンズ元校長が、魔法学校を離れてカルシナ教を作り始めた………ってことになるんでしょうか?」
これまでは当たり前の話であるが、カルシナ教を作ったのは教祖のカルシナ・ハイ自身だと考えていた。だが、カルシナ自身も利用される側だった可能性もある。
「そう言えば、黒い船に捕まった時、閉じ込められた部屋に白骨死体があったんだよ。例の爺さん曰く、カルシナの死体だって話だったが」
「用済みになったお神輿を捨てたって考えられますよね」
「そう……なるのか。いや、でも、どうなんだ。なんでわざわざ魔法学校の校長が新興宗教なんて立ち上げるんだ」
あの老人は、自分の興味以外でそんな面倒なことをする人間で無かった様に思える。それとも、また別の目的があるのか。
「それはわかりませんけど、肖像画だったり、晩年には奇跡について調べていたりと、怪しすぎる要素が多すぎますよ。それにほら、この資料なんて、もう完全に」
カナは地図の様な絵が描かれた紙を、机の上に広げる。
「確かハイジャング周辺に起こる奇跡が、どこを中心に起こっているのかを正確に調べようとした物なんだっけか?」
広げられた地図は、ハイジャング周辺の物に思える。細かな地理は違うものの、町の位置や地形は変わらない。そして地図には赤い点の様な物が複数描かれていた。
「赤い点は恐らく奇跡が過去に起こった場所。そして点を線で結ぶと、その中心点にハイジャング位置していることがわかる地図です」
ハイジャングを中心に奇跡が起こっているということだ。これが何を意味するのか。
「ハイジャングに奇跡の原因になっている何かがあるってことかよ。そんなとんでも無いこと、なんで誰も知らないんだ」
「似た様な事を調べた人は他にも居ますけど、この地図みたいな資料が作れないからです。現在の説では、奇跡は別にハイジャングを中心に起こって居るわけじゃあないんですよ」
カナの言っている意味がわからない。今、ここで広げられている地図は確かにハイジャングを示しているというのに、それは正しく無いということか。
「この地図はデタラメってことか」
「今、同じように調べても、この地図みたいなデータは取れないと思います。一方で、この地図が作られた当時は、こういう物を作れたのかもしれません」
「わけがわからねえ」
さらなる説明を求めようとカナを見るが、彼女は顎に手を当てて考え込んでいる。
「昔はハイジャングに奇跡の原因があったということです。そして、今は無くなった。私達は、その痕跡をこの目で見たじゃないですか」
「………あの地下の大空洞か。黒い船が元々あった場所だ。ハイジャングで起こって居る奇跡ってのは、その多くがあの船が原因ってことか。そして、この地図はその黒い船の場所を特定した物と言えるな」
そうしてこの地図を作った人間は、黒い船を見つけて手に入れたのだ。
「あの爺さんはブライト・バーンズ。それはほぼ間違いないかもな。ただ、だからと言って、状況はあまり変わらねえ」
敵の正体が分かったところで、勝てぬ相手であることは変わり無い。だからこそ戦力増強のためにこの封蔵図書までやってきたのだ。敵の情報を手に入れるためでは無い。
「別に、数日間を無駄に過ごしたってわけでもありませんよ? ほら、これ、見てください」
カナは一冊の本を持っていた。それもブライト・バーンズが作った研究資料である。
「内容はなんだっけか? いや、まあ、中身まで読んでないんだけどな」
「ブライト元校長は、奇跡について調べていました。その中に、ある奇跡についての記録があったんですよ」
「ある奇跡?」
カナの顔が紅く興奮している。とても凄い発見をした様子であるが、それが何であるのか。
「黒い鎧に関する奇跡です。驚かないでくださいよ? ジン先輩よりも前に、ジン先輩の奇跡と同じ物を所有した人間がいたんです! これはその記録というわけですね」
「となると、俺の能力向上に役立てることができるわけか」
ジンはカナが喜んでいる理由を頷きながら理解する。
「なんだかあんまり驚いてませんね。こういう資料を求めてここまで来たわけですよね?」
「ここに案内してくれたとは君の方であって、別の俺は来たかったわけじゃあないぞ? それとその資料についてだが、良く考えてみると、俺以外に俺と同じ奇跡を使える奴がいたとして、俺以上に使いこなせていたって保証も無いわけだろ?」
「それはまあ……その通りですけど………」
せっかく見つけたのに喜ばれなかったので、カナは気落ちしてしまった様だ。もうちょっと感情豊かに喜ぶべきだったか。
「ま、まあ、アレだ。内容を確認してみないことにはわからないってだけで、見せてくれるか?」
