第二話 『まずは一歩近づく』
「戦うための道具はこれで良しとして、後は俺自身の問題だな」
王宮鍛冶で用を終えたジンは、次の目的のために王宮を出てハイジャングの町中を歩いていた。向かう先は決まっているのだが、そこに行けば確固たる成果があるのかと言われれば自身は無い。
(あの爺さんに対抗するには、俺自身が持つ奇跡の強化が必要不可欠なんだが、その方法がなあ)
共通の奇跡というのは非常に稀である。そして奇跡の上手い使い方の教本なんてものは存在しないのだ。どこぞの山奥に潜む仙人が、修行を付けて鍛えてくれるなどと言った都合の良い状況も無い。となればどうすれば良いか。とにかく自分で奇跡の力を試すしかない。
(と言っても、奇跡を使った状態での訓練なんて、今までも結構やってるんだよな。それを繰り返したところで、劇的な戦力増強にはならないだろうし、何か別の発想が必要なんだよ、多分)
奇跡の力とも長い付き合いである。ジンの経験上、黒い鎧の奇跡は、地道な訓練を繰り返してもその力が増す事は少ない。一方で使い手側であるジンの発想が少しでも変われば、その発想に影響されて、鎧の力が大きく変わることが多々あった。
(例えば、昔は体の一部だけが鎧姿になる程度だった。けど、全身を覆えるんじゃあないかって発想を持ったおかげで、本当に全身鎧姿になれたわけだ)
例の老人に対抗するためには、そういった発想の転換が必要なのだろう。鍵は今までに無い発想だ。国の臨時騎士として、一般的な戦闘訓練を受けて来たジンにとって、普通の訓練で無く、まったく違う世界について学ぶ必要があるのだ。
(だからまあ、ここに来たのは間違いじゃあ無い。と思う)
目の前には扉が一つある。粗末な建物の中、続く廊下に幾つも並んだ扉の一つ。ジンはその扉に向けてノックした。
「おーい。居るか? 返事がなけりゃあ勝手に入るぞー」
「ちょ、ちょっと待ってください! 返事しますからすぐに入らないでください!」
部屋の奥からドタバタと物音と声が聞こえる。声の方は良く聞く物だ。暫く待つと物音が止まり、扉が開いた。顔を出したのはカナである。ジンはカナが普段の家として借りている部屋までやってきていた。
「はあ、はあ。来るなら来るって、先に言っててくださいよ」
息を荒らげながらカナが話す。服装は何時も通りだが、皺があちこちに残っており、黒い髪は寝癖がちゃんと直っていない。もしかしたら今の今まで寝ていたのだろうか。ジンが来たから慌てて身だしなみを整えたと言ったところだろう。
「悪いが、ここ最近部屋に籠っている人間に、前もって向かうことを知らせる方法を知らなくてね」
「部屋に籠ってるって……一応、買い物とかには出掛けてます………」
口元を尖らせて、ぶつぶつとぼやくカナ。この様子では買い物以外の用では本当に部屋から出ていないのかもしれない。
「行き成り来て悪かったな。実は頼みたいことがあったんだよ」
「頼みたいこと……ですか? でも、あの、私……今、休暇中で………」
未だに心の整理ができていない様子だ。出来る限りは魔奇対の仕事関係について話題に出さない方が良いだろう。
「あー、そうだな、ちょっと悩んでることがあって、相談に乗ってほしいんだよ」
「………悩み? ジン先輩が、ですか?」
「なんで疑わし気にこっちを見るんだ。俺だって悩むことくらいあるっての」
これでもかなりの悩みだ。休暇中の後輩に頼み込みたくなるくらいには。
「はあ……そうですね、先輩の相談に乗るくらいなら良いですよ? 入って下さい」
漸く部屋の中に案内される。もしかしたら、こちらの悩みを聞くという状況のおかげでそれなりに前向きになってくれたのかもしれない。
「……なんだか想像以上にちゃんと生活してるのな」
カナの部屋は彼女に合わせたわけでも無いだろうが小さかったものの、中の家具や調度品はきっちりと整理整頓されていた。ジンが借りている部屋とは大違いだ。
