第三話 『発見はあるが得る物がない』
どんな場所だろうと空の色は変わらない。時間が流れればその様相を大きく変える空であるが、真昼の晴れた空と言えば、白い雲が青い空を流れているのが常だ。そんな空を、相も変わらずジンは茫然と眺めていた。
頭に浮かぶ考えは、ここはどこだろうという感想だけである。どうやら自分はまた道に迷ってしまったらしい。しかし、今回ばかりは自分の責任では無いだろう。別に何も考えず歩いたわけでなく、ただ立っていただけなのだ。
「どういうことだよいったい。あの霧に包まれたせいか?」
「かもしれないけど………何が起こったのか………」
共に知らぬ場所へと移動してしまったティラの返事は、まったく頼りにならない。とりあえず確認しなければならないのは、ここがどこであるかということだ。自分達はどこかへと移動してしまったのか、それともあの霧に幻覚を見せられているのか。それはわからぬものの、ジンの目に映る光景は、先程までいたはずの広場では無く、岩場だらけで草地の少ないどこかであった。自分の立っている場所も何時の間にか岩の上に変わっており、危うく転ぶところだった。
「………迂闊に動かず様子見か、とりあえず周囲を調べてみるか。どっちにする?」
このまま景色に驚くままでは駄目だろうと、ジンはティラにこの後の行動について尋ねる。
「前者を選ぶ理由って………ある?」
「無いよなあ」
ここを動かずに様子を見たところで、状況が進展するはずも無いので、結局は危険を承知でいろいろと探索する必要があった。
「あの少し高い岩場の上なら、何か辺りを見渡せそうじゃあないか? 登って見るか」
「…………そう。頑張って」
何故かそのまま動かぬティラ。
「俺だけで向かうわけじゃあ無いんだぞ?」
「………え?」
どうやら一人だけ安全なままで居ようとしていたらしい。なんて奴だ。
「あのなあ………。まあいいか。あんたが手伝ってくれないなら、俺は俺で勝手にやる。そっちも勝手にやっておいてくれ」
「あ……待って」
一人で進もうとすると、後を追ってくるティラ。知らぬ場所で一人でいるというのが心細かったのだろう。
「さってっと。周囲を見渡せさえすれば、現状確認くらいは……駄目だ。さっぱりわからん」
高い岩場へと登り、辺りを見渡しても、やはり知らぬ場所ということが分かるだけだった。岩自体は確かにそこにあるため、幻覚を見ているというわけでは無い様だが。
「せめてもっと広範囲がわかればなあ。山の上だから、少し高い場所に登りさえすれば、遠くまで見渡せると思ったんだが」
「………そもそも、山の上ですら無いのかもしれない」
「あん?」
ティラもジンと同じく周囲を見渡した後、考え込むような仕草をする。
「ほら、見て、これ」
何かを発見したらしいティラは、高岩から降りて、岩場でひっそり生える植物を手に取った。
「それが何だ?」
「アイルーツ国東部のテンソブリン峠という場所は知ってる?」
「ああ。国境付近にある地域だよな。岩場が多くて痩せた土地が多いから、他国との緩衝地帯としては優れた場所らしい……って、おい、まさかここがそうだって言うのか? ブッグパレス山はアイルーツ国の西側にある場所だぞ!?」
もしここがティラの言う通りの場所だと言うのなら、アイルーツ国の西から東まで、一瞬で移動してしまったことになる。
「これ………テンソブリン峠に良く見ることができる、ビードロシダという名前の植物なの………。乾燥に強くて岩場でも強く根を伸ばせるからなんだけど、他の土地だと植生が合わないらしくて、あまり見かけない………」
植物については詳しくないが、ティラが持つ植物は、当たりを見渡せばあちらこちらに生えている。
「その植物が良く生えてるってことは、ここがテンソブリン峠の可能性が高いってことかよ。いったいなんでそうなるんだ………」
ブッグパレス山の調査自体はさっさと終わらせようと考えていたというのに、また違った問題に巻き込まれてしまった。頭を抱えて叫びたい気分だ。実際、頭痛を感じ始めてきたので、片腕で頭を抑えつけている。