「駄目です」
カナが持つ本を手に取ろうとするジンだったが、カナが手を引っ込めたせいで空振りする。
「おい、なんでだ」
「封蔵図書内部の資料は、フェンリス魔法学校にとって大切な物です。外部の人間に、おいそれと見えるわけには行きません」
「今さらそれは無いだろう。俺がここに入り始めて何日目だと思ってる? ここにある本の幾つかは、既に見ちまってるぞ?」
但し、やはりその内容の理解までは進んでいない。どうして魔法使いが書いた本というのは、ああも分かり難く読み手側へと親切心というものがまったく無いのだろうか。
「それはそれ、これはこれです。もし、ジン先輩がこの中身を見たければ、私が必要そうな部分を書き写してあげても良いですよ? それなら見ても良いでしょう」
「おいおい。そんなことをするくらいなら、それこそ直接見た方が早いだろうが。わざわざ書き写さなくても………」
「………駄目ですか?」
「………」
なんとなく彼女が求めているものがわかった気がする。要するに役に立ったと褒めてもらいたいのだろう。さてどうしたものか。素直に褒めてやっても納得はしなさそうだ。でなければ、自分を褒めろと口で言うはずだから。
「そうだな、頼めるか? 俺がそのまま読んでも、内容を理解できるかどうか怪しい」
「ええ。任せてください。きっとジン先輩が欲しいと思う様な内容のはずですから」
カナはジンにそう言うと、写本と言えば良いのか、それに近い作業を始める。言って見れば彼女も既に魔法学校の部外者であるはずだが、別に構わないのだろうか。
(細かいことを気にしても仕方ないか。身内を失ったことへの落ち込みも、今は忘れることができてるみたいだし、そっとしておこう)
ジンがここにずっといるのも邪魔になるかもしれない。何がしか理由を付けて、暫く離れてみることにする。
「書き写しに時間が掛かる様だったら、俺は一旦、フライ室長へ報告に向かうが、別に良いか?」
「あ、はい。私も、資料をまとめたら魔奇対に持って向かいますから、向こうで待っていてください」
カナに確認もできたので、魔奇対へ帰ることにした。ここ数日は魔法学校に籠りきりで、例の老人の正体についても、フライ室長に伝えられていない。幾らか手に入れた情報を渡せば、あの人なら何がしか面白い事を考え付きそうではある。
そろそろだなとフライが自分の執務室で考え事をしていたところ、丁度良く部屋に部下のジンがやってきた。いろいろと都合が宜しい。
「ジン。どうだ、戦力増強は上手く行っているか?」
「ぼちぼちってところですよ。それより幾つか報告があります」
「ああ、こっちもそうだ。お互い、周囲の状況変化が早くて困るな」
良い傾向なのか悪い傾向なのか、立ち止まっていられない状況が続いている。
「さて、お互いの状況報告をする前に、お前に聞いておきたいんだが」
「何かありましたか?」
また面倒ごとかと顔を歪めるジンだが、これから話す件については、こいつ本人の用件である。
「あれだよあれ。お前宛てにと王宮の配達人が数人がかりで持って来たんだが、なんなんだ?」
部屋の隅には布袋に包まれた大きな荷物が置かれている。まだ開けていないのだが、ゴテゴテとした重い物らしい。
「王宮からか………やけに早いな。もう出来たのか」
「心当たりがあるのか? っと、そうか女王陛下の紹介で王宮鍛冶に武器作りを依頼していたのだったな」
漸く荷物が何であるかがわかった。ジン専用の武器ということで、単純な戦力強化には役立つはずだろう。
「結構工夫のいる道具らしいから、作るのに時間が掛かると思ってたんだが、さすがは国一の鍛冶屋って奴か」
ジンは荷物に近寄ると、包む布を解いていく。現れたのは二つの武器らしい道具である。一つはわかる。槌だろう。ジンが使っている物よりも幾らかシンプルと言うか、敵を叩く以外の機能が存在していないと表現した方が良い。構造が単純だからこそ、頑丈さもそれなりだろう。以前から使っている物よりも、使いやすく壊れないと思われる。
「槌についてはわかるが、もう一つの方はなんなんだ。箱か?」
槌に他にも武器らしき物があるのだが、どんな道具だかが分からない。長方形の箱だが、先端に丸い穴が空いている。また箱の両横から曲がった板の様な物が伸びており、弧を描いていた。両方の弧の先端には弦らしき細長い鋼線が伸びており、箱を貫いて繋がっている様だ。
「クロスボウらしいですが、鎧姿の俺が使える物として、一から作った物だそうです」
「弓なら、箱状の形にする必要があるのかね?」
