第三話 『カナは訓練中』
クロガネの公開演習まであと4日と言った頃。カナはクロガネの調整と並行して、クロガネという巨大ゴーレムそのものについてを学んでいた。
それを行うのはあくまで整備用テント内部であるものの、調整を行うためのクロガネ胸部の空室では無く、テントの床に用意した簡易的な椅子と机を使っての事だった。
「つまり、巨大ゴーレムと言っても、その内部の機構は驚くほど簡易にできているってわけだ。今の研究や技術なら、もっと複雑で応用性のあるゴーレムを作れるんだが、それをこれだけ巨大にしようとするのは難しい。だから………お嬢ちゃん、聞いてるかい?」
クロガネの説明をしているのは整備班長のワーグであり、聞くのはカナだ。教師と生徒の様な気分であるとカナは感じており、魔法学校に通っていた頃を思い出しそうになったが、それもすぐに違う感情によって押し流されてしまう。有り体に言えば気が散って集中できないという状況だ。
「一応……聞いてはいるんですけど、ちょっと………」
カナは自分が座る椅子の隣を見る。
「気持ちはわかるが、演習まで時間が無いんだ。お嬢ちゃんには悪いが、クロガネに使用されている魔法的、構造的技術の基礎くらいを学んで貰う必要がだな……うん」
どうやらワーグもやり難そうにしている。その理由がカナの隣にあった。
「ワーグ整備班長の言う通りよ、カナちゃん。もっと真剣にお勉強をしなさいな」
「できればそうしたいんですけどねえ」
カナは自分の隣に、同じく椅子に座る金髪の女性を見る。誰かと聞かれればこの国の女王様だと答える。ミラナ・アイルーツという女性が、何故かカナの隣に座り、カナと同じ様にワーグの説明を聞いているのだった。
「って言うか女王陛下はどうしてここにいるんです? お姫様ってそんなに暇なんですか?」
かなり失礼な事を聞いているカナだが、ミラナは3日程前からずっとこのテントに入り浸っているため、彼女に対する緊張も無くなる。
「あらあらあら。できればミラナ様って名前で呼んで欲しいわ。なんだかそっちの方が気安いでしょう?」
「そう言う話をしているのでは無く………」
ミラナはずっとこの調子だ。何故ここにいるのかと尋ねて、それをはぐらかす。
「勿論、わたくしだって暇じゃあ無いのよ? ただ、このテントに来るのも仕事の内ってだけ」
「それはどういう」
「クロガネがどれだけ凄い存在かを学ぶ仕事! 素晴らしいと思わない? あの巨大な体で、ハイジャングの待ちを守ってくれる。飾りじゃあ無く、本当に動いて」
ミラナはテント内のどこからでも見えるクロガネの体を見ていた。疑いようの無い輝く目でクロガネを見る姿は、彼女がクロガネに対して並々ならぬ感情を持っているであろうことは伺い知れた。
「そんなにクロガネが好きなんですか?」
「ちょっと違うわね。クロガネも好きだけど、そこに込められた思いに感動しているの。そうね、ちゃあんとクロガネについて学んでくれたら、詳しい話を教えてあげる」
別に聞きたくも無いのだが、女王陛下の提案を断るわけにもいかぬ。カナは再びワーグの方を向いて、彼の説明か講義かわからぬ話を聞く体勢に戻った。
「それで、結局、この説明を聞く事でクロガネ公演にどれだけの影響があるんでしょうか?」
クロガネを学ぶ事は無駄ではないとカナ自身も考えている。自分が動かすゴーレムの事を知らずにいったい何を動かせと言うのか。
ただ、公演までは時間があまりない。実際に1号装備をクロガネに装着しての練習は一度きりしか行えないため、できればクロガネを学ぶ明確な理由が欲しいところだったのだ。
「基本的な知識さえ学べば、クロガネを動かす際の応用が効く様になるんだ。普通に動かすってのは俺達整備班にとっても理想だが、戦う相手が妙な怪獣や奇跡なわけだから、少々の無茶をする必要だって出てくるだろうさ。クロガネでその無茶をするなら、それを行うための知識が必要になる」
