第八話 『公開演習終了、事件は………』
佇んだままの蛇型ゴーレム。動かなくなったそれを見て、どうしたのだろうとカナは怪訝に見る。
「というか、チャンスじゃない!」
疑問に思っている場合かと自らに活を入れ、攻撃しようとする。しかし、すぐに敵のゴーレムが動き出した。
「わっ! なんなのよ、もう!」
再び蛇型ゴーレムは突進を繰り返してくる。先ほどの停止はチャンスだったろうに、惜しいことをした。もしもう一度止まってくれるのであれば、一か八かの賭けができたはずだ。
「でも、また都合よく止まってくれるなんて……あれ」
さすがに再び止まることは無かったが、蛇型ゴーレムの動きは、どうにもぎくしゃくしていた。これまでもただ突進してくるだけで、柔軟性に富む動きでは無かったものの、今はもっと拙い。
特に向かって左半分の動きに支障が出ている。右半分の動きに付いてこれないというか、まるで全体で動いているので無く、一部分のみを動かして、全体を無理矢理動かしている様な。
「戦い易くはなったけど、どうして?」
鈍い動きのゴーレムを片手間に捌きながら、カナは考える。自分に幸運が降りてきたとは思わない。何か理由があるのだ。そう考えた時、思い付いたのは先輩のジンだった。
(ゴーレムは誰かが操っていると考えて、左側の動きが拙く、右半分の動きはまだ正常ということ。それは、左側からより遠い場所、つまりこっちから右の方向にその誰かが居て、今は自由に操れないでいるということ?)
もしかしたら蛇型ゴーレムが、自動で動くタイプのゴーレムである可能性は存在するものの、クロガネから右方向で何かあったと考えると、辻褄が合う事がある。
「確か、ジン先輩が言ってたっけ。公開演習会場で事件が起こったのなら、その犯人はあっちの方向にいるかもしれないって………」
それがクロガネから右方向にあるどこかと言うことだ。そこでジンが蛇型ゴーレムを動かす誰かを邪魔しているのだろう。そう思いたかった。
「そうだ……試しに」
突進してくる蛇型ゴーレムを躱して、クロガネが蛇型ゴーレムを隠す様に動かすカナ。その瞬間、蛇型ゴーレムの動きは明確に鈍くなった。クロガネが蛇型ゴーレムを隠した事で、ゴーレムを操るのに支障が出たのだ。
「やっぱり、ジン先輩が敵のゴーレムの動きを邪魔してたんだ」
それを確認できたのは行幸だ。蛇型ゴーレムはクロガネの影から逃れようと身を引くが、カナの頭には、既に敵ゴーレムを倒す方法が思い浮かんでいた。
「あとは実行するかしないか………。危険かもしれないけど、ミラナ様ならしなさいって言うよね、クロガネ」
クロガネに意思があると言うのなら、クロガネを作った女王に情を抱いているだろう。なら危険かもしれない行為でも、彼女が望むことであるならば、上手く動いてくれるかもしれない。
神頼みに近い信頼を持って、カナはクロガネを動かす。あの不細工なゴーレムを黒焦げ
にしてやるのだ。
「ええい! いい加減にせんか!」
公開演習会場を見渡せる高台にて、老人が叫ぶ。叫ばれた相手であるジンは、その言葉を聞いて笑みを浮かべた。
「はっ! やっとその顔を崩せたな!」
ジンは自分の攻撃で、老人に対して害を与えているということを実感できた。
ただし、基本的な戦い方は変えて無い。要はいかに敵の自由を奪い、必殺の一撃を相手に加えるかだ。この老人が相手の場合、その必殺の一撃が容易く躱されてしまうのだが、今はそれでも良い。
「ここに立ちたいんだろ? でも無理だなあ。あんたの思い通りになんかさせるか」
「ぐぬぬぬ」
老人の表情からは怒りが見える。ジンは見晴しの良い場所に老人を立たせぬ様に戦っていた。老人の目に蛇型のゴーレムが映らない様に戦えば、ゴーレムの動きを正確に把握できない老人は、十分に蛇型ゴーレムを動かすことができなくなるらしい。ジンが老人の視界を邪魔するべく戦い始めてから、目に見える形で敵ゴーレムの動きが悪くなった。
「さあ、なんならここから逃げてみるか? それこそゴーレムを十分の動かせなくなるだろうけどな!」
「若造が吠えよるわい」
初めてだろう。老人の方からジンに接近してきた。今まで老人は反撃らしい反撃をせず、ただジンの攻撃を避けるだけであった。いったいどの様な戦い方をするのか。今は前に持っていた黒い杖を所持していないが。
老人は身軽で、瞬きをする間にジンへと接近する。それをジンは槌で迎撃しようとするのだが、その動きを見切ったかの様に、振り下ろされる槌を握った。
(おいおい、そのまま押しつぶされる気か?)