「なんでも矢の方が特殊な物らしくて、こういう形じゃないと駄目だとか。ああ、これですよ。こっちは普通の、と言っても大分威力が出る様な特注品でして、さらにこっちがこのクロスボウ専用のそれ」
ジンはクロスボウに付いてきた2種類の矢をこちらに見せてくる。一方は大きいものの、普通の矢と変わらぬ見た目をしている。ただし、鏃は太く厚く、巨大なクロスボウからの勢いで、無理矢理敵に突き刺す様になっているのだろう。鎧姿になったジンが、増強した力によって打ち出すことで、初めてその威力を発揮できるのかもしれない。
そうしてもう一方の矢は、打ち出す側のクロスボウの形に合わせたかの様に歪な形をしている。先端部分はギザギザとした形の刃物になっており、触るだけでも痛そうである。さらに後部には矢羽が付いておらず、代わりに細長く丸い筒が付いている。
「そっちの方の矢は、ちゃんと飛ぶのかね? 矢羽が付いてなければ、碌な飛距離が出せんだろう」
「いや、確かこっちの方はこのクロスボウの穴を敵に近づけて使うんですよ。矢羽の代わりに付いてる筒の中には、なんでも火薬が入ってるらしいんで」
「は? 火薬? そ、そんなものを部屋に持ち込んでいたのか!」
黒色火薬と呼ばれるそれは、アイルーツ国でも少量ながら生産されている。兵器に使える物として開発されたそれだが、不安定で取扱いに注意が必要であり、魔法の有用性には劣るため、当初期待された物としては日の目を見ることは無かった。一方で、道具を作る職人や、様々な研究者などは、面白い材料として認知されたらしく、彼らが独自で作成したり、生産するための知識を持つ者に、作成を依頼していたりする。ジンが持つ矢も、そういった物の一つなのだろう。
「筒に入ってる限り、滅多な事じゃあ爆発しないそうですから、大丈夫ですって。なんでも、このクロスボウ内部にはこの火薬を爆発させる機構があるらしくて、爆発を推進力に変えて敵へ接射することで、対象をズタズタに破壊できるんだとか」
なんともまあ馬鹿らしい兵器だ。クロスボウそのものの重さと、撃った時の反動は、生身の人間なら腕が外れるか骨折する程の物だそうで、黒い鎧姿のジンが使うことで、初めて武器として有効な物になるらしい。
「破壊的だなあ。それで例の老人を仕留められるのか?」
「正面からなら無理でしょうね。奇襲なら一撃を加えることができますから、その一撃にこれを使うってことになるが………そうだ、その老人の件で、わかったことがあって、その報告に来たんですよ」
ジンが武器を見る顔を上げ、こちらに迫る。頼むから一旦その物騒な矢を置いてから話して欲しい。
「わかった? 正体か何かだったら嬉しい話だが」
「その何かです。あの爺さんの正体、なんでもブライト・バーンズとか言う魔法使いだったみたいで」
「ブライト・バーンズ? それはいったいどういう人物なのだ?」
こちらが尋ねると、ジンの口から、ブライト・バーンズの立場についての説明がされる。フェンリス魔法学校の元校長で、失踪して亡くなったことになっていたが、失踪前には奇跡についての研究をしていた事。カルシナ教との繋がり、ハイジャングの地下にあったらしい黒い船について。それらは、今まで謎だった老人の正体に光を当てる物であった。
「まあ、正体がわかったと言っても、向こうの戦力がこっちを上回ってることは変わりありませんから、どうしようも無いんですがね」
「そうでも無いぞ? 相手の立場が分かれば、おのずとその思考方法や目的がわかってくる。そうなれば、相手の動きを先回りして対処できるかもしれない」
老人の目的。そうだ、自分達が追っている老人の目的とはなんなのだろうか。元魔法学校の校長ということは、魔法研究に関連するのか、それとも権力を求めての行為か。後者の可能性は低いだろう。どこか愉快犯を思わせる行動をしている点からみて、なんらかの研究行為と見る方が正しいと思われる。では、いったいどんな物を研究しているのか。確か失踪する前は奇跡についての研究を―――
「室長? 考え事をするのは別に良いですけど、こっちの用は終わったんで帰っても良いですか?」
王宮鍛冶からの武器も、持ち出しやすい場所まで移動しなければならぬと話すジン。だが、実はこっちの用は終わっていない。
「待ってくれ。そっちの報告は終わったが、こちら側でも状況に変化があって、お前も無関係じゃあ無いんだ。話を聞いてくれ」
執務室から去ろうとするジンを、声で制止する。放って置けば、本当にそのまま帰りかねない。
「変化って、何か仕出かしたってことで?」
「というより、もう本当に直接的に、特事へ喧嘩を売って来た」
「ははっ! そりゃあ良いな。室長にしては思い切ったじゃないですか。なら、どうします? こっちから乗り込みますか?」
