第四話 『説明はあるが解決策がない』
どうやら完全に老人の虚を突いたらしく、魔法によって止められることもなく、ジンは老人の頭を掴むことに成功した。
そして躊躇することなく、老人の頭を地面へと叩きつける。少しでもこの動作が遅れれば、老人の反撃に遭う可能性が増す。ただでさえ危険を冒しているのだ。
鎧によって増強されたジンの力は、殺人の一撃を喰らわせることができるし、そのつもりで老人の頭を地面へぶつけた。そのおかげがどうかは知らぬが、宙に浮いていたティラが地面へと落ちる音が聞こえる。老人の魔法による縛りから解放されたのだろう。
しかし、それでも安心することがジンにはできなかった。たった一度の攻撃で、この老人を倒すことはできない。地面へ倒した形になる老人の体を、今度は踏みつけようとする。人間の体独特の感触が足に伝わろうかという瞬間、踏みつけようとしていた方の足が滑った。いや、滑らされたと言うべきか。
「しまっ―――」
老人は倒れたまま体を少しだけ揺すった。それだけの動作で、ジンの足を老人が着る服の上を滑らせたのだ。
「よく会うの、若いの。今の一撃は少々聞いたぞ?」
片方の足が滑った以上、ジンの体は支えになっている足を中心に転びかける。なんとか体勢を戻そうと滑った足を引き戻すが、今度は支えになっている方の足が、強い衝撃によって地面から離れる。
老人は倒れた姿勢から左腕と左足で身体を回転させながら、浮いた右半身でジンの足を引っ掛けたのだ。片足のみで立っていたジンはそれにあがなうことができず、地面へ倒れる。万事休すかと覚悟を決めたところで、追撃を加えようとする老人の体を炎が襲った。
「ぬおっ」
老人の体は炎ごとジンから離れ、吹き飛ばされる。自由を取り戻したティラからの援護だった。
「早く立って!」
言われなくても立ち上がる。そして炎が飛んだ方向へ走り出した。炎は老人の体を包み、地面へと貼り付けているが、どれだけ持つかわかったものではない。
「ほら見ろ!」
老人の体を包む炎は、すぐさま老人の体から弾けとんだ。炎から現れた老人の姿は、吹き飛ばされたというのに、何時体勢を立て直したのか、座った様な状態だった。すぐさま老人は立ち上がり、ジンを迎え撃つ。
「ティラ! 俺ごと炎を放て!」
このまま老人にぶつかれば、妙な戦闘技術でジンは倒されてしまうだろう。しかしジン個人ではどうしようも無いので、ティラの力を借りることにする。
「む?」
ジンは老人に殴り掛かる。すると老人がその腕を掴み、ジンが攻撃する際の勢いを、そのままジンの体へと返してくる。前進して殴ったというのに、その勢いは老人の手が触れるや否や、地面の方向へと変化し、ジンを地面へと叩きつける勢いとなった。
ここまでは以前と変わらない。しかし、ジンは老人の腕を殴り掛かった方とは逆の腕で掴み返していた。体が地面へと叩きつけられ、自分の力によって自分自身へのダメージを喰らうものの、それでも老人の腕を離さない。
「ほう。そう来るか」
「人様の…力を……利用したり、金縛りに合わせたり……できても、俺の体を……小さく…するのは……無理…だろ」
意識が危うく飛びそうになるが、それでも踏みとどまり、老人の腕を掴み続ける。いや、意識を失ったとしても、この腕だけは離さぬ様にしなければ。
「そうして、わしの相手はあのお嬢ちゃんに任せるというわけかのう……惜しいな」
老人はそう呟く。その意味がジンにはわかってしまう。ティラの炎は何時まで経っても老人を襲わない。別にジンの身を心配したわけでは無いだろう。ジンはティラが居た方向を見ると、そこには顔から倒れたティラの姿があった。
「やろうと思えば、息もできなくして、すぐにでも気を失わせることもできる。知っとるだろう?」
「ああ……まったくだ」
なんてズルさだ。こちらがどれだけ虚を突こうと、頭を働かせようと、この老人はすぐにそれらを無駄な行為にしてしまえる。最初の一撃で仕留められなかった時点で自分の負けだ。今度の機会があれば、なんとかその一撃で老人の命を刈り取る方法を考えなければ。そんなことを考えながら、ジンは息が出来なくなっていることに気が付いた。
