第四話 『人との出会いがあるかもしれない』
自分を襲う銀色の刃を見て、そう言えばそろそろだったなとジンは考えていた。丁度、油断する頃合いである。仕掛けてくるなら今だろうと。
(つまり敵は戦いの機微って奴を知っている人間か)
襲撃者を見て、ぼんやりとそんな事を考えるジン。剣の一撃だったらしく、少し後方に下がるだけで避けることができた。相性の問題もあるだろう。ここで襲ってくるかもしれないと予想していたところで、本当に襲ってきたのだ。対処も素早く行える。逃げることだってできてしまう。
しかしジンは逃げるので無く、襲撃者の観察に力を注ぐ。暗い下水道であるが、目の前にいる襲撃者の輪郭くらいはわかった。
革鎧と言うか、プロテクターらしき物を上半身に装着しているが、一般人が着る様な服装が所々に見えている。致命的な部分以外は守らない、動作のし易い軽装備というわけだ。下半身に至ってはただのズボンである。
(まあ、俺達よりかはこの状況に適した姿をしているかな?)
ジンやカナは、普段通りの格好で下水道に入った。まさか戦闘行為になるとは思っていなかったからだ。
「てめえ、いったい何のつもり―――」
次に来たのは鋭い突きである。ジンの左肩あたりを狙う一撃を、なんとか半身をズラすことで避ける。
(おいおい。今の、普通の人間なら避けられないぞ?)
一応の戦闘訓練を受けているジンでさえ焦る様な一撃を襲撃者は放つ。手練れだ。間違いない。しかし、どうしてそんな人間が下水道にいるのか。
(俺達と無関係ってことは無いよな。出会ったのは偶然でも無いってことか)
敵の目的も、下水道の秘密通路に関わっている可能性が高い。であれば、やることは一つ。
「そっちが襲ってきたんだ。痛い目見たって文句は言うなよ」
襲撃者に反逆する。襲ってきた相手をこちらが捕えて、その目的を探ってやろうとジンは考えた。
襲撃者の方はジンの言葉を挑発と捉えたのだろうか、それとも冷静に状況を判断してか、一歩ジンと距離を置く。敵は長物の武器を持ち、こっちはそれを持たない。有利に戦おうとすれば、その行動は必然だ。
(さあって。鎧姿になるのは、まあ奥の手だ。この状況で俺が他にやれることは……いくらかあるよな)
ジンは武器を持たぬままだが、戦うための姿勢を取る。と言っても、体の左半身を相手に向ける程度だ。
敵に体を見せる面積は少ない方が良い。ここでさらに屈むのが国防騎士団風の構え方だが、そこまでする必要も無いだろう。本当にいざとなれば、鎧姿になれば良いのだし。
(さあ、どうくる?)
状況は武器を持つ相手が有利。ならば、こちらから動くべきでは無い。相手の動きに素早く対応する。逆転の一手はそこにあるのだから。
動かぬジンを見て、襲撃者はさらに一歩距離を置く。襲撃者が逃げるだろうとは思わない。恐らくこれは。
(再度、攻撃するための助走!)
ジンから3歩は離れただろう襲撃者が一歩目を踏み出す。強く踏んだその一歩目は、襲撃者の体を跳ね上げ、2歩目を飛ばして3歩目へと進ませた。
相手の感覚をズラす典型的な戦い方だ。相手への攻撃に致命へ至る威力を与える速度は、予想される攻撃のタイミングと実際のそれとに違いを生じさせる。それはジンにも同様の効果があり、防御や回避の動作がほんの少しだが遅れる。
(こっちも無傷でなんとかしようって程、太い考えじゃあ無いんでね!)
相手の一撃で傷を負う覚悟さえあれば、こちらも敵に反撃できる。回避に費やす隙を、反撃に使うのだ。
襲撃者の攻撃はやはり刃による突きだった。剣の威力と距離による優勢を十分に活かせる攻撃。
速さの乗ったその一撃は、ジンの左肩を突いて肉を抉る。ジンはそれが致命傷にならぬ様、左肩を剣の勢いに任せて後方に引く。おかげで刃は骨まで届かず、ジンの体を浅く傷つける程度で済んだ。と言っても、後で手当ては必要だろうが。
(だが今は、やってきた相手の隙を逃がさない事が先決だ!)
