第七話 『公開演習開始、事件も開始』
クロガネの実働公開演習が始まる。ハイジャングの南門から暫く歩いた場所に設置した演習場は、そのほとんどが自然のままである。拓けた草原地帯が広がったその土地に、クロガネは佇んでいた。周囲には整備班の人間が、まだクロガネの状態を心配してか、整備を続けている。クロガネを動かす役目のカナはと言えば、既にクロガネの胸部空室へと乗り込んでいた。
「集中しよう。集中」
目を閉じ、心を落ち着かせるカナ。クロガネを動かすことは初めてでは無いし、訓練や調整を続ける間に、それこそフォークやナイフを扱う様にクロガネを動かせるくらいにはなった。それでも今回は心臓の鼓動が高鳴り、精神が泡立つ様に落ち着かない。
その原因ならわかっている。クロガネの視界の端には、仮設された客席が並んでおり、その席を埋め尽くす人ごみが存在していた。
そこはクロガネからもっとも近い客席であり、アイルーツ国で権力を持つ人間が座っている。視界には映らぬが、もう少し離れた場所にも同じような客席が存在するだろうし、そこでも人が賑わっていることだろう。
その客すべてがクロガネを見に来ている。それがカナを緊張させていた。
「大勢の人が見に来ているだけなら、こんな緊張も押さえつけられるんだけど、中には悪意を持ってクロガネを観察する人がいるかもなんだよね………」
公開演習で何がしかの事件を起こそうとする人間がいる。それがカナの緊張をより高めていた。
ただの公開演習であれば、クロガネを動かすことに失敗したとしても、それはカナだったり、カナの上司だったりが責任を取るだけで済むが、ここでさらに事件が起こるとしたら、観客としてやってきた人々まで巻き込まれることになるだろう。それは到底看過できない問題だ。
「クロガネは奇跡から国を守るために生まれたんだから、あそこにいる人達も絶対に守らなきゃならないんだ。そうだよね、クロガネ」
何時の間にか、クロガネに感情移入している。そのことにカナは苦笑した。どうにもこのクロガネを愛しているあのミラナ女王の感情が移ってしまったらしい。
「でも、クロガネだって頑張ってるって思えるのなら、それで気楽になれるかも」
勿論、心に感じる重さが軽くなるわけでも無いが、戦うのは自分だけでは無いというのは、それだけで心強い物だ。
(それに実際も私一人が動いているわけじゃあ無い)
こうしている間にも、先輩のジンや上司のフライは公開演習を狙う老人の行方を追っているだろうし、クロガネがちょっとやそっとでどうにかならぬ様に、整備班が万全を期している。ミラナ女王など、全身全霊を持って公開演習の成功を祈っていることだろう。
「全力を尽くすんだ。それ以外の選択肢なんてどこにも無い!」
カナが意気込むと同時に、演習開始の合図が整備班達からカナへと送られる。カナの動きが外側にわかる事は無いのだが、それらの合図にカナは強く頷き、クロガネに第一歩目を進ませた。
巨大ゴーレムの公演会場。それが町中に周知された時点で、ずっとその会場を見渡せる場所を探していた。ゴーレムの名前はクロガネ。名付け親は誰だろうか。個人の趣向によるだろうが、なかなかに強そうな名前だと思う。圧倒的な力を持つゴーレムとして名前負けしていないというのは良いことだ。
ただ、名前だけ知っても満足できる物では無い。実際に動き、戦っている場面を見たいものだと常々考えていた。
ハイジャングを襲ったドラゴンと戦う場面を目撃していたが、それだけではなんとも言えない。また押し寄せる森に対抗するためにも動かされたが、その戦いでは主役とは言い難い動きしかしてくれなかった。
では、今回の公演ではもっと満足の行く事をしてくれるのかと考えれば、そうでも無いだろう。多くの観客を驚かせるため、本来の機能では無く、ただただ見た目が宜しい動きしかしないはずだ。
