第一話 『後始末からの始まり』
かつて緑の鱗を持つ竜たちが巣を作っていたブッグパレス山。そこに生える木々は無惨に荒らされていた。
突如、奇跡によって出現した巨大竜。その一つ一つの行動が、山の木々をこれでもかと破壊し続けたからだ。
それ以前にも、巨大竜の元となったグリーンドラゴンが、山の木を生態系ごと食い荒らしており、ドラゴン達が巣を作る前の規模にまで森を回復するには、それ相応の時間が掛かることだろう。
もし、木々に意思があるとすれば、何故、自分達がそんな目に遭わなければならないのかと抗議の声を上げるかもしれない。
そもそも、植物にとって大半の生物は敵だ。自分達のことを食い荒らす癖に、何がしかの見返りを寄越すことは殆ど無い。死骸が側に存在すれば、栄養になる程度のことだろうか。蜂などの虫であるならば、自分達の生殖活動に役立ってくれるのであるが、それも自分達がそう言う風に体を変化させた結果である。決して他の生物が自分達に気を使った結果では無い。
自分達はかなりの恩恵を他の生物与えているというのにこの仕打ち。痛めつけられた恨みは抗議をするだけで収まる物では無い。
そう、本当に意思と、動ける肉体があるのならば、復讐を始めたいとすら思う。何時までも食われる側ではいられない。今度は自分達が捕食者となり、自分達の敵を食い荒らしてやろう。
だが、植物たちは気が付かない。そもそも、そんなことを考える機能すら無かったというのに、何故、今はそんなことを考えているのか。
彼らはただ太陽の光と土からの水と栄養を求めるだけの存在だったはずだ。それだけで、幾ら他生物に荒らされようとも生き残れる。そんな強靭な生物だったはずなのに。
しかし、今は思考する力があった。思考を反映する肉体すらも………。
アイルーツ国首都、ハイジャング。一月前に巨大な黒い竜の襲来によって多大な被害を出したその町は、未だその一部に破壊の爪跡を残したままとなっていた。
「復興計画は進展しているそうだが、破壊された瓦礫の撤去が中々進まず、放置された廃屋や空き家に不法滞在者が集まり、治安の悪化が懸念されている……と。まったく。厄介な話だよなあ」
ブラックドラゴンによって破壊された町西部にて、比較的瓦礫の少ない道を歩く一人の男がいた。
その男は、アイルーツ国に所属する組織の一つ。魔法及び奇跡専門対策室。略称、魔奇対と呼ばれるその集団の一人。ジンと言う青年だった。
比較的大柄で、目つきの悪い彼がこういう場所を歩けば、治安を悪化させた元凶とも言える不法滞在者か、もしくはそれらを利用するヤクザか何かと思われることだろう。
実際は正反対の立場である。ジンは瓦礫だらけの町西部で、不審者がいないかどうかパトロールをしているのだ。
こういう仕事は国防騎士団かハイジャング警備隊という組織が行っているのであるが、そのどちらも人手不足であり、比較的仕事が似通った魔奇対の人員も手を貸すことになった。
と言っても、魔奇対の人員は少数であり、実際に警備の仕事ができる人間と言えばジンくらいしかいない。
「まったく。ドラゴンの襲来で何人かやられて、さらに被害の整理に人員が必要。勿論、この町西部の区域の警備と治安維持もしなければならないと。人手がまったく足りないから怪我人まで働かせるなんて、この国は大丈夫なのか?」
愚痴を吐く怪我人のジン。彼はブラックドラゴンが襲来した際に負った怪我が完治していない。足の骨を一本折ってしまっており、一応、既にギブスを外しているものの、あまり無理に動かさない様にと医者から言付けを貰っている状態だ。
「警備も普通は二人行動でするもんだろ。俺一人が良からぬことをしたら誰が止めるよ」
勿論、ジンだってそんなことをするつもりは無いが、悪い気とはふとやってくる物であり、それを払うことこそが組織の仕事であるはずだ。
「そういや、室長がそんな話をどっかでしていたな。偉い学者先生に聞いたとかで、人が不正を働くのは幾つかの条件がどうとか―――って、おいおい。マジかよ。雨が降って来た」
