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黒金  作者: きーち
第三章 地下深くを進むもの
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第一話 『まっすぐには進めない』

 地下深くを進む者達がいる。暗くじめじめとした道。地上の光が、太陽も月も星の光さえ届かない地中の中を、彼らは進む。

 土がそのまま露出したトンネルと言うのは、大凡、気分の良い場所とは言えない。そんな中を、もうどれだけ歩き続けただろうか。空気も薄く感じて、今にも倒れそうになる。だが、彼らは止まらない。先へ進もうとする意欲も失わない。彼らが進む先には道があるからだ。そこに道があり、進む理由がある限り、彼らは歩き続けるのである。その道の先に彼らにとっての希望があると信じているから。




「調べるなってのはどういうことだ! 室長がこの方針を決めたんでしょう!?」

 アイルーツ国ハイジャングの町。町の周囲と内部に水場が多く存在する、美しい青に彩られたその町の中心地近く。そこには幾つもの庁舎が建ち並んでいた。国家の機構を維持するため、日々役人が仕事をするそれらの建物の中に、魔奇対の執務室が存在している。

 魔法及び奇跡専門対策室。略称、魔奇対は、その名の通り国家を脅かす魔法や奇跡と言った良くわからない物に対抗するための組織だ。

 その人員の一人であるジンは、執務室で大声を上げていた。声を上げる相手は、彼の上司であり、魔奇対の室長でもあるラッド・フライだ。

「別に調べるなとは言っていない。巨大ドラゴンや動く森について、むしろ積極的に調査をして欲しいとも思っている。ただ、ブッグパレス山には近づくなと言っているんだ」

 ジンとフライ室長が話しているのは、先日までに起こった事件についてのことだった。ハイジャングを巨大ドラゴンが襲撃した事件と、町に近づこうとする動く森を討伐した事件。この二つの事件には何らかの繋がり、もしくは裏側があると考えたフライ室長は、部下のジンにそれらの調査を命令した。

 それは良いのだが、この二つの事件には共通して同じ土地で原因が発生したという明確な繋がりがあるというのに、その土地であるブッグパレス山への立ち入りが、何故だか禁止されてしまったのである。

 禁止したのはアイルーツ国であり、ジンは立ち入りの許可を上司のフライ室長を通して頼もうとしたのだが、その返事は芳しく無かった。

「一番、原因を探れそうな場所に近づけなくて、何が調査ですか。目の前に答えがありそうだっていうのに、それを見ないで別の事を調べろと?」

「そうだよ! そう言っているんだ! あまり怒鳴り散らすな。私だって納得しかねる事態なんだ」

 フライ室長は、仕事机から突如として立ち上がると、ジンに負けぬ大声で叫び返した。まさかそう来るとは思っても見なかったため、ジンの怒りは勢いを削がれる。

「………つまり、室長よりももっと上の連中の命令ってことですか」

「そうとも言えん。ブッグパレス山への立入禁止は、確かに我々より上の立場の人間が決めたことだが、それは民間人が立ち入らない様にする規制であって、国家が調査する分には許可が得られる……はずだった」

 勿論、魔奇対は国家機関であり、この組織がブッグパレス山を調査することは別に問題は無い。つまり、別の問題が浮上したということだろう。

 フライ室長は少し間を置いてから、その理由を語り始めた。

「国防騎士団に、私達と同様の仕事をする部署が新設されるという話は聞いたことがあるな?」

「はい。一応は」

「国防騎士団内部に奇跡に関わる事件を専門に扱う部署ができた。そういう物が今まで無かったわけでも無いだろうが、今回の物は特殊だ」

 確か国防騎士団第一師団直下の特殊事案処理小隊という名前だったはずだ。続く奇跡による大規模な事件を懸念した国側の指示により組織された物だと聞く。

「国の命令だからって、そんなすぐに人員が集まるわけも無いでしょうからねえ。つまり以前から存在していたが、理由があって秘匿されていた部署。そういうのが前回や前々回の事件の影響で、正式に認可されたってところですか?」

 国が直下の組織を無い物として扱うというのは多々ある。組織としての機能は必要だが、あまり周囲に対して好感を与えない部類の機能である場合、組織は作るが、それを表向きに公開しない様にするのだ。もし、その組織が失態を犯した場合、自分達とは何も関係の無い組織と足切りをするために。