それでは駄目である。もっと見たい。もっともっとクロガネの力を見てみたい。だからこの高台を探したのだ。会場全体を見渡せて、クロガネの動きがしっかりと見る事ができる。それに―――
「よう。ここらへんの居ると思っていたよ。爺さん」
声のした方を見ると、若者が一人立っていた。最近になって良く会う人物だ。普通なら再び会えた事を喜ぶのだが、どうにもこの若者は自分に対して敵意を抱いている様子。
その力や若者らしい考え方を、こちらとしては好ましく思っているのだが。
「偶然出会えた……というわけじゃあ無いみたいじゃのう。探させてしまったかの?」
事情がどうであれ、好ましい相手の出会えたのだか、とりあえずは笑みを浮かべて置こうと思う。
ジンは再び、この恐るべき老人と相俟っていた。公演会場を一望する高台にて、ジンが老人を見つけられたのは偶然では無い。老人がクロガネを狙うのであれば、その姿を一望できる場所にいるだろうと考えて、その場所の候補の一つとしてこの高台があった。
その候補をさらに狭める事ができたのは、フライ室長が持って来てくれた特事の資料のおかげだった。
「あんたが闇市を襲って竜骨を奪ったからには、それを使ってクロガネに何かをしようとするだろうってのがうちの上司の考えでね」
そして竜骨で一体何をするかについては、特事の資料に書かれていた。竜骨は粉末状にしても、魔力を増幅する性質を失わない。ならば、その粉末を空間に対して撒けば、その空間全体が魔力を増幅する性質を持つことになる。もっとも効果的なのは粉末を風上から撒くことで、広範囲に竜骨の粉末を行き渡らせる事ができる。これの実験をしていた魔法使いは、その範囲予測を間違えて魔法を使ってしまい、想像以上の広範囲に魔法の影響を及ばせてしまい、周囲に被害を与えたのだ。
そうしてこの老人は、それと同様の事を、クロガネの公開演習場に行おうとしている。ならば探す場所は、公開演習場から風上になる場所だ。
「クロガネを見渡せて、尚且つ竜骨の粉末を撒くのに適した場所ってなら、ここくらいさ。風上かどうかなんてのは今日にならなきゃわからなかったけどな」
「そうか。ならばもっと早く来るというのも難しかった様じゃのう。つまりは若いの。これから起こる事件は、おぬしのせいじゃあない」
「何?」
老人はずっと笑みを浮かべたままだ。その目はジンの方を向き、次にクロガネが公演を行っている会場を見た。
老人の視線の先では、クロガネが事前の打ち合わせ通り、邪魔そうなマントと張りぼての剣を振り回している。
「大方、わしがしようとしている事を邪魔しに来たんじゃろう? 残念ながら手遅れじゃよ」
老人はジンに自身の右腕を差し出す。その手には、空の器が握られていた。
「まさか!」
「もう既に骨粉は撒き終った。後はわしが魔法を使うだけで―――」
ジンは老人に飛び掛かる。老人が公開演習会場に向けて、左腕を向けたからだ。しかし老人のジンの間には、致命的な程に距離がある。
「すべて終わる!」
老人が叫ぶと同時に、遠くから悲鳴が聞こえて来た。公開演習会場の方からであり、そこでは砂煙が舞う。
「てめえ! 何をしやがった!」
漸く老人の首根っこを掴むジンだが、老人の目線は会場を向いたままだ。
「なあに。簡単な魔法じゃよ。クロガネというゴーレムを動かすそれより、もっと単純な………」
会場の砂煙はすぐに収まった。風に舞う砂がそう簡単に収まる事への違和感は、次に映る光景ですぐに無くなる。
会場に起こった現象は砂煙だけで無く、かなりの範囲で地面が抉れていた。それは地面に巨大な爆発が起こったという訳では無い。砂も抉れた地面も材料になったのだ。会場に突如として現れた、巨大な蛇体に。
「酷く簡易なゴーレムじゃよ。竜骨を使ったとて10分も持たん。形が蛇なのは、わしの趣味じゃ」
カナは突如会場に広がった砂煙に視界を奪われていたが、それが収まった後、状況を冷静に理解した。
(これが……予告されていた事件!)