つまりはクロガネを動かす際の裏技を考えろということだろう。魔力をクロガネに通して、その手足を動かす。それだけで無く、もっとおかしな動きをさせられれば、危機的状況で思わぬ戦果を上げられるかもということだ。
「わかる話なんですけど、あくまで公演のための説明なら、むしろ無茶な動きをするための知識は必要無いんじゃあ………」
「手に持った武器が折れない様に注意することや、背中のマントが手足に絡まぬ様に気を配るってのは、無茶な動かし方だとは思わないのか?」
「ああ……そういう」
1号装備自体が無茶な装備だから、動かす側もそれに慣れる必要がある。ワーグは遠回しにそう伝えていた。
クロガネに対して妙な憧れを持っているらしいミラナ女王を前にしての言葉とは思えないが、聞いた彼女は我が意を得たりと首を頷けるだけだった。
「そう。その通りね。見栄えは大事だし、見栄えを良くするために全力を尽くすのはもっと大事。カナちゃんには頑張って貰わないと」
「クロガネをできるだけ壊さない様に頑張るつもりですけどね………」
「それとなんだが、一つの案としてクロガネの全身を通っている魔力流通路の抑止弁を幾つか外せないものかと考えている」
どうやらまた聞かなければならない話が増えた様子。ワーグはカナが良くわからない単語を交えて話をしてきた。
「抑止弁ってなんです? 魔力流通路に関してはなんと無くわかりますけど」
魔力流通路という字面からして、恐らくはクロガネの四肢の先まで魔力を通し、その魔力でクロガネを動かす物だろう。そうして魔力の源となるのがカナであるから、カナにとっても無関係ではあるまい。
「魔力流通路がクロガネに魔力を通す機関だとすれば、抑止弁は魔力の流通を妨げる部品だな。クロガネは体を構成している部品に大小あるから、流す魔力量も適度に調整する必要があって、それを補助するのが抑止弁だと思ってくれて良い」
それを外すと言うことは、クロガネの動かし方がより難しくなるということではないだろうか。
「抑止弁を外すことで、何か変わった効果があるんでしょうか?」
「基本的にメリットは無いんだが、過剰に流された魔力が光を放つんだよ。こう、クロガネの至るところから青い光が」
魔法として発現しないままの過剰な魔力は、光を放って消滅する。抑止弁を外したクロガネが光を放つ原因はそれだろう。
「それはなんというか……間抜けな感じですよね?」
「いや、意外と綺麗なんだよな。こう、クロガネの全身がキラキラと光って。勿論、動作補助の部品を外せば、お嬢ちゃんの負担が増えることになるんだが」
それは少し考えたい話だ。クロガネを全力で動かすと、2,3日ほど頭痛や倦怠感がカナを襲う事がある。クロガネを動かすのに必要となる魔力は生半可な物で無いため、魔力の過大使用の副作用というところだ。
ある程度の余裕を持って動かすならそうでも無いのだが、今回は厄介な装備をした上で、さらに補助部品を外すとなれば、後が怖かった。
「ううーん。やってみないことにはわかりませんけど………」
「クロガネに流す魔力量自体は変わらないはずだ。ただ、少し動かしにくくなるだけで」
それはそれで問題だろう。今回の公演ではクロガネの動きが重要になるのだから。
「あら、やってみましょうよ。光るゴーレムなんて、人の目を惹けるわ」
派手好きそうなミラナ女王のことだから、こう発言するのは薄々わかっていた。
「でも、公演を成功させなければそもそも意味が無いじゃないですか。動かしにくいクロガネで私が大失態を演じれば、どうなるんです?」
「それは勿論、あなたの上司の首を挿げ替えることになるわね。でもそれだけよ。カナちゃんはクロガネを動かすのに必要不可欠な人材だから、どうとなることは無いもの」
そう言われても、室長の首が飛ぶという時点でどうとなることだと思ってしまう。しかし、自分の立場が安泰だと思うのなら、それなりの挑戦をするべきなのではとも考える。
「どうすれば………。私の一存で決めるわけには行きませんし」
「練習をすれば出来るかもしれないとは思うのよね?」
