第二話 『鎧男と小さな魔法使い』
突如現れた黒い鎧に驚いているのは、カナだけでは無かった様だ。ジンに向かって短剣を振り抜いた酔っ払いがもっともこの場で驚愕しているのかもしれない。
「だ、誰だお前は!?」
当然、そういう疑問は誰しもが抱くはずだ。カナ自身も尋ねたい。
「誰だと? 自分で剣が襲った相手くらい覚えてろ!」
黒い鎧の中から声が聞こえて来る。その声は、先程まで聞こえていたジンの声そのものであった。
(この鎧が、さっきのジンって人なの!?)
起こったことを整理できぬまま、状況が進展する。黒い鎧は声を発すると同時に、酔っ払いの首根っこを掴むと、そのまま酒場の端へ放り投げたのだ。
「ぐぅえ!」
酔っ払いは蛙がひき潰されたかの様な声を上げて、酒場の隅へと転がる。結構、距離があったと思うのだが、大の大人をそこまで投げられるくらいに黒い鎧の力は強いらしい。
「て、てめえ! なんてことしやがる」
酔っ払いの連れが、黒い鎧に食って掛かるものの、その足を良く見れば震えている。どう見ても虚勢だ。
「なんてことじゃねえ! てめえらが先に喧嘩を吹っ掛けて来たんだろうが! それとも何か、もう一度、その腰の短剣で俺を斬って見るか?」
鎧の中から再び声が聞こえる。その声を聞けば、やはりその鎧が先程までのジンという男であることがわかった。
「お……おお?」
酔っ払いの連れは自身が持つ短剣と、黒い鎧のジンを見比べた。鎧は見るからに頑丈そうで、短剣の刃が立つとは思えない。
「わかったか? 今から、てめえらもそこの男と同じ様に酒場の端に転がしても良いが、片付けが面倒だ。とっととあいつを持ってうせろ!」
ジンは酒場の隅に転がったまま、どうやら気絶したらしい酔っ払いを見て話す。状況が大きく変化したことによる混乱もあってか、酔っ払いの連れ達は、ジンの言葉に大人しく従い、酒場を去って行った。
「……あー、あいつら、酒代を払わずに出て行きやがった」
酔っ払い達が去った後、まっさきに声を発したのは酒場の主人だった。主人は特に驚いた様子も無く、忌々し気に酔っ払い達が去った酒場の扉を見ていた。
「そこまでは別に言われてなかったからな。まさか人に客のあしらいをさせといて、代金まで払えって事は無いよな?」
「はっ。あれをあしらいなんて言うのなら、ここらを歩く不良小僧共は一流執事だな。あと、他人の代金まで客に請求しねえよ」
主人は黒い鎧の肩を手で叩いた後、酔っ払いが転がったせいで荒れた酒場を片付け始めた。
そして肝心の鎧であるが、主人の背中を見た後、次にカナに目をやった。
「驚かせて済まないが、確か俺に用があるらしいね。なんだったら、ここで話そうか?」
「ええっと……あれ!?」
黒い鎧に話し掛けられたと思った瞬間、目の前から黒い鎧が消えて、再び生身のジンが現れた。
混乱が続くカナを見て、ジンは頭を掻いている。
「とりあえず……俺自身の説明からか」
酔った頭じゃあ難しい話だと呟きながら、ジンはカナを酒場に配置された椅子に座らせた。
ホルス大陸には奇跡が溢れている。滅多に起きないから奇跡と呼ぶのだが、ホルス大陸においては、一般的な事で無いこと程度の扱いでしかない。
100人いれば、だいたい2,3人くらいは奇跡を体験していると言っても良い。ジンもその1人だ。
「奇跡ってのは体系化できない。人それぞれ、体験したなりの何かが起こる。俺の場合、さっき見た通り、どうしてだかあの黒い大鎧になれる」
ジンはまだ頭の中を整理できていない様子の少女に、自分に起こっている奇跡について説明する。
「奇跡にはいろいろあるが、何らかの奇跡によって、常人では不可能な能力を得る場合があるんだ。俺の場合がそれだった。ちょっと頭の中で鎧を着込むイメージをすれば、本当に体があの黒い鎧に包まれる。脱ぐ場合はその逆だな。それだけの奇跡だよ」