(今度は……俺の…………番…か…………)
既にダメージを受けた体にとって、呼吸不足は致命的だ。思考すらもできなくなり、すぐさまジンはその意識を手放すことになってしまった。
魔法学校でフレアからの教えを受けたカナは、それらの経験と封蔵図書で得た知識を紙にまとめ、魔奇対へ報告に来ていた。時間帯はもう既に夜であり、フレアとの一件は少し心に引っ掛かる物があったものの、今は目先の仕事だと考え、フライの執務室までやって来た。ある意味では仕事に逃げたのかもしれない。恩人で親しい相手だというのに、共にいることが少し重く感じてしまった。
(はあ……なんなんだろうなあ。なんで先生はあんなことを)
自分は犯罪を行う老人と同類だとするフレアの言葉は、今なおカナの心に残っている。くよくよと悩んでしまい、先へと進めずにいた。
「マートン君。そこで何をしているのかは知らないが、入るなら早く入って来なさい」
カナの感情を読み取ったのかは知らぬが、執務室の扉の向こうから、フライ室長の声が聞こえて来た。言われた通り、カナは扉を開けて執務室へ入る。何時も思うのだが、そろそろ油を差した方が良いくらいに音が鳴る。
「失礼します。どうして私が扉の先にいるとわかったんですか?」
扉を開ける前から、フライ室長はカナの存在に気が付いていた様で、まずそのことが気になった。
「ここに来る人間なんて限られているし、足音というのは思った以上に個性が出るものだよ? その足音が扉の先で止まれば、マートン君がそこで立ち止まっていることなど、見なくともわかるさ」
自慢げに話すフライ室長。
(正直、キモい)
足音だけで誰が来るが判断できるなどと言われても、こちらとしてはそんな感想しか浮かばない。聞いたのがこちら側なので、そんな感想を口にするつもりはないが。
「そうですか……あ、そうだ。事前に言ってた魔法学校での資料集めが終わりましたから、その報告に来たんですけど、時間、大丈夫ですか?」
いろいろ考えても話が進まぬため、カナは本題に移る。
「時間は大丈夫だが……こちらの方で、マートン君に伝えておかなければならない話があってね。報告書があるのなら先に受け取っておくよ」
カナは手に持っていた紙束をフライに渡す。得た知識は頭の中に叩きこんでいるし、紙にまとめたのはクロガネの運用に関わる物に限っているため、抵抗は無い。
「後でそれ、ちゃんと読んでくださいね。私では判断できないことも書いていますんで。それで、伝えて置かなければならない話ってなんですか?」
「例に及ばず厄介ごとだよ。ジンが行方不明になった」
「ジン先輩が!? ブッグパレス山の調査に向かってたんじゃあ………」
フライ室長の思惑通りに驚いてしまう。いったい先輩に何があったのだろうかと心配もしてしまうではないか。
「あいつのことだから大事にはなっていないと思いたいが、今のところはどういう状況なのかさっぱりわからん。ジンの行方が分からなくなったという情報を持って来たのが、特事の隊員なのだよ」
「じゃあもしかして、ジン先輩は特事の人達に何かされた?」
「それもわかっていない。向こう曰く、特事の隊員一人も行方不明になっていて、むしろこっちが何かをしたのではないかと疑われたよ」
お互い状況に混乱しているということか。となれば原因は魔奇対でも特事でもなく第三者ということになるのだろう。
「私、ブッグパレス山の調査に向かいます。ジン先輩のこと探さないと!」
「その件だが、山へは私が直接向かおうと思う」
「室長がですか? どうして?」
フライ室長は基本的にデスクワークばかりをしている。そうでない時は人と話しているか、一人さびしくお茶を飲んでいるかだ。自分から遠出するタイプの人間ではない。
「恐らく向こうではそれなりに混乱した状況にあるだろう。そういう場合に役立つのは、実行力がある人間よりも口が達者な人間だ。実際に行方不明者を探すのは特事の奴らにも任せるつもりだよ」
「頼りになるのかならないのか良くわからない理由ですね………あ、じゃあその間、私はどうしていれば良いんですか?」
