第五話 『会話はあるが意思疎通がない』
正直なところ、その姿を見られて安心している自分がいる。閉ざされた部屋に老人が現れたこと。それは、ジンやティラが長い死刑の最中ではないということであったから。
「何の様だ、爺さん。人様を捕まえる趣味でもあったのか?」
「それを言うなら、お前さんには人様に襲い掛かる趣味でもあるのかのう。信者達の手前、襲い掛かってくるやからを捨て置くわけにはいかん。しかして、おぬしらを傷つけるのもどうかと思ってな」
良くわからない理屈を語る老人。自分達を捕えるのはともかく、傷つけたくないとはどういうことだろうか。
「………どうして私達を活かしたままにしているの?」
ジンと同じ疑問をティラの方も感じていた様だ。老人はティラの言葉について、少し考える素振をしてから返してくる。
「奇跡を持つ人間というのは、まあ少ないじゃろ? さらに同じ奇跡を持つ人間なんぞ、希少も希少だ。つまり奇跡所有者を一人失うというのは、その奇跡に関わる物事をすべて失うに等しい。なんとも惜しい話とは思わんかね?」
つまりジン達は貴重な観察対象だから、傷つけたくないということか。酷く舐められている。
「そんじゃあ、むしろ俺達が自分を傷つけた方が、爺さんに悔しい思いをさせられるってことかい?」
本当にそうしてやろうかと思わないでもないジン。
「かもしれんのう。ほれ、そこにおる奴も似た様なことで自殺しよったから」
老人は部屋の片隅で寂しく朽ちた白骨死体を見る。この死体は部屋の放置され続けた結果の物では無く、本人の自死によって出来上がったものなのだろうか。
「………あなたの狙いは何? いったい何が目的でこの船を動かしているの?」
ティラが率直な疑問を老人にぶつける。
「わしの目的か? この船に関しては、動かすことそれそのものが目的じゃよ」
「どういう意味だ?」
この老人は正直に答えているのだろうが、本人の思考形態がジン達とはかけ離れているため、結果的に良くわらないはぐらかした返答になっている。
「この船にはわからん事がいくらでもあってのう。実際に動かし、試し、その全容を解明することこそがわしの目的じゃよ」
以前にもジンはこの老人の性格を肌で感じたことがあるのだが、ティラは初めてであるので、随分と驚いた表情をしていた。空いた口が塞がらないという言葉そのものの顔だ。
「じゃあ……ハイジャングを襲った奇跡についても、ただ興味本位から?」
「勿論、様々な他の理由もあるが、第一はそれじゃ。動植物が望む願いを船の力で叶えてみれば、どうなるものかと思ってのう」
「………願い? ………叶える?」
意味が分からず茫然とするティラを見て、こちらも同意見だと思うジン。
「船に潜む力は神の如き力じゃ。わしはそう考えておる。世界に奇跡を与え、遍くすべてにその力を影響させる。試しにその力を使って、動植物が本能的に望むことを叶えてやろうと思ってな。やってみた結果があれらじゃ。ドラゴンの一頭は只々強者になろうとし、植物は自らの意思で自由に動ける様になった。じゃが、代わりに生きるための機能が少々落ちてしまったのは問題じゃな。奇跡と言うからには、そこも上手くできぬことには―――」
「爺さん、もういい。いくら説明されてもさっぱりなことを再認識するだけだ」
自分だけの世界に入ろうとする老人をジンは止める。逃げ出すチャンスかとも思ったが、こちらが妙な動きをした時点で、老人は素早く反応するだろう。人前で狂気を振りまくのも、本人の余裕からだ。
「会話における互いの知識格差というのは、なかなか難しい問題じゃのう。さて、なんと説明すれば良いものか」
「だから説明はもう良いって言ってるだろう? まさかそのためだけに俺達と面会しているわけでもあるまいし」
「いや、実はその通りなんじゃよ」
今度はジンが唖然とする番だ。老人はこっちを舐めきっている。こうまでされて、黙っているものかと怒声を上げようとする。しかしその前に、老人が二の句を告げる。