昔、夜空を見るのが好きだった頃、空から降ってきた流れ星にぶつかり、それが切っ掛けで得た能力だ。どの様な作用が起こり、どの様な形で能力を得たのかはわからぬものの、その奇跡はジンの中で鎧を着るという能力として開花した。
「確かに……奇跡と言われれば、そうとしか言えない力でしたね」
少女は漸く納得したらしい。ホルス大陸に生きる者にとって、奇跡はある種身近な存在だ。不可思議なことが起こったとして、それが奇跡による物だとわかれば、それで納得できる。
「さて、俺の説明はこれくらいにして、今度は君が話す番だ。駄目だろう。子どもがこんなところに来ちゃあ」
まさに大人が子どもを叱る気分で、ジンは少女に話す。どうみたって彼女は子どもなのだ。こういう治安の悪い場所に近寄るべきではない。ジンの言葉に、酒場のマスターも頷いていた。彼だって、自分の店が子どもの来る場所でないことは十分に承知しているのだ。
「来たくて来たんじゃありません。ただ、フライさんに、あなたがここに居るから会うと良いと言われて………」
少女は気丈に振る舞っている様だが、ジンにはそれが怯えからくるものにしか見えなかった。
「なるほど。それは分かった。君は悪く無い。悪いのはあの室長だ。で、どうして俺に会うと良いなんて言われたんだ?」
怯える少女を責める趣味は無い。さっさと要件を話させて、表通りまで送り届けようとジンは考えていた。
「これから同僚になるから、顔合わせのため。だと思います」
「同僚? 顔合わせ? おいジン、お前のところの職場は、こんな子どもまで雇う場所なのか?」
少女の言葉に驚いたらしいマスターが、ジンに尋ねてくる。やめて欲しい。少女の言葉に驚いているのはジンも同じなのだから。
「ちょ、ちょっと待て。君は、もしかして自分が『魔奇対』のメンバーになったとでも言うつもりか?」
「言うつもりも何も、今日付けで『魔奇対』所属の臨時騎士に任命されました。だからジンさんと私は同僚です」
ジンは頭を抱えたくなった。そう言えばフライ室長が、『魔奇対』に増員メンバーが来ると言っていたが、まさかこんな子どもとは。
まったく期待はしていなかったが、多少は使える人員が来ると思っていたのに。
「あのね……ええっと」
「カナ・マートンです」
少女の名前を初めて聞くジン。一応、これから共に仕事を行う相手ではあるから覚えておくが、どうにも気分が乗らない。
「そう、カナちゃん? うちをどういう組織と思っているかは知らないけど、主に危険な任務ばかりをするんだ」
「貴族のご機嫌取りは危険な任務なのか?」
マスターが茶々を入れてくる。確かに貴族相手なら子どもの方が受けは良いかもしれないが、そういうことを言っているのではない。
「事前に説明が無かったのならここで言っておくぞ? 『魔奇対』はその名の通り、魔法や、さっき俺が起こした奇跡みたいな、荒っぽい物を相手にするんだ。当然、怪我もすれば命を落とす可能性もある」
「ちゃんと知っています」
「なら、なんで君みたいな子が………」
ジンには、この少女が役に立つとは思えなかった。役に立たなければ足手まといだ。これが大人であれば、そうなった時、見捨てれば良いと考えられるのだが、子ども相手であれば、無条件で守る義務が大人にはある。
「君が『魔奇対』のメンバーになるというのは、はっきりいって反対だ。親御さんだってそうだろうに。国家機関所属やら騎士という身分に憧れるのは良いが、現実化するのはもうちょっと成長してからで良いんじゃないか?」
「もしかして、私の能力を侮っているんですか?」
そりゃあそうだ。人が持つ能力の殆どは経験による裏付けがあるのである。だから、子どもを働かせるという事には不安ばかりが発生するのだ。