「手っ取り早く納得するなら、奇跡の力としか」
「またブッグパレス山で奇跡が起こったってことか………。待てよ? その奇跡でこんな場所まで来たってことは、この場所も続発する奇跡と関係あるんじゃあないか?」
「というより、その可能性しかないと思う………。もしブッグパレス山の広場に船があったとしたら………」
「船ってのは何だ」
「!! な、なんでもない………」
失言をしたらしくティラは口を手で塞いだ。
(しかし船ね。山の上で船ってのは何か変だな)
良く覚えておくべき単語かもしれない。そう言えばカルシナ教は船を祈りの象徴としていなかったか。
「で、これからどうする?」
「………これから?」
「ブッグパレス山で言っただろう? あんたの命令を聞くってな。別に一旦ハイジャングへ帰っても良いんだぜ? まあ、俺としてはここらへんを少し探索したいんだがな」
本当にここがテンソブリン峠なのかの確認もしたいところだ。それもこれも、ティラの指示次第である。
「………最初に頼んだのは調査の手伝い。それは今も継続している………」
「よっし。つまりはここらの調査だな。鬼が出るか蛇が出るか、試してみようじゃあねえか」
不測の事態に巻き込まれても、目的を見失わない。問題だらけの状況であるが、問題である以上、解決しなければ意味が無いのだ。
ジン達がテンソブリン峠に突如として移動してしまった頃、カナとフレアは再び封蔵図書内に戻っていた。ただ、本を読み漁っていたわけでは無く、お互いに情報の交換をしていたと言うのが正しいだろうか。
「魔力と言うのは、精神だけで無く、使う者の肉体とも切り離せないものなの。だから、大きなゴーレムに魔法を使わせるとなると、何時もの感覚では駄目ねえ」
「なるほど。なら、クロガネに乗ったままで魔法を使うことに慣れる必要があるわけですね?」
「ええ。それと規模が大きくなれば、不確定要素も増すのが魔法というものだから、なんとかそれらを排除できる機構が欲しいところよねえ」
今現在、カナはフレアから、彼女が秘蔵していた知識を教え受けている。カナが必要としている、クロガネに関する有用な知識に絡めた物であるが、これをフレアが教えてくれるということは、カナが既にフレアが欲した情報を渡したということであった。
「実際に使えそうな魔法や、魔法関連器具を教えてあげる。それをするには……ここでは駄目よねえ」
「そうですね。わざわざ入室の許可を貰った手前、もう用が無くなるというのは、ちょっと抵抗があります」
ここに入って半日というところだろうか。途中で食堂に向かうため抜け出したので、実際はもっと短いかもしれない。面白い知識が詰まっていることは確かなのだが。
「カナさん。できれば、私も暫くここで調べものをしたいの。だからこの先の知識を伝えるのは、後でも良いかしら?」
「良いですけど、調べたいものってなんなんですか?」
どうにも封蔵図書に執着を感じているらしいフレア。最初、ここに来た時はそんな雰囲気は無かった様に思える。
「ここにある本の多くは、高名な魔法使いだったり、隠れた才能を持つ魔法使いが書いた物よ? だから探せば、カナさん達が追っているご老人の情報も手に入るかなと思ってねえ」
「え、そんな事を考えてたんですか?」
カナ達が追っている老人について、フレアは興味を持ったらしい。有力な魔法使い。老人のその性質が、フレアに老人への好奇心を生ませたのだろうか。
「話に聞く限りでは、尋常な魔法使いでは無いわ。だったら、必ずどこかで名を残していると思うの」
「だからその残った名前を探すってことですか………あの、本当にそれだけですか?」
「あら、何か私、変な様子だったかしら」
カナは疑いの眼差しでフレアを見る。その事にフレアの方も気が付いているのだろう。おどけた様子で答えてくる。
「率直に言えば変です。有力な魔法使いってだけで、わざわざその本人を探すなんてあんまり魔法知識には役に立たないじゃないですか」
