第四話 『竜が向かう先』
グリーンドラゴン達は、すぐにジンを襲ってはこなかった。グリーンドラゴンの首を絞めるジンに体当たりした別のドラゴンは、仲間を助けるためだったのだろう。今はジンからある程度の距離を空けて、警戒するかのように睨み付けてくる。
「俺が一筋縄じゃあ行かない相手だと考えてるみたいだな。迂闊に手を出せば、手痛い反撃に遭うと本能で理解している」
それとも、やはりドラゴンらしく知恵を回した結果だろうか。自分達の武器である牙や爪が通じぬ相手に、どうやって戦うか。それを考えられているのだとしたら、少し厄介だとジンは思う。
(いくら体が頑丈になったって、あの巨体での体当たりみたいな強い衝撃を何度も喰らえば、こっちも無事じゃあ済まないわけだが……ドラゴン達は気が付くかな?)
もしそうなれば、不利になるのはジンの方だろう。だからその前に、別の行動を起こさなければならない。
(武器の一つでも持って来ていたら良かったかな? そうすれば、何頭か仕留められたかもしれない)
鎧姿のジンは飛躍的にその力を増す。そしてその姿で重量のある武器を使えば、その有効性は常人の比では無かった。だが、残念ながら減税のジンは無手である。ハイジャングから出て来た時点で、身軽な方が良いと余計な荷物は持ってこなかった。
相手を有効に攻める武器が無いのは、ドラゴンもジンも同様だったのである。だからジンの次の行動は決まっている。攻め手に欠けるのならば尻尾を巻いて逃げ出すのだ。
「ほら、こっちだ!」
ジンはその体を急に動かして、取り囲むドラゴン達の間を掻い潜る。とりあえず目指すのは、現在地から北の方角だ。走り出した理由は、そこが一番手薄だったというのもあるが、もう一つ意図がある。
(追って来れば、ドラゴン達の進行方向を狂わすことができる。東にさえ向かわなければ、ハイジャングに直接被害が出ることはなくなる)
ジンは『魔奇対』に所属する騎士だった。ハイジャングを守る仕事のために、ここまで来ているのだ。だから、それを現実にしなければならない。
「よっと。ほっ。どうしたどうした?」
北の方角に回り込んでいた数頭のドラゴンが、その爪を振るってくる。しかしそれは、ジンが突然近づいたための、反射的な攻撃でしかなかったのだろう。動きが単純で、ジンでも避けることができた。
「さあ、これからは鬼ごっこだ!」
目の前にドラゴンがいなくなったことを確認すると、ジンは身を屈め、足に力を入れ、走り出す。速度は適度に、離れず近づかせず。その速さでなければドラゴンは追っては来ないだろう。
ジンは後ろを振り返り、ドラゴンが追ってきているかどうかを確認した。
「げっ!」
ドラゴンはすぐ後ろにいた。しかも口を大きく開きながら。
「おおっと!」
ジンはさらに身を屈めて、ドラゴンの牙から逃げる。噛まれても自分の鎧を貫かないのは実感しているものの、恐怖はあるし、噛まれたままでは走ることもできなくなる。
「思った以上に走る速さもあるのかよ。厄介な生き物だな!」
それなりの速さで走っていたと思うのだが、ドラゴンにとってはそうでもないらしい。ジンは今度こそ追いつかれぬ様、さらにその足に力を込めて行く。ジンが鎧を着た状態で全力をもって走れば、馬よりも速く移動することができる。ただし、グリーンドラゴンがそれよりもっと速く動けないという保証は無かった。
「………頼むから上手く行ってくれよ」
視界が移り変わる中で、ジンは祈る様な気分になっていた。今回の仕事は後輩が付いて来ているのだから、それなりに上等な結果を残したかったのである。
「今度こそ……よし」
ジンは走りながら後方を見て、ドラゴン達との距離が少しずつ開いていくのを確認する。
「このまま北方に意識を向け続ければ、進行方向も北側に……っておい!?」
ドラゴンから逃げるジンだったが、つい足を止めてしまった。だが危険は無いだろう。ジンを追ってきているはずのドラゴン達が、突然その場を動かなくなったのだから。
「なんだ? なんで急に立ち止まった?」
ジンはドラゴンの群れを観察する。ある程度の距離は開いているものの、まだ追うのを諦めるほどでは無いはずだ。だというのに、グリーンドラゴン達はすっかりジンへの警戒を忘れて、別の何かにその意識を向けている様だ。
ドラゴン達は辺りをキョロキョロと辺りを見渡し、その後に仲間達と目線を合わせる。ジンにはそのどれもが、ぎこちない動きに見えてしまう。
(なんだ? 怯えている?)
