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黒金  作者: きーち
第三章 地下深くを進むもの
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第三話 『進行方向は見えないことの方が多い』

「………!!! …………! …………………!」

「あー、悪い。俺、この国の言葉しか知らないんだわ。だから叫ばれてもどうすれば良いかわからん」

 ハイジャング西区。ブラックドラゴンの襲撃から廃墟となったその区画は、いくらか復興の兆しを見せ始めており、ジンがある男を地面に押さえつけているのも、そんな場所の一つだった。

「あ、あの。ジン先輩? ここに来て、いきなりそんなことをするのはどうかと思います。その……人の目もありますし」

 ジンが男を押さえつけるのを見て、カナは周囲を見渡しながらそれを止める様に助言してくる。ただし、その助言を聞き入れるつもりは無い。

「俺達は国の騎士だ! ここに不法滞在者が居ると聞いてやってきた! 今、俺が捕まえている奴がそうでない証拠を持っているなら、すぐに出て来てくれ!」

 ジンは周囲に集まる人々に向けてそう叫んだ。暫く待った後でも出てくる人間は存在しなかった。

 つまりジンが捕まえている男はほぼ間違いなく、ハイジャングへ不法に侵入した者だということになる。

 ガウ・フェンリーとの話し合いから一夜明けて、その翌日にハイジャング西区へと赴いたジンとカナは、さっそく話に聞く不法侵入者らしき人間を見つけて、すぐに捕まえることにしたのだ。その間、積極的に動いたのはジンだけであるが。

「な、なんでいきなりそんなことをするんですか! もうちょっと、調査や聞き取りを行うのが普通なんじゃあ………」

 カナは不法侵入者の調査と聞いて、もっと回りくどい方法で行う物と勘違いしていた様だ。

 一方でジンの考えは違う。町に他国から来た人間がいれば、だいたいがすぐに分かる物であるし、それが不法侵入者かどうかは直接本人から聞き出せば良いのだ。どうやってハイジャングにやってきたのかも含めて。

「さあって。どうする? ここで痛めつけられるのが良いか? 別の場所で痛めつけられるのが良いか? 俺としては後者をお勧めするね。そっちの方が文句が少なそうだ。ちなみに騒がなければそのどっちもしないかもしれない」

