第一話 『大陸の西側で』
記憶を遡っていくと、一番初めに当たる思い出が流れ星だ。何時、どこで見た物かは分からないが、どうしてだか夜空を流れる一条の光だけは、目の裏に焼き付いている。
その前の記憶が、3歳の頃に寝小便をして親に怒られた時の記憶なので、もっと昔、もしかしたら赤子の頃の記憶かもしれない。
だからという訳ではないが、自分は夜空を眺めるのが好きだった。親の農作業を手伝った後、皆が家々へと帰るのを余所に、日が沈むのを待って空を見るのだ。
運が良ければ、時々流れ星を見ることもできた。別に何か特別な願い事があったわけではない。ただ、何時か見た流れ星をもう一度見られる様な気がした。
だから言わせて貰うが、空を流れる星が、こちらに向かって落ちてくることなんて、絶対に予想していなかった。
魔法や奇跡がそこらの石ころと同じ様に存在する大陸ホルス。その大陸には、大きく栄える国が一つあった。アイルーツという名の国である。
ホルス大陸の西側に位置するその国は、その名の通り、アイルーツという姓を持つ王族が治める国だ。
この国は当然ながら他の国と同様に、多くの問題を抱えていた。その一つが前述した魔法や奇跡といった物による問題である。
魔法とはそのまま魔法使いが起こす不可思議な現象のことだ。手から何もないのに火をおこし、夏場に氷塊を作ることさえできた。奇跡の方で言えば、何でも無い様な剣が岩を割れる程の力を持ったり、死人が蘇り、新しい宗教を興す時もあった。
これらの現象に困るのは国家である。なにせおかしな現象や力は、何故だか個人向けの物ばかりだったのだ。個人が力を持てば、集団を統率する国の秩序は揺らぐ。実際、アイルーツ国は大陸に存在する奇跡のせいで、何度か滅亡の危機に遭っていた。
その度になんとか国家存亡の危機から脱してきたが、どうにか対処せねばならないという考えは国を動かす者達の共通意識となっていく。
結果、アイルーツ国は国家直属の組織として、それらの対策機関を設立していった。そして幾つかあるそんな機関の一つに、魔法及び奇跡専門対策室。略して『魔奇対』と呼ばれる組織が存在していた。
アイルーツ国首都、ハイジャングに存在するとある路地裏の酒場『ピースキープ』。比較的ガラの悪い性質の人間が集まる場所に、一人の男が酒場の机に向かって突っ伏していた。
「おい、ジン。お前、こんな時間からこんな場所で寝てて良いのか? 仕事はどうした?」
ジンと呼ばれる男は、酒場の店主に肩を揺さぶられる。外を見れば太陽が最も高い時間帯であり、まっとうな仕事をしている者であれば、現在は額に汗水を流しているはずだった。
「頼むから放って置いてくれよ、マスター……。ちょっと憂鬱で、ここでじっとしていたい気分なんだ……」
眠ってはいなかったらしいが、それでも顔を上げずに話をするジン。声の高低を聞くに、どうにも気分が落ち込んでいる様子だ。
「要するにサボりじゃねーか。ったく、久しぶりに金払いの良い客が常連になったかと思えばこれだ」
飽きれたといった様子で酒場の店主はジンを見る。蔑みの感情も混じっているが、視線の先にいる人物は顔を机に向けたままなので、傷つくことはないだろう。
「別に良いだろ……。ツケだってしてないし、朝昼晩と3食のだいたいはここで食ってるんだ。売上げにだって貢献してるんだから、文句は言わないでくれ」
良くもまあ息苦しい姿勢のままで、こんなにも饒舌になれるものだ。
「お前が仕事をクビになると、その売上げが落ちかねないんだよ! ほら、さっさと起きて城へ向かえ! 立派な騎士様なんだろ?」
「あーあ……。せっかく良い具合に現実を忘れかけてたのに」
鈍い動きで背を伸ばすジン。机から離れた事で見えてきた顔は、チンピラ染みた目つきの悪い男。
見た目だけならこの酒場の雰囲気と相性の良い姿をしているが、これで王国直属の騎士だというのだから驚きだ。
それは嘘で実は詐欺師であると言われた方が納得できる。
「わかったよ。仕事に行けば良いんだろ……。騎士って言っても、臨時騎士なんて訳のわからない立場なんだけどなあ」
頭を掻きながら、椅子から立ち上げるジン。そのまま酒場の出口へと向かうが、その足取りは重かった。
『魔奇対』は3年程前に出来た組織だ。組織としては早いどころか生まれたばかりと言っても良い。まだまだ弱い組織であるが、自由がそれなりにきくという利点がある。平民出身の男を組織内部に参加させ、尚且つその男が仕事をサボっても口頭注意で済ますこともできた。
ただ叱られる側からすれば、耳が痛いのには変わりない。