「もっとゴミゴミしてると思いました? こんな部屋だからこそ、汚したら大変なことになりそうですから、気を使ってるんです」
とりあえずジンとカナが入ってもまだ話ができる程度の余裕があるのは助かる。ジンは部屋の隅へと向かい、そこの壁に背中を預けて座る。カナは部屋の半分を占めるベッドの上へと腰を下ろす。
「でだ、相談と言うのは、魔法についてなんだよ」
さっそく話の本題に入る。他人の部屋に入り、雑談を始めるほど空気が読めない人間では無いのだ。
「魔法……ですか? まあ、答えられる話なら答えますけど」
「助かる。聞きたいのはだな、魔法と奇跡の関係性と言うか、何か繋がる物が無いかって話なんだよ。魔法ってのは、奇跡と似た様な物なんだろう?」
ジンが考えているのは、黒い鎧の奇跡へ新しい発想を持ち込むため、魔法について学んでみようということだった。ジンにとって魔法は、手も触れずに物を持ち上げたり、炎や氷を生み出したりと言った奇跡の様な物であった。魔法を学べば、奇跡を学ぶことになると考えていたのである。
「ううーん。そういう風に考えている人がいますけど、全然違う物ですよ?」
「そうなのか?」
「ええ。同じだったら奇跡と魔法なんて言葉分けをしませんから。良いですか? 実際に起こり得ないことを起こしているという時点で、奇跡と魔法は似た様な事に見えますけど、魔法は体系化できている時点で、奇跡じゃあありえないんです」
カナは説明してくれるが、ジンにはさっぱりだった。
「わかりませんか? 奇跡というのは、もうほんとにそのまま奇跡なんです。なんでもありの力ですが、そうであるからこそ、力と力で共通項が無い。一方で魔法は誰でも共通の物です。私が使う魔法と、別の人が使う魔法は、殆ど違いが無いわけです」
「つまり魔法は多くの人間が使えるから奇跡じゃなくて、奇跡は多くの人間が使えないから魔法じゃあないってことか」
カナの説明を要約すればそうなる。ジンの悩みは奇跡についての方なので、魔法を学んでも意味が無いかもしれない。
「もうっちょっとニュアンスが違うと言うか、ジン先輩は騎士団で戦闘技術を学んだことがあるんですよね?」
「ああ。今でもちょくちょく訓練場には顔を出してるぞ?」
「魔法もその戦闘技術と同じなんです。学べば、才能の違いこそあれ、誰だって使えます。人間に最初から備わっている能力なんです。一方で奇跡は普通の人間は逆立ちしたって使えません。ジン先輩の黒い鎧について、私がどれだけ頑張ったって使えませんよね?」
「一方で、俺が魔法について学べば、ある程度は使える様になるから、明確に違う存在ってわけなのか」
カナが頷く。あくまで魔法とは技能であり、人間にとっては奇跡の様に不可思議な力では無いとのこと。
「まいったなあ。じゃあ魔法を参考にして奇跡の力を鍛えるなんてのは無理なわけか」
「そんなことを考えていたんですか? 奇跡を鍛えるって……あ、もしかして」
少し迂闊だったか。カナはジンがどうして自らの奇跡を強化しようとしているのか気が付いてしまったらしい。彼女が休暇中である原因の老人。その人物に対抗するためという事に。
「まあ、その通りだ。少しでも自分に無い発想で奇跡を使えば、もうちょっと違う具合に鎧の奇跡を扱えると思ったんだがなあ………」
「………すみません。私のせいで」
やっぱり落ち込んでしまった。もう少し上手い具合に相談する方法は無かったものか。
「別に君のせいじゃあないさ。あの老人のせいで痛い目を見たのは俺の方なんだ。なんとかしたいってのは、俺自身の感情から来るもんなんだぜ?」
結局、カナにも頼っている時点で自分だけで納まる問題では無いのであるが。
「だけど、魔法と奇跡ですか………」
「やっぱ関係が無いから意味も無いと思うか?」
カナがそう言うのであれば、違う方法を探さなければなるまい。別の案など無いので、かなり困ってしまう状況になる。
「いえ……面白いと思います。さっき私が言った魔法と奇跡の区分けは、あくまで教科書通りの回答でして、ジン先輩が奇跡と魔法に共通点を覚えるなら、もしかしたら本当に繋がりがあるかも………」
