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黒金  作者: きーち
第二章 うごめく森、緑の波が大地を進む
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第五話 『緑の波』

 ジン達のいる草原地帯から南西へ少し離れた場所に、カナ達は布陣する。巨大なゴーレム。今では車輪のついた巨大な岩箱の様な姿をしているクロガネを中心に、国防騎士団員やハイジャング警備隊の人員が、百数人程度が集まっていた

 人員の殆どは、火矢の準備をしていた。森を退治するには火力の足りぬ装備であったが、目的は別にある。

「ここから北東にいるジン先輩のところまで、私達で森を誘導するのが目的ということで良いんですよね?」

 0号装備のクロガネへと乗る前に、カナは近くにいたフライ室長にこれからの確認を行う。

 本来、室長はこういう現場に出てこない人間であるのだが、今回の作戦ではどうにか自分の存在感を出そうと出張って来たらしい。

「そうだ。ジン達のいる土地が、一番森を退治するのに適した場所らしいが、森の進行方向を予測するに、その場所から少しズレる。そこでクロガネや他組織の人員で、軌道修正をしようという算段だな」

 随分と丁寧に説明してくれる。わざわざ現場に出て来たと言っても、事務仕事が主な業務である室長に、やってもらうことはあまりない。きっと暇なのだろう。

「ジン先輩がおとりになる件については、本人の希望らしいので特に何も言わないで置きます。けど、そもそも、こっちで行う軌道修正に関しては、上手く行くんでしょうか?」

 心配の種は幾つもある。そのもっともなのが、ジンが一人で森を引き付けるという作戦なのだが、気にし過ぎるのも同じ職場の仲間としてどうなのだろうと考えて、出来るだけ考えない様にしている。だが、それを無視しても、動く森が進む方向をどうにかする事なんて初めてであるため、成功できるか不安だった。

「奇跡への対策なんてそんなものなのだろうな。同じ奇跡は中々起きない。それをなんとかしようとする以上、こちらも初めてのことばかりをする必要がある。まあ、今回に限ってはまだ余裕があるよ。まだハイジャングから距離はある。この作戦が失敗したとして、もう一度別の作戦を試せば良いだけだ」

 フライ室長はそう言うものの、次の作戦とやらがまだ未定の状態では、やはり今回の作戦が町を守る最後の策であることに変わり無い。

 町をドラゴンが襲った時は、状況が変化し続け、緊張する暇など無かったのだが、今回は準備をする時間があった。それは悩む時間も十分にあるということで、カナは本当に自分が作戦を遂行できるかどうか不安を感じている。

「同じ奇跡は中々起きないって話なんですけど………」

 緊張が続く中で、作戦のことばかりを気にしていると、精神が持たないとカナは考え、別の気になることをフライ室長に尋ねることにした。

「奇跡が起こる場合、状況や場所によって様々な結果になる。これは奇跡への対策をおこなっている組織の長としての実感だな」

「それなんですけど、今回はブッグパレス山で起こった奇跡じゃないですか」

「そうだな。ブッグパレス山の木々に何がしかの奇跡が起こり、動き出す様になった」

「ブラックドラゴンも、ブッグパレス山で巨大化したんですよね? これって偶然なんでしょうか?」

 奇跡の種類は違えど、起こった場所は同じである。短期間で同じ場所に奇跡が二度も起きる物だろうか。体系化できないのが奇跡である以上、そういうことも有り得ると言われればそれまでだろうが、どうにもカナには気に成る事柄だった。

「何かあるのかもしれんな、あの山に」

「そうですね。そんな風に思えてしまって」

「もしかすれば、あの山自体に何らかの奇跡が起こっている可能性もある。森への対処が終われば、もう一度山を調査する必要があるかもしれん」

 カナもそう思う。もしそうなれば、ブッグバレス山に3度足を運んだことになるのだろうが、その度に異変を見つけるのだろうか。

(さすがに3回目は勘弁して欲しいなあ)

