第六話 『フライは頭を悩ませる』
クロガネ実働公開演習まであと一日。本来なら準備にあちこち走り回らなければならないもっとも忙しい日であるはずだが、魔奇対室長のフライ・ラッドはその執務室にて、積み上げられた資料を読み続けていた。
「女王陛下が乗り気で、組織間の調整やら会場準備を指揮を率先して行ってくれたのは幸運だったかな?」
管理の仕事を上司に奪われた中間管理職というのは得てして暇なものだ。組織というのがトップからのピラミッド構造であるならば、組織の仕事の大半が底辺にあたる人間が行う。そして構造の上へ向かうに従って、仕事量が減って下の者をどう動かすかという頭を働かせる作業が増えるのだ。そしてそれを別の者に奪われれば、途端に暇となる。勿論、仕事の有る無しに関わらず、仕事をしない人間というのは組織内部のごく潰しとなり、所謂窓際に追いやられてしまうこととなるだろう。
ただし、一応、現在のフライにはまったく仕事が無いというわけでも無く、そちらの方に集中できる結果となっているから、女王の動きに今回は感謝だった。
(なにせ時間が無い。明日になれば事件が起こってしまうのだ。少ない情報で、なんとか対策らしき物を考えねば恰好がつかない)
まさか本当に老人が何がしかをしてくるまで、公開演習を普通に行うという訳にもいくまい。
「まず考えなければならないのは、闇市とやらに現れた老人が本当に町を襲う奇跡に関わっていて、クロガネの公開演習で何かをしでかすかどうかだ……が」
これについては疑いようもあるまい。実際に老人は行動に出ているし、奇跡を起こす道具を持っているのだ。
(いやいや、待て待て。確かに闇市を襲ったのは事実だろうが、そこからこれまで起こったドラゴン襲撃や動く森に結び付けるのはまだ早い。老人は個人で動いている風であるし、その個人があの様なドラゴンや森を作り出せるだろうか? 奇跡とはそういう物と言ってしまえばそれまでだろうが………)
もし本当に個人が奇跡によってそれ程のことができるのなら、その個人の力は、既に人智を越えている。神の領域とすら表現できるかもしれない。
(そういえば老人の正体と目されるカルシナも特定の神を崇拝していたな。まさか自分が神になったというわけでもあるまいに)
老人が神のごとき存在になったとして、それでアイルーツ国に被害を与えるだろうか? かつてあった教団への弾圧。それに対する復讐という理由はもっともらしいものの、超然的力を持った人間がそういう考えに囚われる物なのかと疑問に思う。
(まあ、そこらは個人の主観の話であって、可能性が無いわけでも無いだろう。ただ、やっていることを考えればやはり有り得無さそうだな)
ドラゴンを巨大化させる。植物が自分の意思で動ける様にする。アイルーツ国に直接害を与えるつもりなら、なんとも遠回しな方法である。
(別の目的があり、副次的に国へ損害を与えてしまった。そういうことなのかもしれない。となると、本来それらの事件はどういう意味を持つのか………)
明確に関連性がある事件は今のところ三つ。巨大ドラゴンと動く森。そして闇市での殺人。
「駄目だ。わからん。どれもがチグハグで、興味本位に起こしたとしか………待て? もしやその通りかもしれん」
例えば自分が奇跡を起こせる力を手に入れたとして、どうするだろうか。そこに道徳と言う物が絡まなければ、手当たり次第に力を試してみるのでは無いだろうか。
「老人が起こせる奇跡とやらが多大な物だったとして、それをいきなり制御して使いこなすことなど不可能だ。だから、試してみた?」
ドラゴンを巨大化させたのも、森を動ける様にしたのも、闇市で多くの人間を殺害してみたのも、奇跡の力を試すためだったとしたら。
「次に狙われているのはクロガネだ。クロガネを使って何かを試そうとしている?」
クロガネは体の良い実験体ということだ。老人の性格を分析するフライは、計画的で趣味的という性格へさらに好奇心が強いという点も追加することにした。
「強い力を持ち、頭が働き、尚且つ非合理な事もする。そうして目的は自らの力の実験と。厄介この上ない人間じゃあ―――うん? なんだ。入ってるぞ!」
思考を続ける最中。突然、執務室の扉がノックされた。来客か、もしくはカナかジンか。何にせよ、重要な考えをまとめているところを邪魔されたので、扱いが粗雑になってしまう。
扉の先にいるであろう人物は、恐らく困惑したのだろう。暫くしてから漸く扉が開いた。
