第二話 『道を振り返ることだってある』
ガウ・フェンリー。年齢は見た目より経っているらしく、四十を上回るらしい。良く見れば、口元に皺が見える。彼はハイジャング東地区の繁華街を縄張りとする非合法な職業紹介ギルドの長であるのだが、本人は自分のことをなんでも屋であると称する。
実際、それは嘘では無い。職業を他人に紹介するということは、紹介した相手に貸しができると言うことだ。その貸しを使って、様々な職業の人間へ命令することだってできる。だからなんでも屋という名前はある意味で正しい。
ただし随分と怖いなんでも屋らしい。職業の紹介や仲介料で賃金の中抜きをする上、金貸しもしているらしく、職業を紹介した相手からは、その成果であるはずの給金から半分以上の額を奪うこともあるそうな。文句があろうとも、非合法な組織と、そこから紹介された仕事であるため、誰かに泣き付くこともできない。勿論、直接不満を申し出よう物なら、さらに非合法な手段で口や手を封じられるのである。
要するにヤクザだ。ガウ・フェンリーはヤクザの親玉で、ジンはその元子分だったわけである。そして子分は今ではまっとうな職業についているものの、少し困ったことがあったので、昔のツテである親分を頼りに来たというわけである。
ちなみに、これらのことをカナが知ったのは、ガウ・フェンリーとの話し合いが終わり、ジンがその口で説明してからのことだ。
現在進行形でガウ・フェンリーとの話し合いが続く今のカナには、知りようが無い事実である。
ただし、ガウが只者では無く、そのうえ怖そうな人種であるというのは、この時のカナでも十分に理解できていた。
「で? ジン、今回は何を頼みに来た? 金か? それとも女か?」
「どちらでも無い。そのどっちも、今後頼む予定も無い。後が怖いからな。あと、単純な頼みごとでも無いな。貸しを作りたくないんだよ。依頼って言い方が正しい。そういう仕事もしているんだろう?」
ヤクザだけあり、ガウのギルドは金銭次第であらゆることをしてくれるそうだ。そういうあらゆることと言うのは、騎士であるカナ達が看過してはいけない物事であるはずだが、そのことを知らないままのカナは、ただジンとガウの話を見ているしかない。
「まあ、お前が俺のところに来るのはそういうことばかりだよなあ。偶には甘えてくれても良いんだぜ?」
「甘えて貸しを作ったら、国家への繋がりにでも利用するつもりだろう? 悪いが、うちの組織はそんなことができるほど上等じゃあ無いんでね」
続く話し合いを見るしかできないカナであるが、色々と思うところはあった。
(なんだか……二人とも雰囲気が似てる)
ジンとガウ。二人とも外見には相違があるものの、話し方から立ち振る舞いまで、どうにも似た者同士に見えた。
「じゃあ何だ? 依頼っつっても、何から何までできるわけじゃあ無いぞ?」
「人探しだよ。そういうのなら金で解決できるもんだろう?」
カネで解決とジンは言うが、その金は誰が用意するのだろうか。ジン自身はそれほど物持ちが良く無いだろうし、もしや魔奇対の予算からか。
「まだ何とも言えないな。行方不明者や、既に死んで墓場に入った人間だったりする場合、俺達で探し当てるのは難しいだろう? どういう人間で、外見が分かっているのなら話して見ろ」
ジンは例の老人を、ガウとその組織が見つけてくれることを期待しているらしい。確かに金銭で解決できるのならば、カナ達で探すよりも効率的に探し当てることができるかもしれない。
魔奇対よりも、ガウのギルドの方が動員できる人間が多そうでもある。ただし、そんなことを考えるよりも、カナの関心は別の部分にあった。ジンの過去についてである。
(ジン先輩とガウさんって人が似ている……もしかして、ジン先輩はこのガウさんに影響されているってことなのかな? 魔奇対に入る前はこのギルドの一員だったみたいだし、有り得ることかも)
ジンの年齢を考えるならば、このギルドに在籍していた時分は、随分と若かったはずだ。その組織の長に影響を受けたとしてもおかしくは無い。
(うーん。そう言えば私、ジン先輩の昔のことってあんまり聞いたことが無いなあ。当たり前かもしれないけど)