左半身は肩を引いた結果、後方へと下がっている。ということは、必然的に右半身が前を向く形になるのである。ちなみにジンの右手には手提げランプが握られたままだ。
そしてジンへ攻撃するために、襲撃者はすぐ目の前まで接近していた。後は簡単だ。そのランプを相手の顔に近づければ良い。
「!!!」
襲撃者が自分の顔を空いた手で覆う。襲撃者はこちらを襲うために、暗闇の中で待ち受けていたのだ。闇の中で、ジン達を攻撃できる程に目も慣れていた頃合いだろう。
そんな状態でランプの光をすぐ側で見てしまえば、一時的に目が潰れる。この攻撃を察知されぬ様にするため、ランプを持つ右半身を襲撃者から隠す様に後方へ下げていたのだ。
「さってっと」
目を潰した事で襲撃者の動きが一時的に止まる。目で感じる強烈な光は、人間の動作を否応無く緩慢にする効果があるのだ。
その隙に、ジンは手提げランプを地面へ置き、両手で敵が剣を持つ左手を握って捻り上げた。しっかりと関節に気を配っていれば、護身術程度の技術で相手が手に持っている武器を落としつつ、動けない様に極める事も可能だ。途中、剣で攻撃された左肩がズキズキと痛むものの、そこは我慢だ。
ジンは相手の腕関節を極めたまま、襲撃者を地面へ引き倒す。これで立場は完全に有利な状況となった。ただ、そうなって驚いたのはジンの方である。
「女!?」
地面に置いたランプに照らされた襲撃者の顔。それはどう見ても女性のそれである。赤毛を肩に掛からぬ程度に伸ばし、まだ良く見えぬだろう目も赤色だ。ジンよりも少しばかり低い年齢に見える顔立ちは、一目で女性と分かる程度には整っており、それを見たジンは驚いてしまったのである。まさか自分と立ち回りを演じた襲撃者が女だったとは。
「だから何?」
その声は襲撃者が発した物だった。ジンは襲撃者の言葉に同意する。まったくもってその通りだ。相手が男であれ女であれ、追い詰められた際の奥の手を持っていたという事実と比べれば、取るに足らない事だ。
「マジかよ―――」
地面に押し倒したはずの襲撃者の体から炎が噴き出した。炎は下水道を照らす程に大きくなり、ジンの体へ襲い掛かってきた。
(熱く……無い!?)
とっさに襲撃者から手を離し、自分の体を守るジンであるが、炎から本来伝わる熱量を感じない。代わりに感じるのは質量だ。
「なんで炎に押されるんだよ! ぐがっ!」
炎はジンの体を下水道の壁に押し付け、さらに潰そうとしてくる。
「……少しは思い知ってくれたかしら」
赤毛の女襲撃者はいつの間にか立ち上がっており、剣を持っていない右手をこちらに向けている。驚くべきはその手から放たれる炎だ。
魔法か何かだろうか。きっと奇跡に違いない。熱を持たない炎であるが、まるで腕の延長とでも言う様にジンを壁へ押さえつけ、その場で拘束してくる。
「………押さえ役が変わったところで質問があるのだけれど………、あなたはいったい誰?」
「それはこっちの台詞だって―――あがががが」
炎から出る火の粉は、まるで蛇の様に長く繋がり、ジンの四肢を縛り付けて行く。炎全体がジンを圧迫しているのもあり、非常な程に息苦しさを感じる。
「私が質問をしているの………。あなたは誰?」
腕から出すのは炎の癖に、赤毛の女の声はどうにも冷たい印象を受ける。目つきも鋭く、ジンを貫かんばかりだ。熱さより肌寒さを感じるこの状況には、どうにも違和感を覚えるジンだった。
「聞いてどうする? あんたが望む答えを喋れれば良いんだが……ぐっ」
女の表情は変わらぬが、ジンの軽口に反応したのだろう。炎の圧迫がさらに強くなる。捻り潰されてしまいそうだ。
「もう一度……あなたは誰で、どういう立場?」
「質問が増えた―――があっ! かふっ!」
肺の中にある空気が口から無理矢理引き攣り出される感覚。これはもう駄目だろう。これ以上の締め付けは命に関わってくる。
「次で最後………。あなたは誰?」
「あんまりなめんなよ」