「失礼しますよ、フライ室長。以前会った時とは随分と雰囲気が違う様ですが………」
扉を開けたのは意外な人物だった。国防騎士団特殊事案処理小隊の小隊長、ミハエル・アーバイン。気障な金色の長髪で、顔には貼り付けた様な笑みを浮かべている。これが整った顔立ち装備されているのだから、若い女には想像もできぬ程にモテているのだろう。一方で中年男のフライにとっては、見た目だけでも若さと才気を感じさせられて不快になってしまう。同年代かそれ以下の年齢であるところのジンを見て同じ感想を持たないのは、どうしてだろうか。
「おっと。こちらこそ失礼をしてしまった様で。少し仕事に追われていて、礼儀を忘れてしまった」
内心でどう思おうと、外面を保つのが大人と言う物だ。特に年齢が下の人間を相手にする場合、取り繕った外面こそが威厳と呼ばれるのだから。
「忙しいと……ああ、噂になっていますよ。何やら厄介な事件を追っているそうですね」
「厄介な? はて、どれのことを言っているのか」
フライは机に散らばった書類を見る動作をする。それらはすべて謎の老人について分析するための資料であり、どれのことなどという言葉で表現する物では無いのだが、ここは見栄だ。幾つもの仕事を抱えている姿を見せなければ、組織の長として面目が立たない。
(それにこっちの動揺を探られんようにしないとなあ。まさか、うちが独自に追っていると思っていた謎の老人についての事件が漏れていようとは)
ミハエルが話す厄介な事件とは、それ以外に無いだろう。魔奇対が独自に掴み、他の組織に漏らさず調査を続けているのだが、ミハエルはそれをどこで聞きつけたのだろう。まずはそれを探らねば。
「下水道奥にある大空洞。魔奇対の方もそれを調査の起点にして動いているのでしょう?」
なんだそれのことかとフライは拍子抜けする。地下の大空洞のことなら特事も知っているはずだ。なにせ、そこを部下が発見した時には、特事の隊員も同行していたのだから。
「あんなものが町の下に見つかった以上、興味を持つなというのが難しいな。お互い、そういった不可思議な物に関わる仕事している手前」
「ははは。違いない。実を言えばあの大空洞について、私達は特別な情報を得られていないのですよ。一方でそちらは何か明確な方針を持って動いているそうで、それがなんなのかを探りに来たのです」
本音を隠さずに話す振り。ミハエルの言葉をそう受け取ったフライ。ミハエルは図々しくも、魔奇対から組織独自の情報を聞き出しに来たと話している。こういう話に対して、普通なら怒りか門前払いで答えるのだが、まさか若くして一組織を管理する人間が、そんなことはしないだろうとの勘がフライにも働く。
相手はこちらを怒らせて、その出方を見ることが目的かもしれない。顔を真っ赤にしていれば、こちらが何か特別な情報を持っているとバラしている様な物だ。
では、ミハエルの言葉にどう対応すべきか。フライは数瞬の内に考え出した。
「見返りは何かな?」
「は?」
困惑の声を上げるミハエルを見て、上手く言葉を返せたと、フライは心の中で自分を褒めたくなった。
そもそも組織の長が相手組織に直接足を運んでいるのだ。何かしらの確信があって、魔奇対から情報を聞き出しに来たに違いない。であるならば、すべてを隠す必要は無い。ミハエル自身がまだ手に入っていない情報があるとわかっている以上、ここで隠したところで、何時かはこちらが持つ情報と同じ物を手に入れるだろう。
ならば、むしろ魔奇対だけが持つ情報を餌にして、特事だけが持つ情報を手に入れることこそがもっとも得策だとフライは考える。勿論、何から何まですべてを明かすつもりなど毛頭ないが。
「まさか、こちらにとって何の得も無いのに、こちらが持つ情報を無条件で渡せなどとは言わんだろう? お互い組織としては上下関係も何も無いのだし」
こちらの言葉を聞いて、ミハエルの目が一瞬だけ鋭くなるのを見逃さない。自分が相手の言葉一言一言に考えを巡らせるのと同様に、ミハエルも頭を働かせているに違いない。その一瞬で、こちらへの対処をどうするか決めているのだ。
「見返り……と言えるのかどうかですが、特事は確か西にあるブッグパレス山に興味があるとか。それを―――」
「いらんな」
ミハエルの言葉を遮る。そして内心で嘆息する。考えを巡らせた結果がそんな話か。これでは相手の評価を下げることになりそうだ。