 そんな組織が、今回、正式に認められたということは、社会の状況が大きく変わったということだろう。

「アイルーツ国の世論は、大規模化する奇跡に関わる事件を、どんな手を使ってでも防ぐべきだという物になっている。今回の組織は、それに答える形で認可されたのだろう。そうしてその組織がどうして今まで認められなかったかと言えば………」

「人員の多くが奇跡の所有者だからってあたりですか」

「その通り。なんだ? 知っていたのか?」

 意外そうにジンを見るフライ室長。これでも、それなりに耳聡いのだ。

「噂には聞いていましたよ。もろに内と被る組織ですから」

 魔奇対は、奇跡に対して表向きに動ける組織である。人員にもジンという奇跡所有者がいる。

 国家機関に、あまり好ましく思われない奇跡所有者が存在するというのは、普通なら問題や抗議が起こるべきことであったが、魔奇対が主流から外れた組織であり、規模も小さく、雇う奇跡所有者も臨時の者であるという理由から押し通した形になっている。さらに裏ではアイルーツ国の女王が動いていたというのもあるだろう。

 ただ、国を守る組織であり、アイルーツ国内では最大規模を持つ組織とも言える国防騎士団に、魔奇対と同様の組織を作るのは無理があった。しかし、奇跡に対して奇跡で対抗すると言った魔奇対の様な組織は、奇跡が頻発する状況のアイルーツ国には必要不可欠な部分もあり、正式に認められていないだろうが、国防騎士団内部には自分達と似た様な組織が存在するとは予想していたし、良く聞く話ではあった。

「とにかく、そう言った組織が正式に認可された。ということはだ、その組織が何らかの成果を出して貰わなくては、認めた国が困ることになるのだよ。なにせ、本来なら認められていなかった組織なのだから」

 奇跡所有者が人員として参加している国家機関。しかも国防騎士団内部の組織となれば、いくら社会の状勢が変わったとしても文句は来るだろう。それを跳ね除けるには確かな成果が必要なのである。

 ただし、それは国側の理屈であって、魔奇対としては好ましくない。

「俺達のライバルみたいな組織が、国の援助を受けて行動してるってわけかよ。ブッグパレス山の調査を俺達が禁止されたのはそれが理由ですか」

「ああ。国がブッグパレス山を調査する方針自体は何も変わらない。ただし、その調査をする組織に関して、魔奇対は除外されたという状況だ。当然、代わりに調査するのは国防騎士団の、特殊事案処理小隊という奴らになる」

 フライ室長は随分と悔し気な顔を浮かべた。彼にとっては自分の猟場を奪われた形になるのだろう。魔奇対内では組織間の調整を仕事にする彼であるから、その悔しさはジンが思っている以上の物かもしれない。

「略称は『特事』って辺りでしょうかねえ、その組織。しっかし室長も不甲斐ないなあ。そんな状況でも、うちに有利な交渉を続けるのが仕事でしょうに」

「わかっている。ただ、相手組織の情報が少ない。今まで秘匿されていた組織だけあって、その全容が掴めんのだ。それが分からない以上、相手組織との交渉も上手くいかん」

「調べなきゃならないことが増えたってことですか」

 奇跡に関わる事件の他にも、ライバル組織がどの様な物かも調べなければならない。後者は特に重要かもしれない。なにせ、魔奇対よりも大規模で魔奇対とまったく同じ仕事内容なのかもしれないのだ。そうなれば、魔奇対の存続にも関わって来る。