ドラゴン達の姿がジンにはそう映った。何かを警戒しているから、これ以上、ジンを追おうとしない。そんな風にだ。
そうして、群れのうち数匹がジンのいる場所とは別の方向を向き、そちらへ走り出した。ジンにはもう用が無いと考えているのかもしれない。
すぐにドラゴンの群れは、ジンから遠く離れた場所へ走り去っていった。
「………なんなんだよいったい。あ、しかも東の方角じゃねえか!」
再びドラゴンの群れはハイジャングのある東方向へ向かって行ってしまった。ジンの目論見は、残念ながら達成できなかったことになる。
「しまったなあ。まあ、今回の仕事はドラゴンが本当にいるかどうかの確認であったわけだし、まるっきり失敗って話でもないんだろうけど」
後輩にデカい口を開いた手前、あまり意味がありませんでしたと言う結果は、どうにも恥ずかしかった。
「もう一度、ドラゴンを挑発してみるか? いや、それをするくらいなら、さっさとハイジャングに戻って、ドラゴン発見の報告をした方が良いか………」
幾らか今後のことを考えて、ジンは一度ハイジャングに戻ることに決めた。仕事の大半は、見事に達成するという物では無く、妥協の末の結果が残る物でしかない。ジンは思考を切り替えて、次の行動を開始することにする。
「それにしても、あのドラゴン達は一体何なんだ?」
唯一の心残りと言えば、ドラゴン達の妙な挙動であったが、ジンはドラゴンの生態を良く知らぬため、分からないままとなった。
一方、ジンに待ちぼうけを食らっていたカナは、ついに動き出す決意をした。
「だからちょっと動いてくれませんか?」
カナが話し掛けるのは、湿地帯までカナとジンを乗せてきてくれた馬だった。カナと共にジンに置いて行かれた存在なのだが、どうしてだかその場を動いてくれない。訓練や調教によるものか、それともドラゴンに恐怖をしているのか。とにかく、カナが引いても押しても動こうとはしなかった。勿論、最初から乗る気は無い。
「どーすればいーの? ジン先輩はぜんぜん帰ってこないし、馬も動かないし、歩いて町に帰れとでも!?」
「そういう風に騒ぐ姿を見られるのは恥ずかしくないのか?」
カナの肩がビクリと跳ねる。いつの間にか、すぐ近くに鎧姿のジンが居たのだ。
「い、何時の間に!?」
「一度、馬に乗ろうとして、滑って転んだあたりかな? 面白いなあと思って、ずっと見ていた」
「10分くらい前の話じゃないですか! そのあいだ、人が苦労している姿を放っておくなんて、酷いんじゃありません!?」
カナは必死になってジンを怒鳴るものの、彼は肩を縦に震わせているだけだった。恐らく、鎧の中の見えぬ顔は笑っているのだろう。
「それよりも、早くハイジャングに帰らないか? 用ができちまったんだ」
「用って、グリーンドラゴンはどうしたんですか?」
確かジンはドラゴンを挑発し、その進行方向をズラすことを目的としていたはずだが、今は所在無さげにこの場にいる。
「まさか……逃がしたんですか?」
「ああ、いや、まあ。ある程度、北方側に走らせはしたんだが、どうしてだか、またハイジャングのある東側に走っていってな」
「大失敗じゃないですか! このままじゃあ、ハイジャングをグリーンドラゴンが襲うことになりますよ」
元々、ジンがグリーンドラゴンを首尾よく操るなどできはしないだろうと考えていたカナであるものの、自分を侮っているこの憎らしい先輩を嘲笑する機会ができたので、好都合とばかりに罵ることにした。
「仕様が無いだろう。だから、馬で早くハイジャングへ報告に向かわないと………」
「そうですね。群より単独で動いた方が早く動けますしね。ああ、でも、単独で動いて、仕事に失敗した人がいましたっけ」
カナは嫌味をたっぷりと混ぜて、ジンとの会話を続けて行く。
「おいおい。君も連れて行けば良かったとでも? 冗談を言うなよ。魔法の才能がいくらあったって、ドラゴンの群れ相手じゃあ危険だろうに」