「などと言えば、怒り狂うか? 奇跡の力を使って? それも面白そうじゃが、残念ながら違う目的がある」
どうやらこちらを挑発するつもりだったらしい。今ここで怒鳴れば、相手の狙いに乗ることになるため、出そうになった言葉をジンはぐっと飲み込んだ。
「はっ、捕まえた後は尋問ってか。お決まりのコースだな」
「まあそう言うな。有効な方法だからこそ、決まりきった方法になったと言えるからのう。さて、わしから聞きたいことと言うのは、クロガネについてじゃ」
「そう来ると思っていたよ」
老人がジンに対して興味を持つ物があるとすれば、それはクロガネの情報くらいだろう。
「だが、聞かれてあっさりと答えるとでも思ってんのか? だったらとんだ筋違いだ」
「取引として、答えてくれたらここから解放するという条件を提示すればどうかのう? ああ、裏は無いぞ? おぬしらの奇跡を興味深いと思っているのは事実で、観察対象として面白くなるのは、おぬしらが普段通りに生活するその時じゃから」
つまり何時でもジン達を観察できるし、解放しても脅威にならないと思われている。
「ふざけんなよ、そこまで言われて―――」
「冷静になって………。ここで捕まったままじゃあ、本当に手も足もでなくなる………」
老人に飛び掛かろうとしたジンをティラが手で制止した。
「そういうことじゃのう。わしに反抗するにも、準備やら訓練やらが必要じゃろう? ここじゃあそれも無理じゃ」
足元を見られている。実際、立場はこちらが下なのだから仕様が無い。
「ちっ………クロガネについて何を聞きたいんだ」
「そうそう。素直に話を進めるのが吉じゃぞ。聞きたいのはクロガネを動かしている魔法使いについてじゃ」
「………」
碌なことを聞かれないだろうと思っていたが、予想通りだ。迂闊に漏らせば、カナにまで危険が及ぶ。慎重に事を進める必要がありそうだった。
「その魔法使いの人となりを教えて貰えんかのう? 名前なんぞも教えてくれると助かる」
「は?」
聞かれたのは基本的なことだった。もっとも、ジンが聞かれて答えられるのはそれくらいの質問しか無いが。
「良いから話せ。本人の性格なんぞも交えてな」
「………名前はカナ・マートン。魔法使いだ。年齢は確か11か12歳くらいだったか。性格は………まあ、生真面目ってところか。子どもらしいところが偶にあるくらいで、変に大人びている」
「ふんふん。なるほど。性格的にひねくれていたりはしないのかね?」
「あ? まあ、周りが俺含めて大人ばっかりだから、ひねくれているというより若干擦れてるって表現した方が……何を話してるんだ? 俺」
「私に聞かれても………」
話の方向性が理解できずにジンは困惑する。傍から聞いているティラもだろう。いったい老人の狙いは何なのだ。カナの性格をしってどうなる。
「もっと……クロガネの構造や、魔法使いとしての適性なんかを聞かないのか?」
ジンはつい老人に問い返してしまう。こっちから尋問内容を提案する形になるため、かなりおかしな雰囲気である。
「クロガネについては、使われている技術に目を見張る物は少ないからのう。ただ規模が桁違いというだけで。魔法使いの適正なんぞは、今さら聞く必要すらない。あの巨大ゴーレムを動かし、その機能を活かしている時点で十分じゃ。わしが必要としているのはじゃな………」
老人は少し言葉を溜める。そうして本意を口にした。
「カナという娘に、どれだけの器量があるかどうかを知りたいのじゃよ。しかし子どもか………いや、それもまた面白いかもしれん」
まさか恋をしたわけでもあるまいし、誰かの器量を知りたいというのはどういうことだ。さらにわけがわからなくなる。
「それくらいの情報なら、爺さんならいくらでも手に入れる方法があるだろ。なんでわざわざ………」
「方法が幾らでもあって、その方法の一つが君らに尋ねるというだけじゃよ。あとは、本人の性格というのは、知り合いに尋ねて聞くのが一番じゃからな」
老人の行動指針は酷く軽い。軽すぎる。自分の興味や疑問を損得勘定抜きで解決しようとし、結果がどんなになろうとも構わない。そんな相手が国を揺るがしかねない力を持っているということに恐怖する。