他人の過去を詮索する時というのはあまりない。世間話でそういう話に発展することが殆ど無いからだ。そして世間話で無い時にそういうことを聞き出そうとすれば、相手はきっと嫌がるだろう。
(なんというか、意外な事実と言うか、聞いてみれば有り得そうな話というか―――)
「おい、カナ。聞いてたか?」
「は、はい!? な、なんのことですか?」
急にジンに話し掛けられて、カナは驚いた。心臓に悪い事は止めて欲しい。
「だから、俺達が探している爺さんのことだよ。ああ、そう言えばお前は会ったことが無いんだっけな」
「そ、そうですよ。その、奇跡に関わっているかもしれないお爺さんを見たのは、ジン先輩だけで………」
「ほう。その老人には奇跡が関わっているのか」
「あ、おい。馬鹿」
どうやらカナは口に出さなくても良い情報を話してしまったらしい。様子を見るに、ジンは奇跡云々の話を隠しつつ、老人をガウに探させるつもりだった様だ。
「す、すみません。話を良く聞いてませんでした………」
「おいおい頼むぞ。まあ、言ったもんは仕様が無いか。聞いての通りだ。今、外見の特徴について話した老人は、とある奇跡に関わっている」
カナが漏らしてしまった情報を、そのまま開示するつもりのジン。交渉はここからなのかもしれない。であれば、カナの失言もそれほど影響が無いだろうと思いたかった。
「ふうん。老人が奇跡にねえ………。一応確認しておくが、その老人の外見ってのは、お前の言っている通りで間違い無いのか?」
「俺が見る限りはそうだよ。違ってるなんて言われても困る」
ガウはジンの返答を聞いてから顎に手をやって考え込んでいる。単なる人探しであるはずの依頼に、そんなに悩む内容があっただろうか。
「お前以外に、別の誰かが見ていたのなら確定的なんだが………」
「俺以外に見た人間がいないかどうかも調べるために、あんたのところに来たんだぜ? 別の誰かを探すのはそっちの仕事だと思うがね。まあ、まだ金を払ってないんだけどな」
こちらが出せそうな情報は出した様に思える。これで断られるのであれば、別の方法で老人を探すしかなくなるだろう。
相手の応答を待つカナ達に対して、暫く俯いていたガウが口を開いた。
「人探しはしてみよう。ただしその対価なんだが、金じゃなく、こっちの仕事を手伝うって形にはできないか?」
ガウの提案にカナは目を丸くした。そんな話をのめるわけが無いからだ。相手は真っ当な人間では無く、こちらは国の役人である。仕事を相手に頼むだけでもそれなりに厄介だと言うのに、さらに向こうの願いで仕事を請け負えば、そこには明確な繋がりができてしまう。そんな状況を看過していれば、互いにとって喜ばしく無い状況に陥るだろう。
「あんたらしく無いな。貸し借りなんて作らない方が身の為ってのがこういう組織での常識だろ」
ガウが何の意味も無くこちらに仕事を頼むとは思えない。そんな風にジンは考えているのだろう。相手の意図を探っている。
「わかっている、わかっているさ。だがなちょっとな………。とりあえず話を聞いてみてくれないか? 今、町の西区では巨大ドラゴン襲撃による壊滅状況から、復興の兆しが見え始めている。様々な人が集まってるってことだ」
こちらが自分の提案を渋るのを分かっていたのだろう。ガウは矢継ぎ早に話を進めてくる。
「瓦礫の排除に町の整備。あとは警備やら露店屋。単純作業な仕事に対する需要と、そういう仕事をする人間を対象にした商売がどんどん増えている。そりゃあ人も集まるってもんだ」
無くなってしまった物を取り戻すための仕事であり、ドラゴン襲撃によって家を失った人間も大勢いるため、雇う人間には困らない。皮肉なことにハイジャングの西区は活気を取り戻しつつあった。
「うちも幾らかそういう状況に噛んでいてな。ほら、ここでは色々と仕事を紹介しているわけで。まあ、だからか知らんが、情報も良く入ってくる」
「だろうな。大方、そこらへんの浮浪者に雑事でもさせつつ、西区に自分達縄張りを作るつもりだろう?」
「それもある。まあ、そこらへんはとりあえず置いてくれ」
互いに互いの考えを理解した上で話を進めている。これがまっとうな交渉の場なら凄いと褒められることだろうが。
(怪しい話ばかりしているなあ。他人が見れば、私ってきっと場違いに見えるんだろうけど、私のせいじゃあないよね?)