一応、ジンの行動はカナを心配してのことだったらしい。だからと言って、湿地帯のど真ん中で、馬と共に置いて行かれた恨みを忘れることはない。
「なら、ドラゴンがいることを確認した時点で、さっさとハイジャングへ帰れば良かったんですよ。そっちの方が手っ取り早ですし」
どちらにせよ、ドラゴンは東の方角へ進むことになったのだ。ならば、カナ達が行えるもっとも適した選択は、早々にハイジャングへ帰るという物だったはずである。
「悪かったって。ちょっと格好つけようとした部分があるにはある。あんまり責めないでくれるか? ちょっと落ち込んでいるんだ」
どうやらジン自身、ドラゴンを取り逃がしたことを失態だと考えているらしい。
「………まあ良いですけどね。あまりこの湿地帯に長居するのもなんですし」
カナはジンを責めるのを止める。ジンが失敗したことにいつまでも文句を言ったところで、事態は進展しないだろうし、カナは一応、ジンの同僚でもあるのだ。ジンの失敗は組織の失敗であり、傍から見ればカナの失敗でもあるかもしれない。
「ところで、君の魔法なら、あのドラゴン達をどうしていた? 置いて行った俺に文句があるってことは、何かしたいことでもあったんだろう?」
「私ですか? 私なら、一撃大きな魔法を群れの中心に放って、そのまま逃げます。そうするれば、群れのうち何頭かは事前に撃退できますから、その分、町への被害も少なくなりますよね」
「恐ろしい話だなあ」
何時の間にか鎧への変身を解いていたジンが、本当に驚いた表情でカナを見ていた。何か可笑しな発言をしてしまったのだろうか。
「一撃の魔法で、ドラゴンを何頭か退治できるってことか。こりゃあ頼もしい同僚が入って来たもんだ。次から置いて行かず、同行させることにするよ」
今の一言で、何故かジンはカナを仲間だと認めてくれたらしい。もっとも、カナにとっては、当たり前のことを言ったつもりでしかなかった。
山の中腹。土が溜まり、木々が生い茂った場所で、それは少しだけ動いた。寝返りに近い動きであったが、それだけでメキメキと木々が圧し折られていく。
それは空腹だった。つい最近までは丁度良い餌が存在していたのだが、どうしてだか今はいなくなっていた。
それは周囲にある木々を口に入れてみようか。そんなことを考えて、それは頭を屈める。そうだ、体勢を低くしなければ、多くの木は口に入れることができない。この前までは、自分より大きな木しか無かったのに、何時の間にか、自分の背より低い物しか無くなっているのだ。
それは咢を開き、木の根についた土ごと、口の中へ入れ、咀嚼する。まったく満たされない。自分の餌はこれでは無いのだろうか。もっと、自分に適した餌があるのではないだろうか。
それはそんなことを考えた後、この場を動くことにした。耐え難い空腹を満たすにはどうすれば良い? 答えは簡単だ。新たな餌場を探すのだ。
ハイジャングに戻ったジン達が、真っ先に向かったのは『魔奇対』の執務室だった。ドラゴンの発見報告について、もっとも対策を早く行ってくれる組織なら、他にいくらでもあるのだが、ジン達は『魔奇対』の人員である。自分達の持ち帰った情報は、自分達の組織の利益になる様に動くのが、組織の中に生きる人間であった。
「あまりもたもたしていると、どうして早く動かなかったのかと文句は来るがね。今回は前もって動けた形の仕事だ。良くやってくれたよ」
珍しく、フライ室長はジンを褒めている。何かにつけて愚痴しか言わないこの上司にしては、優しい言葉であった。
「本当はドラゴンを西か北かに逃がすつもりでしたけど、それが無理でしたから、あまり満足できる結果じゃありませんがね」
いくらフライ室長が優しくても、ジン自身はまだまだだと考えている。少人数で、組織力も弱いのだ。せめて与えられた仕事くらいは一定の成果を収めなければ、先は無いのではと思ってしまう。