ジンは頬に冷たさを感じて空を見上げる。雨がぽつぽつと降り始めており、空模様を見れば、これから勢いを増しそうだ。
傘の様な気の利いたものをジンは持っておらず、彼はその場を走り、どこか雨宿りできる場所を探した。
丁度、屋根が出っ張った廃屋を見つけたジンは、そこで暫く雨を凌ぐことにした。
「災難だな……なんだか臭いし。そういやあ、ここらへんはドラゴンの死骸があったところじゃねえか」
町を襲った巨大ドラゴンは、同じく巨大なゴーレムによって倒された。それで一件落着と言えれば良かったのだが、命が無くなったとしても巨大なドラゴンは巨大なドラゴンのままだ。倒れて動かなくなったそれは、突然消えたりなどはしない。
死骸は自然の摂理によって腐り、悪臭を放ち始めたのだ。アイルーツ国側はそれをどうにかしようとするも、全長何十メートルもある化け物の死骸を動かす労力を用意できなかったので、結局死体を焼き払うことになった。
町にはその時の臭いがまだ微かに残っており、その腐臭と焦臭さは気分を悪くさせるには十分だった。
「かと言って雨のせいで動けねえし、どうしたもんか」
「お若いの……困りごとかな?」
「うわ!」
ジンが雨宿りをする屋根の下には先客がいたらしい。小柄な老人だ。腰も随分と曲がっており、より小さく見える。だから気が付かなかったのだろう。
「な、なんだよ爺さん。驚かすなって」
「驚かす? 儂がいったい何をした?」
聞き返されて困るジン。いることに気が付かなかったから、もうちょっと存在感を出せとは言えまい。
「あー……悪かった。こっちが勝手に驚いたんだ」
「ふん………。まあ、良いか。こんな雨の中、話し相手がやってきただけ良しとしよう」
「話し相手?」
勝手に話を進める老人。どうして年寄りというのは若者を置いて行こうとするのだろうか。
「なんじゃ? 話すのは苦手か? お互い雨で動けない者同士、暇つぶしでもせんか?」
老人の言葉を聞き、ジンは少し考える。雨は降りだしたばかりであり、確かに暇だ。ぼうっと空を見上げるというのも限界があるだろう。話し相手が老人とは言え、時間を潰せることには違いない。
「雨が止むまでなら、話をするのも悪く無いか」
「そうじゃろう? 話と言うのはじゃな、このすぐ近くで先日まで存在しておったドラゴンのことじゃ」
どうやら話の内容は老人が決めるらしい。まあ、ジンに何か話すべきことがあったわけでも無し、文句を言うつもりは無い。
「今も、骨は運ばれずに残ってるけどな」
「随分と頑丈で、焼いても炭化せんかったらしいのう。ドラゴンの骨と言えば、武具の材料や建築物の支柱に使われることもあるから、無駄にはならんじゃろうが。まあ、とにかくドラゴンについてじゃな。若いの、あれが元は体の小さなドラゴンじゃったと言えば、驚くかの?」
老人の言う通り、驚くことだ。町を襲ったドラゴンが、グリーンドラゴンと言うドラゴンの中では小さい種であり、それが奇跡の力によって巨大化したというのがアイルーツ国の見解である。そのことを、一応の騎士であるジンは勿論知ってはいるが、まだ一般国民には知らされていないはずである。何故、この老人がそのことを知っているのか。
「爺さん、そのことをどこで聞いた」
「なんじゃ。若いのも知っておったのか。なあに。まだすぐ近くに骨格は残っておるんじゃ。見れば元がどんなドラゴンじゃったかくらい、儂にはわかる。これでも研究者をしておるからのう」
そういうものだろうか。ジンはそういう専門知識は無いのでさっぱりだ。
「で? 小さなドラゴンが大きくなることが驚きの話ってわけか?」
「うむ。肉体が巨大化するということは、強靭な生物になるということ。あの巨大ドラゴンは、何者にも負けぬ程の力を持つに至った。その奇跡をドラゴンが得た意味とはなんじゃろうな?」