周囲の砂煙と会場の地面を凝固させて作られた蛇型のゴーレム。土色をしたその蛇体をくねらせ、明らかにクロガネを睨んでいる。
「敵は魔法使い……なのかな」
カナの感覚には、会場中を包む魔力が感じられる。つまりは魔力を扱える人間がこの事態を仕出かしたのだ。
「でも、こんなことができる魔法使いなんて………きゃっ!」
クロガネが大きく揺れる。蛇型のゴーレムがクロガネへと突進していきたのだ。どうやら敵のゴーレムには相応の質量があるらしい。そんな物を一瞬にして作り上げる魔法。それを考えるとカナは恐ろしい。そんな事ができる魔法使いをカナは知らない。良くカナは才能のある魔法使いなどと言われるが、自分にはこれ程の魔法を使うことなどできない。カナは潜在的な魔力量は他人の桁違いであるものの、巨大なゴーレムを自由に動かせる様な力は無い。カナがクロガネを動かせるのは、クロガネ自体に動かしやすくなる機構が内蔵されているおかげだ。
「いったい、敵は何者なの!?」
クロガネの胸部でカナは叫ぶ。蛇型ゴーレムはクロガネへ突進した後、そのまま巻き付こうとして来た。カナはクロガネにそれを阻止させようと、クロガネが持つ剣を振るわせるが、一撃目でぽっきりと折れた。やはり張りぼてだ。
「だったら!」
剣は張りぼてでも、クロガネの四肢は頑丈そのものだ。折れた剣を捨てて、蛇型ゴーレムの体を握らせる。そのまま蛇の体を引き千切るかのごとく、クロガネの腕を両側へと広げた。
「どうだ!」
クロガネの腕が広がるのと同時に、蛇型ゴーレムの体が裂けた。蛇型ゴーレムの体は想像以上に柔い。しかし―――
「嘘!」
カナが裂いた蛇の体であるが、裂いた部分がまるで意思を持つかのごとく動き出した。クロガネの手に握られたままのゴーレムの破片が、砂へと戻り、砂が砂煙となり、蛇型ゴーレムの原型が残っている部分へと集まり、再び完全な蛇の形になる。
「一瞬であんなゴーレムを作るくらいだもの。一部が壊れても元に戻せるってこと?」
蛇型ゴーレムはクロガネから少し距離が離れた場所で完全に修復された。次にどうでてくるか。それが一番差し迫った問題であるが、それとは違う問題も勿論ある。
「すぐに修復されるゴーレムなんて、どうやって倒せば良いの!?」
火力が圧倒的に足りない。そのことをカナは痛感していた。
「ジジイ! てめえ!」
公開演習会場で蛇型ゴーレムが暴れる間、ジンは鎧姿になり、老人に向かって愛用の武器である頑丈な槌を振り回していた。
老人と戦う事になると予想できていたため持って来ていた物だが、それが老人に当たる事は無かった。
「落ち着きが無いのう。せっかく前に言うた通りに面白い催しを始めたと言うのに、見物する気は無いのか」
軽口を叩く老人であるが、実際に余裕を持って話し掛けてくる。そもそも当初、ジンは老人の首根っこを握っていたはずだ。だが、何時の間にかジンの手を離れて、好き勝手に動きまり、ジンの槌を躱している。それは何故か。
「おっと危ない!」
ジンの槌は確実に老人を捕えていた。ひょこひょこと飛び回る老人だが、飛び回る以上、空中では体を自由に動かせない。そこを狙ってジンは槌で叩くが、その一撃は空を切る。いつの間にか空中で老人は居なくなり、高台で最初にいた場所へと戻っている。
「くっそ! 簡単に消えやがって!」
「当たれば痛そうじゃからのう。許せよ」
老人は謝るものの、視線は公開演習会場を向き、心はここにあらずと言った様子。完全に舐められている。
「どんな手を使ってやがる!」
再び老人が立つ場所へジンが突撃。老人がジンの攻撃をいくらか避けた後、老人が攻撃を避けられぬ状態にまで追い込むと、老人が消えて、また定位置に戻る。こんなことを何度か繰り返していた。
「空間転移という奴じゃな。ほれ、闇市でおぬしから逃げたのも同じ手じゃよ」
老人の言葉の意味はわからぬものの、突然消えて逃げる術を持っているということか。
「そろそろ理解して欲しいんじゃが、多分、おぬしじゃあわしを倒すのは無理じゃろう。黙って事の顛末を見守る方が良いと思うがのう。わしが作ったゴーレムが、あの会場を動けるのは、竜骨の粉末が舞っている間じゃ。それが無くなれば、さすがにあの大きさのゴーレムは動かせん」
「はいそうですかって答えると思ってんのか!」
無駄であることはジンにも分かっているのだが、止まるわけには行かない。ずっと追っていた老人が目の前にいるのだ。自分のやることが無駄だからとどうして止まれる。以前は逃がしたが、今回はまだ目と鼻の先にいるのだ。
(……待てよ。どうして前回と同じくこいつは逃げないんだ?)
