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黒金  作者: きーち
第三章 地下深くを進むもの
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第五話 『進むべき道を探れ』

 魔奇対室長のフライ・ラッドは、最近増えてきた白髪を気にしながら、国防騎士団の本部へと顔を出していた。

 部下が身を張って仕事をしている以上、自分も何がしかの行動をしておいた方が良いだろうとの考えからである。

 目的は一つ。自分達にとって厄介な敵である『特事』に、組織の長として会いに来たのだ。

 しかし、なかなか目的を達成できない状況が続いている。それがどういう物かと言えば、本部の応接室に案内された後、ずっと待たされると言った具合だ。

「出し渋っていると言うわけかね?」

 フライは目の前の男に尋ねる。応接室で『特事』を待っているのはフライだけでは無かった。彼の知り合いであり、国防騎士団内部ではそれなりの地位にある師団長のダストと言う男が、目の前の椅子に座っている。

「いや、俺も何時あいつらが来るが不安でな」

 ダストは冷や汗を掻きながら答えてくる。その姿は自分と近い年齢ながら、自分よりも若く見える。騎士団内で体を鍛えているからだろうか。

 彼の仕草からは嘘が見えない。つまりは彼も『特事』が来るのをじれったく待っている身と言うことだ。もしくは単に嘘が上手いかである。

「まさか、『特事』がお前の師団の下部組織だとは思ってもみなかったよ」

 ダストがここに居る理由は、フライと親しいと言うだけでなく、これから会う予定になっている『特事』の上司にあたる人物だったからだ。

「俺の下の下だ。直接は関わっていないさ。ここだけの話、指示も出せない。厄介な組織を押しつけられた物だよ」

 ダストは自分の額を人差し指で押さえつけている。ダストは姓を持たない。つまりは平民の中でも本来は身分の低い立場なのだ。それが国防騎士団内部で地位のある立場に立っているというのは、本人の実力がかなりの物だと言う事の証明である。一方で組織内部での軋轢も同様に存在している。

「認可前は、どこか別の組織が運営していたと言うことか?」

 『特事』は国防騎士団内部の指示系統に収まっていないと言うことだ。

「貴族のアーバイン家を知っているだろう? 王家とも繋がりが深い。あそこの出資で動いていたらしい」

 アーバイン家とは、何代か前に王家から分離した貴族である。王家と言っても、無限の資産を持っているわけでは無いから、家が繁栄し、王家に含まれる人間が多くなれば、その幾つかを地方の豪族や弱小貴族との婚姻関係によって分離させる事がある。アーバイン家もその一つである。

「確か、貴族になる前は商家だったはずだな。王家の人間を迎えてからは、そういう店屋を畳んだらしいが」

「裏では王家の肝いりで、商人時代に築いた人脈を使い、非合法な組織を幾つか運営していたらしい。国からの援助もかなり出ていた」

 『特事』もそういう組織の一つと言うことだ。そして、国に正式な認可を貰ったとしても、組織の構造と言うのは中々変わらない。

「つまりは、今でもアーバイン家の指揮下にあると」

「そうだよ。小隊長もアーバイン家の人間がその地位に付いている」

 ダストは『特事』にとっては名ばかり上司と言うことだ。それは頭も痛くなるだろう。

「しかしその小隊長とやらは、血の繋がりでその地位に立っているわけか。実力主義のダスト師団長としては、いくらでも権限を奪える機会があるのでは無いかな?」

 『特事』の小隊長は要するに貴族の坊ちゃんなのではとフライは勘繰る。

「それがなかなかそうでも無い。騎士としての腕はともかく、組織運営の力はあるよ。ハッキリ言って切れ者だ。………噂をすれば、その坊ちゃんのお出ましだ」

 応接室の扉がノックされる。ダストが入る様に許可を出し、それから開かれた扉の先には、一人の青年が立っていた。

 金髪を背中に掛かる程に長く伸ばしたそれは、騎士団員らしく無い髪形だったのだが、着こなしながらも清潔に保たれた白のスーツ姿には妙に似合っている。

「失礼します、ダスト殿。そして………あなたが?」

 青年はフライ達が対面して座っている場所まで歩いて来る。本来は椅子から立って挨拶をするべきなのだろうが、現在は私用に近い。軽く頭を下げる程度の挨拶をしておく。

「魔法及び奇跡対策室。室長のフライ・ラッドだ。よろしく」

 一応は握手のために手を差し出す。これにどう対応するかで相手の事が大凡わかるのだから、挨拶というのは大事な儀式だとフライは考える。

「こちらこそよろしくお願いします。『魔奇対』の噂は常々耳にしていますよ。私の名前はミハエル・アーバイン。既に立場はご存知と思われますが、国防騎士団内部にて特殊事案処理小隊の管理を任されています」