「意味なんて無いだろう。奇跡は奇跡だ」
誰にでも奇跡は起こる可能性がある。それがホルス大陸のルールだ。起こる奇跡は決まっておらず、有益、無益を問わず。今、この瞬間にも発生しているはずだ。
「そうさなあ。その通りじゃ。だが、もしかしたらドラゴン自身が望んだ物かもしれん。もっと強く……もっと強大に。そんな願いを奇跡が叶えた……そうは思えんか」
「思えないね。奇跡がそんな便利な物なら、もうちょっと世の中良い物になっているはずさ」
奇跡によって害を与えられた人間と言うのもいる。それが本人の望んだことだとでも言うのか。そんな馬鹿な話は無い。
「かもしれんな。そう。奇跡は人間に操れんもんだ。あのドラゴンは望まず巨大になってしまったのだろうよ。そのせいで腹をすかして人里に現れ、返り討ちにあった。ドラゴンにとっては、巨大化なんぞせんほうが長生きできたかもしれん。まったくもって、奇跡とは厄介な物よ」
どうにも老人は感情が昂っている様だ。口調が早くなっている。ただし、その表情はまったく変わっていないが。
「なあ、爺さん。研究者とか言ったが、もしかしてそれは奇跡に関するものか?」
「左様。この大陸に起こる奇跡について、生涯を賭けて学んでおる。ただ、これが中々厄介でのう。奇跡というものは体系化できん存在なんじゃ。誰でもどのようにも起こり得る。せめて、本人の意思に沿う形で起こってくれれば。そんな風に思うよ」
奇跡が本人の望む形で起こるのならば、研究しやすいだろう。ただ、現実はそうでないが。
「奇跡なんて言葉だから良い物に思えるが、そんな上等なもんじゃあ無いってことさ。はた迷惑な力って表現した方が良いんじゃないか?」
ジンは奇跡によって力を与えられた人間だった。まだ親の手伝いを拙く行っていた子どもの頃、不思議な力を得た。奇跡の力はそれなりに利益があったものの、それ以上に害を被ったこともある。
「それは困る。奇跡で無ければ、良い物とはならんじゃろう」
「いや、だから人間にゃあ操れんもんだって、爺さんが言ったんだろう? 良いも悪いも人間の手の中には無いってことだ」
「人間にはな。しかし、神様ならできるはずじゃ。そしてその神様が善良であるならば、奇跡はきっと良い物となる」
「神様? また変な話を………」
老人の口から不穏な言葉が飛び出したので、ジンは少し距離を置きたくなった。暇つぶしの話なら良いが、宗教の勧誘は御免だ。
「変かのう。至極全うな意見に思えるが―――ふむ。止んだようじゃのう」
老人は話を止めて、空を見た。どうやら思ったよりも長続きしなかった様で、まだ曇りのままだが、雨は止んでいた。
「おお。本当だな。また降り出しても面倒だ。俺はさっさと帰るよ。じゃあな、爺さん」
雨が止んだのなら話を続ける理由も無い。怪しい話に発展する前に、この場を去るのが得策だ。
「若いもんは根気が無くて困るのう………」
どうやらまだ話し足らなかった様子の老人を背に、ジンは魔奇対の執務室へと帰ることにした。
魔奇対という組織にとって、具体的に組織の場所を示す場合は執務室がそうだった。唯一、国から用意された仕事部屋がそこだったからだ。
それが先日のブラックドラゴンの襲来から、もう一つ増えることになった。町の南門近くに存在する簡易建屋とテントがそうだ。
「お嬢ちゃーん。クロガネの調子はどうだい! 部分的には大分修復できたと思うんだが」
「全身を動かして見ないと何とも言えませんが、魔力の流れは問題ありません!」
簡易建屋の中には、クロガネと呼ばれる巨大ゴーレムが仰向けで存在していた。そのクロガネの胸部には空室があり、中には魔奇対人員の一人であるカナがいる。
「動かすのはまだ勘弁してくれないか。それだけで部位が損耗しちまうんだ」
空室の扉を開けたまま、カナはクロガネの近くにいる男性、ワーグ・ローパに注文を付けていた。
ブラックドラゴン襲撃前に、南門近くに置かれたクロガネの警備をしていたのも彼である。