 押さえつけた男に話し掛ける。男は髪が長くぼさぼさの頭だ。髭も碌に剃っていない様で、見るからに浮浪者な容貌だ。

 ただ、髪の色や顔立ちから見て、この国の人間では無い雰囲気を持っている。それを確認したからこそ、ジンは男を捕まえたのである。

「………!」

 何か知らない言葉をジンに向ける男。それは残念ながらこの国の言葉で無いため、ジンには理解できなかった。

「あの……他の国から来た人を尋問しても、話が通じないんじゃないでしょうか?」

 カナの言葉にジンは首を振る。

「いいや。この国の言葉は喋れないかもしれないが、理解することができるはずさ。でなきゃ、町に不法侵入して、単純作業でも仕事になんかありつけないだろう? なあ?」

「………!!! ……………!!!!」

 男が叫びを上げる。こちらに文句があるわけではあるまい。恐らくは悲鳴である。ジンが男を地面に押さえつける力を強くした結果である。そしてさらにその力を強めて行く。

「ワ、わかル! ワかるヨ! 少しだケ、アなた達の言葉、わかル!」

 男の口から出た言葉は発音も発声方法も拙いが、確かにアイルーツ国の言葉だった

「そうか。つまり、俺達がお前みたいなのを探しているってのも十分に理解してるわけだよな? なら質問だ。どうやって町に入った?」

「ま、まチ? なんのコ―――あ、アアアッ! イタイ! ヤメテ!」

 恍けようとする不法滞在者の腕を締め上げる。知らないはずが無いだろう。心当たりが無いなんてことはもっと無い。

「全部話せ。全部だ。お前が悪い事だと思っている事を全部話さなければ、この腕を圧し折る」

「わかっタ。ワかったカラ!!!」

 男の返事を聞いてジンは力を抜いた。これで相手に力関係という物を教えることができた。この後の尋問もスムーズに進むことだろう。

「そりゃあちょっと場所を移そうか。カナ。適当に人気の無いところに向かうぞ」

「なんというか………何かを調査するって、こう荒っぽいことなんでしょうか?」

 こういう事は参考にしたくないと考えているらしいカナ。まあ、普通のやり方では無いことは確かだった。




「それでまあ、辿り着いたのがここですか………」

 カナはハイジャング東区にある穴を見上げていた。下水道の排出口という名前の、壁に開いた穴だ。かなり巨大な穴であり、人が何人も入ることができる。ハイジャングの町には、人工の堀に近い川が町中に存在しており、そのへ水を流す穴の一つがこれであった。

 水の町であるハイジャングは、周囲から水を運び込むのが容易であり、ちょっとした溝を作れば、簡単に川を作れる。まあ、簡単と言っても、規模の大きな事業で行う必要があるのだが、それでも掛かる費用は安く済む。

 となれば、利便性を求める人間は積極的に水道を作ることになる。それはそれでまだ良いのだが、水の使用量が町全体で多くなるということでもあるため、それらを捨てる下水道が必要になってくるのである。

 そして不法侵入者の男曰く、彼は町の外から下水道を通って町に侵入したらしい。

「普通に考えて有り得ませんよ。確かに町の外と内を繋ぐ道ではありますけど、だからこそ、国の方で警備をしているはずです。通すのが水だけなんですから、外側の入口や出口には檻が常備されているでしょうし………」

 一見有りそうであるが、良く考えてみれば有り得ない。そういう話を掴まされたとカナは考える。

「あの不法滞在者の人。どうして解放したんです? 絶対に嘘を吐いてます」

 カナは、隣に立って同じく下水の排出口を眺めているジンを見た。

「解放したのは、捕まえようと思えば何時でもできそうだったからだ。不法滞在者はあいつ一人だけってことも無いだろうし、嘘ならまた別に不法滞在者を捕まえて、また同じ様に聞き出せば良い。それに………」

 ジンは唐突に口を動かす事を止めて、排出口を強く睨み付けている。

「この排出口に……何かあるんですか?」

「いや、不法滞在者の話を聞いて、思い出したことがあるんだよ。と言っても、昔話というか、どこにでもあるお宝話というか、そんな話を」

 どうやら、その話を思い出したからこそ、ジンは不法滞在者を解放したらしい。いったいどういう話なのか。

「昔話と言えば、私でも知っている話とか?」

「いや、俺がガウのギルドの構成員だった頃に聞いた話だ。一般的に生きてりゃあ聞くことも無いだろう。まあ俺も、笑い話の一つとして聞いたんだが……」

「はあ………」

 ジン自身、半信半疑と言った様子である。それでも、様々な符合が重なり合って、信じる気になってしまった。そういうことだろうか。

「こういう話だ。だいたい、今から100年ほど前、アイルーツ国である宗教が流行ったって話は知っているよな?」

「ええ、それは。カルシナ教の話ですよね?」

 カルシナ教。今から100年から90年程前に流行ったカルト宗教である。教祖のカルシナはどこにでもいる一般人であったそうだ。代々、大工の家系だったそうだが、彼もまた同じく大工として生計を立てていたらしい。

 状況が変わったのは、彼がとある建築物の建造に関わっていた時のことだ。これまたどこにでもある家の建築作業だったそうだが、不運は誰にでもある物。建築物から足を滑らせて転落死してしまった。そう、彼は死んでしまったのだ。

 これまでなら不運な人間の一生で終わるのであるが、ここにアイルーツ国特有の奇跡が関わって来る。死んだはずの彼が生き返ったのだ。

「カルシナが奇跡の力で生き返った。その話は瞬く間に国中へと広がり、その奇跡について知りたいと、多くの人間が集まる様になった……それから、ええっと」

 カナは続きはどうだったかと思い出そうとする。この話は本当に昔話や歴史話として広く伝えられている。確かにこの国で起こった不思議な話として。

「カルシナは奇跡の力は神によって与えられた物だと話した。他者が自分と同じくその奇跡を得ようとするのなら、生前からその神を信じることが重要だとも。それがカルシナ教の始まりだった」

