第六話 『絡みつく木の根』
(進行速度が遅かったのは、この根を伸ばすためか!)
地面より突如として現れた木の根。蛇かミミズのごとく動くそれは、刺々しく固い繊毛を蠢かせながら、ジンに絡み付こうとしてくる。
「手を伸ばして欲しがるほど、魅力的な餌に映ったってことかよ!」
わざわざ地面の中を掘り進み、根を伸ばす労力はかなりのものだろう。それで得られる餌がジンでは、デメリットの方が大きいと思うのだが。
「ぎゃああ!!」
どこからか声が聞こえてきた。悲鳴なのだが、ジンのいる場所からはかなり遠い。
「ここらへんにいる動物全部が標的ってわけか………」
悲鳴の正体は、ジンから距離を置いていた別の騎士達だ。安全確保のため、森の進行範囲外に逃れていたはずだが、根はそれ以上に伸びていたらしい。さらに人の悲鳴の他にも、獣の叫び声も聞こえてくる。森は根を伸ばした範囲すべての生き物を餌にするつもりだ。
その事実に気が付くと同時に、もし鎧姿で無ければ、冷や汗が頬を伝っていたことだろう。標的となる餌がジン以外にもいるのなら、森を誘導することが困難になってしまうのだから。
(くっそ。森の興味をどうにかこっちに向けさせられないもんか)
四方から襲い来る木の根を避けつつ、当初の予定通りに森がこちらへと進行してくる方法を探るジン。
木の根は想像以上の機敏さで動き、何度かジンの体を掠めている。その度に固い繊毛が鎧と擦れ火花を上げる。これが生身の体だとしたら、今頃、体中ズタズタだ。ただの獣や軽装の人間なら、そう時間も経たずに木の根の餌として加工されてしまうだろう。
(被害を広げるわけにはいかねえよな。森が俺を一番美味そうな餌だと思ってくれるのが一番なんだが……どういう方法がある?)
ただ根を避けるだけでは駄目だろうと、ジンは幾つかの方法を試してみることにした。
(その一。根にあえて掴まってみる)
迫る根を避けず、体中に絡まるのを黙って見ていることにした。足元に絡みつく根は、するするの足を登って行き、下半身に届く。その度に繊毛が鎧と擦れて、不快な音が鳴り響くものの、ジン自身に傷は無い。
(大概頑丈だよな。俺の奇跡)
黒い鎧がいったいなんであるかを調べてみたことはある。知り合いの鍛冶屋に頼んで、鎧の金属がどういう質を持つのかを確認して欲しいと頼んだのだ。
結果、分かったことは、金属質であるが未知の物質であること。硬度が高く軟性もあり、尚且つ形状を記憶する性質がある。つまり非常に壊れにくい金属であるのは確かなようだ。
そして、もっとも驚いたのは、鎧がジンを覆っているのでは無く、ジンが鎧になっているということだった。
(つまり今の俺は体の芯まで金属の鎧ってわけだ。それでも、それなりの衝撃を受ければ、鎧姿から戻った時に相応のダメージがあるわけだが………)
それでも木の根の攻撃程度ならば大丈夫だろうとジンは楽観視する。これは経験によるものだ。奇跡で鎧姿になれる様になってから、それなりの時間を過ごしている。どれだけのダメージが鎧に蓄積されれば、ジン自身の体にも害が出るのか。それが経験則でなんとなくだがわかるのだ。
心配なのは別の事柄だ。
(体の芯から金属ってことは、この根っこにとっては食べることのできない異物ってわけだよな。しまった。離れようとしてやがる)
ジンに巻き付いた木の根は、上半身に届くだろうかと言ったところで、体から離れ始めた。根が動物を襲うのは食欲からであり、ジンはそれを刺激しない存在だと認定された様だ。
「嬉しい話だが、今はそうじゃない方が良いんだよ!」
離れようとする根をジンは両手で掴む。既にジンの下半身も解放し、離れようとする根を自分側へと引っ張るジン。
(考えその二。向こうが興味を持たないのなら、無理矢理引っ張れ)