 今回も厄介な事件が起こっていると言うのに、また同じくらい大変なことが起こるとすれば、あまり気が進まないことなのかもしれない。

 何にせよ、動く森をなんとかしてからの話であるが。

「お嬢ちゃん! 他の騎士さん達も準備ができた様だ。クロガネに乗ってくれ!」

 ワーグがクロガネの上から声を掛けてくる。フライ室長と話している内に、作戦決行の時間が来たらしい。クロガネの胸部より吊り梯子が降ろされ、それを登ろうと手を掛けたカナは、ふと、西に見える景色を見た。

 どこまでも広がる草原地帯。その向こう側に、黒い影が見えた。景色に占めるその影の大きさは少しずつであるが大きくなっている。あれが森だ。これからカナがクロガネに乗り、戦わなければならない相手である。




 森の最接近は、カナがクロガネに搭乗してから一時間後のことであった。自分達の目の前に現れ、さらにその地を通り過ぎようとする森に対して、カナ達はその進行方向をズラさなければならない。

 それは逃げることを許されない状況ということであり、森が近づいて来るというのに、その場に踏みとどまる必要があるということでもある。

 森が動物を捕食するというのは、森と戦うべくして集まっているこの場の人間なら、みんな知っていることだろうが、恐怖を感じずにはいられない。

(それでも、戦わなければいけないのが私達!)

 カナはクロガネ胸部の空室から見える森を見た。森の最接近と同時に、クロガネ周囲にいる兵士達は、森へと火矢を放つ。

 無数の火矢が森へ届くその瞬間。森が火矢を避けた。まるで蜘蛛の子を散らす様に、火矢の着弾点に空白と土地ができたのだ。

 幾つか命中する矢もあったが、燃え広がらず、木々の葉を少し焼いただけで鎮火してしまう。

 このままでは、すぐに森は侵攻を再開してしまうだろう。森の進行方向には勿論カナ達がいるわけで、放って置けばカナ達は森に飲まれてしまう。

(けど、ここまでは予定通り!)

 火矢はそれほど森に効果は無いというのは、予想できたことである。それと同時に、森が火矢を避けるだろうということもだ。

「今だ!」

 カナはクロガネ胸部空室の中でタイミングを計り、魔力をクロガネへ送る。手足のある状態よりも、かなりスムーズにクロガネ内部に魔力が通るのをカナは感じていた。

 0号装備はクロガネを移動させるための装備なので、動かすのに余計な魔力を消費しないというのが利点だ。

(手足が無いから、攻撃も防御もできないけど!)

 手足の代わりに装着された車輪が回転する。カナの魔力が通う車輪は、巨大なゴーレムを力強く動かし、前方へと進ませる。

 事前の配置によって、クロガネの前方には邪魔になる者はいない。ただまっすぐと動く森へ向かえば良いのだ。

「ここに!」

 クロガネの車輪は、その進む方向をある程度カナの意思で操作できる。カナはクロガネを全速で前進させながらも、微調整をして、目的の場所へ進ませる。そこは火矢を森が避けたことによって空白となった土地だった。

 森の中に巨大な異物が飛び込むことになる。

「よし、上手く行った。次は!」

 飛び込んだ土地で、カナはクロガネを方向転換させる。周囲の木々をなぎ倒し、バキバキと音が鳴る。その振動が伝わることは無かったが、映る景色を見れば、その衝撃が直に伝わってくる様な気がしてくる。

「と、とりあえずはこれで良いのかな………」

 クロガネの方向転換が終わった後にカナは呟く。最終的にクロガネは、森の外縁部の内側に入り、その侵攻を食い止める壁となった。

「うわ……無理矢理進もうとしてる」

 森全体からしても、クロガネは大きな壁に感じるはずだが、それでもクロガネを囲みながら、前へと進もうとする。

 このままクロガネが森に包まれる様な気がして、気分の悪さを感じる。ただし、これも予定通りではあった。

「他の人達はちゃんと……してくれてるみたい」

 他の騎士達が再び火矢を放つ光景が、クロガネから見える景色の脇から見えた。

 現在クロガネは東のハイジャングへと向かおうとする森に対して、上半身部分を北、下半身部分を南に向ける形で壁になっている。

 森はその両側からクロガネを避けつつも、さらに前を進もうとする。丁度、クロガネを森が囲む形になるのだが、騎士達はクロガネの下半身側を囲む森に対してのみ、火矢を放ったのだ。