「ああ、そうじゃ。魔法使いということは、どこぞの魔法学校で習ったのかのう。11,2歳と言う年齢で、独学ということもあるまい」
これは話しても良いものだろうか。ジンは考えてから、やはり話さぬことにした。老人の興味のままにカナの情報を話せば、彼女にどんな害が向かうかわかったものではない。
「前に話して貰った気がするが、忘れたよ。あんまり興味が無かった」
これは、ほぼ嘘が無い言葉だ。ジンはカナの出身魔法学校について本人から話を聞いていたが、しっかりと覚えていたわけではない。ただし、その名前だけは記憶に残っている。フェンリス魔法学校という名前だったが、そこがハイジャングのどこにあり、どんな場所
かなどは知らない。
「ふうむ。忘れたのなら仕方無いか。あとでわし自身が調べるとしよう。いや、ありがとう」
どうやらそこで話は終わったらしい。老人はジンから得た少ない情報だけで満足してしまっている。
「……終わり? ……それで?」
疑問符を浮かべているのはティラだ。彼女に関しては、老人から何も聞かれていないし、ただ話を聞いていただけだ。
「そうじゃのう。お嬢ちゃんにも何か聞いておかなければ恰好が付かんか………ああ、そうじゃ、お前さんとこの組織の長。元気にしとるか?」
「………アーバイン隊長のこと? 何もなければ、何時も通りだけど………」
「なら良い。さて、おぬしらを解放してやろうかのう。どこが良い? 船のすぐ近くが良いか? それとも、ブッグパレス山の方か。移動してきた元の場所の方が良さそうじゃから、後者じゃな。おい! やってくれ!」
「な、ちょ、待てって!」
勝手に話を進める老人。部屋に別の人間がいるでも無いのに、ジン達以外の誰かに何かを命令した。
「なんじゃ。取引成立。わしは聞きたいことを聞いたし、おぬしらは約束通り解放する。それで良いじゃろうに」
「良くねえよ! いったい何が目的なんだ! あんたは本当に100年前に生きていたカルシナ本人なのか!?」
「カルシナ? はっ、ははは。懐かしい名前を聞いたわい」
何故か老人は笑った。そして部屋の隅にあった人骨を指差して答える。
「カルシナなら、ほれ、そこにおる。わしは違うよ人違いじゃ」
「え………?」
ジンは人骨を見た。確か老人は自殺した人間の骨だと言っていたが、これがカルシナだと? では、今の今まで話していた老人はいったい何者なのだ。
「待て、何なんだ、いったい―――」
再び老人に尋ねようとした瞬間、ジンの視界が真っ白になった。丁度、ブッグパレス山で霧に飲み込まれた時と同じだ。視界は暫く白いままだったが、靄が引く様に薄らと白の向こうにある景色が見えてきた。
その先にある景色、それは、今までのことが夢だったと思える様な、元のままのブッグパレス山の広場だった。
ブッグパレス山に戻ったジン達。そこで待っていたのは、何故かハイジャングで事務仕事をしているはずのフライ室長だった。何故、彼がこの場所にいるかはわからなかったが、出会いに驚いているのはむしろ向こうの方だったらしい。
突如としてブッグパレス山に戻ったジン達の目の前に、彼がいたのだ。どうやら、ジン達が調査した広場を、フライ室長も調べていたらしい。さらに彼の周りには、特事の隊員も数人集まっていた。
「立場的には上になるから、どこを調査するのかを指示させて貰ったのだよ」
飄々とそんなことを言うフライ室長を見て、この人もやるものだとジンは感心した。その後、とりあえずブッグパレス山にあった小屋で落ち着くことになったジンは、そこで彼に何が起こったのかを説明することになった。
一通り説明し終わるまで、フライ室長は黙って聞いており、話が終わった後に一言。
「やられたな」
そんな言葉をジンに言い放つ。
「まったくですよ。二人掛かりでも倒すことすらできなかった」
小屋に並ぶ椅子に二人して座りながらジン達は話す。一方向だけを向いている椅子であるため、非常に話し辛い。