彼はクロガネを整備する際の班長をしているらしく、ブラックドラゴンとの戦いが終わって後、クロガネを動かす役のカナと話す機会が多くなっている。
クロガネ整備班は全員魔奇対の人員として登録されていることになっているが、普段の仕事には参加せず、クロガネの整備だけが主な任務だ。
それが楽かと言えばそうでなく、クロガネは動かしても放って置いても状態が悪くなる代物らしく、整備は常に行われ続けている。
今はドラゴンとの戦いによって全体的に不備が出ている状態であり、その修復と調整を行っていた。
「けど、動かさない状態なら、私は魔力の通りが良いかどうかくらいしか分からないんですけどー!」
カナは空室の扉から顔だけを出し、ワーグの方を見る。
「それだけでも随分と助かるんだ。俺達は魔法使いじゃあないからな。まあ、部品を損耗させずにクロガネの挙動を試せる機材を考えては見るよ!」
クロガネの所有者となっているミラナ女王から、クロガネ整備班は潤沢な予算を貰っているそうだが、それでも物や資金が足りていない。
多大な金と物喰い虫であるクロガネであるが、ブラックドラゴンの件があるせいで、無駄だという文句が来ていないのは幸運の内に入るだろう。
「まあ。でも、動かさないで済むならそれに越したことは無いのかな………」
再び空室内にカナは籠り、呟く。このクロガネは奇跡と戦うために作られた存在だ。それを使う時と言うのは、奇跡の力によって国が危機に陥った時である。まさか土木作業に使われることは無いだろう。
「それにしても、こんなものを作っちゃえるなんて凄いなあ。岩や装甲用の金属だって馬鹿にならない量を用意しなきゃならないし、用意したらゴーレムの形に直さなくちゃいけない。そうして、動かせるように魔法的細工をする必要もあるから………」
途方も無い物資と労力が必要になるだろうとカナは考える。作る計画を立てたのは国家なのだろうが、実際に作ったはずの技術者や魔法使い達には敬意を表したい。クロガネがどんな存在であれ、ハイジャングを守ったのは事実なのだから。
「おーいお嬢ちゃん。考え事かい?」
空室内であれこれと考えるカナを、空室の扉からワーグが覗いてきた。
「え? あ、何か指示がありましたか? もう一度魔力を通した方が………」
現状、カナはクロガネに魔力を通す程度の役割しか無く、基本的に暇だったのだが、考え事をしている内に、指示を聞き逃したのだろうか。
「いや、違う違う。こっちの仕事は終わりだ。お嬢ちゃんをうちのボスがお呼びだ」
ワーグがボスと呼ぶのは、魔奇対室長のフライのことだろう。クロガネの整備班も一応は彼の部下と言える立場であり、ボスと言う呼び名はある意味では正しい。ただ、カナはフライ室長がワーグ達に指示を出したところを見たことが無いが。
「室長が私を呼んでいるんですか? 何かあったのかなあ」
フライ室長が何か命令を出す場合は、ワーグ達整備班では無く、ジンかカナにする。本当の意味で彼の部下と言えるのは、この二人しかいないからだ。
「そっちのことに関しちゃあ、俺達は門外漢さ。仕事、頑張ってくれよ」
魔奇対の仕事は、組織が元々持っている仕事と、最近できたクロガネの整備という仕事。この二つに大きく分かれていた。どちらかに仕事を持っている人間は、もう片方についてほとんど知らないと言う状況だ。
「最近は忙しくなって来ましたよ。有給とか貰えるのかな………」
組織内で唯一、二つの仕事に関わっているカナは、組織が本格的に動き出せば出すほど、忙しくなっていく。頼られるのは嫌いでは無いものの、そろそろ休暇を貰いたい気分であった。
「よう。遅かったな」
カナが執務室に辿り着いた時、出迎えたのはフライ室長でなく先輩のジンだった。大凡、臨時とは言え騎士には見えぬ目つきの悪いこの男だが、仕事では存外に頼りになる存在だった。
「ジン先輩も呼ばれてたんですか?」