「もう既に知っていると思っていたがね。近々我々にもブッグパレス山の調査許可が下りる。そちらが山で手に入れた情報と同様の物が交渉なんぞせんでも手に入るということだよ。そんな情報を渡されても、こっちの得にはならない」
もっと、こちらの興味を惹く話題ならこう返すことはできなかっただろう。相手がもしフライに嫌がらせをしたければ、真偽が不確かで、それでいて、魔奇対が手に入り難そうな情報を提示すれば良かったのだ。それだけでこちらを悩ませることができたはずだ。
「ならば話はここまでです。あなた方が欲しがる見返りとやらがさっぱりだ。私には考え付きませんよ」
事態が少しでも想定外なら、話をすぐに切り上げる。ミハエルの行動は確かに正しい。だがこの場の空気はこちらが優勢。ここで彼を逃がすのは少々惜しい。
「カルシナ教………名前は勿論知っていると思うが」
「………それが、何か?」
「持っているのだろう? ブッグパレス山で何がしかの新情報を手に入れたはずだ。先ほども言った通りそれは別にいらない。ただし、その後、君らはカルシナ教について調べたはずだ。その資料を幾らか融通してくれないか?」
「それこそ調べればわかる情報ですが」
「その調べる時間を節約したくてね。何せうちは人手が少ない」
勿論、ただそれだけの理由で資料を寄越せと言ったのではない。恐らくその資料は特事が作った物になるはずだ。それを手に入れられれば、資料内容から特事の性格と言う物を読み解くことができる。組織で作成した資料というのは、その組織の特色が良く出る物だから。
「わかりました。それで手を打ちましょう。それで、あなた方が追っている事件ですが……こちらが資料を用意した後で話して頂けるのですか?」
「まさか、そこまで傲慢で無いよ。ここで話そう」
口約束とは言え、ここでのやり取りを反故にする相手でもあるまい。ミハエルは外面を気にするタイプと見た。こういった取引でも、いちいち恰好を付けたがるはずだから、絶対にカルシナ教の資料を渡してくる。フライはそう確信していた。
「なるほど。闇市で集団殺人事件があったというのは知っていましたが、まさかあなた方がそれを追っていたとは。どうせ裏社会での事件だから、そういう事を担当する部署の仕事だろうと考えて、見逃していましたよ。しかし、あなた方はそうでは無い」
闇市で起こった殺人事件についての情報を、幾らかミハエルに話した結果、彼は本当に感心したかの様に頷く。それが本心からの行動か、演技による物かはフライにもわからない。
「今まで起こった大規模な奇跡と無関係では無さそうだとは言って置くよ。だから調べている」
「なるほど。しかし、その闇市では下手人らしき人物を見掛けませんでしたか? 聞く限り、事件は奇跡による物で無く人間が行なった様に思える。この事件が今までの奇跡に関わる物であるならば、その原因に思わぬ形で接近したことになりますが………」
「さあ、どうだったかな。直接事件を見たのは部下の一人で」
謎の老人についてははぐらかしたままだ。すべてをまるまる教えるつもりは無い。もし闇市の殺人事件について調べるのなら、すぐに分かる話ではあるが。
「そうですか………。しかし竜骨を売る闇市ということは、犯人の目的は竜骨にあったのでしょうね」
「恐らくは。単なる快楽殺人という可能性も捨てきれないが、十中八九は竜骨を狙った犯行と考えて間違いが無い」
問題はその竜骨を何に使うかだ。それで一儲けを考える相手では無いだろう。というか、闇市に居た人間すべてを殺しておいて、その場にあった竜骨を金銭に変えるだけというのは、割に合わない行動だ。
「竜骨をいったい何に利用するのやら。私にはまったくわかりませんよ……いや、待てよ」
何やら考えを始めるミハエル。これも何かの振りだろうか。
「何か心当たりでも?」
「関係あるかどうかは知りませんが、以前、竜骨を媒介にして魔法を行使する魔法使いが居たのを思い出しましてね。覚えているのは、その魔法使いが違法行為をし、それに対処したのが我々だからなのですが………」
なんとまあ思わぬ隠し玉を持っていたものだ。ミハエルはこちらが渡した少ない情報の中で、こっちが求めそうな情報を自分の頭の中から引き出したのである。
(どうする? 詳しく話を聞きたいと言えば、今度は向こうから対価を払えと言ってくるだろう。そうなれば、こちらとしては謎の老人についての情報を渡すことになってしまう。魔奇対が持つ特事への優位性が無くなるわけだが……竜骨に関しては、それでも手に入れなければならない情報だろうか?)