(上半身側の森には撃たない。そういう決まり)

 つまり北側を囲もうとする森は放って置くということだ。そうなると、南側の森はその侵攻を妨げられ、より一層、北側の侵攻が激しくなる。クロガネの頭側でもあるので、カナの視界は森の緑一色に染まった。一方で、後方は火矢を避けるためにがら空きのままだろう。

 逃げるなら後ろに逃げるべきだ。だが、それは当初通りの決まりではない。進むのは、木々が囲もうとする前方だ。

「耐えてね。クロガネ!」

 カナは再びクロガネに魔力を流して前進させた。木々を薙ぎ倒すどころか、ひき潰す勢いだった。

 今度はちゃんとカナがいる胸部空室まで振動が届く。木々はうつ伏せのまま移動するクロガネより少し低い程度の高さがあるので、それを無理矢理押し通ろうとすれば、それくらいの揺れはするだろう。

 相当の衝撃がクロガネを襲っているはずであり、クロガネの耐久性を信じることしかカナにはできない。

「うっくっ!」

 空室に存在するクロガネ制御用の杖を強く握りしめ、振動に耐えながら前を見る。空室に映るクロガネの視界は激しく上下しているが、それでも前に進んでくれていた。

 ただし、クロガネが進む速度より、森が大地を浸食する速度の方が早い。森が全力で移動すれば、馬と同程度の速度になる。一方でクロガネ程の巨体を車輪で動かそうと思うと、カナが魔力を全力で流したところで、その速さを出すのは難しい。

(当然、クロガネはそのまま前に進むことができなくなる。前方にある森の密度が増えて、クロガネでも押し潰せなくなるから………)

 徐々にクロガネの走る速度が遅くなっている。このままなら、そのうちクロガネの方が森に押し潰されてしまうかもしれない。

(だから、森をいなす様に走らなきゃいけない!)

 カナは北側へと走るクロガネを、ほんの少し東側へ向けた。森は西から東へと走るため、森からの圧力を受け流すことができるだろう。

 結果、森はクロガネの南側から回り込もうとする部分を火の矢で牽制され、まっすぐ東へと向かおうとする部分はクロガネに防がれ、最終的にクロガネの北側へと回り込もうとする部分のみが東へと向かえる。その部分にしても、クロガネがまっすぐ進むのを妨害しているため、森が進む方向は北東側になる。

 つまりジン達がいる場所だ。

「よし、計画通り!」

 森退治の計画。その第一段階の成功に、カナは歓声を上げたくなる。自分の仕事はほぼ終わりなのだ。後はジン達に任せるたけだ。

(北東にあるジン先輩がいる場所まで、私達で森を誘導する。誘導した後は、ジン先輩がおとりとなって、森をさらに別の場所に向かわせる手筈なんだけど。大丈夫かな?)

 森をとある場所まで誘導するのが今回の作戦の肝だった。そのためには森から適度に距離をとりつつ、森の標的となりながら、それでも逃げられる存在が必要だった。

 しかし、クロガネでは森以上の速さは出せぬし、馬は森に怯えてしまい、おとりには不適合だ。結果、馬より早く走れるらしい鎧姿のジンがその役を請け負うこととなったそうなのだが………。

(そう言えば、ジン先輩って足の怪我が―――)

 突然、思考が中断する。大きな衝撃が起こったわけでは無い。ただ、視界が大きく反転した。

 クロガネが動く森の圧力に耐え切れず、横転したのだ。

「きゃっ!」

 カナは思わず悲鳴をあげる。クロガネが横転したということは、カナのいる空室も横に倒れたということである。部屋ごと傾く視界と体。空室の狭い壁に押し付けられた様な姿勢になりながらも、カナはなんとか理性を保つ。