「そうじゃない。そもそもテンソブリン峠だったか。そこに移動したこと自体が向こうの誘いだったのではないかと思われるわけだ」
「………マジですか?」
「偶然、遠くへ移動する奇跡に巻き込まれ、そこに偶然留まっていた黒い船と出会う。さらに君らは偶然黒い船から出てくる老人を見たそうだが、それらすべてが偶々だとでも思うつもりかね?」
フライ室長に言われては怪しい話としか思えなくなる。最初からジンを誘い込むつもりだったということか。
「じゃあ、あの爺さんはそこまで準備をして、いったい何をしたかったんですか」
「それは勿論、お前から情報を聞き出すことだろう。お前が想像している以上に、マートン君の情報というのは相手方にとって重要なのだろうさ」
カナの年齢や性格についての情報がそこまで大切だとは思えぬままのジンだったが、話しているフライ室長が、ジンより頭が回る相手であるから、そのことを受け入れて置く。
「恐らくは、近いうちにマートン君本人か、その周囲に何かしらのアクションがあるはずだ。そうなった時、お前が責任を取れ。わかったな」
「………肝に銘じておきます」
自分のヘマのせいで後輩に危害が及ぶ。許容できることではないだろう。あの老人に勝つ術をジンは知らぬままだが、それでも、命に代えてでもカナを守れなければ、自分のちっぽけな誇りに傷がついてしまう。
「それともう一つ。今回の件でわかったことがある。前々から怪しいとは思っていたが………」
「なんですか?」
ジンが聞き返すと、フライ室長がジンの耳元に口を近づけた。そうして小声で告げる。
「特事の中に、老人と通じている者がいる。でなければ、君を黒い船まで誘い出すことなど不可能だ」
「………」
そうだろうとも。フライ室長と話をしている内に、ジンもそうなのではないかと思っていた。隊員であるティラですら、組織内部について何かあると疑っていたのだから。
「怪しいのは山の調査を前から行っていた、ランデルって男です」
「だろうな。私も2、3話してみたが、どうにも何かを隠している風だった」
やはり特事は敵だ。組織としてのライバルでは無く、本当の意味での敵となったのだ。
「どうしましょうか? 問い質してみるとか」
「今は止めておけ。お前の捜索に手を貸して貰った以上、事をさらに荒立てるのは厄介だ」
将来的に利用する手札として温存しておくということか。
「それに……さっさと帰って休みたくもある。お前を探すために急いで山に来たから、碌に眠っていないのだよ」
既に外は夜が明けていた。ブッグパレス山に来て、霧に包まれてから始まった探索は、朝焼けと共に終わったのである。
フレア・マートンは、自分の研究室にて、一つの核心に迫っていた。とある魔法使いに関する核心だ。
その魔法使いはフレアが生まれる前から、既にそれなりに名を馳せた存在であり、今もアイルーツ国に多大な影響を与えている。奇跡という力によって。
そのことをフレアが知ったのは、教え子のカナからある老人の話を聞いた時だ。教え子には老人が高名な魔法使いかもしれないと話していたが、その実、いったい誰なのかは大凡検討がついていた。
「カナさんなんかは、名前や経歴くらいしか知らない様だけど、私は直接会ったことのある人の話を聞いているから、わかっちゃうのよねえ」
100年も前に名を馳せた人物。フレアはその人物の話をフレアの師から聞いたことがあった。老人は、フレアの師のそのまた師匠にあたる人間だったからだ。
その師は語っていた。尋常な人物では無かったと。魔法使いとしての才は人並みだったが、研鑽を長く続けることで他者が並び立てぬほどにその力を増した人物であったらしい。そうして幾つもの成果を残したそうだが、尋常では無かった部分とはそういうところではない。老人は魔法使いとしての欲求が誰よりも高かったそうだ。
「目の前の疑問に対して貪欲に解明しようとする。魔法使いなら誰でも持っている欲望だけれど、彼は他の人間よりもそれらが抜きん出ていたから、凡才だとしても、他者より優れる結果となった。なら、彼を動かした疑問とはなんだったのかしら?」