上から降ってくる物を手で受け止めたところで、体にその質量が圧し掛かる事に変わりは無い。鎧の力と槌の重さ。その二つを受け止めることなどできるはずが無いだろうに。
しかし、ジンにはそんな事を考えている暇も無かった。振り下ろしていたはずの槌。それが地面へと落ちず、しかし力は失われず逆流する様にジンの体を襲った。
「なっ!?」
その瞬間、ジンは空へと飛んだ。強い力に押される様に腕を押され、そのまま体へと伝わり、力はジンの頭頂部へと向かう。
飛んだと言ってもそれ程の距離では無く、無重力感はすぐに無くなって、地面へぶつかる。
「かっ、ふっ」
かなりの衝撃だった。鎧を通して体の芯に響くかの様だ。だが起き上がれぬ程では無い。ジンはすぐさま立ち上がり、老人の追撃を警戒するが、老人は邪魔ものをどけただけとばかりに、見晴しの良い場所へと戻り、公開演習会場を見下ろしていた。
「今度はどんな奇跡を使いやがった!」
自分の身に起こった事は、不可思議な現象だった。まるで自分の力がそのまま相手に利用された様な感覚。奇跡としか思えない。
「奇跡でも魔法でも無いわい。体を動かす際の技術と言った方が良いかの。相手の関節と動き、呼吸。それを自身の体捌きと合わせることで、ああいうことができる。東方じゃと武術などと言うらしい」
「んな馬鹿な!」
国防騎士団で戦い方を学んだジンなので、老人が話す理屈だけは分かった。自身の理想的な体の動きと、相手の動きを完全に読む観察眼を合わせれば、敵の体を自分の体の様に扱えるという机上の空論に近い戦い方は、一般騎士の間でまるで伝説の様に語られ、空論は空論だと断じられる。そういう類の物だとジンも考えていたのだが。
「これしきの事。あの離れた場所におるゴーレムを操ることに比べれば、容易いことじゃよ」
魔法と近接戦闘の技術を一緒くたにするのはどうかと思うが、老人にとってはそうらしい。
「今までは手加減してたってことかよ………」
これまで、単純な戦闘ではジンが優位に進めていたはずだが、今の老人の戦い方を見て考えを改める。あのような戦闘技術をジンは持たない。
「そうとも言えるし、そうでも無いとも言える」
「あ?」
「例えば、おぬしをここで手も触れずに動けなくするということがわしにはできるわけじゃが」
「何の――――」
声が止まる。驚き絶句したわけでは無い。物理的に声が出なくなったのだ。それは同時に、呼吸が困難になったということでもある。鎧姿でなければ全身から冷や汗が流れていたことだろう。呼吸どころか全身が動かなくなったからだ。
体全体が固まり、立ったまま身動きが全く取れない。息苦しさは尚増しているというのに、倒れることすらできなかった。一方で老人はこちらに手を向けているだけである。刻一刻と意識が遠のいて行く。空気を吸いたい。だがそれが難しく、体を転がらせて苦しむことすらできない。徐々に視界が狭まってくるが、まばたきすらできないので、それは気を失う前兆ということなのだろう。
「こんなもんじゃ」
老人の声と共に、体の自由が帰ってくる。それと同時に大量の酸素を肉体が欲し、息が荒くなり、さらには肉体が弛緩して地面に膝まで突いてしまった。
「はぁ……ぐっ……何を………」
「よく考えてみることじゃの。わしは竜骨を補助があるとは言え、向こうにいるあの巨大な土塊を動かせるわけじゃ。それをおぬしに向ければどうなる?」
蛇型ゴーレムは、土塊を魔法でその形にして、尚且つ動かすという単純な物だ。単純であるからこそ、魔法の使い手側には圧倒的な能力が必要となる。それを単なる人間に向けてしまえば、相手の動作一切の自由を奪うことすらできるのだろう。
「やっぱり……手加減してたんじゃ…ねえか」
「手加減の意味合いが違うのう。例えば、小動物に対してその命を奪わずに、種々様々な実験をする必要があるとして、細心の注意を払うことは手加減と言うかね? わしは何時も全力を出しておるが」