これは賭けだ。聞き出したのが役に立たぬ情報であればこちらの負け。だがもし有用な情報であれば、公開演習当日に老人が何をするつもりなのかが予測できるかもしれない。
(あまり悩む素振りを見せるのも癪だ。こういうのは直感で決めるべきだろうな)
フライは賭けに乗ることにした。幾ら手持ちの情報を隠して自分達を優位にしようとも、明日の公演で大きな失敗を仕出かしたらそこで終わりだ。一方で老人への対策が十分に行えるのであれば、老人自身を捕えることができるかもしれない。
「その竜骨が関わった過去の事件とやらの、捜査資料はまだ持っている?」
「ええ。部下に探させればすぐに見つかると思いますよ。何なら今日中にでも」
なるほど。早急に用意できなければ、その情報には価値が無いとミハエルは判断している。こちらとしても、なんとか明日までには欲しいと考えていた手前、そこを見抜かれたか。
「………そういうことを頼むのは失礼かと思うが、過去にあった事件の情報を、幾らか融通してはくれないか?」
自分がこう言えば、今度はミハエルが対価を要求してくるだろう。そこで老人の情報を渡して話は終了とフライは予想していた。しかしミハエルの口から出たのはその予想から外れた言葉であった。
「ええこちらとしても、もう用は無い情報です。貸し出し程度なら幾らでも」
「何?」
一体ミハエルは何を考えているのか、情報を無償で渡すと言い出した。これはフライの勝手な決めつけであるが、ミハエルという男は何の対価も無しに有益な物を渡してくる人間では無い。
「何か……問題でもあるのですか?」
こちらが訝しむ意味がわからないと、困惑の表情を浮かべるミハエル。これで決まった。この男は演技上手だ。素面でそんな振りができるのなら、演劇の役者にでもなったらどうだろうか。
だが、フライだって負けてはいられない。
「いいや。問題も何も無いよ。情報の提供、感謝する。できれば早くその資料を貰いたいのだが、私が直接特事の事務所に足を運んでも良いかね? うちは秘書も碌にいない組織だ。早く何かを手に入れようとするなら、自分の足で動くしかない」
相手の思惑がどうであろうと、貰える物は貰って置く。ミハエルのことを怪しんでいる風には見せずに話を進める。
タダより怖い物は無いなどと言う言葉があるが、それは少し違うだろう。タダで手に入る物には必ず裏があるのだから、その裏を探ろうとする姿勢さえ維持すれば、それは本当に有益な物となるはずだ。
「これ、本当に信用できるんですか? 室長」
日が落ちるが、まだ明かりが灯るクロガネ整備用テント内。明日の準備のために、整備班がまだ忙しなく動き回る中。クロガネの警護をしていたジンだったが、そこに上司であるフライがやってきた。
彼は明日、老人を捕まえるつもりなら、必要になるだろうとある資料を渡してきた。資料は数年前に内密で処理されたとされるとある事件について書かれており、そしてその事件を担当したのが現国防騎士団の特事であることも同様に記されている。資料自体も、特事が作った物だろう。
「何も無いよりはマシと言ったところだろう。中身が嘘であったとしても、調べる時間が無かった」
何をどうやったのか知らぬが、ジンの上司は、目下のところライバル関係にある特事から、彼らが扱った事件の資料を借り受けたそうだ。いったいどういう手を使ったか知らないが、まあ、フライ室長ならそれくらいするだろうとジンは納得した。
「内容については、なんというか俺達にとって都合が良いから、尚更怪しいと思いますけどねえ」