「おいおい。言っとくが、単なる思い付きだからな? 凄い発見みたいに思われても困る」
「奇跡については、普通の魔法使いよりジン先輩の方がちゃんと理解していると思いますよ? その先輩が、魔法と関係あるんじゃないのかって思ったのなら、結構説得力のある意見になるはずです」
何故だがカナが少し興奮している様にも見える。何か彼女の心を高揚させる事でも言っただろうか。
「奇跡と魔法の関係性………そういうことを調べた人もいるはずです。ただ、学説としては異端だから無視されて来たのかもしれない。そういう資料がどこにあるのかと言えば………多分、そうだよね。でも、入れるかなあ………」
ついには自分の思考だけで会話を続けるカナ。ジンはもう既に置いてけ堀にされている。
「何のことを言ってるんだ? 魔法使いってのは、周りの人間を放って置いて意味のわからん話を進める癖でもあんのかね」
「あ、すみません。実は、ジン先輩に来て欲しい場所があるんですけど、入れるかどうかわからない場所なんですよね」
漸く意識をこちらに戻してくれたらしい。どうやらジンをどこかへ向かわせた様子だが。
「どこの事を言ってるんだ?」
「ええっと。ジン先輩が望むかもしれない物がある場所です。“封蔵図書”って言うんですけど………」
フライ・ラッドがクロガネ整備テントを出て向かった場所は、自らの執務室で無く、国防騎士団の本部だった。目的地は勿論、特事の執務室だ。
(以前は向こうのトップがいきなりうちの執務室に現れたが、今度は私の番というわけだ)
国防騎士団本部の廊下を進むフライは、特事のトップであるミハエル・アーバインがどの様な顔をするかを思い浮かべる。一番痛快なのは、驚いた顔をすることだ。相手の虚を突くことができるというのは、中々に気分の良い状況である。一方で現実はそう上手く行かないだろうという思いもある。こちらが来ることを予見し、不敵な笑みを浮かべている可能性も十分にあるだろう。待ってましたと歓迎させるかもしれない。
(さて、どうなることやら)
策謀というのは先のことを考えて行う物だが、できる限りは確定した物事を確認してから考えるのが好ましい。ミハエルがこちらに対してどの様な対応をするか。それ次第で、フライが次に打つ一手は大きく変わる。
(なるほど。こう来たか)
待ち受けていたのは歓迎の方であった。それもミハエル個人だけで無く、組織としてのだ。フライがノックをしてミハエルの執務室に入ると、彼は仕事机に座り、机の両脇には秘書官の様に二人の人間が立っていた。これが女性であれば華もあるのだろうが、残念ながら男ばかりだ。しかもむさいたぐいの。
「ようこそ、フライ室長。お待ちして居ましたよ」
笑顔でそんな言葉をこちらに向けてくるミハエル。待ち合わせなど勿論していない。
「おや、私が来ているということが良くわかったね」
「国防騎士団の受付には当然話を通しているのでしょう? そこから私のところまで話しが来るのは、そんなに時間は掛からない」
受付には来訪を告げているが、そこから執務室まで、フライはまっすぐに向かったはずだ。だというのに、ミハエルがフライの来訪を察知する方が早いと言うのは納得が行かない。
(こりゃまた、隠し通路の一つか二つを増設したな)
国防騎士団本部には、民間人や外部の人間が知らぬ通路というのが幾つかある。そういうものが存在し、ミハエルがそれを利用しているというのなら、フライが来ることも迅速に知ることができただろう。
「なるほど。事前に来訪を知っていたというのなら好都合ですな。少々、話したいことがあったのですが、宜しいですか?」
「ええ、勿論。どうぞ、そちらにお座りになってください」
ミハエルの仕事机の前には、来客用のソファーが存在していた。そこにフライは座ることになるが、座った際の高さは仕事机の方が高いため、ミハエルに見下ろされる形になる。はっきり言って、この位置関係は悪趣味である。