状況は前と同じはずだ。戦い自体はジンが老人を追い詰められる。しかし老人には空間転移とか言う逃げるための奥の手があり、ジンが老人を捕えることはできない。
「うらあ!」
槌を振るい、それを避ける老人を見て、槌を避け難い場所へと少しずつ誘導する。逃げきれぬ場所まで老人を追い詰めると、観念した様な素振りを見せるが、やはり槌での一撃を喰らわせる前にその場から消える。
(まただ。どうして元の場所にいちいち戻ってるんだ?)
自分が目障りになっているならこの場から逃げれば良いのだ。空間転移とやらを使いこなせば、ジンから逃げおおせることなど容易いはずである。
(逃げられないのか、逃げない理由があるのか)
ジンは変わらず槌を老人に振るい続けるもの、既にそれは単純作業の様になり、頭では老人への違和感について頭を働かせる。
「どうした若いの。動きが単純になってきたぞ。さすがに疲れて来たか」
「な、ッめんじゃねえ!」
老人の言葉へ咄嗟に反応する様に、再び槌を振るう。危ないところだった。こちらが老人の様子を訝しみ始めたと知れれば、また違うやり方をしてくるかもしれない。あくまでこちらは何も気づかない風を装い、相手の違和感を探らなければ。
(しっかし余裕綽々じゃねえか。こりゃあ逃げられないんじゃ無く、逃げない理由があるってことか………ああ、なるほどね)
こちらが老人の観察に重点を置く様になったことで、老人の様子が客観的に見られる様になる。老人はジンの攻撃を避けることだけに集中していない。どうにも意識の一部が別の物に向いている。それは何か。答えはすぐにわかった。クロガネだ。
(いちいち元の高台に戻ってるのは、そこが一番見晴らしが良いからか!)
ジンは老人へと迫り、槌を振るうと見せかけて、左足を振り上げた。老人を蹴るのでは無く、目つぶしのために槌でなく土を老人へ飛ばしたのだ。
「ぐぬっ!」
漸く老人の嫌がる声が聞こえた。目を瞑る老人目掛けて槌を振り下ろすジンだが、やはり老人は元の位置へ。
「まったく。目はやめんか目は」
クロガネが良く見えなくなる。そういうことだろう。そうしてジンは見逃さなかった。老人が目を瞑った瞬間、公開演習会場を襲う蛇型ゴーレムの動きが鈍くなるのを。
(倒す術はまだわからないが、はっ。邪魔する方法はわかったってわけだ)
ジンは槌を構え直す。老人へ攻撃する事は止めないが、その方法を少し変えよう。そうすることで、意味の無い攻撃が、何がしかの意味を持つはずであるから。
公開演習会場は阿鼻叫喚と表現できるくらいには混乱している。見世物を楽しむ気分の人間が多くいただろうに、会場から新たに現れたゴーレムのせいで、そんな気分も吹き飛んだだろう。
「見世物という意味なら、むしろ相応しい状況になったのにねえ」
会場の主賓席。つまりはクロガネにもっとも近い場所で、ミラナは戦うクロガネの姿を見る。
巨大ゴーレム対巨大ゴーレム。確かに見世物としては最適だ。しかし目の前で見ていれば、瓦礫やゴーレムそのものが何時飛んできてもおかしくは無い。それを危惧して、周囲に座っていた人間はすべて逃げ出しているし、他の観客席も同様だろう。事実、二体のゴーレムが動くことによって、巻き上げられた砂埃がミラナを少しだけ咳き込ませた。
「けほっ………ううーん。もうちょっと慎ましく戦ってほしいけれど、そうもいかないみたいねえ」
ミラナが見る限り、純粋な力で言えばクロガネが上だ。周囲の土を固めて体としている蛇型ゴーレムなどに負けるはずが無い。ただし、どういう機能によるものか、蛇型ゴーレムは体を引き裂かれてもすぐに修復してしまう。
決め手に欠ける戦いであるためか、このまま続けばクロガネの方が不利になるかもしれない。