室長が働いて、ジンが行方不明になっている状況で、カナ一人が何もしていないというのはどうにも居心地が悪い。しかし、再び魔法学校に向かう気分でも無かった。フレアともう一度会うのは、少し期間を開けたい。
「手が空いているのなら、この報告書と同じ物を、ワーグ整備班長にも渡して貰えないか? なんならこれを持って行ってくれれば―――」
「ワーグ整備班長に報告書を渡すのは別に良いですけど、室長もちゃーんと読んでくださいね。門外漢だからって、一応室長は責任者なんですから」
クロガネに関しては、フライ室長はできるだけ関わらない様にする方針らしく、それに関わる仕事もやりたがらない。だからと言って、組織の長が組織内部の備品について知らないままでどうするのか。カナが書いた報告書を読まずに済まそうとする室長に、カナは釘を刺しておいた。
「……わかった。空いた時間があれば目を通しておこう」
渋々と報告書を元の場所に戻すフライ室長。フライ室長にしてジンにしても、抜けたところがあるとカナは感じる。それを見て、しっかりしなくてはと考えれば、これまでの暗い気持ちが多少はマシになる気がするカナだった。
深い暗闇がどこまでも続く。ここはどこだろうか。考えようとしても、頭自体に霞みが掛かった様にはっきりとしない。ぼんやりとした感情とも言えぬ感情で、その暗闇を見続ける。ここはどこで、自分は誰か。わからないというのに気にもならない。ゆったりとした気分の暗闇の中で、ただ一つ耳障りな音が聞こえて来た。その音は遠くから聞こえてきて、徐々に大きくなってくる。その声に不快な気分になるものの、聞こえる度に頭の靄が払われていく様な感触があった。
声はさらに大きく、はっきりと、暗闇の中にいるジンでも意味のわかる物へと変わって行く。
「……え………起き…………く………ねえ、早く起きて」
「はっ!」
慌てて上半身を起こすジン。幸運かどうかは知らぬが、目が覚める前に、自分がどの様な状況に陥っているのかは思い出すことができた。
黒い船の近くで老人に敗れ、気絶したのだ。
「ここは……あの世ってわけでも無いよな。捕えられたのか? あんたも?」
ジンのすぐ近くにはティラが居た。彼女はジンを起こすために話し掛けていたらしい。眠りの中で耳障りに感じた音はティラの声だった様だ。
「………多分。私も起きたらここにいて、隣にあなたが………」
ジンは周囲を確認する。薄緑の壁で四方を覆う真四角の部屋。そんな場所の床にジンとティラは転がされていた。手足は自由のままであり、まるで捨て置かれた様な状況だ。
「先客もいるみたいだな。将来的にはお前らもこうなるって脅しか?」
部屋には大きな特徴が一つある。部屋の片隅に、ジンとティラ以外の人間がいるのだ。ただし、生きているそれでは無い。皮の一枚も残らぬ白骨死体。まるで部屋のインテリアかのように、それはそこに存在していた。
「本当に………このまま状況が変わらなければ、その骨みたいになるかもしれない………」
「あん?」
ティラは人骨を見て落ち込んでいる。この骨の存在がそんなにショックなのだろうか。捕えられたこと自体は確かに危機的状況だが、命までは奪われていないのだ。理由はどうであれ、暫くは生かされるということだろうに。
「………気が付かない? この部屋……出入り口が無い」
「あー、確かに真四角の部屋だよな。出入り口の凹凸すら無いもんな」
あるべきはずの出入り口が無い。ならばジン達はどこからこの部屋に入ったのか。ティラの様子を見るに、出ようとする努力は既に行ったのだろう。しかしどうにもできなかったから、落ち込んでいる。
「あなたの奇跡なら、壁自体を壊せるんじゃあないかって起こしてみたんだけど………」
「やってみるか」
ジンは寝起きで鈍い体を無理矢理立たせて、黒い鎧姿になる。どの様な形で捕えられようとも、この奇跡を奪うことができないのだから、我ながら厄介な奴だと思う。向こうも捕えた先でこの姿になることは承知しているだろうに。
しかし。やはり自分達はしっかり捕えられているのだろうと再認識する結果となった。