 ミハエルはフライの手を握り返してくる。流れる様な動作でぎこちなさは無い。手に汗も掻いていないのだから、恐らく目上の人間が近くに居ても緊張しないタイプなのだろう。

(いや、自分の方が立場が上と考えている可能性もあるか。それにしても随分と若い。うちのジンと同年代じゃあないか?)

 どんな組織や部署であれ、上に立つに人間には経験が必要だ。結果、それなりに齢を経た人間が管理者となるのが世の中の常である。そうで無いのは、先に聞いた通り、『特事』が本来は騎士団内部の組織では無く、アーバイン家の私用組織だったという背景があるのだろう。

(今でもそれは変わっていないのかもしれないな。つまりこの青年は『特事』の全権を握っている)

 同じ一組織の長ということだ。甘く見ない方が良いだろう。ダストに聞く限りでは有能だそうだし。

「君が『特事』の小隊長ということは、もしかして今はブッグパレス山の調査を指揮している?」

 ミハエルがダストの隣の椅子に座るのを確認してから、フライはいっきに話を踏み込むことにした。『魔奇対』と『特事』は、目下のところそこで対峙しているとも言える。それは向こうがどういう意図を持って『魔奇対』を見ているかを確認するには、良い材料になるだろう。

「ええ。国防騎士団の一小隊として初めての仕事ですから。精一杯にやらせていただいていますよ。部下達も組織のために働いてくれています。信頼できる存在です」

 なかなかに言う人間だと思う。今、『特事』がしている仕事は実質的に『魔奇対』から奪った物なのだ。その事に気付かない人間でも無いだろうに。

「調査については、何か有益な情報が見つかったのかね?」

「いえ、それがまったく。隊を総動員してブッグパレス山に向かわせているのですが、進展が見られない物で、頭の痛い話なのですよ」

 笑いながら話すミハエル。談笑をしている様な雰囲気になっており、フライも外面は笑っているが、内心は色々と複雑な感情が渦巻いていた。

(嘘だろうな。何も見つからないなんてことは有り得ない。実際に大規模な奇跡による事件が立て続けにあそこで起こっているのだ。大なり小なり、その原因が存在するはず)

 ではどうすれば良いか。ここで相手から情報を引き出すべく交渉を続けても良い。しかしそれを、隣に座るダストの目を見て考え直す。

(今回はほどほどにして置いてくれと言う顔をしているな。まあ、お前の紹介で会うことができたんだ。その顔に免じて、これ以上の追及をしないよ)

 ミハエルと舌戦を繰り広げるのなら、差しでの勝負が良い。今回の顔合わせのおかげで、プライベートで会う機会も増えるだろうから、やり合うならその時だ。

 だから今は別の情報を和やかに聞き出そう。

「ここだけの話だが、そちらの組織にも奇跡所有者がいるとか?」

 『特事』は奇跡所有者が隊員として参加している組織。それは半ば公になっている。だからこその認可なのだろうが、詳しい奇跡の力については周囲に伝わっていない。今回はそれを聞き出すくらいで我慢して置こう。

「ええ。奇跡に対抗するのであれば奇跡をです。魔法使いの隊員も居ましてね。これが中々使える人材で」

 益々自分のところにそっくりだとフライは思う。奇跡所有者と魔法使い。それらが実働員となっている組織が、アイルーツ国には二つ存在していることになる。

(組織の規模としては『特事』が上だろうなあ。クロガネを含めるのであればどうかはわからないが………)

 組織戦とは直接戦う事では無く、どれだけ成果を作り出し、根回しをしたかで勝敗が決まる。なのでフライがどう行動するかが重要になってくる。

「うちもそうでね? しかし使い難いでしょう、奇跡所有者という人種は。訓練だけではその能力を良く判別できない」

「そうでもありませんよ? 中には騎士として戦い方と上手く合致した奇跡を所有している者もいます。形を持った炎を使える女性の奇跡所有者が当組織に居ましてね?」

(おっと、これは太っ腹な話題を)