「ええっと。お二方は、そのまま?」
ソファーに座った後、ミハエルの近くに立ったままの二人の男が気になってしまう。片方の顔は知っていた。確か魔法使いのランデル・ヒューバという男だ。眼鏡が特徴の固い男。頭は少し回る様だが、フライほどでは無い……と思う。
もう片方は良く知らない。体つきからして戦士か何かだろうか。兵士特有の威圧感がある。年齢はまだ若いと言える頃合いだが、左目近くに刃物傷の跡が残っており、ベテランの兵士と言う雰囲気を醸し出している。あくまで雰囲気であるが。
「いけませんか? 彼らも小隊の一員。話があるのなら共に聞いておきたいと思うのですが」
威圧のための人員はあくまで置いておくということか。それなりに警戒されている様で、嬉しいやら悲しいやら。
「どちらかと言えば、そちらが良かったらという話なのだがね」
どうにも座りが悪く、少し立ち上がった後に座り直す。もう少し良い物を買ってはどうなのだろう。後ろ盾であるアーバイン家はそれなりの金持ちだろうに。
「あまり良く無い話を持って来た……と解釈しても?」
「そう思って貰っても構わんよ。さて、問題無ければ遠慮なく話すが………」
脇の二人を慌てて退室させるかしないのか。見極めができそうだ。ミハエルにはどれだけの味方がいるかどうかを。
「そうですね。話してください。悪い事でも聞き合えなければ、仲間とは言えない」
なるほど。特事の大半がミハエルの味方だということか。あたり前の話であるが、中々に手強い相手であることを認識する。
「ならば話そう。以前に貰ったカルシナ教関係の資料についてだ」
荷物から紙束の資料を取り出す。元々、特事から借り受けた資料であり、特事が調べたカルシナ教関係の情報が載っている。
「ああ、我々が調べた物ですね。如何でしたか? 興味深い話がいくらかあったでしょう?」
「そうだな。カルシナ教の歴史やその信仰に関する考察などなど。良く調べられてあった。だが、私が話したいのは、書かれている事柄では無く、書かれていない事柄についてだ」
ソファー前にある机に紙束を置き、その表紙を手の甲で叩く。もう既にこの資料自体に価値は無い。内容はすべて頭の中に叩き込んであるし、内容自体にもあまり価値が無かった。
「はて、書かれていない? 何かありましたか? ランデル」
ミハエルは存ぜぬとばかりに隣に立つ眼鏡男のランデルに尋ねる。間違っても強面の方には聞かないだろう。調査云々の仕事ができる見た目では無い。
「いえ、調べられる限りの情報を纏めたつもりですが。何かご不満が?」
「不満? むしろ憤りだよ。何故、カルシナ教の“船”についての情報が載っていない?」
カルシナ教が所有していた黒い船。ジンと確か特事の隊員の一人が捕えられた場所だ。奇跡の塊とも言えるそれについて、フライに渡された資料にはまったく掲載されていなかった。
「船ですか……いやはや何とも」
「知らないとは言わせんよ? 町の下にあるあの大空洞。あそこを調べていたのは他ならぬ君達の仲間だ」
大空洞について調べるという行為は、カルシナ教の黒い船について、何かしら前もって知っておかならければおかしい行動だ。
「………わかりました。認めましょう。あえて隠していました。こちらがあなた方に先んじる事ができる唯一の情報でしたので」
「つまりはうちを競合する組織だと認めるのかね?」
「そうで無い理由も無いでしょう? 失礼を承知で言わせて貰いますが、我々にとって、あなた方は目の上のタンコブだ」
敵意を露わにするミハエル。しかし、これすらも演技であるとフライは考える。敵対組織だから、必要な情報を隠した。分かりやすい理由であるものの、分かりやす過ぎる。もっと違う本音がある。フライはそう感じるのである。
「黒い船の情報はどこで手に入れた? 単純にカルシナ教を調べたところで、出てくる物でも無いだろう」