つまりは力技だ。離れようとする根を自分に引き寄せ、最終的には森そのものがやって来てくれることが望ましい。
木の根はジンから離れようとする力が存在していたが、そのすぐ後、逆にジンへと向かう力に変わった。
ジンに向かう根はそれだけでは無い。周囲に生えていた根すべてが再びジンを襲う。
「無事に敵として認識してくれたみたいだな」
こちらを餌として思ってくれないのなら、外敵として思わせれば良い。どちらにせよ、ジンを襲ってくる様に仕向ければ良いのだ。
「ただ、このままだとまだ寄ってこないよなあ」
外敵だと判断されても、脅威と思われなければ意味が無い。根だけで対処可能だと思われれば、他の動物を襲うことに専念されてしまう。
「仕方ない。ちょっと暴れるか」
背負っていた槌を右手に取る。重みが頼もしい信頼性の高い武器だ。鎧の力でもって振り回せば、木の根などたちどころに圧し折ってしまえる。
ジンはまずそれを、掴んでいた木の根に向かって放つ。片腕だけで放つそれだったが、木の根はまるで紙屑の様にクシャリと曲げ折れ、そのまま千切れ飛んだ。
「ええっと、何本ある? 1本、2本。ああ面倒くさい。とりあえず全部が標的だ」
今度は両手で槌の柄を握り、周囲に存在する木の根の数だけ振り回す。下から上へと振り上げる勢いだけで一本の木の根が吹き飛び、振り上げた槌を全力で振り下ろした衝撃は、地面の下に潜っていた木の根ごと、地面を叩き壊す。
次の横振りで数本の根ごと圧し折りつつ、ジンは木の根の様子を観察する。
(根の数は……多分さっきより増えている。よし、良い調子だ)
木の根を全滅させるつもりは無い。そもそも、森すべてを相手にできるほど、ジンの奇跡は強大では無いのだ。
(考えその三。餌役が駄目ならうざい奴になれ)
恐らく周囲の根を全滅させたところで、森全体の総量にそれほど変化はあるまい。だが、倒せば倒すだけ森の注意を引ける。
(小蠅が飛んでたらうざいよな? 小蠅をなかなか叩き潰せなければもっとうざい)
最終的には本体が直接叩き潰そうとしてくるかもしれない。そんな期待をしつつ、ジンはまた別の木の根を槌で圧し折っていく。
一本折る度に二本ほど根が増えている気がする。本体の森が近づいて来ているのだろうと予想するが、このままだとこちらが木の根に押し潰されてしまう気がしてくる。
「いや、待てよ? 俺を押し潰すくらいに根が増えるってことは、それはもう森と同じことで、本体の森もすぐ近くにぃい!」
咄嗟に西の方角を見る。森はいつの間にかすぐ側まで来ていた。今にもジンを飲み込もうとする程に近くまで。
森の動きは早い。想像以上だ。以前は馬と同程度が少し上だったが、それが森の全速だという保証は無かった。認識を改める必要があるだろう。
「それってつまり不味いんじゃあないのか!」
森の移動速度が、もしジンの走る速度より速ければ、そもそも森を誘導するという作戦そのものが不可能になる。
そして、そのことを心配するよりも先になんとかしなければならない事柄が一つ。
(木の根がまだそこら中に………。森から逃げる必要があるってのに!)
根の蠢きはジンの行動を妨げ、森への逃亡を阻害してしまう。その内に森はどんどんジンへと近づく。
「くっそ! うざい小蠅はしっかり掴まえてから叩き潰す性質ってか!」
絡みつこうとする木の根を避けつつも、その場から大きく動けないでいるジンに、森の本体がやってきた。その外縁部はジンに近づけば近づく程に遅く感じられたが、体感的な物だろう。
その勢いは確かに馬以上の速さで勢いがある。森全体の質量は言わずもがな。飲み込まれれば、頑丈な奇跡の鎧と言えども一溜りもあるまい。
(はっ。だけど悪いな。お前が潰そうとしている蠅は、しぶとい奴でね!)