「へ、凹みもしやがらねえ。どんな材質で出来てんだよ………」
ジンは今の自分が出せる全力で壁を殴り付けたつもりだ。しかし、壁を殴る衝撃は、そのまま自分の腕へと返って来た。壁をまったく打ち破れなかった証拠である。
「やっぱり……あなたでも無理ね………」
「やっぱりって、もしかして物理的にこの部屋を壊すのはもう試した後ってことか?」
「ええ………。剣や道具は奪われたけれど、炎の力はそのままだから、壁にぶつけてみた………」
質量を炎の形でぶつけるティラの奇跡であるため、一点集中で壁を叩くというのは不得手だろうが、それでも部屋の壁に対して、それなりの圧力を掛けることはできたはずだ。しかし薄緑の壁にはその痕跡がまったく無く、その頑丈さが良くわかる。
「息が出来てるってことは、通風孔なんかもあるはずじゃあないのか?」
「探してみたけど、そんな物もまったく無かった………」
どういう構造になっているのかがさっぱりであるが、完全に捕えられているわけだ。ジンやティラが奇跡の力を持っていようと関係ないのである。
「確かにあの骨みたいになる可能性があるな」
捕えた相手であるあの老人が、向こうからジン達に接触して来ない限り、ジン達はただこの部屋で朽ちていくしか無くなる。
「……どうしよう」
「俺に聞かれてもなー」
既にジン達は一度敗北してしまっている。ジンに限っては二度目の完全敗北だ。そうして老人へと対策どころか、この部屋から出ることも叶わぬのだ。どうしようも無い。
「ああ、やることならまだあるかもな」
「………何?」
期待せずと言った眼差しをこちらに向けるティラ。その視線にホッとする。まったく建設的でない考えだったからだ。期待されても困る。
「この黒い船について、上手い具合に説明してくれって頼んでいただろ? 時間もありそうだし、この機会に話してくれないか?」
「確かにやることだけど………」
ティラの視線がさらに怖くなる。こんな状況で空気をより重くするのは止めて貰いたい。
「あんたの方は俺達が捕えられているここが何なのかわかってるんだろうが、俺はぜんぜん知らないんだ。少しくらい説明してくれたって良いだろう? お互いあの爺さんに負けた仲だ」
「………褒められた関係じゃあ無いと思うけど。でも……あなたと二人きりでいるという状況を、話している間は忘れられそうだから良いかもしれない………」
なんだろう。酷く傷つけられた気がする。
「黒い船については……こんな状況だから、話せることはすべて伝えておこうと思う。万が一にでもこの部屋から出る方法が思い浮かぶかもしれないし………」
そう前置きをしてから、ティラは黒い船について説明を始める。それはカルシナ教の歴史話でもあった。
黒い船は、恐らくアイルーツ国最大級の奇跡になるはずだった代物だ。だったと言うのは、結果的にそれは国家に発見されず、第一発見者の人間に秘匿され、今の今までその存在を確認できていなかったからである。
発見者の名前はカルシナ・ハイ。後にカルシナ教の教祖となる人物だ。彼はハイジャングの地下でそれを見つけた。そう、あのハイジャングの地下空洞は、カルシナ教が作ったのでは無く、黒い船が最初からそこに存在していた結果、その跡地が大空洞となったのだ。カルシナ教はその空洞を利用して、脱出路を後から付け足したのだろう。
カルシナがどういう切っ掛けでそれを見つけたのはわかっていないが、少なくとも、カルシナが死から蘇ったのはあの黒い船のおかげである。カルシナが崇める神とは、あの黒い船とその奇跡の力のことだったのである。
カルシナは黒い船の存在を親しい身内のみに話し、後から自分の教えを受けようとする信者達には黒い船の奇跡を、カルシナ自身の力によるものだと思い込ませていた。末端の信者に至っては、船はただのシンボルであるとしか思われていなかった様だ。
「………ある意味では、カルシナのやり方は正しかったのかもしれない。黒い船の奇跡は尋常な物では無かったから………」