つまりこっちが貴重な存在だから、無暗矢鱈と傷つける様な真似はしたくなかったとでも言うつもりか。
「舐められてることに変わりないよな!」
叫ぶジンは老人へ突進する。そうしてあと一歩で老人に手が届くというところで、体が止まる。再び老人の魔法で体の自由を奪われたのだ。
「そっちにしてみればそうなるかのう。いやいや、すまん。この齢になっても、考え方がどうにも自分本位でな。あ、安心せいよ。体の自由は奪っても、息はできる様にしてある」
「て、てめえ……」
息ができるということは声も出せるということだ。罵詈雑言を口にしたいところだが、この状態では単なる負け犬の遠吠えになってしまう。
「ただ、助言させて貰うならその姿で息苦しいなどと思うのはいかんよ。まだまだその鎧を使いこなせておらん。もっと……そうじゃな、その姿が普段の自分とは大きく違っているという認識を持て」
「あんたに……この鎧の事がどうしてわかる」
「おぬしがどういう過程でその力を得たのかは知らんが、似たような奇跡を知っとるんじゃよ。伊達に長くは生きとらんでな」
つまりこっちの手は殆どお見通しという訳か。ますます状況は老人にとって有利になっていく。
「ははは。つまり俺をこうやって傷つけずに捕まえるのも、クロガネを別のゴーレムに襲わせるのも、単なる実験ってわけか」
「まあ……のう。多少、別の意図はあるが、概ねその通りじゃよ。個人の意思を考えれば申しわけの無い話じゃが……ほれ、人間というのは興味や好奇心に勝てん」
最初は済まなさそうな顔をしていたが、後半は笑顔に戻る老人。
「幸運だよ………」
「うん?」
「あんたの興味の対象になって幸運だって言ったんだ。あんた、俺の力に興味を持ってるんだろう?」
「その力もそうだが、扱い方じゃな。どこかで正統な戦い方を学んだことがあるじゃろう? 鎧の力を学んだ戦い方に合わせて使うというのは、どうにも興味深い。おぬしがその鎧の使い方をさらに学ぶのなら、どれほどの事ができる様になるか………」
驚くことに、老人の目には一切の悪意が無かった。ただひたすらに自分の知りたいことを知ろうとしている。勿論、そのために行ったことは看過できる物では無い。驚いたのは老人のその異常性である。自分の興味のためなら、何者をも排除できる。そんな精神性に恐怖すら覚える。
「幸運……幸運と言ったな、それはどういう意味じゃ? まさか体の自由を奪われて喜ぶ趣向でも持っているのかのう?」
「阿保か。幸運なのは、あんたの興味が俺に向いていることさ。なにせ、すっかりクロガネから目を離してる」
「だからなんじゃ? 悪いが目を離しておっても少しだけなら、その動きの大凡を把握できるぞ?」
確かにジンと戦う合間でも蛇型ゴーレムを動かしていた。視界を邪魔するべく戦っている間も、動きが鈍くなることはあっても、完全に停止したわけでは無い。
「だが、十分に動かせなくなるのは事実だろう? 今では俺に目線を向けて、向こうがどうなってるかが気にならないのか?」
ジンは口を釣り上げて笑う。良くやるものだと褒めたくなったのだ。クロガネを操るカナに対して。
「これは、まさか―――」
老人が漸く公開演習会場を見る。しかし老人の目に蛇型ゴーレムが映ることは無かった。
ぎくしゃくとした動きを続ける蛇型ゴーレムを見てカナが考えたことは、再びゴーレムが隙を見せるのを待つのは愚手だと言う事だった。
「動作が拙くても動かせてるってことは、完全に止まることは期待できないってことだよね」
先ほど見せた隙は、もしかしたら単なる幸運か敵の油断による物かもしれない。ならば、次の隙を狙うのであれば、自分からそれを作り出さなければ。
「今でも敵ゴーレムの動きは鈍い。ジン先輩がなんとかやってるんだ。だから………」