「『特事』に関しては私に任してくれたまえ。近いうちに魔奇対の長として接触してみるよ」

 室長なりに仕事をするということだ。その話を聞いて、ジンは室長に怒鳴っていた自分が気恥ずかしくなった。

「あー、そうだな。じゃあ俺も文句を言ってないで、奇跡に関する事件について、他の伝手で調べますか」

 ブッグパレス山で調査ができないのであれば、また別の手で奇跡に関わる事件を調べるべきだった。それをせず、上司に愚痴を零すのは無能の証明である。

「何か、他に心当たりがあるのかね?」

「奇跡について直接調べられないのなら、例の爺さんについて調べてみるつもりです。そういう人間を探すことが出来そうな知り合いがいますんで」

「ああ、例の」

 違う伝手を頼ろうとするジンに、理解を示すフライ室長。彼はジンが何を頼ろうとしているのか知っているのだ。

「カナも連れて行って良いですか? 良い経験になりそうだ」

「構わないよ。ただし、危険が有る様であれば、君がしっかりと守る様にな」

 これから向かう場所は、それなりに治安の悪い場所だ。そこを注意する室長に、ジンは頷いた。




「あの……知っているとは思いますけど。私、忙しいんです」

 ハイジャングの町、東の区画にある路地を歩くカナ。目の前には職場の先輩であるジンの背中が見える。

「ああ。知ってるな」

 こちらの問い掛けに対して、ジンはそのままに返してくる。多少、皮肉を込めた物言いだったのだが、もう少しはっきり言わないと駄目だろうか。

「だからですね、暇じゃあ無いんですよ私。クロガネの整備作業と並行して、例の奇跡に関わる事件の調査もしなきゃいけませんし」

「整備作業はともかく、事件の調査は進展なんて無いだろう?」

「う……ま、まあ、その通りなんですけどね」

 分が悪くなって、カナは目をジンの背中から逸らす。事件の調査と言っても、カナにはどうして良いのかが分からず、奇跡に関する資料を古巣の魔法学校から取り寄せるくらいしかできなかった。

「調べ方が分からないんだったら人に聞け。経験なんて無くて当たり前なんだから、一人に意地張ったって時間の無駄になるだろうに」

「べ、別に意地なんて張ってません」

 嘘である。奇跡に関してはジンより自分の方が詳しいからと、ジンとの共同調査を頼まなかった。それは、そろそろ自分は一人前なのだとこの先輩に対して意地を張っていた証明であった。

「とにかく、何かを調べるとなれば、自分の知識量より他人との繋がりが重要になる。いちいち自分だけで聞いて回るより、知っている人間に心当たりがある方が手っ取り早いだろう? 労力も少ない」

「つまり、今、この繁華街を歩いているのは、その知っているだろう人間を探しているんですか?」

 カナは周囲を見渡す。ハイジャング東地区は商業地区だ。数多くの商店や卸屋。そこに立ち寄る客向けの飲食店が立ち並ぶ。

 カラフルな看板と紅いレンガが目に痛い。人通りの多さもあって、頭も痛くなりそうだった。

 今は昼であるが、夜になればまだマシになるだろうかと思えば、むしろ店から明かりが途切れず、歩く人並みもそれほど減らない。そのせいで、よりギトギトとした景色になるそうだ。

「別に探してるわけじゃあない。居る場所を知ってるからな」

 そう言えばジンの歩みには迷いが無かった。どこかへ明確に向かっているのだ。

「目的の人物って誰なんですか? 繁華街まで来た以上、どこかの販売店の関係者とか?」

「まあ、そういう表現もできるが………。そうだな、考えてみろ。俺がその相手に求めている情報は、人の情報だ。前に言ってた爺さんについてってことだな。さて、そういう誰かを探す場合、顔の広い人間を頼れば良いわけだ」

 問題とヒントを出してくるジン。歩みを止めないまま、カナはその答えについて考え込んだ。

「大きなお店の店長さんとかでしょうか? お客相手の商売である以上、嫌でも顔は広くなりそうですから」

 ジンが居る場所を知っているというのも、それが理由かもしれない。どこかの店で働いているのであれば、その店に向かうだけで会えるのだから。

「惜しいな。ある意味では当たってる。そうだ。ある店の店長なんだよ、その男は」

「男性なんですか?」

 こちらの問いにジンは頷く。

「そうですかあ。どういう種類のお店で? ジン先輩との関係は?」

「そう色々と聞かれてもなあ……話し難い」

 頭を掻きながらジンは答えた。そんなに難しい話をしただろうか。すぐに答えられる内容と思うのだが。

「人に当ててみろって言っておいて、話し難いも何も無いと思うんですが………あの、違う質問をしても良いですか?」

「話しやすい感じのを頼む」

 そう言われても困る。カナがする質問は純粋な疑問であった。先ほどから気になり始めたことであり、それがどういう意味を持っているのかが良くわからない。

「あのですね……なんだか人気の無い場所に向かっている気がするんですけど……なんでですか?」

 ジンの背中を追って歩くうち、人通りの多い繁華街から路地裏に入り、歩く毎にすれ違う人が少なくなっている。

 ごちゃごちゃとした色合いの看板も少なくなっているためか、目には優しいものの、代わりに黒カビた壁の比率が多くなり、気分には宜しく無い。

「あっと。それも答え難い質問だな」

「なんでですか!」

 答えずジンは再び歩き出した。その先の道では、減少傾向だった人通りが幾分かマシになる。ただし、存在する人の性質が変わっていく様に思えた。有り体に言えば素行の悪そうな人間ばかりを見かける様になった。