 ミハエルはわざわざ自分から組織の参加者について話してくれる。勿論、わざとだろう。何も隠すような事では無いと自分から情報を明かすことで、それ以上の追及を避ける目的なのだ。

 恐らく明かしてくれる奇跡所有者は一名だけ。それ以上はあえて話さず、もしこちらがそれを無理矢理聞き出そうとするのなら、『魔奇対』の品位を落とす事になるという筋書きだ。

(それでも別に良いがな。『特事』の奇跡所有者が一人だけで無いと言うだけでもそれなりの情報だ)

 ミハエルは奇跡所有者の中の一人に女性の奇跡所有者がいると言った風の話し方をしていた。それはつまり、別の奇跡所有者がいるということだ。

(それもわざとなのか。それとも口を滑らせたのか。まあいいさ。彼との戦いは始まったばかりだ。今、結論を急ぐ状況では無いだろう)

 今回も、また次に話す機会も、こういった裏側での戦いが続くだろう。自分の仕事はそういう物だ。それについては万事を尽くすつもりだが、一方で組織としての成果を残す役割のジン達はどうだろう。

 今は町の西区でヤクザの仕事を請け負っているはずだが、どうなることやら。少々不安を感じている。

(そう言えば目の前の彼は、自分の部下を信頼していると言ったな? それは本音だろうか?)

 上司と言うのは部下に対して大なり小なり疑心暗鬼になる。全面的に信頼すると言うのであれば、そもそも上役が存在する意味が無くなるではないか。

(つまりはそのことが分からない人間か、それとも、部下への信頼という言葉に嘘を吐ける人物かと言うことだ。どちらにせよ、私とは合わない相手だな)

 『特事』との会合で得た結論と言えば、そういう印象であった。




 下水道で歩くと言うのはどうにも疲れる物だ。ジメジメとした空気に慣れたとは言え、漂う悪臭は酷い物だ。季節のせいかどこか暑く感じてしまうのも体力を奪う理由となっている。

 そんな事を考えながら、ジンは歩き続けていた。目下のところの心配は一緒になって歩くカナの様子だ。体が小さく自分よりも当然体力が劣る彼女が、何時バテないかと心配だったのだ。