あとは自分がどうにかする番だ。カナはクロガネの腕を背中側へ向けさせる。そこにはマントがあった。クロガネを飾るために用意された、ただ大きいだけで実用性皆無の邪魔なマントだったが、今、ここでは役に立つ。
「これくらいしか思いつかないけど!」
カナはそのマントを蛇型ゴーレムへと投げた。ゴーレムを操る敵の視線を塞ぐ様に、右側へと。
「次は!」
さらに蛇型ゴーレムへクロガネを接近させる。できるだけ早くと考え、走らせるように動かしたクロガネは、大きく揺れて、カナがいる胸部空室も同様に揺れた。その揺れを、歯を食いしばりながら耐えて、マントがクロガネと敵ゴーレム両者を隠す程に接近する。
蛇型ゴーレムの正面では無く、クロガネから見て左側へと滑り込む。二つのゴーレムがマントに隠されて、敵はどう思うだろうか。
「よし……上手く動いてくれた」
蛇型ゴーレムは、案の定、マントの影から逃げ出そうと前進する。クロガネから見れば、見当はずれの方向へと進む形になる。この隙を見逃すわけにはいかない。
「集中……集中しなくちゃ」
カナはクロガネの右腕を敵ゴーレムへと向ける。クロガネの右腕には、本来あるべき抑止弁が外されている。それは張りぼての剣を過剰な魔力で光らせるためだったが、公開演習会場がこの様な状況になり、使われないままだ。
しかし、今回は別の形でそれを利用することになる。カナはクロガネの右腕へ魔力を流していく。ある一定以上の魔力が流れぬように内蔵されている抑止弁が右腕にだけ無いため、魔力光によって右腕だけが輝き始めた。
「できる……はず」
クロガネの右腕に集まる魔力を、魔法へと変換していく。前回は物を動かす魔法を使ったせいで、腕の代わりに取り付けられていた歯車が吹っ飛ぶ事になったが、今回はまた別の魔法だ。
「いけ!」
声と同時に魔法が完成した。クロガネの右腕から出る光が、魔法へと変換された結果、炎に転じて蛇型ゴーレムへと向かう。
「やった!」
歓声を上げるカナ。放射された炎は蛇型ゴーレムへぶつかり、ゴーレムを燃やしながら火柱を上げた。巨大ゴーレムから発射され巨大ゴーレムを燃やす多大な火力だ。カナはクロガネ大にまで増幅された魔法を唱えたことになる。クロガネにはそういう機能が存在していたのだ。もしカナが別の魔法を使えば、その魔法も強大化されることになるだろう。カナが使える魔法の数だけ、クロガネも魔法を使えるということだ。
「これは想像以上に凄い機能かも……って、ええ!?」
カナの眼前で、蛇型ゴーレムを包む火柱がさらに火力を増した。まるで爆発したかの様に火の粉を撒き散らし、公開演習会場を燃やす。
「ちょ、ちょっと燃え過ぎかなあ……きゃっ!」
火はクロガネにさえ届かんばかりに強大化し、それに目が眩んだカナは目を閉じる。ただ、火力のピークはそこまでだった様で、クロガネの表面を焦がした程度に魔法による炎は収まった。カナが目を再び開けた頃には何も残っていない。
クロガネの眼前に残ったのは敵のゴーレムで無く、炭化した土塊のみとなったのだ。
燃え上がる蛇型ゴーレムを見て、ジンは満足していた。ジンの体はまだ老人の魔法により動けぬままだが、カナの方は見事に敵のゴーレムを倒して見せたのだ。さすが自分の後輩だと褒めてやりたくなる。
「大したもんだろ? 俺があんたを倒せなくても、あれに乗ってる奴はそれなりに仕事をしてくれるのさ」
「まったくのう………」
驚愕しているらしい老人。燃える自らのゴーレムを見て落胆しているのか、それとも怒りに満ちているのか、こちらからでは表情が見えない。それがなんとも惜しい。
「さて、どうする? 腹いせに俺を殺してみるか? だが、あんたの目的は達成できなかったって結果は変わらないけどな」
自分で言って、自身がこのまま殺される可能性があると気が付き、ジンは内心で結構恐怖していた。言うべきでは無かったか?