「だが、多少は足止めをできただろうさ。移動中に良く分からん鎧男に襲われたんだ。周囲に対する警戒を強くするだろうから、その進行も遅くなる」
アイルーツ国がグリーンドラゴンの群れに対処する時間ができたと言うことだ。時間さえあれば、国という集団は、大概の問題を解決してしまえる。
「討伐隊でも作るんでしょうねえ。動くのは治安騎士団あたりかな?」
「まあ、そのへんだろう」
今後の動きについて、ジンとフライ室長は予想していく。
「ちょっと待ってください。私達は、もうグリーンドラゴンに対して何もしないんですか?」
ジンとフライ室長の話を黙って聞いていたカナなのだが、どうにも口を出したくなったらしい。
「何もしないということは無いさ。今の所、グリーンドラゴンの発見報告は私達のところで止まっている。この情報をどこに売るかだな。まあ、私が有効に使って見せるから、安心してくれたまえ」
現場の仕事が終われば、その後始末と、仕事の成果を有効活用するのがフライ室長の仕事だった。
「室長って、そういうのは上手いですよね」
「それで飯を食っているのだよ」
「そういうことでなくて!」
カナは何か気に入らないことでもある様子で、その小さな背が跳ね飛びそうな勢いで怒鳴る。
「グリーンドラゴンは今、この時にも、ハイジャングへ迫っているかもしれないんですよ!? 私達がそれを撃退しようとか思わないんですか!」
ジンはなるほどと頷いた。年齢の割にしっかりしたところがあるものの、彼女は子どもということだ。それなりの正義感を持ち、それなりの行動力を持っている。ジンやフライ室長の様に擦れていない。まっとうな感性の持ち主でもある。しかし何時までもそのままで居られたら困る。
「質問するが、俺達がどうやってグリーンドラゴンと戦う?」
「それは……私の魔法や、ジン先輩の力があれば、可能かもしれないじゃないですか」
確かにジンならばグリーンドラゴンに敗北する可能性は低いだろうし、カナの魔法は火力を期待できそうではある。
「ああ。そうかもしれないな。群の数もそんなに多く無かった。上手く行けば、確かに俺達だけで退治できるかもな」
「なら!」
「上手く行かなかったらどうする?」
大きな問題はそこである。ジン達は国家機関に属している。それがどういうことかと言えば、完全な失敗を許されないということだ。
「ジン。あまり彼女をいじめてやるな。恐らくは、我々の考え方が少し偏っているのだ。チャンスがあれば飛びつくべきであるし、行動は早い方が良い。それは当たり前の話なんだろう」
「あなた達はそうじゃないんですか?」
カナの疑問にジンは頷いた。何を今さらという話である。
「国の下で働く以上、万が一でもハイジャングにグリーンドラゴンの被害が出してはならないんだ。国家機関ってのはそういう物でね。そして俺達が俺達単独で動くなら、万が一どころか、かなりの可能性で町に被害が出ることになる。そうなれば、『魔奇対』そのものの存続にまで関わって来る」
組織力が無いというのはそういうことだ。グリーンドラゴンが町に迫っているというのなら、絶対に、必ずハイジャングを防衛しなければならない。そしてそれを実行できるのは『魔奇対』では無く、もっと別の大きな力を持った組織なのである。
「悔しく思うだろう? 俺だってそうさ。だが、結果だけ見れば、俺達より規模のデカい組織に任せた方が、多くの人間が得をするんだ。そのもっともがこの国の一般庶民なんだから、仕様が無い」
意地で動かず損得で動く。それも自分自身のでは無く国の。それが国家機関『魔奇対』の有り方だった。
「………納得はしませんよ。仕事はしますけど」
「良い返事だね。自身の感情と仕事を区分けし始めて、初めて仕事人と言える」
漸くその場を引くことにしたカナの姿を見て、フライ室長は頷いている。揉め事に発展しなくて良かったとでも考えているのだろう。