「なら、どうして私がそのご老人について知りたがったのか……カナさんにはわかるかしらあ」
フレアの表情は変わらない。微笑んでこちらを見ている。しかしカナには、どうしてだかその顔が怖い物に見えた。
「例えば………その魔法使いが研究しているものに興味があるから……とかですか?」
「それと、相手が持っているであろう知識が欲しい場合ねえ」
力を持つ魔法使いの知識。それは確かに興味がある。しかしそれはどういった種類の知識かによるだろう。フレアが興味を持った知識とはいったいなんなのだろうか。
「先生でも、誰かの知識が欲しかったりするんですか?」
「基本的には、自分で学ぶ方が好きよねえ。他人が得た知識が欲しい場合は、その知識を元にまた新しい研究をする場合。でも、話に聞くご老人に関しては、その方の持っている知識や研究成果そのものが欲しいわあ」
「具体的には、どんな?」
「だってその方、随分と長く生きていらっしゃっているんでしょう? 羨ましいじゃない」
ゾクリと背筋が震える。表情の変わらぬフレアだが、その威圧感は尚増していく。
「先生は……長く生きたいと」
意外な答えだとカナは思う。フレアくらいの年齢になれば、寿命に関する執着など無くなってくると考えていたからだ。
「長く生きて……長く魔法を研究したいのよ。自分の寿命に先が見えてきたからこそ、焦りも感じる。カナさん? あなたやあなたの御同僚さんは、ご老人を異常者でも見る目でみるけれど、私は、その行動の理由が理解できてしまうの」
「どういうことなんですか?」
物心付く前からの知り合いと言えるフレアが、どうしてだか遠い世界の人間として感じてしまう。彼女はカナに何を伝えるつもりなのだろうか。
「その方は自分の興味の赴くままに研究を進めているのよ。やっていることは、許されることではないのでしょね。ただ………それができる力があれば、私だって」
カナ達の敵である例の老人と同類だとフレアは自身を評価する。
「だから老人についての情報を要求したんですね………」
「憧れに近いのかもしれないわねえ。まあ、実際に会って知識を得るなんて無理な話だし、聞いたところで、才能の差を感じるだけだと思うのよ。だから、単に興味本位で聞いた程度のことだと思ってちょうだい」
そう言って話を終えるフレア。後はただ、老人に関係する資料が封蔵図書に残っているかどうか、確認する作業だけがその場に残っていた。
周囲を調査すれば、何がしかの痕跡が見つかるだろう。突如としてテンソブリン峠へと移動してしまったジンであったが、それでも得るものはあるはずだという希望的観測を持っていた。
ではそれが当たったかと言えば、そうであるとも言えるし、むしろ大当たりだったとすら言えた。
「………おい。ありゃあいったい何なんだ」
「………」
隣にいるティラは何も答えない。ジンは彼女に聞くことを諦め、再び前を見た。それを見つけたのは岩場だらけの峠を探索し、どうにも近くに隠れた空間があるということが分かった頃だった。
調べている内に、高岩や崖が乱立する土地で、自然による産物なのだろうが、他の場所とはほぼ隔絶する地帯があるということがわかった。そこを調べて一旦探索を終わろうと考えたジン達であったが、岩場の細い切れ目から隠された地帯へ進んでみると、その先に、驚くべきものがあった。
「黒い箱か? 亀の甲羅みたいな形だが、でかいな」
岩場の奥にあった空間。そこの殆どを占める形で、黒い塊が存在していた。遠目で見る限りは金属質を持っている様にも見えるが、いかんせん黒一色のため、それがなんでできているかが分かり難い。
「………忠告するけど、アレには迂闊に近づかない方が良い」
「あんたは知ってるってわけだ。あの甲羅を」
「甲羅じゃなくて“船”」
「船? ってことは、あれがもしかしてカルシナ教が崇め奉ってるとかいうそれか」
「………」
問題の核心については話さないつもりらしい。まあ別に構わない。