「おい、カナ。大丈夫か。もう大分歩いているが」

「………あ、大丈夫ですよ。水分補給もしてますし」

 下を向いて歩いているのでどうしたのかと心配しながら話し掛けたのだが、カナの反応は普通だった。特別疲れた様子は無い。

「おいおい。大した根性だな。普通ならへばったって文句は無い状況だぞ?」

「あ、ジン先輩。もしかして疲れてきたんですか? 私も少しは歩き疲れて来てますけど、まだまだいけます」

 胸を張って答えるカナ。やせ我慢にも見えない姿を見て、不思議に思ったジンは彼女の肩に手を触れる。

「あ、ちょっと、何してるんですか!」

「何してるかじゃない。おい、なんだ、お前の体の周囲が妙に涼しいぞ」

「い、いやあ、その、魔法で周囲の気温を下げてるんですよ。そうすれば、結構快適に動けるものなんですよねえ。下水の臭いさえどうにかなれば、もっと良いですんけど」

 通りで汗を掻いていないはずだ。まさかこういう特技があったとは。

「ズルいぞと言いたいところだが、そういう事ができるってのは魔法使いとしての利点だよな」

「普通の魔法使いならできませんけどね。私みたいな、魔力に余裕のある人間が使うことで初めて意味があるんです」

 自信満々で調子に乗り始めているカナであるが、今、この状況では頼もしい風格を持つのは確かだ。

「ちょっと………」

「なんなら俺達の周囲も涼しくして欲しいね」

「それはちょっと私でも難しいと言うか」

「聞いてる………?」

 耳元にぼそぼそとした声が聞こえる幻聴だろうか。

「お願いだから静かにして………」

 幻聴では無く、『特事』のティラの声だったらしい。声が淡々とした調子なので聞こえづらい。本人としては感情を込めているつもりなのかもしれないが。

「静かにして欲しいってことは、もしかして目的地が近いってことか」

 ジンとカナは、どうにも下水道のある部分を目指しているらしいティラの後ろをつけていた。

 ティラはどうにも一人でそこへ向かおうとしており、何度かジン達を撒こうとしていたが、その度に追いついて彼女を見逃さない様にしている。

「………そう。あなた達が言う様に、カルシナの秘密通路はもうすぐそこ………」

 嫌そうに答えるティラ。彼女にとっては、ライバル組織に手を貸している状況になるのだろうか。

「なんでその場所をあんたが知ってるんだ? やっぱりブッグパレス山がらみか」

「…………」

 答えぬティラ。静かにしていろとの指示を出していたため、自分が率先して行っているのか、それとも喋ればボロを出すから口を閉ざしたのか。どちらにせよ良い判断である。

「んじゃあそっちは答えなくても良いから、これだけは答えてくれ、秘密通路の位置は、あの角を曲がった先か?」

 ジンは道の先にある角を指差して尋ねる。そのくらいなら答えても良いと判断したのか、ティラは頷く。

「………あそこを曲がって暫く歩いた場所にカルシナの秘密通路は存在している………」

「じゃあ一旦ここでストップだ。話す時も小声で頼む」

 進むティラを制止するジン。

「何か相談でも?」

 カナもジンの意図がわからないらしい。知っている情報は同じだろうに。

「あの角から、頭だけ出して覗いて見ろ。俺の言いたい事がわかるかもしれないぞ?」

 ジンに言われた通り、曲がり角から頭だけを出して通路を覗きに向かうカナ。その行動が終わった後は、素直にこちらへ戻って来た。

「向こうの方に人が立っていました」

 驚いた様子だが、ジンが忠告した通りの小声だ。

「やっぱりな」

「……どういうこと?」

 ティラが尋ねて来る。ブッグパレス山で得た何がしかの情報でここまで来たと言うことは、こちらの知らぬ情報を持っているのだろうが、逆にこちらが知っている情報は持っていないのだろう。

「俺達はハイジャング西区に不法滞在者が増えているから、その原因を探る目的でここまで来た。それはつまり、このカルシナの秘密通路を通って不法滞在者が西区まで来ていると言うことだが、そんな事を不法滞在者個人が出来ると思うか?」

「外国の人も結構ハイジャングに入って来ているんですよね? 偶然道を見つけて、偶然ハイジャングまで辿り着いたってことは無いと思いますけど………」

 カルシナの秘密通路は恐らく町の外に続いているのだろうが、それを利用しようとするのは個人では無いはずだ。

「………つまり、仲介業者が存在する可能性が?」

 ティラの方が早く答えに辿り着いたらしい。カナももう少しこう言った話の察しが早くなると良いのだが。

「現に、秘密通路の前に見張りらしき人間が立っているんだろう? なあ、カナ」

「確かに、通路らしき場所の前にずっと人が立ってました」

 どこぞのヤクザな組織がその道を見つけたに違いない。恐らくはハイジャング西区を縄張りにしている組織だ。そういう組織がカルシナの秘密通路を偶然見つけたからこそ、その道を非合法な人間を町の外から呼び込むための道具として使っているのだろう。

(カルシナの秘密通路については、そういうあくどい事に使えるなんて儲け話付きで噂されているわけだから、見つけた奴は噂通りにその儲け話を実行するってわけだ)

 もしこの道をガウのギルドの様な組織が見つけていたとしたら、やはり同じく利用していたに違いない。

「……よし、いっちょ潰してみるか」

「へ? 潰すって……その、潰すってことですか?」

「他にどんな意味があるんだ。道を見張っている人間も含めて、秘密通路に関わる非合法組織を潰す。そうすりゃあ、こっちが自由に道を調べられる様になるし、尚且つガウへの過剰な借りを返せる」

 今はこの仕事を頼んできたガウに借りを作り過ぎている様に感じる。ハイジャングでカルシナの秘密通路を管理いている組織を潰せれば、過剰な分の借りを返せるだろう。

「私には関係の無い話………」

 そう言うティラであるが、彼女の力も借りた方が秘密通路を管理する組織を潰しやすいため、巻き込むことにする。

「あんたも秘密通路を調査したいんだろ? なら、どうやったって道を見張っている連中とぶつかるぞ。どうせなら一時的に手を組まないか?」

「それは………」

 ジンの提案に少し考える素振りをするティラ。しかし答えはすぐ出るはずだ。ぶっちゃけた話、『特事』と『魔奇対』は現在のところ目的が同じだ。カルシナの秘密通路とアイルーツ国で起こる奇跡について調べてようとしている。