 地面に蹲ってブツブツと何かを呟いている男だったり、露出度が極めて高く、反比例して化粧の厚い女。襤褸切れに近い服を纏った老人が、よろよろと歩いたりもする。子どもも偶に見かけるが、どうにも自分の財布を狙っている様に思えて気が気で無い。

「あ、あのう……。道、間違ってたりしないですか?」

 進む道に対して、徐々に不安が増していく。カナの気分に答えるかの様に、路地も暗くなっている。日の光が差し込み難い構造の道なのだろう。少なくとも自分の様な人間が歩く場所では無い。

 以前にも治安の悪い場所を歩いたことがあったが、ここはそこよりもより雰囲気が悪かった。

「いや? 何時もこの道を通って行くんだが」

 カナとは違い、気にした様子も無いジン。むしろ鼻歌でも歌い出しそうなくらいに歩き慣れている。

「ま、まさか私をどこかに売り飛ばすつもりなんじゃあ………」

「そこまで金に困ってねえよ。ほら見ろ。あそこが目的地だ」

 路地裏の先には広い土地があった。その中心には、周囲の景色とはどう見ても不釣り合いである豪奢な屋敷が存在しており、ジンが指さすのはその屋敷だ。

 石造りの屋敷は白一色の石で統一されており、周りの風景が暗めであるからか、まるで光を放っている様にすら思える。ただし、受ける印象と言えば悪趣味の一言に尽きた。

「なんですか、あれ。何かのお店の割には、看板も掛ってませんし、近づく人間だっていなさそうに思えますが」

「そりゃあ表立って看板は掛けられないだろうなあ。だが、入る人間は結構いるぞ? さっき道でたむろしてた怪しげな奴らも、多分、一度くらいはこの屋敷に入ったことがあるはずだ」

 やはり今まで見かけた素行の悪い人間は、ジンの目から見てもそうだったらしい。そうして、そういう人種が入る屋敷と聞けば、それがどういう場所なのかが嫌でも分かろうと言う物だ。

「非公認の職業斡旋ギルドってところですか……。そういうのがあるとは聞いてましたけど。どこの店の店長ですって?」

「惜しいとは言ったが、店の店長とは言ってない。あと、こういう場所にあるギルドは、職業斡旋を仕事にしてるんじゃなく、怪しい仕事をしている奴らの上前を撥ねのが本業だ。そこを間違えると痛い目に遭うぞ?」

 別に知りたく無い情報だ。関わりたくも無い。ただ、こういう場所の関係者ならば、顔が広そうではある。

「当然、中に入るんですよね?」

「当たり前だ。でなきゃあ話もできないだろう」

 ジンはそう言うと歩き出し、白い屋敷の門をくぐる。屋敷の玄関の扉には、黒い服を着た男が門番として立っていた。怖そうな顔を隠そうともしないで、体格の良い体をこれでもかと強調している。要するに着ている服のサイズが若干小さめなのだ。