「……わかりました。じゃあ見ていてください」
カナは怒った顔を浮かべるが、それを押し殺して、何かを始めた。深呼吸をしているらしいが、その姿を見れば良いのだろうか。
「あそこ。さっきの喧嘩でまだ散らかってますよね」
カナが指を差すのは、酒場の隅。先ほど、ジンが酔っ払いを投げ飛ばした場所だ。マスターが片づけを続けているのだが、遅々として進んでいない。
「刃物を取り出した相手に、あの程度の散らかりで済んだのなら、まだマシだろ」
少々罪悪感があるものの、面倒事をジンに押し付けたのはマスターだ。
「じゃあその程度の散らかりを、すぐに片づけてあげますね」
カナは手を散らかった場所へ向ける。すると、その場に転がる椅子や机、食器などが浮かび上がった。
「え? な、なんだ?」
片づけの最中であったマスターは、浮かび上がった道具の中心にいたので、驚いている様子。
「魔法か」
ジンは呟く。魔法の中には、手も触れず物を動かすというのがあると聞く。それをカナが使ったのだろう。
「一気にいきますよ。酒場の主人さんは、ちょっとそこを動かないでくださいね。危ないですから」
カナはそう言うと、伸ばした手を横に振る。それに合わせる様に、浮かんだ道具たちがいっせいに辺りを飛び回り始めた。
まるで酒場の中だけに嵐が発生した様である。
「おいおい。危ないだろう!」
飛び回る道具はそれなりの重量と勢いがあるはずだ。当たれば怪我だけでは済まないかもしれない。
「だから、動かないでください」
カナは横に振った手をさらに上へと挙げて、そのまま振り下ろす。そのタイミングで、飛ぶ道具がそのまま床へと降りてきた。すべてが、散らかる前の場所へと。
「おいおい。一瞬で酒場が片付いちまったぞ」
カナに言われた通りにその場に固まっていたマスターが呟く。酒場の隅に散らかっていた物は、そのすべてがカナの魔法によって片づけられたのである。
「魔法で物を動かすことは少し学べばできることですが、この精度でできる魔法使いは数少ないはずですよ? これでも、私が能力不足に見えますか?」
ジンは魔法使いの能力差については良くわからないが、手も使わず離れた物を自在に動かせるというだけでも、便利な能力であると言うのはわかる。
「ただ、皿は割れたままだがな」
机の上に戻った皿の一枚を見て、ジンは呟く。綺麗に元通りになっていると見せかけて、破片を合わせただけである。床にも、まだ小さな欠片が残っていた。
「物を何もかも元通りにできるなら、魔法使いは神様になっでなれますよ。さすがに私もそれはできません。ただ、今やったことを、もっと大規模にならできます」
「どれくらいだ?」
先ほどの魔法だけでも、それなりにジンは驚いていたのだが、カナはさらに違うことができると言う。
「そうですねえ………この町で、もっとも背の高い建築物が何かは知っていますか?」
「物見の塔だな。兵士の見張りや、金を取って観光名所にもしている」
マスターが話すのは、町の中心部近くにある塔のことで、天井近くになると、町全体を見下ろせる程の高さになる。逆に町のどの部分からでもその姿を見ることができるので、良い目印にもなっていた。
「私が全力で魔法を使えば、あれを地盤ごと引っこ抜けます」
「そんなまさか」
馬鹿馬鹿しい話だとジンは思う。そんな芸当ができてしまえば、魔法では無く奇跡の領域だ。それもジンが鎧を着る程度の奇跡では無く、もっととんでも無い物である。
「一度やれば、もうへとへとになりますけど、確かにできるはずです。同じ程度の質量を持った岩を動かしたことは実際にありますから」
信じられない様なことを話すが、ジンにはカナが嘘を吐いている様には見えなかった。
(つまり頭がおかしいか本当の話かってことだが……前者かな?)