「近づかずにただ放って置くってわけでも無いんだろう? 何をすれば良い?」
「とりあえずは隠れながら様子を伺う必要がある………。あの船があるということは、確実に船の関係者がいるはずだから………」
そうして見つからぬ様に黒い船を偵察しなければならない。あの船がいったいどういう類の物であるか、ティラが話さないせいでまだ分からぬままだが、それは探っている内にわかるかもしれない。
「幸運なことにこの辺りはでかい岩があちこちにあって、隠れながら偵察するには適地だ。お互い分かれて、半刻ほどしたらまたここに戻るってのはどうだ?」
「………戻った後に、お互いで報告すると……わかった」
そう言ってさっそく行動に移ろうとするティラをジンは一旦止める。
「ちょっと待ってくれ。まだ話しておきたいことがある」
「……なに?」
「こっちとしては、あんなデカブツがここにあって、何も説明されないままってのは、幾らなんでも心臓に悪い。偵察している間に、こっちに伝えても良い情報を整理しといてくれよ」
なんとかこれで相手から情報を引き出せないものかとジンは考える。ティラの方は、少し戸惑っていた様だが、暫くしてから頷いた。
「とりあえず、状況を確認できそうな説明を考えておく………」
「助かる。じゃあ行くぞ」
こうして、ジンとティラはお互い正反対の方向へ進みだした。誰かに見つからぬ様、ゆっくりと。
ジンが大胆にも黒い船へ大きく接近した時だろうか。岩場から船を覗くジンの目に、人影が映った。ティラではない。また別の人間だ。
(なんだ? 船の回りで作業をしている? 他にも何人かいるみたいだな)
近づいてわかったことは、黒い船の周囲には数人の人影が存在し、船に関わる何がしかの作業をしているということだった。
(船の一部が…切れた?)
船体の内、作業をしている人影のすぐ近くの部分に切れ目が走った。切れ目はかなり大きな四角であり、切れ目によって区切られた部分が、徐々に船外へと迫り出していく。最終的に四角い板の様な形のままで、上の部分が倒れ地面へと接する。丁度、船の内部から外へ移動するためのタラップになった様だ。
(外にいる人間は、船をあの状態にするための作業をしていたってわけか。船内に入るためか……それとも船から誰か出てくるのか)
観察を続けていると、どうやら船内から誰かが出てくる方だったことがわかる。船の奥から人影が現れ、タラップを降りてくる。随分と偉い身分の様で、船外にいた人間達はその場で跪き、降りてくる人影を仰いでいた。
影が薄くなり、人影の輪郭が見える様になってきたところで、ジンは驚きの声を上げそうになった。
なんとかそれを手で押さえつけながら、黒い船を見ると、降りてきた人影が他の人間に指示を出していた。ジンの目に映るその姿ははっきりとしており、それはジンが忘れようの無い相手である。
船内から現れた人影は、先日、クロガネの公開演習を襲い、また度重なる奇跡に関わる事件の黒幕とも言える例の老人だったのだ。
(今回もあの爺さん絡みかよ。ブッグパレス山を調査する過程であの船を見つけたんだから、無関係なわけも無いけどな)
ここに老人がいる可能性は0では無かっただろう。しかし、すぐ近くにあの老人がいるというのは、それだけでも心臓に悪い。
(冗談じゃあねえぞ。こっちは会った時の対策なんて考えてすらいないんだからな)
見つかれば必ず負ける。そんな相手がすぐ側にいるのだ。迂闊なことはできない。注意して偵察を続けなければならない………のだが。
(ヤバい! 見つかった!?)
老人が急にその体を動かした。自分の姿が見つかったかと焦るジンだが、老人はこちらを見ずに、別の方向を睨んでいた。
(あそこに何が………って、おいおい!)
老人が睨む方向へと手を向ける動作をしたその瞬間、岩陰から何かが飛び出した。良く見なくても、それがティラだと分かる。老人に発見されたティラは、老人が仕掛けるより先に攻勢へ出たのだ。
(おい、馬鹿、やめろ!)