資料の中身は、ある魔法使いが竜骨を手に入れ、それを使用して地域住民に被害を与えたという事件についてだ。
発端は国が竜骨を材料にした魔法実験を行った事から始まる。その実験の最中に、一部の魔法使いが独断で実験を先行した結果、実験場周囲の環境に害が出たというのが真相らしい。
もしもっとも責任があるとしたら、そんな実験を許した国側なのだろうが、自らの間違いを認めたがらぬのが国という物で、失敗自体は勝手に実験を先行した魔法使いに全責任を被せることにした。
そうなって黙っていないのが責任を背負わされた魔法使いだ。本人が出した被害とは言え、まさか黙っているわけも無く、実験によって得た成果を使って反抗することになった。
結果だけ言えば、魔法使いは反抗空しく特事に捕えられ、秘密裡に処刑されることとなる。
そういう事件の中でジン達が役立てる情報とは、竜骨による魔法実験についてだ。
「竜骨の中でも金属光沢を放つ背骨部分は、魔力を増幅する性質を持っているそうだな。貴金属や宝石なんかもそういう性質を持っているから、そう不思議なことでは無いらしいが」
ドラゴンがブレスと呼ばれる特殊な息を吐けるのは、その光沢のある竜骨のおかげらしい。その骨で自らの魔力を増幅し、口元で魔法に変える。そんな竜骨を使った魔法実験とは、骨がどれ程の魔力増幅機能があるかの見極めだった。
「性質がわかれば、それを使ってどれだけ有益な事ができるかと考える物だ。結果、様々なデータが取られ、竜骨の効率的な使い方が判明することになった」
「その効率的な使い方とやらが、魔法使いの暴走に繋がったってことですか?」
「まあ、その通りだ。金属光沢を持つ竜骨は、どれだけ細切れにしても、その魔力を増幅するという性質を失わない。だから、粉末状にして使うのが良いという結論に達したが、処刑された魔法使いは、無断でさらなる一歩に踏み込もうとした。結果は資料にある通り、近隣に住む人間にまで被害が出る惨事となったわけだ」
資料にはどういう状況になったのか克明に書かれている。これが真実だとしたら、謎の老人とやらも、暴走した魔法使いと同じ行動を取るだろうと予測できる。
「当日にあの爺さんがどこに現れるかもある程度絞り込めるわけですけど、やっぱり都合が良すぎませんか?」
「私もそう思う。そもそもこの資料を手に入れた過程からして怪しいと考えているが、他に役に立ちそうな物も無いのだし、頼ってみるしか無いだろう。それに、これだけは確認できたことだが、あの闇市では確かに背骨部分の竜骨が残されていなかったらしい。最初から、そんな物を販売していなかったとも考えられるが………」
間違いなくあの老人が盗んだのだ。それが目的であの闇市を潰した。
「怪しいと分かっていても、やってみる以外に選択肢が無さそうってことですね。わかりました。明日はこの資料を手掛かりにあの爺さんを見つけ出してみますよ」
「頼む。できれば、マートン君には余計な心配をせず、クロガネの操縦のみに集中して貰いたいのだ」
フライ室長の一番の心配はそこなのだろう。老人の介入が有ろうと無かろうと、公演の成功をカナに掛かっている。ただでさえ扱い難い装備で行う公演だそうだから、さらに別の邪魔が入る事態は避けたいはずだ。
「やれるだけのことはしますよ。あの爺さんとは幾らか因縁が出来ちまった」
それだけ言うと、フライ室長は納得してくれたらしい。満足とまでは行かないだろうが、今できることはもう既に全部したと本人も理解しているのだろう。
クロガネの公開演習はもう明日だ。夜が明ければ、どうしたって始まるのである。