本当に最後のつもりだったのだろう。ジンの体を潰しかねない程の圧迫が襲い掛かるその瞬間。ジンは自身の奇跡を使用した。奥の手を使うなら今だ。
「………!」
今度は女の顔を変える事ができた様だ。驚愕のそれである。今まで炎で押さえつけていたはずの男が黒い鎧に変化したのだ。そうもなる。
「まさか………、あなたも奇跡所有者?」
「あなたも……ね。やっぱり今の炎は奇跡の力か。魔法っぽく無かったもんな」
熱を持たず、質量を持った炎。むしろ炎に見える何かと考えた方が良さそうだ。
「あなたは……危険」
女は剣を持ち上げて構える。剣の腕と奇跡の力。かなり厄介である。ジンが鎧姿になったところで勝てるかどうか。
「そうだ。勝負をする前に言っておきたいことがある」
「…………」
襲撃者は反応しない。聞く耳を持たぬのだろうか。聞いておいた方が良い情報なのだが。
「俺が鎧姿になって、状況は五分と五分とか思っているんだろう?」
襲撃者がこちらへ一歩近づく。ジンを無視することにしたらしい。
「実はそうじゃあ無い。あなたは誰と聞いたな? あなた達じゃあ無く。つまりお前は、俺がここに一人で来たと思っているわけだ。なら、俺の勝ちだ」
走り出した襲撃者は、剣撃と質量を持つ炎をジンに向けた。そしてその後、別の方向から飛んできた衝撃波に、体ごと吹き飛ぶ事となった。
「良いぞ、カナ。できればもう少し早くやって欲しかったな。炎の締め付けで俺が悲鳴を上げるより前が理想だ」
襲撃者を吹き飛ばしたのは、カナの使った魔法だった。巨大なゴーレムを動かせるカナの魔法は、人一人など簡単に跳ね飛ばせる。
ジンは横殴りの衝撃波によって壁に叩きつけられた襲撃者を見るが、どうやら気絶している様子。こういうことができるのだから、末恐ろしい小娘である。
「ジン先輩がなかなか鎧姿にならないから、何か考えがあると思ったんですよ! まさか、本当に危機に陥ってたんですか?」
「できれば追い詰められたフリをして、相手から情報を聞き出したかったんだが、どうにも無口というか強情っぽそうでな。いやあ、苦しかった苦しかった」
ジンは再び襲撃者の女を見た。横たわる赤毛の女は目を閉じて、今のところ目覚める気配は無い。
「ロープがあっただろ。万が一下水で落ちた時用に。あれでこの女を縛るぞ。いったいどういうつもりで襲ってきたか聞きださないとな」
「なんだか嬉しそうですね。趣味悪いですよ」
別に可笑しな趣味の話はしていないと思う。ただ、いちいち反論すると余計に怪しまれるので黙って置く。
「それよりもだ、この女が使っていた炎だが、やっぱり魔法じゃないよな?」
「そうですね。魔法は魔力を使う物なので、当然、魔力を感じることができるんです。でも、さっきの炎にはそれを感じませんでしたね」
魔力を感じるという感覚がジンには良くわからなかったが、魔法使いのカナが言うのだから、あの炎は魔法では無いのだろう。
「奇跡の炎で間違い無いか。奇跡所有者ねえ。しかもそれなりに剣の腕が立つと。聞き出す前から、なんとなくどういう立場の人間か分かりかけて来たな」
「私はさっぱりなんですけど………」
横たわる襲撃者は、実は敵では無いのかもしれない。いや、こちらの予想が当たっているのであれば、敵には変わりないのだが。
「あ、ジン先輩。この人、起きそうですよ。縛らなくて良いんですか?」
女の目蓋が動いている。今にも目を覚ましそうだ。
「止めて置こう。起きた時、険悪なムードになると話し合いができない」
「尋問するんじゃないんですか?」
「しても仕方のない相手かもしれないってことさ」
カナと話を続けている内に、女の目蓋は閉じた状態から薄目になる。その後はきょろきょろと顔を動かして周囲の状況を確認しだした。
「おはよう。数分程度だが良く眠れたか?」
「………! どうしてトドメを差さないの!?」
女の目線がジンに向けられると、彼女の目が大きく開いた。それと同時に、素早くその場から立ち上がる。一応は驚いてくれたらしい。