「さて、他に何か話が無ければ私は自分の仕事をさせてもらうことになるが。グリーンドラゴンの件について、まだ伝えていないことはあるかね?」
一旦、話を終えようとするフライ室長。それを止めたのはジンだった。
「役に立つかどうかは知らないんですが、ちょっと気になることがありましたよ」
話すかどうか少し迷っていたものの、結局ジンは話すことにした。グリーンドラゴンのおかしな挙動についてだ。
「あいつら、どうにも湿地帯から北の方角に向かうことを恐れていた様でした。オタムディア湿地帯の北って、何かありましたっけ?」
「北には山があるな。ブッグパレス山とか名前のついた標高は低めの山だ」
「山か………ドラゴンってのは山が嫌いなもんなのかな」
ジンはカナに意見を求めた。恐らく、この場でもっともドラゴンの知識を持っているのは彼女だろうから。
「知りませんよ。ドラゴン好き嫌いなんて………あ、でも」
「でも……何かな?」
カナは思い当ることがある様子。こういう時は、積極的に話させてやるのが得策だ。フライ室長もそれを承知しているのだろう。カナに続きを話す様に促す。
「グリーンドラゴンはオタムディア湿地帯で突然発見されたんですよね? なら、元々はどこにいたのかなと思って………」
「ふむ。発見し難い場所。例えば、どこかの山中にいた。という可能性もあるにはあるか………」
ブッグパレス山にいたグリーンドラゴンの群れが、オタムディア湿地帯へ最近になって移動したと考えれば、グリーンドラゴンが湿地帯で発見された理由になるということか。
「あいつらがブッグパレス山に元々棲んでいたとして、どうしてそれが南側の湿地帯に移動したかってことが問題だな」
新たな課題が生まれた。ジンにはそう思えた。
「ジン。君はドラゴン達が北方を恐れていたと言ったな? それがブッグパレス山に対しての物だとすれば、ドラゴン達は自分達の元の棲みかがあった場所を恐れていたということになるのじゃあないか?」
話の結論を導き出せば、フライ室長の言う通りになる。どうして、グリーンドラゴンは自分達の巣があった場所を恐れているのだろうか。
「というより、恐れる何かがあるから、ブッグパレス山から逃げ出したのでは無いでしょうか? あれ……ドラゴンが恐れるもの?」
カナは自分で言ってから、その内容の不自然さに気が付いたらしい。大凡、生態系の頂点に立つ生物であるドラゴンが、恐れるものとはいったいなんなのだ。
「一度調べてみるってのは……ありですかね、室長」
ブッグパレス山には、ドラゴンが恐れて逃げ出す様な何かがある。であるならば、それがアイルーツ国にとって危険な物で無いかを調査する。それは『魔奇対』の仕事だろうとジンには思えた。
「そうだな。グリーンドラゴン発見の報告を他組織に伝えてしまえば、また暫くは仕事が無くなる。ならば、私達だけで気が付いたことを調べるのも良いだろう。もしかしたら杞憂かもしれんし」
未だジン達の推測を出ない話であるため、調べるのであれば『魔奇対』が直接行わなければならない。そしてそういうあやふやな危険性の調査こそ、『魔奇対』の本領である。
「今日はもう遅いから、明日、またハイジャングを出発すると良い。くれぐれも注意をしてことにあたってくれたまえ? 貴重な人員を失う様な事態は、どうあっても避けたい」
フライ室長の気遣いの言葉を聞いてから、本日の業務は終了した。
執務室を去ったジンは、再びカナを彼女の自宅まで送り届けた後、珍しく行き着けの酒場に寄らず、自分自身も住家へ大人しく帰ることにした。
「どうにも、今日は素面のままでいた方が良い気がするなあ。できるだけ、万全の態勢で明日の仕事に挑みたい」
フライ室長は、まだ何か重大なことが起こるとは考えていない様子だったが、ジンは執務室での会話から、ずっと嫌な予感が続いていたのだった。