 カナが思い出そうとする話の続きを、ジンが話し始めた。今回の件と、大きく関わる話なのだろう。

「死んでも生き返られる。そんな分かりやすい奇跡に飛びつく人間はいくらでもいた。なにせ、この国には実際に奇跡が頻繁に起こっているんだ。カルシナの言葉には真実味があった」

 彼の教えを聞こうと、貴族までもが集まったらしい。そしてカルシナ教という宗教が誕生した。人が神の力によって死を乗り越えるという教義の元に。

「実際は、カルシナ以外に死んでから生き返ったという記録は無い。カルシナの語る教えが嘘だったのか、国がその事実を隠してるなんて話もあるが、当時、カルシナ教が誕生し、その組織規模を大きくしたのは事実だ」

「国家の基盤を揺らがす程に……ですよね」

「そうだ。人が死んですぐ生き返るなんてのは、人の常識から外れた事だし、その常識の元に発展した国にとっては、カルシナの教えは危険だ。早急に対処しなければ大変なことになる。結果、国によるカルシナ教の弾圧が始まった」

「あれ、確かカルシナ教徒の暴動が始まったから、その鎮圧って話じゃありませんでしたっけ?」

「そこらへんは諸説入り乱れているよな。とりあえず、カルシナ教が大規模化したが、国がそれを叩いて潰したって話が重要なんだよ」

 現在はカルシナ教と言う宗教は残っていない。国が叩きのめしたというのもあるが、カルシナ以外は生き返らなかったという事実が、カルシナ教への魅力が一過性の物となったからだろうとカナは考える。

「ここまでは誰でも知っている話ですよね?」

「ああ。ここからが重要だ。国に弾圧されたカルシナ教徒なんだがな? 当然、国側に捕まったわけだが、どうにも数が合わなかったという話があるんだよ。それも一人や二人じゃない。中心になって教えを広めていたらしい教徒やその周辺の人間が何十人も捕まらずに、国の弾圧を逃れている。教祖のカルシナ自身もだ」

「つまり、まだこの町でその子孫が生きているかも?」

「いや、町の中から忽然と消えたのさ。神の奇跡だなんだの言われているが、あくどいことをしている奴らは別のことを噂する様になった。町の外へと逃げる事ができる隠し道を作ったんじゃないかってな」

 あくどいことをしている奴ら。つまりガウであったり、そのギルドの元構成員だったジンのことだろう。

 かつてあった大規模な宗教と消えた信徒の話は、彼らの中では町の中と外を繋ぐ秘密通路の噂へと変化したのだろう。

「噂の内容はもっと具体的でな。カルシナ教徒の本部は町の西区に存在していた。だからその秘密通路は西区に存在している。手っ取り早く隠れて作るなら地下だろう。地下だと言うなら、当時から存在している下水道が怪しいってな具合だ」

 不法滞在者の話と、偶然かもしれないが一致したわけだ。

「でも、町への不法侵入の話は最近始まったことなんですよね? 昔からそういう秘密通路があったとしたら、ずっと前から問題になっていてもおかしく無いんじゃあ………」

「可能性は二つ。それまでは通路が見つかって無かったか、それとも最近できたか。あ、その両方って話かもな」

 右手の人差し指と中指だけを立てるジン。

「最近ですか? いえ、ジン先輩の話では大分昔に隠し通路が作られたってことなんじゃあ………」

「だからな、隠し通路なら隠されているはずなんだよ。当たり前の話だな。そして、この西区には最近何があった?」

「それは……ドラゴンの襲撃ですよね……あ」

 ドラゴンはハイジャング西区を廃墟に変えた。その被害は何も地上だけは無いだろう。巨大なドラゴンが暴れまわれば、下水道にも影響ができるはず。

「隠し通路を隠すとなれば、大方出入り口に壁を作るとかその辺りだろう。それがドラゴンの襲撃で壊れたとすれば、最近になって隠し通路が利用され始めた理由になる」

 確かに理由にはなるだろう。幾つかの偶然を無理矢理必然と考えればだが。

「本当にそんなのが存在するんですかあ? やっぱり不法滞在者の人を逃がさない方が良かったんじゃあ………」

「まあ……俺も少しは思うよ。ただ、調べてみなきゃあ始まらないだろ?」

 そう言ってジンは歩き始めた。方向は勿論下水排出口のである。

「そうすよね……うわ、外からも思ってましたが、臭いです」

 排出口はかなりの大きさがあり、その中に続く下水道も同様だ。人が整備のために入っても大丈夫な様に、道の端には下水の流れる部分より高さのある足場が存在しているが、そこもじめじめとして汚なそうだ。