叫びたくなる。船の周りには人が数人いるものの、ティラの戦闘技術と奇跡の力を使えば、制圧することもできるだろう。普通であればだが。
ティラは知らないのだ、あの老人がどれだけの使い手であるかを。
(くそっ、どうする? 助けに向かうべきか?)
ジンが逡巡する間にも状況は動く。ティラの出現によって、老人以外の人間は戸惑っている様子だった。その戸惑いの隙を突き、ティラは自らの奇跡を右腕から放出する。
赤い炎の形をしたそれは燃え上がり、船近くに立つ人間達に襲い掛かった。殆どの人間はなすすべも無く炎に包まれ、縛り上げられる。ティラの奇跡によって生み出された炎は、熱を持たず、代わりに質量を持って、蛇が如く離れた対象を縛ることができる。塊となってぶつけることや、防壁とすることも可能であり、その有用性はジンの鎧を上回るであろう。しかし、唯一平然としている老人には通用しなかった。
質量を持ったティラの炎は、老人の目の前で止まっていた。最初はティラがあえて止めたのだとジンは考えていたが、どうやらそうでもないらしい。遠目で見るティラは戸惑った様にその場で固まっていたからだ。
一方で老人は、目の前に存在する炎へ手を向けると、まるで羽虫でも追い払うように手を振った。驚くべきことはその後に起こる。ティラの力だったはずの炎が老人から離れ、今度はティラに向かったのだ。
(あれは……まさかこの前の!?)
老人は、補助を必要するとは言え、離れた場所の土くれを巨大なゴーレムとして動かせる程の魔力と魔法の技量を持っている。それを人間に対して使えば、金縛りの様に相手を動かせなくできるし、ティラの炎を押し返すことが可能なのかもしれない。
押し返された炎を咄嗟に横へと避けるティラだったが、尚、炎はティラへと向かう。あの厄介な炎が、今度はティラ自身へと反旗を翻したかのようにも見えた。
その実、老人はティラで遊んでいるのだろう。ああいうことができるのなら、そのまま魔法でティラを動けなくすれば良いのだから。
(頭がおかしいとは思っていたが、悪趣味でもあるのかよ………)
ティラは何度か炎を避けるが、炎はティラ以上に柔軟な動きで、ティラを追い詰めて行く。そうして遂に炎から逃れられない隙を作ってしまったティラは、自らが炎に包まれる前に、炎を消した。自らの奇跡なのだから、そういうこともできるのだろう。しかし部分的に消すという器用なことはできぬ様子で、炎で縛り上げていた人間達からも炎が消えた。
老人はこれを狙っていたのだろうか。いや、やはり老人にとっては悪戯程度の意味合いは無いのだろう。何故なら、自分一人だけであろうとも、ティラ相手なら手玉に取ることができるのだから。
その証拠に、炎を消したティラが、次の瞬間には宙に浮いていた。老人が魔法によってティラの自由を奪ったのだ。ティラは宙に浮いたまま手足を動かそうとしたのだろうが、ただ体がほんの少し揺れるだけである。以前、ジンも似た様な魔法に掛けられた。あの時は、息すらできぬ程だったが。
浮いたティラは老人に操られたまま、勢いよく老人の目の前まで飛んだ。急激な移動にティラは苦痛の表情を浮かべているが、この後はもっと苦しいことが待っている可能性もある。老人の遊び心がこれまでなら、後になって待っているのは、捕えられて尋問されるか、今この場で命を奪われるかだ。
「さて、お嬢さん。おぬしは何者かの。ああ、無理して答えんでも良いぞ? その時はその時。どうとでもするからのう」
「大した余裕じゃねえか」
今日一番の痛快さだ。老人の顔が驚愕で歪むところを見られたのは。いったいどんな気分なのだろうかとジンは老人に聞いてみたくなる。ティラをいたぶり、捕え、意識がそちらへ向かっている間に、黒い鎧男がすぐそばまでやって来た時の感想を。