「まあ、はい」
クロガネの動作にどれだけの変化があるかはわからぬものの、ワーグが提案した物であるため、それほど酷くはなるまい。であれば、カナでも一応は動かせる程度で済むだろうとは思う。
「なら、わたくしの一存で決めるわ。やりましょう」
「ええ?」
女王の決定は絶対だろう。文句や愚痴を言える気安さはあるものの、彼女はこの国の絶対的な女王であり、その決定をカナが覆すことはできないのだから。
「でも、抑止弁を外して魔力を通すだけなら何時でもできそうですから、一度試した後に正式決定したら良いんじゃないですか? 光ると言っても、本当に綺麗かどうかわからないわけで」
「一応、俺が見る限りでは結構な物だったがなあ。まあ、俺が見たときは実験的に何人か魔法使いを雇ってのことだったが」
クロガネの完成後に抑止弁を外したことは無いらしい。なんとも不安になる話だが、巨大ゴーレムとして色々試さなければならないのが、クロガネという存在なのだろう。
その後はクロガネについて基礎知識をワーグから一通り聞き、それをまとめた資料をカナが読み解くことを続けた。魔法学校に通っていたカナとしては、そういう作業は得意である。巨大ゴーレムの構造を知る勉強は、魔法を学ぶ事と無関係では無いのだ。
それらが終わった後は、試しに抑止弁を外した状態でクロガネに魔力を通す実験を開始する。
そろそろ休みたい頃合いだとカナは考えていたが、これが今日最後の作業と聞かされれば、途中で放り出すわけにも行くまい。なにせカナの作業が終わった後も、整備班はクロガネの調整を続けるのだから。
「さてと。そろそろ日が落ちて暗くなる頃だし、もしクロガネが光るのなら、綺麗に光りそうだよね」
クロガネの胸部に存在する魔力を流すための杖を握りながら、カナは目の前に映るクロガネの視界を見ていた。
テント内部は明かりが灯されているが、それでも昼間程には明るくない。それがどう変化するのか、カナは少し試してみたくなった。
「準備は……うん。できたみたい」
視界に映るワーグが両手を振っている。始めてくれの合図だ。
「流す魔力自体は何時も通りで良いんだよね。こうかな…………うわあ」
カナが杖へと魔力を流すと、カナの全身に倦怠感が広がると同時に、クロガネへと魔力が流れ出す。気分の良い状態では無いが、もう既に慣れた物であるため、余所に気をやることができた。
クロガネの視界には暫く変化は無かったが、クロガネの隅々にまで魔力が行き渡った瞬間、周囲が青色に輝きだした。
「凄い。確かにちょっと綺麗かも」
青い光は魔力の光だ。魔法を使うカナには見慣れた色の光なのだが、それでもクロガネの全身から光るそれは、規模の大きさからなかなか美しく見えた。
「ちょっと光ってて視界が悪くなるけど、気にする程の物じゃあ無い。魔力を流す事自体は何時もと変わらず。でも、クロガネを動かすための補助部品を外しているから、動かした時の感覚は違うのかな。試してみよう」
カナはクロガネの右腕を動かして見る。と言っても、現在のクロガネは四肢が歯車であるため、その歯車を回すだけなのだが。
「よしっと。うーん。ちょっと動きが鈍い様な………」
クロガネの頭部を回し、右腕部分に装着されている歯車の回転を見た。何時も通りの感覚で、何時もより回転が遅く思える。これが実際の右腕だったのなら、カナが動かそうとする意思に比べて、右腕の動きがワンテンポ遅れる形になるのだろうか。
「でも、観客に見せる程度の決められた動きならなんとかなるかも」
これが本当の戦闘なら致命的な物となるが、今回は別に何かと戦うわけでは無いのだ。クロガネの力を喧伝し、その姿を皆の記憶に植え付けるのがその仕事だった。どうせなら派手に行こう。
「って、何考えてるんだろう私。ちょっとミラナ様に影響されちゃったのかなあ………」
ただ、クロガネが見世物になると言うのなら、いっそその方向で突き抜けてしまえとも思ってしまう。そのためにはこの光るクロガネというのは悪くは無いだろう。