カナはジンを見た後、奥の机に座るフライ室長に顔を向けた。ある意味ではこれが魔奇対の総勢だ。クロガネなどと言う巨大ゴーレムの管理を任され、町を破壊したブラックドラゴンを倒した組織なのだが、その組織力の本質はまったく向上していない。
「というより、マートン君を呼んだのはジンだよ。こいつが警備の仕事はそろそろ良いだろうと言いだしたから、別の仕事を任せたら、今度は君の力が必要だと文句を言う」
「ブラックドラゴンが出現した山の再調査なんて頭を使う仕事、俺には無理に決まってるでしょう。馬は俺が走らせますから、詳しい調査はカナにして貰うってことで」
カナは溜息を吐きたくなった。最近は本当に忙しい。二人とも、頼み相手の自分が子どもだと言うことを忘れていないだろうか。
組織に入る前は子ども扱いをされることに苛立ちを感じたこともあるが、最近は気楽な子どもでありたいと常々考える様になった。なんとも世知辛い世の中だと若年で思ってしまう。
「調査に関しては別に良いですけど、今日すぐは勘弁していただけませんか? ちょっと魔力を使う仕事が続いていて、疲れているんです」
クロガネの調整が主な仕事だったが、あの巨大ゴーレムは搭乗者の魔力を多大に奪ってしまう。実際に動かしていないだけまだマシであるのだが、それでも精神的な疲労を感じる。魔力を過剰に消費した際の典型的な症状だった。
「おやおや。見ましたか? 室長」
「ああ。勿論だとも。これは由々しき事態だよ」
ジンとフライ室長はカナを見た後、互いに顔を合わせてそんなことを言う。
「何のことですか?」
「目元だ」
訳が分からないカナに、ジンが指を差してくる。どうやらカナの顔を示しているらしいが。
「なにか変な目でもしてましたか?」
「若干皺らしき物が見えた。仕事に疲れた奴が見せる皺だ。君みたいな年齢の子どもが浮かべる物じゃあ断じてない」
淡々とジンが説明を続ける。
「そう思うのなら、少しは仕事を減らす気遣いくらいしてください!」
思わず怒鳴ってしまった。魔奇対に勤めて一月以上になるが、だんだんとこの組織の問題点が見え始めて来た。
当初の構成員であるフライ室長とジンこそが問題なのだ。両者とも、組織の仕事自体はそれなりに出来る。有能な部類に入ると言っても良い。ただし、少し仕事を外れたところで見せる地の性格は、駄目人間のそれに近い。
すぐに弱音を吐くし、愚痴も吐く。ジンなどは、嫌なことがあるとすぐ酒に逃げるところがあった。ここ最近は特にそうで、仕事終わりには必ずと言って良い程、行きつけの酒場である『ピースキープ』に寄っている。
フライ室長はそういったストレス管理はまだマシなのであるが、やはり問題がある。仕事上での人間関係は上手くやっており、交渉事にも慣れているのだが、一旦、気心の知れた相手となると、どうにも甘えがちになるのだ。ジンとカナへと対応が特にそうで、どうでも良い様な仕事を、なあなあで頼み込んでくるのである。
それを断りきれないカナにも問題があるとは思うが、余計な仕事を持ってくるなと文句を言いたくはなる。
(まあ、私自身に問題がまったく無いなんて言えないから、諦めるしか無いんだけど………)
カナ自身、自分が未熟であることを承知している。年齢の問題からか、どうにも人との対応が上手く行かない時があり、さらに性格的に短気なところもあると自覚している。
(性格や人間関係は、地道に経験を積んでいくしか無いのだろうけど、こういう悩みを持つ私って、年齢的にどうなんだろう………)
カナはつい、人差し指で目頭を押さえてしまった。
「ああっと……カナ? 茶化したのは俺が悪かった。だからそういう恰好は本当に止めろ。君が子どもだと言うことを忘れてしまいそうになる」
ジンにはそう注意されるが、自然に出てしまったポーズなだけにどうしようもない。これが大人になることだろうかとカナは考え、次の瞬間には、大人になんかなりたくないと大声で叫びたくなる自分を抑えるのに必死だった。