「でも、それくらいのことを吹き飛ばしてくれなくちゃ。ねえ、カナちゃん。クロガネの力はこんなものじゃあ無いってことを証明して頂戴」
無責任が言い様だが、ミラナにはどうしてもここで何もできないままでいるクロガネを、想像できないのである。それはクロガネへの信仰に近い感情を抱く自分だからこその心情かもしれないが、どうしてもクロガネを動かすカナに期待してしまう。
「暫く付き合って見て、なんだか凄いことをしそうではあるのよね、あの娘」
カナ・マートンを信頼している。そう表現すれば良いのかどうか、ミラナにもわからぬものの、間近で暴れるゴーレム達を見て、少しも慌てる気になれないのは、彼女に期待しているからだった。
「うっ……この!」
何度も体当たりを繰り返してくる蛇型ゴーレム。その度にクロガネが大きく振動し、カナがどうにか食いしばる。そんな戦いを続けているが、クロガネそのものへのダメージは薄い。体当たりをしてきた蛇型ゴーレムに反撃をする余裕もあった。
「けど、すぐに治っちゃうんじゃあ意味が無い!」
蛇型ゴーレムをクロガネが殴り付けると、その部分に穴が空く。蛇の胴体の3分の2を抉る様な穴だ。ほぼ千切れていると言っても良いその穴だが、クロガネが腕を引くと、そこはすぐに埋まってしまう。所詮は土と砂の塊。修復も簡単ということなのか。
「また来る!」
蛇型ゴーレムの動きは酷く単純だ。こちらへ突進し、巻き付こうとする。それをクロガネが反撃して防ぐと、反撃によって壊れた部分を修復しながら距離を置き、再びこちらへと突進してくる。
敵の狙いはいったいなんなのだろう。まだまだクロガネは耐えられる。クロガネに痛手を与えるのが目的か、それとも公開演習を邪魔するつもりか。後者であれば既に成功しているだろう。
(違う! まだクロガネは倒れてない! こいつを倒すことができれば!)
だがどうすれば良いのか。どうやれば蛇型ゴーレムを完全に倒せる?
「何か……何か手は……って、ミラナ様がまだ逃げてない!?」
何か方法が無いものかと周囲を見渡している内に、観客席にまだ残っている女王の姿を見つける。蛇型ゴーレムが出現してから、既に殆どの人間が避難したはずだ。蛇型ゴーレムがクロガネを襲い続け、クロガネがそれを相手にすることを諦めていないのだから、逃げる暇なら十分にあったはずだ。
「なら、逃げないのは意地とかそういう―――またっ!」
蛇型ゴーレムが再びクロガネにぶつかる。今度の振動は今までより大きい。別の事にカナが気を取られていたというのもあるが、そろそろクロガネの体にダメージが蓄積してきたのだろう。この状況も長く続かないかもしれない。
カナは蛇型ゴーレムを掴み、出来るだけ遠くに放り投げようとする。しかしそれなりの重さがあるためか、あまり飛ばない。投げた振動だけでも蛇型ゴーレムは形を崩すが、それもすぐに修復されるだろう。
「ああ! もう! どうしたら良いの! ミラナ様だって逃げずに意地ばっかり! こんな時までクロガネを格好よく動かすなんて無理―――」
逃げぬミラナや倒せぬ蛇型ゴーレムに頭が混乱しそうになる中、ある思い付きがカナの脳裏をよぎる。
もしかしたら、蛇型ゴーレムを倒せる強大な火力を生む事ができるかもしれない。
「でも、できるかどうか不安だし、できたとしても時間が少し掛かる………」
それをするには敵の隙が必要だった。なんども突進を繰り返されてるこの状況ではとてもではないが無理だ。
「とにかく、このまま戦うのが得策なのかな……あれ?」
ふとカナは蛇型ゴーレムを見た。その姿は妙だった。体の修復が終わった様子で、蛇型の体を保っているが、何故かその場を動かず、ただそこで佇んでいるだけになっていた。