 下水の方はと言えば、勿論、汚物である。各家庭や商店の排水が混じりあった不透明な灰色の水が流れ、悪臭を放っている。

「慣れろとしか言えないなあ。地図、持って来たか?」

「は、はい。水道整備公社から借りてきました」

 下水道の調査をするということを決めた時点で、その準備を行っていた。その準備のためには邪魔だったというのが、不法滞在者を解放した理由の一つである。

「下水道は町の至る所に繋がっているから、一種の迷路になっているらしい。地図での確認を忘れない様にな」

「こんな場所で迷うなんて嫌ですからねえ。うう……やっぱり臭い」

 鼻を抑えながら下水道を進む。明かりは殆ど無く、手提げ用のランプが唯一の光源だ。悪臭によって嗅覚が麻痺しているため、五感がさらに狭まる様な気分になる。

 暗く汚く、臭い道が延々に続く様な気分にもなってきた。地図と現在地は適宜確認を忘れないものの、自分は何時までもこんな場所で彷徨う事になるのだろうかと言った妄想まで浮かんできた。

(歩いてからどれくらい経ったのかな。何十分。いや、もしかしたら数時間? いやいやそんなにも経っていないはず。時間の感覚まで無くなってきた………)

 こんな状態で、あるかどうかもわからない秘密通路を見つけることなどできるのだろうか。ジンはどうしてるだろうと目の前を見る。

(あれ? 止まっている?)

 前方を確認しなければ、危うくぶつかるところだった。ジンは前へと進む足を止めていたのだ。

「どうしたんですか? ジン先輩」

 首を傾げながら話し掛ける。もしかして迷ったのだろうか。なら、自分が現在地を教えてあげないと。

「下水に入ってから気になることがあってな。それが確認していたと言うか……ほら、見てみろよ」

 ジンは彼が持つランプを足場に近づける。下水の湿気で汚れ、カビも生える黒々とした石の足場だ。そこには足跡が存在していた。

「道の途中から見つけた。多分、俺達が入った場所とは別の入口から入ったんだろうな。それからずっと、俺はこの足跡を追って歩いていた」

「整備公社の人が点検に入った時についた物でしょうか……あ、もしかして、隠し通路を通って町まで来た不法滞在者が歩いた跡とか。でしたら、下水に隠し通路がある証拠ですよ!」

「俺もまあ、そのどちらかだと思っていたんだがな。地図を見てみろよ。この足跡は、下水の出入り口じゃ無く、奥に向かっている。俺達がいる場所も、もう随分と奥になる。こんな奥まで整備公社の人間が点検や整備に来ることなんて、そんな頻繁に無いだろう? この足跡、結構新しいぞ。最近、いや、ついさっきついた物だな」