「どうしてって、酷い言い草だな。こっちはそっちと違って、いきなり人を襲う組織じゃあ無いし、何の意味も無く人の命を奪う集団でも無いのさ。『特事』はどうか知らないがな」
「特……事……?」
女は首を傾げる。
「ああ、こっちで考えた略称だよ。ちゃんと正式名称で呼んだ方が良かったかな? 国防騎士団・特殊事案処理小隊の隊員さん?」
「どうしてそれを……!」
そう言われても、認めたのはそっちである。奇跡を使えて戦闘訓練を受けたらしき戦い方をする相手に、ジンはカマを掛けただけであった。
「やっぱりそうか。なあ、カナ。君も知らないよな。この、無様に地面に倒れている彼女は、俺達のライバル組織になるかもしれない国防騎士団内部の集団だ。まあ、俺達に倒されるくらいならライバルだなんて言えないかもだけどな」
「知りませんよ。そんな事」
ジンはカナと、『特事』についての説明と女への挑発を兼ねる会話をする。
「別に……あなたに負けたわけじゃあ無い………」
表情の変化は少なめだが、どこか悔しげな顔をする女。ざまあみろとジンは口にしたかった。
「そうだな。あんたは俺に負けたんじゃなくて、この娘に負けたんだ。俺が一人だけで下水道をうろついていると勘違いしたあんたの負けだ。それとも、俺が邪魔しなければ気が付いたとでも言うか? ならあんたが俺達の組織に負けたってことになるが」
「………組織? あなた達、もしかして『魔奇対』の?」
どうやら女の方も、こちらの立場に気が付いたらしい。
「そうだよ。同じくアイルーツ国に奉仕するはずの組織に、あんたはいきなり襲い掛ったんだ。一方で俺達は、あんた縛り上げずに起きるまで待っていた。これだけでも、どっちの組織が上等かわかるってもんだな」
襲撃者が自分達ライバル組織だとわかった時点で、ジンは敵愾心を持つ様になった。暴力的行動に出ることは無いが、兎にも角にも相手の組織を扱き下ろしたいのである。
「………私達はずっと正式な国家機関と認められないままだった。表向きに行動を続けていられたあなた達とは違う………」
「だから人をいきなり襲うってか。国に認可を受けたところでヤクザな組織のままじゃないか」
「……つまり喧嘩を売っているの?」
「そう聞こえなかったか?」
一触即発。そんなムードになるが、それを止める気がジンには無かった。相手が人様から仕事を奪った『特事』であれば、一戦やらかすのもやぶさかでは無い。
「ああ! もう! いい加減にしてください! ジン先輩もそこのあなたも、どうしていちいち面倒くさい状況を作ろうとするんですか!」
ジンと襲撃者の女が再び戦う姿勢を取ろうとした瞬間、カナが怒鳴ってそれを止める。小さな女の子に叱られたという事実は、場を冷めさせるのに十分な効果があった様だ。
「と言ってもなあ。一応は、険悪になっておくべきなんだよ。『特事』のメンバーとは」
「だから私はその『特事』という物を良く知らないんですが」
『特事』自体は、その組織に国から認可が下りた以上、誰でも知られる状況だったはずだが、興味が無かったのかカナは知らないらしい。
「国防騎士団内部で奇跡や魔法と言った物を専門に解決する小隊の略称だよ。俺が考えた」
「それってまるっきり私達『魔奇対』とやっている事が被りますよね」
「まる被りだな。だからこの女は敵なわけだ」
同じ仕事をする組織なんて、仲が悪くなる要素しか無い。
「別に………私達はあなた達に敵対する行動を取ったわけじゃあ無い………」
「してたでしょう! どうしてそこは素直に謝らないんですか!」
ぼそぼそと呟く女を怒鳴りつけるカナ。傍から見る限りでは面白い光景だった。
「…………ごめん…なさい」
(おお、本当に謝った)
頭を下げる女。意外と素直なのだろうか。それともカナの勢いに押されたか。
「はい、ちゃんと聞きました。次はジン先輩が謝る番ですよ」
「おい、なんで今度は俺が謝る必要があるんだ。襲われたのは俺の方だぞ」