(あとは私の練習次第ってところかな。クロガネの機構を学べば、この光を使って面白いことができるかもしれないし。例えば………あ、そうだ。これだけ魔力が無駄に放出されてるってことは、もしかしたら)
それはちょっとした思い付きだった。そういうことができるのでは無いかという思い付きと、少しだけ試してみようという茶目っ気。その二つがカナの心中で合わさった結果、クロガネ整備用テントに大きな衝撃を走らせることとなった。
比喩で無く物理的に。
吹き飛んだテントを見て、カナはどうしてこうなったのだろうと考えていた。既に外は夜も夜であり、闇の中で崩れたテントというのは何やらもの悲しさを感じさせる。
きっと何か不運が重なったのだ。でなければこの様な状況にならないはず。神様かそれか何か超常的な存在が、気まぐれに人間へ罰を与える。そんな感じだ。
だがこうも考えられないだろうか。今ここで不運に襲われたということは、将来的には帳尻を合わせるために幸運がやってくるはずだと。
「兎にも角にもこれは仕様が無い出来事だったってことなんじゃあないかと」
「お嬢ちゃん。正直に言いな。魔法を使っただろう?」
カナと同じく潰れたテントを見て黄昏れていたワーグが、カナの言葉に反応する。
「………いや、その。ちょっと面白いことができるのは無いかなと思って、ほんの少しだけなら大丈夫だろうと試してみたら………」
結果的に起こった事はどういう物かと言えば、クロガネの右腕部に装着されていた巨大な歯車がクロガネから外れ、テント内部を跳ねまわったのだ。
跳ねまわる歯車は相応の質量があり、テント自体をボロボロにする結果となった。
「……奇跡的に怪我人も出なかったから良かったものの。頼むからそういう試みはこっちに相談してからやってくれ」
「も、猛省しています」
想像以上の結果だった。まさかこんなことになるとは思いも寄らない。抑止弁という本来の部品を外した結果、思わぬ弊害が出たということだろうか。
心配の種はもう一つある。事故が起こった時のテント内部には、ミラナ女王がまだ居たのだ。
怪我人が出なかった以上、女王も無傷ではあるが、彼女の目の前で事故が起こったことは変わり無い。運が悪ければ彼女の命が失われていたかもしれないというのだから、もしかしたらカナになんらかの重い罰が下されるかも。
恐る恐るミラナ女王が立つ方向を見る。彼女もカナのすぐ近くに立っていた。というより、テント内部にいた人間すべてが、潰れたテントを茫然と見ている状況だ。
どんな表情をしているだろうか。怒り? それとも悲しみ? しかし実際に浮かべていた表情は笑顔だった。それも人を追い詰める様な威圧感のあるそれで無く、純粋に喜んでいる様な。何故だろうか。
「凄い! 凄いわ! まさかあの子がここまでの力を持っていたなんて!」
あの子とはクロガネの事だろうか。どうやら擬人化するくらいにクロガネに入れ込んでいる様子だが。
「歯車を飛ばすのがそんなに凄いんですか? どう見ても欠陥にしか思えないというか………」
「私の目が節穴だとでも思っているのかしら。カナちゃん。あなた、もしかしなくても、クロガネに乗ったまま魔法を使おうとしたのよね?」
「え、ええ。まあ、さっきそう説明しましたけど?」
抑止弁を外してクロガネに魔力を通せば、パーツ毎に過剰供給された魔力が魔力光を放ち青く輝く。それは良いが、ふとその光を見てカナは考えてみたのだ。
(余った魔力を魔法に変換したら、クロガネに魔法を使わせる事ができるんじゃないかなって………まさかこうなるとはなあ)
使った魔法は、カナが得意とする魔力で物資を動かす魔法だ。クロガネを通してどれだけの魔法が使えるだろうという試みで、その効果も最小限に抑えたつもりだったのだが、まさか片腕にあたる歯車がクロガネから外れて、テント中を跳ねまわるとは予想できなかった。
「つまりはあなたの魔法が、クロガネの大きさに合わせて強大化したとは思わない? あなたはちょっとした魔法のつもりだったのに、巨大な歯車を飛ばすことになったのはそれが理由」