今度は話を聞き逃さない様にしつつも、居心地の悪さを感じるカナは、心の中で愚痴を漏らす。
「重要なのは入ってきた情報だ。なんでも、見知らぬ人間を偶に見かけるらしい」
「そりゃあ人が集まってるんだ。他の地区から仕事目当てや一攫千金目当ての奴が来ていてもおかしくは無いだろう」
「明らかにこの町の人間じゃあ無い奴が混じっていてもか? どこか異国の言葉で話していた人間もいたらしいぞ?」
「それは………」
由々しき事態かもしれない。ドラゴン襲撃は、あくまでアイルーツ国内部での出来事だ。そこで起きた被害も、基本的には国内で処理しなければならない。
なので、他国から来た人間を雇い入れてまで復興を目指しているわけでは無い。他国の人間がアイルーツ国内やハイジャングの町に入ろうとすれば、それなりに厳重な調査が行われるため、ハイジャングの町で他国の人間が仕事をしている光景というのはあまり見ないはずなのだ。
「町の西区に不法侵入者が仕事をしているとでも?」
「かもしれないって話だ。別に証拠があるわけでも無い。もしかしたら正規の手段で町に入ったのかも」
「あんたはそう思っていないんだろう?」
どうにも話が大げさになっている。カナは肌でそう感じていた。奇跡に関する調査をしているというのに、また違う何かを釣り上げてしまった様な感覚に陥る。
「あの……つまりは私達に何をさせたいんですか?」
じれったくなったカナは、つい話を進めてしまう。あれやこれやと話が混雑するよりも、まっすぐに頼みこまれた方がまだマシであるはずだ。
「おっと、小さなお嬢さんには難しい話だったか。まあ、率直に言って、不法侵入者の情報は事実だと考えている。これはこの町を縄張りにしている俺達にとっても厄介だ。どことも知れない奴らにお株を奪われてるってことだからな」
仕事紹介を主な業務としているギルドだ。町の外から来た人間がその仕事を奪うのは気分の良い状況では無いのだろう。
「不法侵入者を追い払えって話ならお断りだ。それこそ、あんた達の手下に成り下がる行為だろうに」
ジンが断ってくれてほっとする。まさかその様な仕事をしたくは無い。
「なら、どうして不法侵入者が現れるのかの調査依頼ならどうだ? 他国人の立ち入りには厳重な調べが行われるはずの町で、突如として不法に町へ立ち入った人間が現れる。一種の奇跡みたいだな」
ガウの言っていることは詭弁だ。不法侵入者が、まさか奇跡を使って町に侵入したわけでもあるまいに。
何か他の現実的な方法を使って町に入ってきているのだ。それはそれで厄介この上ない事態ではあるが、カナ達の仕事では無い。そんなことはガウだって分かっているはずと思うのだが。
「つまり、そういう名目で魔奇対に動けって言っているのさ、この男は」
カナは困惑した表情を浮かべていたのだろう。ジンが問い掛けに答える様に説明をしてくる。
「これなら、俺達の命令で動いたというより、君ら役人が自分の職務を全うするという名目で動けるだろう?」
まるでこちらへの気遣いだとでも言う様にガウは話す。
「つまり、ここまでお膳立てするんだから、その仕事を俺達が受けなきゃあ、いくら金を積んでも動かないってことか?」
「そうなるな。言って置くが、別にいやしい気持ちがあって頼んでるわけじゃあ無い。むしろ、お前が持ち込んだ仕事が、お前が思っている以上に厄介な物だったってだけだ」
老人を探してくれという話は、そこまで言う程の物なのだろうか。だとしたら、カナ達が探す老人とは何者か。ガウは検討がついているのかもしれない。
「わかった。それで手を打とう。期限は何時までが良い?」
「そうだな。遅くても一週間後には報告を聞きたい。不法侵入の方法が分かっても分からなくてもだ」