フレアは興味が湧いてきた。驚くことにまだ生きているらしいその老人に、直接聞いてみたくなる。そうして、できればその知識を教わりたい。彼には寿命が無い様に思える。少なくともフレアよりは長く生きる術を知っている。すでに長く生きられない自分が、なお魔法について学ぶには、老人からその術を知らなければ。
「対象が誰か分かっていれば、探す方法は幾らでもあるはず。カナさんがその老人を追っている以上、向こうから接触してくる可能性も………あら、どうそ」
老人について考えを巡らせていたところ、研究室の扉がノックされる。生徒が何か尋ねて来たのだろうか。居留守を使おうかとも思ったが、別に焦っているわけではないため、入る許可を与える。
フレアの言葉が聞こえたのだろう。扉が開かれる。生徒かと思ったが違うらしい。老人だった。そうしてフレアは目を見張る。この人物こそ、フレアが会いたがっていた相手だったのだから。
「あ、あなたは………」
なんという幸運だろう。出会う機会が向こうから舞い込んできた。いったいどういう目的かは知らぬが、絶好のタイミングであった。
「失礼するよお嬢さん。あなたがフレア・マートンで良いのかな?」
お嬢さんなどと言われるのは何時以来だろうか。何時からか大多数の人間より年齢が上になってしまったから。
だが、この老人は自分のことをそう呼ぶ資格があるだろう。彼に比べれば、自分などまだまだ子どもだ。
「その通りですわ。ブライト・バーンズ元校長?」
ブライト・バーンズ。フェンリス魔法学校の元学校長である。それも何代も前のだ。彼はフェンリス魔法学校の中興の祖と言えるかもしれない。学校内の組織機構を整備し、さらに貴族達との繋がりを作り、その後援を手に入れた。魔法の才が凡人だったからこそ、それ以外の分野への応用力があった。結果、フェンリス魔法学校はその権勢を増し、今の今までも続く伝統ある学校となる。しかし、彼もまた魔法使い。その本質は研究者だった。自らの研究対象には貪欲であり、彼の死亡記録では、ハイジャングの歴史や地理について調べ始めた後、調査に向かうと生徒に言い残し、そのまま失踪したと残されている。
「おや、名前を知られていたか。古巣というのはいかんなあ。出てから随分経つというのに、縁というものが無くなっておらん様に思える」
気恥ずかしそうに頭を掻く老人。姿を見れば、どこにでも居そうな好々爺であるが、その実、既に人間の域を越えた相手である。
「実を言えば、あなたに会いたいと思っていましたの。この学校の魔法使いの多くが、あなたを尊敬していますし、私もそうですから」
「そうなのかの? この学校に在籍しておった頃は、それ程、特別なことをした覚えは無いと思うのじゃが。わしの人生で、もっとも輝いていた頃と言えば、むしろこの学校を出た後と言える」
彼は魔法学校での功績より、そこから出て、研究した何かが重要だと考えているのだろう。それはフレアの予想と合致していた。
「ブライト元校長? 私は、あなたに尋ねたいことがありますわ。宜しいかしら?」
「ああ、良いとも。こちらから尋ねた身だ。こっちの用件は後で言おう」
相手が友好的で助かった。これなら後の交渉も上手く行くかもしれない。
「ありがとうございます。では、率直に言って、とても失礼なことがもしれませんけれど、あなたの魔法知識を教えて頂きたいのです」
「ふん? それは無茶な提案に思えるが」
「理解していますわ。ですけれど、この齢になり、体が衰えるのはまだ我慢できますけれど、頭の動きが鈍くなるというのだけはなんとかしたくなりましたの。あなたも分かりますでしょう? 魔法使いが研究を出来なくなるというのが一番の苦痛ですから」
老人は人よりも寿命を長くする術を持っている。目の前の人間を見れば、頭脳だって十分に働いているのだ。何故そんな事ができるのか。その方法さえ知ることができなら、フレアは老人にそれ以上は望まない。そのつもりだった。