外縁部の木が一本。ジンに触れようかと言った場所まで進行した瞬間。ジンはその木を両の足で蹴った。
それは木を破壊するための一撃では無い。木を足場にするための一歩目だ。足が触れた瞬間。馬以上の速度となった森の勢いがジンの体全体へと伝わる。
それによって跳ね飛ばされる瞬間に合わせて、ジンも足に力を込めた。森の勢いと鎧の力が合わさって、空中へとジンを強く浮かび上がらせる。
その瞬間。確かにジンは空を飛んだ。
「おおおおおおお!!!!!」
叫び声を上げて空を飛ぶジン。別に気合を入れているわけでも、人生初の飛翔に歓声を上げているわけでも無い。飛ぶ勢いと、落ちた際の衝撃を思い浮かべて、悲鳴を上げているのである。
空を飛ぶ時間は長く続かない。押し付けられる様な勢いの後、一瞬の無重力感を味わい、その後は落下だ。
「うおぉっと!」
飛翔距離は十数メートルと言ったところ。ほぼ跳ね飛ばされた形になるため、着地の際の衝撃は体に響く。
地面に転げまわりつつ、体がまだ動くことを確認したジンは、すぐさまその場で立ち上がった。
「はは……。なんとかまだやれる」
体の節々が少し痛むものの、それを無視してジンは森が存在する方向を見る。跳ね飛ばされたことで、木の根からも逃れられた。距離を置いた場所で蠢く木の根と森は、敵を逃してしまったことに戸惑っているのか、その場で進行を止めていた。
だがそれもすぐに変化する。興味を引くことは完全に成功したらしい。再びジンの元へと向かい始めた。
「さて、ここからが本番だ」
漸く計画の方向修正が完了した。辺りの動物を手当たり次第に襲っていた森だが、今はジンだけを狙おうとしている。おとり役として無事復帰できたというわけだ。
(あとは逃げるだけっと。できるか?)
漸く予定通りに逃げようとするジン。ただし森の速度が想定より速いとなれば、逃げきれるかどうかがわからなくなる。
「と言っても、逃げないなんて選択肢は無いけどな」
どちらにせよ、ジン個人では森を相手にするのは不可能だ。逃げて誘導するという作戦のみが勝利するための手だった。
ジンは空に昇る太陽を見て方角を確認すると、森に背を向けて走り出した。目指すのは現在地からさらに北東。
(そこには、森を倒すためにうってつけの場所がある!)
向かう先に希望があると信じて走り続ける。一歩ずつ自分の体が加速し、風圧が強くなるのを感じる。
馬で走るのとさほど違いが無いと思うのだが、自分の両足で走る方が何故か速く感じる。実際、馬よりは速いわけだが、体感だともっとだ。
横目に見る景色が線になっていく感覚。しかしそれは感覚だけで、そこまでの速さでは無いはず。
(足に違和感がある。やっぱり怪我をしたまま走るってのは駄目なのかね)
以前にドラゴンと戦った時に折れてしまった右足が、まだ完治していない。無理に動かさなければ大丈夫とのお墨付きを医者から貰っているが、今やっていることが無理でなくてなんなのだろう。
(頼むから暫く持ってくれよ………)
再び足が折れれば逃げるどころでは無いため、全力では走らないでおく。それでも森が自分より速いとなれば、そうも言ってられないのだろうが。
「いや、案外うまく行くかもな」
どうやら、森は思った以上に速度を出せないでいる様だ。想定よりも速いが、こちらの走る速度よりは少しだけ遅い。これならば距離を開けたまま走り続けることも可能だろう。
「さて、この速度なら何時くらいに着くだろうな」
予想する限りでは一時間程だろうか。鎧姿は持久力もそれなりに上がるため、走り続けることは不可能じゃあ無いと思いたかった。
「よーし。そのままゆっくりと降ろしてくれ! ひたすらに重いぞ。気を付けてな」
あたりにクロガネの整備班長ワーグの声が響く。辺りに何も無い草原であるため、その煩さに文句を言う人間はいない。
(森の侵攻で地ならしがされてるから、さらに殺風景に見えちゃうし)
カナはクロガネから降り、少し離れた場所で、辺りの風景と同時に倒れたクロガネを見ていた。
現在、クロガネは森によって横向けにされた状態であり、それを元の状態へ戻そうと整備班の人員が動いている。