「その後、相手の立場が分かってから、むやみやたらと挑発したじゃないですか。相手も同じアイルーツ国に仕える身なのに」
カナの言葉に頭を掻くジン。本当にカナは赤毛の女の立場をわかっているのだろうか。
「あのな、組織同士で仕事が被ってるってことは、どっちかが必要無いって言われる可能性があるってことだ。その発言者が国のお偉いさんだったりしてみろ? 途端に組織自体が解散なんてことになりかねないだろう。この女の組織と内の組織はそういう関係なんだ」
「でも、今はそんな話をしてないじゃないですか。いちいち突っかかって、事態をややこしくする状況ですか?」
「そ、それは………」
まあ口喧嘩なり組織戦などは、また別の機会ですれば良いわけで、お互いの立場しかわからぬこの状況では不必要だったかもしれない。
「少なくとも、いきなり遭遇して戦いになるなんて状況を変化させたいんですよね。だからここはお互いに謝るのが一番です」
「う………わ、悪かったよ」
ついにこちらまで謝ってしまった。女の方も何故だかジンの言葉に頷いてしまっているし。
「…………」
暫く沈黙が続く。カナがおかしな展開に持ち込んだせいで、空気が変になってしまった。その沈黙を破ったのは、勿論カナだった。
「それじゃあ次は自己紹介にしましょう。似た仕事をする組織なんですから、名前くらいは知って置いた方が良いですし」
カナはなんとしても和やかなムードを作り出したいらしい。かなり無茶な要求に思えるが。
「国防騎士団『特殊事案処理小隊』の隊員、ティラ・フィスカルト………」
どうにも赤毛の女ことティラは、カナとの相性が悪いらしい。やり難そうな顔をしながら、カナの指示に従っている。
「私は魔法及び奇跡対策室のカナ・マートンです。そしてこっちはジン先輩。同じ組織の一員ですね。これから宜しくお願いします」
一緒くたに紹介されるジン。何かを話せと言われて話せる事も無いため、助かると言えば助かる。
「よ、よろしく………」
律儀に返事をするティラを見て、どうやら悪い人間では無さそうだと考えるジン。もしくは単なる天然か。
「自己紹介の途中で悪いが、どうしてここに『特事』がいるんだ? 確かドラゴンや森に関する奇跡について調べているはずだろ」
そのせいで魔奇対は仕事を奪われたのだ。だと言うのにその隊員が下水道をうろついていると言うのは納得できぬ状況だ。
「それは……言えない」
ティラの答えを聞いて、彼女の性格がどういう物かをジンは知る。なるほど、かなりの天然だ。
「あのな、これは親切心だから言って置くが、言えない様な事を他人から聞かれた場合、少しははぐらかせ。言えないなんて答えれば、何かあるって嫌でもわかるぞ?」
「……そう言えばそうね」
なるほどと手を打つティラ。このような女性がライバル組織の一員だと思うと、何故かジンは泣きそうになった。
「この下水道とこれまでアイルーツ国で起こった大きな奇跡による事件は、無関係じゃあ無いってことですよね?」
カナの言葉にジンは頷く。思わぬ収穫と言ったところだが、ジンは素直に喜べなかった。
「俺達がこの下水道に来ることは、ガウ・ウェンリーにとって想定済みの事だったってことなのかもな。無駄を嫌う男なんだよ。仕事の報酬が、その仕事内容に含まれている事だって良くあった」
つまりジン達が奇跡について調べているという立場を察知して、頼む仕事にそれを知り得る物を選ぶと言った具合だ。一見、助かる話に思えるが、ガウの様な男に借りを多く作ってしまう可能性がある。
「あの………あなた達がどういう目的でこの下水道に来たのかは知らないけれど、できればここでお別れしたい………」
ジンとカナの会話に、気まずそうに入ってくるティラ。だからそういう物言いをすれば、これから特別な場所に向かうつもりだとバレるだろうに。
「カルシナの秘密通路でも見つけに行くつもりか?」
「……どうして知っているの?」
驚くティラを見て、頭が痛くなったのはジンだけではあるまい。カナの顔を見ると、彼女も苦笑いを浮かべていたのだから。