漸く話はまとまったらしい。そのことにカナは胸を撫で下ろす。話し合われた内容であるが、裏ばかりがありそうで、カナは少し頭が痛くなっていたのだ。
その後、白い屋敷を出た時。ジンにガウや彼のギルドがどういう物かを説明されたため、頭痛は感じなくなったものの、次は心臓が痛くなったのは気のせいでは無いだろう。
「なんだそれは。結局、やることと言えば地道な調査でしかないわけか」
ハイジャング西区のガウ・フェンリーと言う男と交渉をした後。ジンはすぐに魔奇対の執務室へ戻り、上司であるフライ室長にそのことを伝えた。
そうして返ってきた言葉は、労いで無く呆れだったのは少々残念である。
「本当にそのままの地道な作業なら、俺も断っていたかもしれませんけどね……」
どうにもガウの様子が変だった。彼のことは、それなりに知っているつもりである。
ガウは非合法な仕事をする人間であり、そんな彼が、既に国側の人間になっているジンに仕事を頼むというのは、それなりの事情があるだろうと考えられる。その仕事が、老人を探す依頼を聞いてから頼まれた物であればこそ、彼の頼みを聞く気になった。
「まさかとは思うが、向こうから頼まれた不法侵入者の調査というのが、奇跡に関わる事件にも関係してくると思ってはいないだろうな」
「考えてますよ。あの男は無駄な事を嫌う奴なんだ。案外、俺達が探す老人にも関わる物なのかもしれない」
「ふうん。君もそう思うかね? マートン君」
「私ですか?」
フライ室長は、隣で黙ったままだったカナに話し掛ける。ガウと会ってから、ずっと顔色の悪いままなのだが、どうしたと言うのだろうか。
「君もガウ・フェンリーに会ったのだろう? 私も顔を合わせたことがあるものの、食えん男だという印象しか無くてね」
「そう言われても、なんだか怖そうな人とギルドだなあとしか……あとの説明で、やっぱり怖いところだって知って、もう心臓が爆発するかと思いましたよ」
だから顔色が悪かったのかと、漸くジンは納得できた。
「ちょっと待て。まさか、何も説明せずにあそこへ行かせたのか?」
「説明し難かったですよねえ。なにせ、俺の過去についても幾らか話す必要がありますし」
気恥ずかしさが先立ち、結局、碌な説明もしないまま、ガウのギルドにカナを連れて行くことになってしまった。反省するべき事項だろう。
「まったく……いいかね、マートン君。既に聞いているかもしれないが、あそこは非合法な仕事を、まっとうな仕事に就けない人間に紹介するギルドだ。勿論、国には認められていないし、何時国によって潰されてもわからない場所と言える」
「はい。それは話が終わってから聞きましたけど………」
「だが、そこらの処理はどうしてだか後回しにされている。国の方も、潰すより現状を維持した方が何かと都合が良いと考える人間が多いのだろうな」
ヤクザな仕事というのは、どんな時代。どんな世の中でも無くならない物だ。一つ潰せば、また別の誰かがその仕事を行う。ならば、ある程度の管理ができる人間が存在した方が、まだ治安の助けになるだろうという見解から、ああいうギルドが存続している。
「そんなギルドで、こいつは昔働いていたってわけだ」
「それも聞いてます。確か、門番みたいな仕事をしていたんでしたっけ?」
「門番だと?」
疑問符を浮かべるフライ室長を見て、ジンはこの場を逃げ出したくなった。
「嘘じゃあ無いでしょうに。そういう仕事だってしていましたとも」
ギルドの長が自らの組織をなんでも屋と称するのと同様に、ジンも色々としていただけの話である。
「マートン君、良く聞きたまえ。こいつはな、元は片田舎の農家出身だが、なんの因果か奇跡所有者になり、故郷に居辛くなってハイジャングまでやってきたお登りだ」
まあ、フライ室長の言う通りである。奇跡所有者というのは、周囲から結構な差別を受ける。それが田舎の村であるならば尚更だ。そのことに嫌気がさして、ジンは自分の故郷を飛び出し、ハイジャングまでやってきた。