頑丈な縄と人力で行う力作業であり、国防騎士団員やハイジャング警備隊員などにも手伝って貰っている。
(またクロガネが動かせる様になれば、森への有効な対抗策を打てるって話だけど、動けたところで森に追いつくのは無理だと思うんだけど………)
巨大な森には巨大なゴーレムをと言う考えはわかるものの、事態は既にクロガネの手から離れているはずだ。
今、動く森は違う土地でジンと鬼ごっこをしている最中だろう。今さらそれにクロガネが参加するのは難しい。
「考え事かねマートン君。頭を動かすのは良いが、魔力を使って疲れているだろう。今は休んでおくべきだと助言するよ?」
どこからかフライ室長が近づいて来て、話し掛けて来た。やはり暇なのだろう。森との対決では、やることが無くて見ているだけだっただろうし。
「0号装備のクロガネは、動かすのにそれほど魔力が必要じゃあ無いんですよ。だから休む程の状態じゃありません。まだ十分に動けます」
まったく疲労を感じていないわけでは無いが、それでも戦えないのかと問われれば首を振る。まだ、自分にやれることがあるのではと考えるくらいに体力もある。
「とは言っても、クロガネが動かせる様になったところで、できることはもう無いだろうに」
(あれ、案外、状況を冷静に見ているんだ)
フライ室長は、入れ代わり立ち代わる状況に困惑するタイプの人間だと思っていたのだが、そうでも無いらしい。
「かもしれませんね。できることと言えば、作戦の成功を祈るくらいでしょうか?」
「そうでも無いぞ? 君がクロガネを通してみた森の様子や、実際に動く森の姿を見聞きした学者から、いろいろと興味深い考察を聞けた」
「学者って……そんな人も作戦に参加していたんですか?」
どうやら、参戦中に暇を持て余していた人種はフライ室長だけでは無かった様だ。作戦中、恐らくは似た立場の者同士で色々と交流していたに違いない。
足手まといにこそならなかったが、そういうのはどうだろうとカナは考える。
「不満気な様子だね? ただ、言わせて貰うのなら、起こった奇跡に対処するのも大切だが、観察も大事なのだよ。同じ奇跡は滅多に起こらぬものだが、それでも起こった奇跡がどの様な物かを直に観察するのは有意義なことだ」
その説明では学者の存在は必要だというのはわかるものの、フライ室長の存在が意味の無い物であるという認識は変わらないままだ。
「それで、その有意義な意見として、どういう話があったんですか?」
「ああ、そうだった。その話だった。例えばだね、あの森というのは、木、一本一本の生命体というより、既に森という一個の生命体として成り立っている可能性があるそうだ」
「一個の生命体ですか? どう見てもただの木の集まりにしか見えませんでしたけど……あ、動くからただの木じゃあ無いや」
「たしか内部の構造は、木々が存在するので無く、沢山の根が絡み合って蠢いていたそうじゃないか。それに森自体も、火矢を避けるために動きこそすれ、完全に分裂するということは無かった。既に木が一本だけあれば生きていける状態では無いのかもしれんなあ」
確かにカナが自分の目で見た森内部の蠢く根は、単独の木によるもので無く、複数の木々から伸びた根によって形成された物だろう。それが一個の生命体としての証と見るかは人それぞれだろうが。
「一つの生命体だったとすれば、どういうことになるんですか?」
「本来、植物というのは頑強な生き物だ。他の植物と共生なんかしなくても生きられるくらいにはな。だが、森はそうでは無い。ということは、なにかしら共生せねばならない理由があるはずだ。学者達はそう考えているらしい。その理由がわかるかな?」
「捕食対象を効率よく摂取するためでしょう? 分かりますよそのくらい」
「お、おや? 既に聞いた話だったかね?」
どんな情報を持ってくるのかと思えば、そんな話だったのか。
「木の根っこが絡み合う状況を共生と言うのであれば、その目的もおのずとわかります。だって、森の木の根はもう捕食対象をミンチにするための道具になってますもん」