 そのためにはまず、秘密通路を不法に取り扱っている組織を潰して置かなければならない。既に両者が両者の目的を知っている以上、手を組まなければどちらにとっても損になる。

「わかった……とりあえずは道を見張る人間を叩く………。それで良い?」

「オーケー。そうすりゃあとりあえず秘密通路がどうなってるかを調べられるしな。二人で突っ込む事になるが、できるか?」

「………十分に」

 先程の戦いで、ティラの言葉が嘘で無い事はわかっている。奇跡を使わないままでも、彼女の戦い方はかなりの練度だ。ジンより優れているかもしれない。

「私はどうすれば?」

 次にカナが尋ねて来る。彼女に関して言えば、正面から突っ込ませるわけには行かないだろう。

「さっき彼女との戦いで、存在を気付かれない様にしてから援護をしただろ? やる事はそれと同じだ。隠れて様子を見つつ、俺達が不利になったら魔法でデカいのを一発撃ってくれ」

 それだけでも随分と助かる。魔法使いの彼女を十分に活かせる作戦だと思うのだが、カナの様子はどう見ても不満を持っている様にしか見えなかった。

「また私が安全圏から……ですか」

「それの何が嫌なんだ。別にできない仕事でも無いだろう?」

「それはそうですけど………」

 なんとなく彼女の気持ちはわかる。要するに自分が安全な立場に立つ事で、申し訳なさを感じると共に、プライドを傷つけられた気分にもなっているのだろう。

「良いか、カナ。別に俺は君を信用していないわけじゃあ無い。ドラゴンとの戦いが終わった後に伝えただろ? 君は信頼に足る人間だってな」

「………」

 どうにもその言葉だけでは納得してくれないらしい。

「わかった。じゃあこう言えば良いのか? クロガネを動かす君は信頼しているが、敵の目の前に生身で立ち向かおうとする君は信頼していない」

「そんな!」

「静かに………」

 カナはその声量をティラに注意された。彼女が怒り出すのを止める良いタイミングである。

「一方で俺達の後ろに立って、魔法で援護してくれるってのなら、やっぱり俺にとっては信頼できる仲間なんだよ、君は。言って見れば適材適所だ。敵と接近して戦う術について訓練を受けた事はあるか?」

「無いですけれど………」

「一方で魔法の知識と技術なら、俺なんかが足元にも及ばない。というか俺はまったく知らないしな」

 だからカナに後ろを任せるのだ。別に彼女の力を侮っている訳では無い。

「良いか? 君が後ろで俺達の戦いを見守ってくれるだけで、俺達は随分と助かるんだ。君が危険だと考えるのなら、俺達を巻き込む様な魔法を撃っても良い」

「それって……本気で言ってます?」

「本気だよ。後方に立つって事は、戦い全体を把握するって事だ。そこで君が危険だと思うのなら、君自身の判断に従い、どう動いたって構わない。後ろに立つって事はそういう責任もあるんだ」

 前方に立つ人間より、後方に立つ人間の方が安全である事に代わり無いが、背負う責任に違いは無い。

「………わかりました。やってみせます」

「良い返事だ。俺なんかについては、奇跡で鎧を纏っちまえば頑丈になるから、いくらでも魔法に巻き込んでも構わないわけだしな。好きにやれば良い」

 ジンはそう言ってカナの背中を叩いた。軽くであるが、カナはそれを重く感じているかもしれない。そうでなければ、後ろを任せる甲斐が無い。

「………話は終わった?」

 カナとの話を黙って聞いていたティラが口を挟む。そろそろ動く時間だと言うことだ。

 曲がり角からジンが顔を出し、突撃するタイミングを探る。距離はまだ離れているが、見張りの顔が眠そうにしているのはわかる。こちらをまったく警戒していない様子だ。そして見張りが何とは無しに顔をこちらから反対側へと向けた瞬間、ジンはティラとカナに、突撃開始の合図を出した。





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