「要するにクロガネ自体が搭乗者の魔法を強化する力を持っているということですかな。それが抑止弁を外したことで発揮されたと」
想定外の出来事に一番驚いているのはワーグであるらしい。彼はそんな機能をどうやって整備しろってんだと愚痴を零している。
「面白い機能だと思うのだけれど。そうだ、カナちゃんの調子はどう? クロガネを通して魔法を使うなんて、体に不調が出ていたら大変よ?」
どうやら女王はクロガネが魔法を使う機能を、正式な物としたい様子。だからそれを行うカナが体調を崩すとなると実用性が無くなると考えているのかもしれない。
「ちょっと体が怠いですけど、まあ問題ありません」
魔力を使い過ぎた際に起こる精神的な気怠さを感じているものの、それは普通にクロガネを動かした時も感じる物だ。
「なら、ちゃんと使えるということよね?」
「でも、少しだけ使おうとしただけで歯車が飛んじゃうってことは、制御にすごく集中力がいるってことになりますよ? 練習だって繰り返して、漸く実用できるんじゃあ無いでしょうか」
魔法の練習というものもそうだ。魔力を放出できる様になったとしても、それを魔法として調整し、十二分に使える様になるためには訓練が必要だった。
(クロガネに魔力を通すということは、クロガネという大きくて新しい体を持ったってことなんだよね。その状態で魔法を使うのなら、一から魔法を使う訓練をする必要があると思うんだけど)
すぐさまどうこうできる機能では無いとカナは考える。そうなると公演には間に合わないだろう。
「今回は普通に公開演習を行うということで良いってことでしょうな。またこういう事故が起これば洒落にならない」
さすがに民衆の目の前でこの様な事故は起こせないだろう。なら、抑止弁を外さず、1号装備だけをクロガネに装着して演習を行うのが今後の予定となる。
「もったいないわねえ。どうにかならないものかしら」
諦めきれない様子のミラナ女王。
「クロガネの魔法については諦めた方が宜しいでしょう。ただ、そうだ、右腕から先の抑止弁だけは外すという方法もありますが」
「それだって危なくありません?」
ワーグの提案を危険では無いかと尋ねてみる。なにせさっきテントを壊したばかりであるし。
「とは言え、危険性云々を考え続ければ最終的にクロガネを動かさない方が良いなんて結論に至っちまうからな。どれだけリスクを受け入れるかだ。右腕の抑止弁だけ外して、手に持った剣を光らせるくらいなら、比較的安全にできそうじゃあないか?」
ワーグがそう言うのであれば、そういう方向で進めるべきなのかもしれない。この場においてクロガネのことをもっとも知っているのは彼であるから。
「剣が光る。それも良いわね。なまくら張りぼての剣でも見栄えは良くなくちゃ」
ミラナ女王も乗り気だ。こうなってはカナが何を言っても無駄だろう。しかしそれでも口に出さなければならないことがある。
「なにはともあれ、テント、そろそろ直しましょうか」
カナは壊れたままのテントを見た。誰も直さない以上、いつまで経っても壊れたままであり、明日もずっとこのままと言うわけにはいかない。
「まーた仕事が増えるなあ。時間も無いってのに、厄介なことで」
そう言いつつもワーグは他の整備士達に指示を出してくる。カナも何か手伝おうとしたのだが、ワーグの手に止められる。
「お嬢ちゃんは明日の仕事のために休んでいてくれや。倒れられて一番困るのがお嬢ちゃんなんだ」
「そうですか………」
非常に申し訳ない。事故を起こした原因がカナにあるのだし。
「わたくしは? わたくしはどうすれば良いのかしら」
場の空気を読まずに騒ぐミラナ女王。
「姫様は……好きにしていてください」
「分かったわ!」
そう言うと女王はその場で整備班を見物することにしたらしい。さすがのワーグも、ミラナ女王に強く指示を出すのは不可能だった様だ。この強気は、カナも見習うべき部分があるのかもしれない。