触れる相手を傷つけるしかできなさそうな根であったが、捕食相手を根で吸収しやすい状態にすることならできそうだ。
というより、刺々しい根の姿も、他の木との共生関係も、すべては普通なら栄養化できない動物を無理矢理捕食するための機構だ。
「植物って、何かを食べるための機関が、動物よりも劣っているらしいですね。食べやすい状態の物からしか栄養を吸収できない。土より水の中に栄養を流して育てた方が良く育つって聞きますし」
普通の植物ならそれで良いのだろうが、動く森ともなれば、もっと進化した栄養吸収機関を備える必要があったのだろう。
「ま、まあ、こっちの言いたい事の大半はそういう話なのだよ。森の生態は捕食対象を広げるために進化した結果だと言える。動き出したのが先か、動物を捕食し始めたのが先かは卵が先かひよこが先かの話だと思うが、兎にも角にも、普通の植物より、周囲の環境から自らが必要とする栄養を得る機能が優れているのが動く森と言うことだ」
話を続けるフライ室長は、まだ何か伝えたいことがあるらしい。これまでの話の中で、辿り着く結論と言えば何だろうか。
「森が普通の植物より栄養摂取に優れた生態を持つとなれば、我々が考えている作戦の成功率がより上がる。そうは思えないかね?」
続くフライ室長の言葉で、カナも気が付いた。ジンが提案したらしい今回の作戦は、森が動くという生態を利用した物である。さらにそこへ、今まで話した内容を含めて考えれば、事態は思った以上に有利であると言えた。
「確かに今回の作戦の成功率。かなりのものかもしれませんね。ジン先輩も良くこんな作戦を考え付いたなと思いますよ」
自分の先輩を見直すカナ。こういう戦いとなれば、良く頭の回る人種なのかもしれない。
「そうだな。良い作戦だ。上手く行き過ぎているとも言えるが………」
「あれですか? 良いことが続けば悪いことが起こると思ってしまう心配性な」
「そういうことでは無いのだが………。そうだな。もしこれが、ジンの奴だけの発想なら、それはそれで安心できる話だ」
いったいフライ室長は何を心配しているのだろうか。カナには良くわからなかった。
「なんというか、誰かが書いた筋書きをなぞっている様な都合の良さだとは思わないかね? まるで作戦の成功を望んでいる者が、誰かに入れ知恵した様にも」
「ジン先輩が考えた作戦は、誰か別の人が考えた物ってことですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。これに関しては、ブッグパレス山の謎を解明するより、簡単にわかる話ではあるが………」
つまりジンに直接聞けば良いのである。誰かに今回の作戦に関わる何かを聞いたことがあるかと尋ねれば、彼なら簡単に話してくれるだろう。
「作戦が成功した後、やらなきゃならないことが増えましたね」
まだ森の件が終わっていないというのに仕事がどんどん増えて行く。少し前まで魔奇対は暇な組織だった様に思えるのだが、カナが入ってからそうでも無い。
(どうしてだか損してる様な気がするなあ)
愚痴を言いたくなるものの、今はそれを我慢しなければならないだろう。こうやって意味のあるのか無いのかわからない話をしている間も、ジンは戦っているのだから。
「ジンに生き延びて貰わなければならない理由が増えたとも言える。これは良いことだろう。まあ、縁起担ぎ的な意味でしか無いがな」
やはりフライ室長の話は暇つぶし以上の意味は無かった様だ。どれだけ先のことを話したところで、今も進行中の作戦には直接関係無いのだから。
ただし、懸案事項は増え続けている。このまま話を続けていれば、それらはさらに増えていくかもしれない。うんざりだ。
「森の事件が終わった後も、奇跡による事件は続く。そんな風に思ってしまいますね」
「それは恐らく予感よりもっと可能性の高い勘だろうな。なにせ私もそう考えているのだから」
魔奇対の人員であるフライ室長と自分が同じ意見になった。ならば、残りの一人であるジンも、同じことを考えているのだろうか。
今も恐らく森と戦っているジンを思い浮かべて、カナは出てきそうになる溜息を押さえつけた。