ただ、頭がおかしい人間を国が臨時騎士として雇うのかと言えば、そうは思えない。となれば、カナは子どもながら、途轍もない魔力を持った魔法使いだと言うことだ。
「なんでまたそんな子がうちなんかに」
「私もそう思います」
ジンとカナ。お互いが首を傾げた。いったいこのことを決定したのは誰なのだろうか。どういう考えがあってのことなのか、すぐに聞いてみたい気分だった。
疑問があったとしても、酒場『ピースキープ』に答えは転がっていない。とりあえずお互いの顔合わせは済ましたのだから、今日は一旦、自分達の家に帰って、明日、事情を上司から聞こうということになった。
「送っていただきありがとうございます。でも、暴漢に襲われても、私一人ならなんとかできますよ?」
ジンがカナの自宅まで送ることになったのだが、その必要が無かったとカナは話す。
「どんな力があっても、子どもがこんな夜中に一人歩きってのは周囲にとって不健全に見えるし、暴漢は君の力を知らないだろうから、関係無く襲われるかもしれない」
そうなれば、両者ともに不幸な結果になるだろう。ちょっとした労力でそれが無くなるのであれば、そうすべきである。
「私自身の心配をあんまりしてくれていないと言うのには不満を感じますけども」
子どもの心配をするのが大人なのだが、彼女は普通の子どもでは無かったのだから少し難しい。
「無事に送り届けたのは事実なんだから、それで満足してくれ。というか、君の家ってのはここか………」
ハイジャングの西側にある集合住宅街。その中には個人暮らし用の小さな部屋を並べただけの屋敷というものも存在しており、カナを送り届けた場所もそんな屋敷だった。
「はい。そうですけど」
「もしかして、この屋敷の全部が君の家だとか?」
「いえ? 一つ借りているだけですけど」
ジンが困惑するのは、屋敷の大きさだった。どう見ても、一部屋一部屋が大きく見えない。というかかなり狭いのである。
「家族もその部屋で住んでいるとでも?」
両親とカナ一人だけで、部屋が全部埋まりそうな気がするのだが、狭く見えるのは外見だけで、実は中に入れば広々としているのだろか。
「一人暮らしですから、そんな不便には感じません」
「親はどうした親は」
「いません。私、孤児です」
「……すまん」
いらぬ詮索をしてしまったとジンは後悔した。大人であるならば、子どもの事情など深く知るべきではない。責任など取りようも無い事態になるのだから。
「別に気にはしません。奇特な人生であるのは、私自身が一番理解していますから」
彼女がどういう経緯で孤児になり、さらに魔法使いになったのか。ジンは聞く気にはならなかった。深く詮索することに、先ほど後悔したばかりなのだから。
「それじゃあ、一人暮らしには気を付けろよ。ちゃんと戸締りをするんだ」
「なんだか保護者みたいですね。大丈夫ですよ。ちゃんと心得ています」
そう言葉を交わし、ジンとカナは別れた。そうして暫く歩いた後、ジンは頭を掻きながら、夜の町中で呟く。
「まったく。人生ってのは、誰も彼もが普通じゃないらしい」
今日出会った少女だけでも、随分と変わった経歴だろうと思う。勿論、ジン自身もそうであるのだが。
「私だって普通では無い状況に困っている。女王陛下に手紙を出しても、とりあえずはうちでマートン君を預かる様にとしか返ってこないんだ」
翌朝、ジンは『魔奇対』の執務室まで向かい、偶然、その道中でカナと出会ったので、現在は二人して自分達の上司であるフライ室長を問い詰めていた。
「室長に向かうよう言われた場所が、酒場だったのは室長の責任ですよね。これはどういうことですか?」
カナは痛いところ突いているのだろう。フライ室長は露骨に顔を歪めた。
「た、確かに、あの治安の悪い場所を紹介したのは私の責任だ。だがね、私もそれを伝えた時は随分と混乱していたんだよ。なんというか……君の姿が……なあ、ジン。分かるだろ?」
「新しい部下がまさか子どもってのは、まあ、混乱しても仕方の無い状況だとは思いますね。ただ、その酒場でこの子が酔っ払いに絡まれたのは問題でしょう」
「そ、それは本当かね、マートン君。 体は大丈夫か!?」
フライ室長は慌ててカナを見る。彼なりに責任は感じているのだろう。
「私は大丈夫です。自分の身は自分で守れますし。それに、ジン先輩が酔っ払いをあしらってくれましたから」