「当然、田舎からやってきただけの奴に、この町で普通の仕事があるわけも無く、ああいうギルドにスカウトされることになった。こいつの奇跡は、まあ、腕っぷしが物を言う荒々しい世界では優秀だからな」
それも本当だ。食うための仕事も無く、どうにかせねばと色々と考えた末、行き着いたのがガウのギルドだった。当時は自分の力が認められた様な気がして浮かれていた記憶がある。
「そこでこいつは、自分の奇跡を使って色々としたわけさ。犯罪すれすれの行為や、犯罪そのものをだ」
「そ、そうなんですか」
驚いた顔をしてこちらを見てくるカナ。若気の至りという奴である。だからそんな目で見ないで欲しい。
「ちゃんと報いは受けたんだけどな。足切りされて、国防騎士団に捕まったんだ。暫くは牢屋の中に送られることになったんだが、どこから聞きつけたのか、この室長がやってきさ」
「使えそうな奴だと思ったのだよ。当時、魔奇対を設立する段階になって、どうにか人手が欲しかった。それも奇跡の扱いに慣れた奴がな。だから労役ついでに国防騎士団で戦闘訓練を受けさせて、うちで雇うことを決めた後、今に至るというわけだ」
国防騎士団での訓練は、そのまま牢屋に服役していた方が大分マシだったと思える程に酷かった。どうせ犯罪者だからと死ぬ一歩手前まで体を酷使されたこともある。おかげで戦い方を覚え、騎士団とのある程度の繋がりが出来たのであるが、もう一度と言われれば御免こうむる。
フライ室長の選択は正しかったのかはジンにもわからないが、そのことで室長にはそれなりの恩ができた。それを返すため、こういう仕事を続けているのかもしれない。安定した仕事であり、食うに困らなくて助かると言う理由は勿論あるが。
「色々とあったんですねえ。なんというか、一冊本でも書けるんじゃないですか?」
「最後のオチはハッピーエンドが良いけどな。それより今は頼まれた仕事だ。どうします? 室長が止めるって言うのなら、この話は無かったことにしますけど」
本当は是非ともやってみたくあるが、魔奇対の意思決定はフライ室長になる。彼が命令を下すからこそ、魔奇対は組織として動けるのだから。
「……わかった。やってみろ。どちらにせよ、他にできることも無いのだ。奇跡に関わる事件について、少しでも状況を進展させることができるのなら、無駄にはできんだろうなあ」
本当は、ガウのギルドに頼るということ自体が嫌なのだろう。ジンにとっては、どちらも恩人と言える相手なのだが、当人達は立場の違いが水と油のそれであり、相容れぬ者同士だ。
「安心してくださいよ。もしこの話があそこのギルドの利益にしかならないってのなら、それなりの対価を支払わせてやりますよ」
ガウとフライ室長。どちらも顔見知りでそれなりに親しい間柄ではあるが、今の雇い主はフライ室長である。どちらの味方をするかと言えば、それは当然雇い主の方だ。
「マートン君はどうするのかね? クロガネの方が忙しいというのなら、そちらを優先して構わないが」
「いえ、私もジン先輩に付き合います。どうにも私、こういった調査事に関して経験が無いみたいで」
彼女なりに、魔奇対で活躍したいという功名心があるのかもしれない。自分の様な仕事をすべてカナにして欲しいとジンは思わぬが、彼女が使える人間になるというのなら、その成長を止める必要は無いだろう。
「それじゃあ明日からは西区で不法侵入者の調査だ。ついであの爺さんも見つかればもっと良いんだが」
そう上手くは行かないだろうという予感はする。幸運とはそうそう舞い込まぬ物だ。一方で苦労は幾らでも転がっているのである。
このことは予感と言うより、これまで進んできた人生を振り返っての経験による物かもしれない。