「それは話せませんね。こちらにとっては重要な情報源だ。あなた達に出し抜かれる可能性のある情報は渡せない」
さあ来たぞとフライは感じる。ここが勝負どころだ。特事に対して攻勢に出るための武器なら既に用意してある。使うなら今だろう。
「そりゃあ勿論、明かせんだろうなあ。何せ、身内の話だ」
「………なんのことでしょう?」
素知らぬ顔のミハエル。だがその表情だけで動揺を隠せると思ったら大間違いだ。こういう経験が豊富な人間は、部屋の空気だけで相手の感情が読み取れるのである。
(嘘だがね。真に相手の感情を読むというのは、相手のことを熟知し、間違いなく相手がこう考えるだろうと予測することを言うから)
つまり本当に心を読むのでなく、恐らくこうだろうと推測するだけのことだ。これが中々苦労するし、外れることも多々ある。ただし、ことフライが行う推測の的中率はかなりの物だと自画自賛する。
「カルシナ教について、私も独自で調べてみたのだよ。個人的に気になる事柄があったから」
「ほほう。それは?」
興味深そうに尋ねるミハエル。それは気になるだろう。他人事では無いのだから。
「カルシナ教が弾圧された際、カルシナ教を信仰していた者の内、有力者等はその弾圧を逃れたことは知っているね?」
「ええ。処断すれば国そのものに影響が出る者がいる場合、その者に対して手出しが出来ないという事態はままあります。カルシナ教弾圧の際もそういう事態があったことでしょう」
「ああ。その件なのだが、有力者の弱みでも握れないかと調べてみた結果、“アーバイン家”の名前も見つけてね」
今度は隠さなかったとフライは内心で笑う。ミハエルの顔が一瞬とは言え引き攣るのをこの目で見た。
「そう言えばその件も貰った資料には書かれていなかったね? あれかな? 自分の家とは言え、昔のことは覚えていないのか」
とぼけた様子をわざと見せてみる。相手の胃痛が酷くなりそうな対応をする。それが交渉をする際の手の一つだ。
「………どこで知りました?」
「言えないね。こちらにとって重要な情報源だからなあ。君らに出し抜かれる可能性のある情報は渡せない」
先程向けられた言葉を、そのまま返してみる。実はほぼ推測で物を言ったとは口にできないからだ。フライが手に入れた武器とは、あくまでその程度の物であった。
特事から借り受けたカルシナ教の資料。価値が無いと評価したが、得られた物が何も無かったわけでは無い。フライの評価では、特事の資料は重要なことがあえて書かれていない様に思えた。それは、特事の性格、ひいてはその隊長であるミハエルの考え方を表している。重要な事は、嘘で塗り固めたり、はぐらかしたりするのでなく、そもそも話さない。
酷く慎重なその資料を見て、フライはミハエルと交渉する際のコツを手に入れたのだ。彼との会話では、彼が話すことで無く、話さないことに対して注意をしなければと。
(カルシナ教の資料には、アーバイン家の文字が一つたりとも出て来なかった。勿論、ただ潔白である可能性は十分にあったが、これは特事が作った資料だ)
特事の裏にはアーバイン家が存在する。その特事が調べた物だと言うのに、一切、名前が出てこないというのは変に思えた。例えば、カルシナ教が有力者とも繋がりがあったとして、それがアーバイン家と関わりがある者かもとどうして心配にならないのか。アーバイン家はアイルーツ国の裏側に大きく関連した一族だ。万が一にでも、カルシナ教を信仰した者との繋がりがあれば、大事に成りえる。なにせ現在アイルーツ国に混乱を引き起こしている原因が、カルシナ教にあるかもしれないのだから。
(心配にならない理由は二つある。一つは自らの家が潔白であると確信しているから。もう一つは………)
カルシナ教との関わりを、既に承知しているから。ミハエルの様子を見るにどうやら関わりのある方だったらしい。
自分の用意した武器は、相手の懐に届く物だった様だ。それを確認したフライは、ミハエルが放つだろう次の言葉を待った。