「森は動物を食べるけど、石の塊は食べないはず……。大丈夫。クロガネが食べられることはない。多分………」

 一応、森はクロガネを障害物としか考えておらず、捕食対象としては見ていない。その証拠に、横転したクロガネを避けて、森は進もうしている。

 相変わらずクロガネの南側へ火矢が放たれ続けており、クロガネの北側。丁度、クロガネの頭部がある方を森が通り過ぎていく。

 既にカナ達が企んだ森の方向修正は完了しているため、カナは横向いた景色を、クロガネの中から見るだけで済む。

 結果、カナは本来見えぬはずの森内部を、少しの間であるが観察することができた。普通なら外側からしか見えない動く森。中に取り込まれれば、そのまま捕食されるだろうと予測されるその中身が、カナの両目に映る。

「なに……アレ」

 動く森。葉と幹や枝の奥に隠されたその内部は『根』であった。蠢く『根』である。森の内部にその『根』が隙間なく存在しており、森そのものを動かしている。『根』は足の代わりなのだろうか。柔軟性を持っている様で、隙間など無いというのに、常にずるずると動いていた。

 根には繊毛が存在しているが、それらもまた動いている。細い毛だと言うのに、どうにも硬質さがある様で、かぎ爪の様に隣り合う根を傷つけている。

 あれで動物を喰うのだ。森に取り込んだ動物は、根に覆い尽くされ、かぎ爪の如き繊毛でずたずたにされ、養分として吸い尽くされる。

 残るのは骨だけ。森が通った後に残る動物の骨とはそれか。

「こんなのでも……森なの?」

 カナの目には、動く森を植物として見ることができなかった。かと言って、カナ達の様な動物でも無い。化け物や怪物と言った表現がもっともだ。

 既存の生物では無く、他に害を及ぼすことしかできない歪な生命体。これを生み出した奇跡とはいったい何なのか。化け物を生み出すことが奇跡だというのなら、それはもう奇跡では無く悪意である。

「………絶対に倒さなきゃ」

 クロガネの眼前を通り過ぎて行く森を見て、そんな決意をするカナ。だが、今のクロガネは文字通り手も足も出ない。車輪で引き潰そうにも、横転した状態ではそれも難しい。

「ジン先輩は、大丈夫なのかな………」

 本来、森を倒す予定なのはジンである。ジンには是非にでも森を完全に討伐して欲しいが、動く森内部の光景を見てしまったカナは、どうしようも無く不安になってしまう。

 動く森は凶悪な捕食者だ。町に辿り着けば、そこの住民をすべて喰らい尽くしかねない程の規模を持つ。

 そんな相手に、クロガネの様に巨大な力を持たないジンが、どうやって打ち勝つのか。その作戦を聞いてはいるのだが、訓練や実験をしたわけでは無いので、成功するのかどうかは未知数のままだった。

 そうやって考える内に、森はそのまま北東部へと向かい去って行った。既にクロガネの視界には森が映らない。せめて首を動かして確認したいのだが、現在のクロガネは、首にあたる部分が固定されており、前方を見るのが精一杯である。

「せめて、無事でいてくださいね」

 祈ることしかできないカナは、自身への不甲斐なさを感じる。もし、次の機会があるのであれば、もっとクロガネを十分に動かして見せると心にも誓った。と同時に、カナは自分の口元に手をやる。

「うっ………気持ち悪い…」

 傾いた視界のまま、外の景色を見て、複雑な考え事までした結果。気分が悪くなってきたカナ。森内部の根っこが動く光景も、気分を悪くした原因の一つだろう。

「ほ、本当に頑張ってくださいね。ジン先輩。私はもう……無理っぽいです」

 目下の所の敵が、動く森から吐き気になったカナ。狭い空室の中で吐き気に従うままになれば大変なことになる。

 とりあえずカナは、動く森やジンのことを忘れて、吐き気との戦いに専念することにした。




 ジンは奇跡というものについて、ある程度の理解がある。周囲から危険視されている奇跡の所有者は気の毒だと思う事もあった。

 それは当たり前の話で、ジン自身が奇跡の所有者であり、そういう差別的な目で見られたことがあるからだ。

 ただし、何もかもの相手に同情的なわけでは無い。奇跡の力を悪用する人間がいるから、奇跡所有者の多くが差別的な扱いを受けているわけで、そういう人間には容赦しない。

 また、奇跡に翻弄されている側も同様だ。奇跡は人の手に負えない物も多くあり、そういう奇跡の対象となった人間は、自分自身も含めて周囲を巻き込みながら、国に被害を与える。対象者に対して可哀そうとは思うものの、周りに迷惑を掛けている以上、魔奇対の様な組織の懸案事項と成り得る。