ジンにとっては喜ばしい報告になったらしい。この男、最近はカナ・マートンという後輩ができて丸くなったが、根本的には喧嘩好きの一面がある。
「乗り込むというのは私自身がやってきた。向こうは私に一切手を出して来なかったから、それなりに理性があると考えて良い」
遣り難い相手であるのはもう既に承知している。ジンが望む通りに武力任せに動けば、足を掬われる相手なのだ。
「んじゃあどうするんで? 既に喧嘩を売った以上、何もしないなんてことも無いんでしょう?」
「勿論だ。だが、そろそろだと思うんだよ」
「そろそろ?」
どういう意味か分かりかねぬと言った様子のジン。まあ、そうだろうとも。頭を動かすのはこちらの役目だ。
「特事にはこっちから宣戦布告をした。それなりにこちらの武器をチラつかせてな。向こうが無能でなければ、そろそろ何かしらの手を打ってくるだろう」
それがどの様な物かはわからぬが、敵が攻めて来た時こそ、狙える隙となるはずだ。特事を潰すならその隙を狙う。だから今は特事の出方待ちということになる。
「それって結構ヤバくないですか?」
「ああ。身の危険はあるだろうな。だからお前が来てくれて丁度良いと考えたわけだ。狙われるとしたら私だろうから」
ジンは護衛だ。ブライト・バーンズという名前らしいあの老人には敵わぬものの、ジンはそれなりに腕が立つ。警護としては十分だろう。
「………もう何時襲ってきてもおかしくないってわけですか」
「暗殺という奴になるかな? 撃退できれば、暗殺の事実自体がこちらにとっても武器になるかもしれん」
公的機関の長を暗殺しようとしたとなれば、それを主導した組織は解体かそれに近い処分となるだろう。
「………やってくるのは暗殺だけですかね?」
「あらゆる手だろうさ。向こうも奇跡に対抗するために作られた組織だ。つまり、奇跡を扱って奇跡を打倒する魔奇対にとっても有効な方法を取ってくるだろう」
と言っても、魔奇対内部で奇跡を扱えるのはジンくらいである。となると、ジンの上手な倒し方というのを向こうは知っているかもしれない。ジンの警護だけでは不足しているやも。
「特事とブライト・バーンズは繋がってると室長は考えているんですよね?」
「まあな。だから、例の老人が襲ってくるというのが一番危機的状況になるだろう。私の予想では、その可能性は低いとは思う」
「でしょうね。あの爺さんなら、もっとデカいことをする。例えば、町ごと襲うとか」
「町ごとか。確かにな。そういう予測もできる。良い思考だぞ、ジン。お前もそういうことを考えられる様になったか」
既に老人は町の存亡に関わる事件を起こしている。再び同じことをしないと誰が言えるだろうか。そのことをは盲点だったので、素直にジンの発想を褒めてみる。
「なんか釈然としない言い方ですが、一応、俺の発想じゃあないですよ。目の前にある事実を、口にしただけです」
「目の前?」
ジンは執務室の窓から、外を見ている。彼の目線はどこかで見たことがある。どこだったか。
(そうだ、ドラゴンがハイジャングを襲撃した際に、同じ様に女王陛下が窓の外を見ていた………まさか)
フライは席から立ち上がり、ジンが見る窓を覗く。そこには別の巨大なドラゴンが映っているわけでは無い。何時も通りの町の風景だ。
「なんだ、脅かすな。何も無いじゃないか」
安心の溜息を吐いて、ジンを睨む。しかし、ジンは窓を見たままだ。その顔からは冗談を言った様子は見てとれず、真剣そのものである。
「あそこを見てください。あの今にも消えそうな雲の左側くらい」
窓から見える、青空と少量の雲が流れる景色を指差すジン。ジンが指差す位置は、景色の向こう側に見える空だ。やはり普通の空に見えるが、違和感が一つ。まるで絵画に墨でも落としたかのように、小さな黒い点が存在していた。
「あれは……なんだ? 鳥か?」
自分で言って置いてなんだが、鳥には見えない。そんな輪郭をしていないし、そもそも鳥ならば、空を早く移動し続けるはずである。黒い点はと言えば、飛ぶというより浮いている様に見えた。
「黒い船だ。あの爺さん。自分の本拠地ごと攻めてきやがった」
空に映る黒い点は、少しずつであるが大きくなっている様に見えた。あれがハイジャングへと近づいた時、いったい何が起こるのか。特事だけが敵では無い。むしろ、その後ろにいるあの老人こそ、自分達にとっての脅威だ。今さらながら、フライはそれを実感する。
まるで奇跡が意思を持って町を襲おうとして様ではないか。それに比べれば、特事のミハエルなどは、どうでも良い存在に思えて来た。