「結果? 結果と言うなら、これはまさに望むべき結果じゃよ。なんとも予想外に嬉しい」
振り返る老人。その表情には、満面の笑みが浮かんでいた。本当に嬉しそうで、それ以外の感情が一切無い。何なのだこの老人は。
「わかるか? あのクロガネは、奇跡よりも奇跡らしいことをやってのけたのじゃ。あの巨体を動かし、さらには乗り手の魔法まで扱える。しかもそれらは奇跡の力を一切使わずに作られた機構じゃ! これを見て喜ばぬ者はおらん!」
強弁を続ける老人。こちらに唾が飛んできそうな程の息の荒さに、ジンは怯えた。自分とはまったく違う価値観を持ち、尚且つ自分には及ばぬ力を持つ。未知の怪獣でも見るかの様にジンは老人を見ていた。
「いったい……何の目的であんたは会場を襲ったんだ」
「あのゴーレムの力を確かめるためじゃよ! どれ程の強さを持ち、どれだけの事ができるか。それを是非とも知りたかった。この国の女王が面白い物を作ったと聞いて、それが積極的に受け入れられるように、巨大ドラゴンを町に向かわせて良かったわい」
「な、なんだって?」
老人の口からは驚くべき事実が漏れ出ているものの、老人自身はそれに気づかず興奮している。
「この喜びがおぬしに分かるか? これまで生きて来て、新しい変化が訪れようとしている。その興奮は長く生きたもんにしかわからんだろうなあ。ああ、楽しみだ。これからどうしようか。面白い案がいくらでも思い浮かんでくる」
「あ、あんたは………」
「これっきりと言うわけじゃあないぞ? 何度も、そう、何度もわしはあのクロガネに挑んでみよう。その度に新たな発見が生まれる。新たな発想が浮かぶ!」
敵だ。間違いなくこの老人は自分達にとっての敵だ。正体は何者かなどと言う次元の話では無い。ただひたすらに自分達へ害しか齎さない、イナゴの大群の様な存在。この老人はそういう相手だ。
「あんたは……いったい」
「わし? わしか? わしは研究者じゃ! 探究者とも言える! この世界の深淵を覗き、さらにその奥の光を見つけようとしておる!」
以前には確か神がどうとか言っていたが、その言葉も本気だったのだろう。この老人の考え方は常人のそれでは無い。何かタガが外れた狂気を持っていた。肌でそれを感じるジンは、なんとしてもこの老人を倒さなければならないと心に決める。
「ふ……ざ…けんな!」
なんとか体を動かそうとする。指一本だろうと動かせぬ状態から、ひたすらに力を込め続けた。その場に留まろうとする力と動こうとする力、それがぶつかり合って、ジンの体は引き裂かれる様な痛みを感じる。これ以上力を込めれば、自分の体が潰れてしまう。
いや、確か老人がこの鎧に対して何かを言っていなかっただろうか。鎧を上手く使いたければ、普段の体とは違うのだという認識を持てと。これ以上力を込めれば体が潰れる? それこそ、鎧を普段の体の延長線上としか思っていない証左では無いか。本当に鎧の奇跡に先があるのなら、さらに力を込められるはずだ。
「く……うぉ……のおおおおおおお!!!!」
体がバラバラになりそうな感覚に襲われながら、しかし鎧はそうならず、一歩も動けないと感じていた体が動き出す。
のろのろとした動きであったが、それでも老人の呪縛にあがなう事ができている。
「素晴らしい。おぬしも十分に素晴らしいのう。魔奇対か……面白い組織があったもんじゃ。しかし………」
ジンの腕が、老人の首へと伸び、掴んだ。あとは手に力を込めるだけ。
「まだまだ修練が足りんよ」
上半身に上から衝撃が伝わり、地面へとぶつかる。老人の手が上から下へと動くのと同時であったため、体を固定する魔法を、ジンの体を地面へぶつけさせる物に変えたのだろう。その衝撃は、体力を消耗していたジンにとっては、気を失わせるのに十分な威力を持っていた。
「………あ……た……名……」
「わしの名前か? わしはな―――」
老人の口元が動く。しかし外界の音が遠くなり、そして視界も失われて―――