「まあ、人間じゃあ無いとなれば、そういう考え方も無駄になるんだがな」

 奇跡には誰にでも起こる。無機物、有機物。自然物、人工物問わず、大きな変異が起こってしまう。だからこそ、確率で言えば人間よりも人間以外の物に奇跡が起こる可能性が高い。

 人間が奇跡の対象者だった場合がどうのこうのと考える前に、人間以外の何かが奇跡の対象となり、それによって発生する被害に対処しなければならないのが現実だ。

 精神的には気楽なのかもしれないが、人間以外に起こった奇跡の方が、往々にして規模が大きくなるのが常なので、仕事がより忙しくなる。

「今回もそうなんだよなあ。人間が奇跡の対象になった場合なら、交渉やらなんやらで穏便に済ますこともできるが、森が相手だとどうしようも無いしなあ。しかも町に向かっているわけで」

 一人で愚痴を呟き続けるジン。既に周囲には誰もおらず、ジンだけが草原の真ん中で立っていた。

 自分がおとりになるのだから当たり前だ。周りに他の人間がいれば、巻き込まれてしまうではないか。

「あと心配なのは、ちゃんと森がこっちに来てくれるかどうかなんだが………」

 一応、森の方向修正には成功したとの報告が入って来ている。ただ、その割に森の方がゆっくりとしている印象を受けた。

 森が全速力で動けば、馬と同程度の速度が出せるはずであり、方向修正に成功したという報告が来る前に、ここに森が来ていてもおかしくは無い。

「実は別の方に向かっている可能性が一つ。あとは、森が力を温存している可能性か?」

 激しく動けばそれだけ体力を消耗する。それはどんな動物でも共通の弱みだ。植物の塊であるはずの森も、動くとなればそのルールに縛られる。速く移動しないのでは無く、できないのであれば、ジンにとって有利な状況となるかもしれない。

「腹を空かしてれば良いなあ。その方がおとりに成り易いしな」

 自分の役目は、馬の目の前に吊るす人参だ。腹を空かした森の目の前に立ち、自分を捕食しようとする森と適度な距離を保ちながら、その進む先を操作する。

「上手く行けば良いんだが、今さらながら怖くなってきた。森が町とは別の方向に進んでくれるのなら、それが一番だよなあ……あーあ」

 怖気づくジンの目に不吉な影が映る。それはどう見ても動く森の影だった。ジンの期待も空しく、森の誘導班は随分と上手くやってくれたらしい。

「あれがこっちに向かっているってことは、クロガネも働いたってことだよな。カナは大丈夫なんだろうか」

 森への壁になるという任務は、もしかしたらジンより危険な行為だったのかもしれない。それを今さら心配したところで遅いのだろうが。

「さて、森の速度から考えて、ここに来るにはもう少し時間が掛かるよな」

 こういう準備時間は少し困る。気を抜ける状態では無いだろうし、かと言って、何かできるわけでも無い。

「嫌いなんだよな。どうにも落ち着かない。準備運動でもしておくか―――」

 ジンはその瞬間。確かに気を抜いてしまった。まだ森とは距離があり、自身が安全圏に存在すると勘違いしていた。

 しかし、敵は奇跡によって生まれた存在であり、常識が通じぬことを考慮しておくべきだった。彼は、奇跡に対抗する組織の一員なのだから。

 気を抜ける状態では無いと、自分自身でも考えていたはずではないか。しかし、そんな後悔をするより先にやらなければならないことがあった。

「思った以上に化け物だな。これは」

 森は離れた場所にある。それは確かだ。しかし、森の根は予想以上に伸びていたらしい。ジンが立っている場所の周囲に、根が飛び出してくるくらいには。





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