ティラは話す。人を蘇らせるという奇跡だけでも十分だが、この船がハイジャングを襲う奇跡と関わりを持っていたとしたらどうだろうかと。ドラゴンを巨大化させる。森を動かす。この船の力とはそういったことも可能としていのかもしれない。
「だが、カルシナ教は国からの弾圧を受けて壊滅したんだろ? こんな船を持っていたら、少しくらい反抗はできたんじゃあないか?」
船が記録に残らないまま、カルシナ教のみが無くなったというのはおかしなことの様に思える。
「それについては推測でしか無いけれど………もしかしたらカルシナ教は、この船を動かす人員を探すための物だったのかもしれない………」
捕まえる前の偵察では、船の出入り口を開けるのにも、数人の人手が必要に見えた。船の力を操るには、それ以上の人間の労力が必要なのだろう。
「必要な人員が揃ったから、その人員だけで逃げたと。これでカルシナ教の弾圧の際、全員が捕まらずに逃げおおせた理由がわかったな」
カルシナ教徒は、下水から繋がるあの地下通路を使って、この船まで逃げたのだろう。船の扱いに関係の無い信者達を放って置いて。
「世知辛いねえ。末端の信者こそ、神様の存在を本気で信じてたんだろうに」
「………ある意味では、この船の力は神様として見られてもおかしくは無いと思う。今回の件で、また別の奇跡を持っていることを確認できたわけだし………」
「どんなだ?」
「船体ごと違う場所へ瞬時に移動する力………。例えば………あの大空洞にこの船が存在していたとすれば、空洞を傷つけずに別の場所に移ったことになるでしょ?」
ジン達を捕えた老人が使っていた転移の魔法。それの船バージョンと言ったところか。それは確かに凄い力である。流通の概念がひっくり返るだろう。
「それでブッグパレス山でも妙な広場を調査してたのか。大空洞の次は、ブッグパレス山に移動したから、その後が広場として残っていると」
「移動したのはつい最近のことだと思う………。木々が踏みつけられた後も残っていたし………。そして、またすぐに別の場所に移った」
「それが今、俺達がいる場所ってことか。俺達がこの場所に移動したのも、船が移動した後に何かしらの余波が残っていたのかもな。だから同じ場所に移動しちまった」
ティラはこちらの言葉に頷く。厄介ごとかと思ったが、想像以上に核心へと迫っていたのかもしれない。結果は敵に捕らえられるという屈辱以外の何物でも無いが。
「だがちょっと待て。恐らくだが、この船がブッグパレス山から今の岩場まで移動したのは、ドラゴンの襲撃によって、ブッグパレス山の調査が始まったからだろう? となると、あんた達は山でこの船の痕跡を一番見つけやすい立場にあったわけだ。というか、黒い船自体を見つけてもおかしくはない」
だというのに、何故、ティラはいまさらになって広場を調査していたのか。特事の調査能力はそれほど低いのだろうか。
「それは私にもわからない………。山の調査はランデルが主体になってやっていから」
ランデル。ジンがブッグパレス山に来た時、案内をした眼鏡の魔法使いだったか。
「あんたは後から調査を始めた?」
「うん………。ブッグパレス山に来て、おかしく思った。だって、怪しい部分が幾つもあるのに、それを本気で調査してない………。なのにカルシナ教への関連性だけははっきりと報告されてて、カルシナ教自体の調査資料も何時、何処で用意したのかわからないくらいに詳しい物だったから………」
確かに妙な話だ。ティラの話を聞く限りでは、彼女は黒い船について、自らの目で見る前からその存在を知っていた様だ。恐らくそれは用意された資料からの物なのだろうが、では、カルシナ教が黒い船を所持していたなどという資料をどこの誰が用意したと言うのか。
「なあ、資料がある以上、作成した人間がいるわけだろう? それもランデルとか言う魔法使いか?」
「違う………それは―――」
「話の途中で失礼するぞ、お二人方。目覚めて暫く経っているだろうが、気分はどうかのう?」
ジンは驚き顔を上げた。四角い部屋の壁の一つが、何時の間にか開いていた。そうして扉など無かったはずのその場所に、自分達をこの部屋に閉じ込めた張本人が、笑って立っていたのである。