「ジン先輩?」
聞き慣れぬ言葉を聞かされて、どこかもぞ痒い気分になるジン。
「同じ組織で働くことになりますから、そう呼びました。家名があるのでしたら、そっちで呼びましょうか?」
「いや、ジン先輩で良い」
そもそもジンには家名と言う物が無い。ただ、ジンと言う名前があるだけだ。
「おいおい。まさか、あの奇跡を使ってはいないだろうな」
カナの言葉を聞いて、不安そうに尋ねるフライ室長。ジンが所有する鎧を着込む奇跡のことを言っているのだろう。
「そのまさかだな」
「あまり人前で奇跡を使うなと、前にも言っておいたと思うのだが………」
ホルス大陸には奇跡が溢れているものの、それは集団で無く個人を対象に起きることが多い。そして奇跡の対象となった個人は、他者から見れば異端である。崇拝される程度ならまだ良い方で、差別対象や卑下の目で見られることが殆どなのである。
「気持ち悪がる奴はそういう目で見せて置けば良いでしょうに。どうせ仕事では嫌でも奇跡を使うんだ」
「組織がそういう目で見られることが問題なのだ。どれだけその運営方針が立派であろうとも、風聞に対して組織は無力だ。怪しい力を使って怪しいことを企む組織などと言われれば、存続そのものに関わって来る可能性も―――」
「つまり、『魔奇対』という組織は、ジンさんが使った様な奇跡を利用して、仕事をする場所ということで良いのですか?」
ジンとフライ室長の会話を聞いていたカナは、そう結論付けたらしい。昨日、ジンがその奇跡を行使しているのを見ていたからというのもあるのだろう。
カナの言葉に、フライ室長が頷いた。
「大凡、そういうことだ。『魔奇対』はその名の通り、魔法や奇跡と言った物に対処をする組織でな。そこの人員は、それらに対してのプロフェッショナルでなければならない」
「その専門家が俺一人だけってのは問題だけどな」
「今は二人だ」
フライはジンの言葉に反論する。確かに、昨日から魔法使いが一人参加することになったので、専門家は二人と言えるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください! もしかして……『魔奇対』というのは、ここにいる人員で総勢ということなんですか?」
驚くカナを見て、冷ややかな目を向けるジン。彼にとってみれば、何を今さらと言った話なのである。
「もしかしなくてもそうだよ。フライ室長は事務仕事が主だから、実際に仕事をするのは俺だけだった。君が来てくれたおかげで、そうじゃあ無くなるかもだけどな」
ただしジンはあまり期待をしていない。カナの魔法は確かに驚くべきものだったが、それでも彼女は子どもなのだ。共に仕事をする仲間としては、どうにも見ることができない。
「たった……3人。それも、実働しているのは2人……。そんなので、仕事なんてできるんですか!?」
顔色を青くするカナ。傍から見れば、とんでもない人員不足の組織に見えるだろう。そして、それはかなりの部分で正解である。
「人が足りないというは事実でねえ。とにもかくにも増員をと上に頼んでいたんだが、聞き入れられた結果、来たのが君なのだよ」
何を謝っているのかは知らないが、申しわけないと頭を下げるフライ室長。
「無理じゃないですかー! 対策係が二人だけって、どういうことです!? おかしいですよ! 危険な仕事だって、昨日、ジンさんも言ってましたよね!」
カナの言うことももっともだ。扱う仕事に対して、人がまったく足りないのは、ジンの実感でもある。ただし、まったく何もかもが無理というわけでも無かった。
「実際、できることをするしか無いってわけだ。そうして、案外それで仕事が回ったりする。今までは俺一人だったんだぞ? それでも、一応、組織として機能はしていた」
十を要求され、六か七くらいで返すことはできていたとジンは考える。これでもし、カナが役に立ってくれるのであればそれなりの仕事ができる組織になるかもしれない。
「仕事ができる状況がまったく想像できないんですが………」
仕事内容をいまいち実感できていないからこその言葉だろう。言ってみれば新人なのだから仕方が無い。
「そうだな。ジン、今日はマートン君に我々の仕事を紹介をしてくれ。都合良く、我々向きの仕事が入った」
そう言うとフライ室長は、机の上から一枚の報告書を取り上げた。