 足跡にランプを近づけるジン。カナはそれを見るものの、それが古いのか新しいのかの判断は難しい。ただ、えらくはっきりと残っている様には見えた。

「ついさっきと言うことは、もうすぐ目の前を人が歩いているってことですよね?」

「そうなるな。道が曲がりくねってなければ、向こうの灯りが見えてもおかしくは無いんだが」

 ジンはランプの光を一時的に消してみる。カナもそれに合わせて自分のランプを消す。そうすれば、道の先にいるかもしれない誰かの灯りが見えるかもと思ったのだ。

 ただ、カナの目に映るのは暗闇のみであった。

「……何も見えないみたいだな」

 ジンが再びランプに火を灯した。視界が戻り、変わらぬじめじめとした景色が映る。

「もう少し進めば、その先を歩いている人に会えるんでしょうか?」

「さあな。俺が読み違いで、本当はずっと前についた足跡かもしれないし……いや、でも、用心に越したことは無いか」

「何か気になることでも?」

 灯りが見えないということは、この先に人がいない可能性が高いということだ。だと言うのに、ジンは気を引き締めろと話す。

「こっちに察知されない様に、向こうも灯りを消した可能性がある」

「つまり向こうもこちらを用心している?」

「そうだ。こっちとしては居ても居なくても灯りを消す必要は無いだろうが、もし本当に先んじて人がいるのなら、向こうは灯りを消したままにしているだろう」

 つまり待ち伏せているということだ。まさか灯りを消したまま移動はしないだろうから。

「というか、待ち伏せをしている時点で怪しい人じゃないですか」

「わざわざ見つからない様に灯りを消す時点でおかしい人間だ。自分に非がなけりゃあ灯りを点けたまま移動すれば良いんだからな」

 ただし、どれもこれもが本当に道の先に人がいる場合の話だ。これで実は気のせいだったとなれば、カナ達はとんだ間抜け者になるだろう。

「用心するにしても、気張ってばかりいれば疲れる。そうなれば、そもそもの目的である秘密通路の調査が疎かになるよな。だから、とりあえずは注意をしつつも、心に余裕を持って進もう」

「そんな事ができれば苦労しませんよ」

 なんだその苦労をして楽をしたいみたいな話は。もし本当に待ち伏せをされているのなら、気苦労をして進むしかないはずだ。

「そうでも無いぞ? 例えば君と俺とがある程度の距離を置いて歩けば、先に歩く奴が襲われた時、後ろにいる奴が余裕を持って襲撃者に対処できるだろ? 前を歩く奴が注意さえしていれば、後ろを歩く奴は、普段通りに歩くだけで良い」

「その前を歩く役と言うのは、ジン先輩がするんですか?」

「勿論だ。何か不満でもあるのか?」

「いえ………」

 とりあえずの進み方を決めてから、カナ達は歩き出す。ジンの背中が遠くなり、なんとか視界におさめて置ける程度の距離を開ける。

 そうして暫く歩いてから、カナはジンの背中を睨んだ。さっきの話では否定したものの、確かに不満はあったのだ。

(なんだか……まだ危なっかしいって思われてる)

 自分が子どもで、ジンが一応は大人であることは十分に理解している。そして、ジンがカナの安全に配慮していることもだ。

(けど、私だって魔奇対の一員になってから暫く経つんだし、そんな風に心配されるなんて不本意)

 せめて隣に立って歩きたい気分ではある。この足場では並んで歩くには狭いだろうが。

(不意打ちを警戒しつつ、後ろを歩く人は普段通りに歩けるって言うのは確かにあるけど、それって前を歩くジン先輩は後ろにも前にも気を配らなきゃいけないってことじゃない。そういうことをしておいて、人には楽に進もうなんて言うんだからなあ)

 カナがジンを心配しない様にするためだろう。そういう気配りも、今のカナには不機嫌になる要素の一つでしか無い。

(なんとか見返したいけど、今は無理だよねえ。どうしたら………)

 考えを続けながらジンの背中を追う。幾つかの曲がり角を慎重に曲がるジンに合わせて、自分の歩く速さも調整する。

 最初の曲がり角ではカナもそれなりに緊張した。その影から、突然に見知らぬ人間が現れると思ったからだ。しかしそんな事は起こらず、次の曲がり角、そのまた次の曲がり角が現れる度に、緊張感は薄れて行った。これでは、カナがただ楽をしているだけでは無いか。

(やっぱり、距離を置いて歩くんじゃなくて、お互いに周りを警戒するとか、そういう風にした方が良いかも)

 カナはそう考えると、前を歩くジンへ話し掛けようとする。

「ジン先輩、ちょっと―――」

 しかしカナは絶句してしまった。ジンの言っていた事が全般的に正しいと理解してしまったからだ。

 4度目の曲がり角に差し掛かった瞬間、その影からジン以外の人影が本当に現れたのだ。

(そんな!)

 人影は下水道の闇に紛れ、明らかにジンへと襲い掛かっていた。微かなランプの光に照らされた人影は、同じく光によって銀色に輝く刃物をその手に握っている。




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