「なんだか歓迎してくれている様子も無いですけれども」

「そうか? 大喜びだろ。なあ?」

 ジンはそう言うと、何を考えたのか黒服の男の肩を叩いた。

「ちょ、ちょっと」

 明らかに挑発的な行為だ。強面の男が怒りだしたら、屋敷に入る入らないの話では無くなる。

 だが、そんなカナの心配を余所に、黒服の男はジンに一礼をして、そのまま屋敷への扉を開けてくれた。

「あ、あれ?」

 むしろ歓迎された様子で屋敷へと入ることになった。屋敷の中は外見と同じく綺麗であり、床などは鏡の様に磨かれていた。

「事前にここに来ることを伝えてあったんだよ」

 ジンにそう説明されても、納得できる状況では無かった。次の案内がわざわざ来たからだ。

「ボスに御用ですね? 案内します」

 屋敷に入ると、また別の黒服が近づいてきて、頼みもしないのにどこかへと案内をしてくれる。ちなみに今度は女性だ。いったいなんだと言うのだろう。

「ジン先輩。なんで私達、こんな歓迎されているんでしょう?」

「だよなあ。幾ら元々ここで働いていた人間が来たって言っても、そこまで歓迎することも無いだろうに」

「働いてた? ジン先輩が!?」

 いきなりとんでもないことを言い出した。どう考えても真っ当な場所では無いというのに。

「ああ。玄関にいた奴は確か俺の代わりにここで働く様になったらしくて、どうにも俺に対して低姿勢なんだよなあ」

 つまりは国に公認されていない怪しいギルドの、その門番をジンはしていたということか。

「ジン先輩って、怖い人だったんですか?」

「怖いって……お前なあ」

「どうそ。お入りになってください。ボスがお待ちです」

 話の途中で、黒服の女は屋敷の中にある一室への扉を手で示した。かなり大きく、中は恐らく応接室か何かだろうと言うのがわかる。

「それじゃあ失礼するよ」

 ジンは示された扉を気兼ねすること無く通る。予想通り、そこは屋敷への来客を歓迎するための部屋だった。

 大きな石を削って磨いた机が部屋の中心に置かれ、その机の、扉からもっとも遠い場所には、派手な服装をした軽薄そうな男が座っている。年齢はジンよりも一回り上と言ったところだろうか。愛想笑いがそれと分かるくらいにわざとらしかった。

 部屋にいる人間は男だけで無く、その両脇から少し距離を置いた場所に黒服の男たちが一人ずつ立っていた。護衛と見栄を兼ねているのかもしれない。

「久しぶりじゃないか、ジン。ここ最近は顔を見せなかったが、どういう風の吹きまわしだ? とうとう騎士業を首になって、俺に泣きついて来たか」

 軽薄そうな男は口を開くと、慣れ親しんだ友人に話す様にジンへと話し掛けてくる。

「まさかだろ。もし今の仕事が無くなっても、あんたには泣きつかないね。どんな弱みを握られるか、分かったもんじゃない」

 内容自体は刺々しいが、ジンも親しげに男へ軽口を返す。ここで働いていたという話は本当なのだろう。でなければ、こういう会話などできまい。

「分かっている癖に良く言えるなあ。じゃあここに来た理由はなんだ? そこの小さなお嬢さんには関係あるのか?」

 突然に話を振られて、カナは大いに慌てた。ここがどういう場所で、相手がどの様な人種かも正確に知らないままで、話をしろと言われても困ってしまう。

 ただし、最近はそれを外面に出さない度胸くらいならついてきた。相手が怖そうな人間とは言え、巨大なドラゴンや動く森よりかは大分マシなのだ。

「カナ・マートンと言います。国家機関『魔奇対』の臨時騎士として、そちらのジンさんとは同僚です」

 まあ、素面でこういうことを言えるくらいの度胸だ。これ以上、何かを聞かれても困るだろう。

「はっはっは。なるほど自己紹介か。最近はこういう当たり前のことも言えない奴らとばかり話しているせいか、感覚がおかしくなるよ」

 男は本気で笑ったらしい。愛想笑いの表情を崩して別の笑い顔を見せた。カナのどこがおかしかったのだろうか。

「人に自己紹介をさせておいて、その言いぐさはなんだよ。来客が滅多に名乗らないのは、あんたやあんたの部下が威圧するせいだろうに。笑うくらいなら、そっちも彼女に名前を名乗ったらどうだ?」

 どうにもジンはカナを援護してくれているらしい。彼のことだから、カナが実は内心で動揺しているのを察しているのだろう。

「ああ、そうだ。その通りだな。自己紹介には自己紹介で返す。当たり前の挨拶だ。そんな社会のルールを忘れがちになるよ。ここは」

 男は愛想笑いに表情を戻すと、再び口を開いた。

「俺の名前はガウ・フェンリー。ここらへん一帯の警備やら浮浪者への仕事斡旋やら……まあ、なんでも屋に近い事をするギルドの長をしている。宜しくな」

 どう見てもそんな穏やかな集団では無いだろうに、軽薄な男であるところのガウは、そんな風に自分の身分を明かした。



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