「仕事がなくて暇なのはわかる。代わりに慣れぬ貴族との交渉を任され、嫌気が差しているというのも理解はしよう。ただし、だからと言って仕事時間中に街へ出て、酒場で呑んだくれるのはどういうことだ? 酒臭い君の姿をスポンサーに見られたら、私はどう答えれば良い?」
『魔奇対』の室長。つまり組織のトップである男、ラッド・フライが、部屋の真ん中で手を組んでいる。立派な椅子に座り、大層高そうな机に肘を突く姿は様になっているが、それが総勢2名の組織の長であるとわかれば、何を偉そうにしているのかと問いたくはなる。
部屋にしてもそうだ。ハイジャングの町中に存在する庁舎のさらに一部分と言える場所であり、ここが『魔奇対』のすべてであった。
「いや、でもですね。俺がつい最近まで、ど平民の、しかもわりかし低い立場の人間であるのは、フライ室長も知っているでしょう? 偉いさん方の話し相手なんかをすれば、どうしたって失礼なことをしてしまいますって」
頭を下げる平民出身の男。ジンは、ひたすらに今後、行われるであろう仕事の弁明をしていた。必ず叱られる結果になることが分かっているので、事前に謝っておこうという考えだ。どうせ、昼間から仕事をサボっていた件の謝罪もあることだし。
「確かに、この組織をお前と作って3年間。もっとも困難な仕事になるかもしれないな。だが、俺達の組織のスポンサーは貴族や王族だ。なにせ国家機関だからな。機嫌を伺う必要は十分にあるのはわかるだろう?」
「けどね、室長。そういうのは室長の仕事でしょう? 俺が実働。室長が裏方。最初から決めていたことじゃないですか」
「実際に行動する機会があればそうしている。しかし、ここ最近は平和そのもので、俺達の仕事はまったく無し。無駄飯ぐらいの税金泥棒なんて言われる始末だ。酒場で呑んだくれている奴をそのまま放置できる状況では無くてね」
『魔奇対』の存在は警備や治安を守る仕事に近い。仕事が無いというのは世の中にとって幸運なことなのであるが、それが続くと組織の存在自体が無意味になってしまう。
「わかりました。わかりましたよ。やれば良いんでしょうが。まったく、宮仕えも楽じゃないってのは本当なんだな………」
せめて服装くらいは失礼にならない物を用意せねばならない。そういう服は高いだろうが、経費で落ちるだろうか?
ジンはとにかく憂鬱な気分が続く。もっとも、彼本来の仕事があったところで、面倒事には変わりないので嫌な気分になるのだが。
「ああ、それと、漸く増員の許可が上から降りた。良かったな。後輩が一人増えるぞ」
「選ぶ権利が俺にあるんなら喜びますけどね。どうせ室長が独断と偏見で選ぶんでしょうに」
「上から送られてくる人材だ。私にも選ぶ権利なんぞ無いさ。だが、人が増えればできる事が多くなる。安心しろ、悪い様にはならんさ」
まったくそう思えないフライ室長の話を聞きながら、ジンは町の服屋へ向かうことにした。
カナ・マートンは魔法使いだ。周囲から見れば、その名称の頭に優秀なという単語が付くだろう。カナ自身もそのことは十分に承知している。
アイルーツ国には魔法使いの集まりとなるギルドがあり、魔法学校と呼ばれる施設も存在する。そんな場所で、カナは常にトップクラスの成績を残し続けた。他を大きく引き離した上でだ。
そこを評価されて、アイルーツ国を構成しているとも言える国家機関の一つに雇われることとなったと、カナは考えていた。
「あー、それでだね。君が言われていた増員メンバーということで良いのかな?」
カナの顔色を伺って、今後、上司になるであろう男が話す。ラッド・フライという名前の壮年の男。髪を短くまとめて清潔にしているそれは、確かに国の役人と言った風貌である。
「その通りです。女王陛下直々の命令で、この『魔法及び奇跡専門対策室』に所属することになりました。今後ともよろしくお願いします」
アイルーツ国は現在、女王が治めている。先代の王が早世し、唯一残った直系が娘一人だけだったのである。当初は後継者争いの混乱があったらしいが、既に女王による統治が10年以上続いており、安定期にあると言える。
カナはそんな女王との直接の謁見により、『魔奇対』の所属員として働く様にとの命令を受けたのだ。
「ああ……うん。相変わらずあの方は無茶苦茶だ………」
後半部分は声が小さく良く聞こえなかったが、とりあえずカナの存在を認めてはくれた様だ。
「どうしたものか……そうだ。実を言えば、君の同僚でジンという男がいる。今頃は面倒な仕事を終えて、酒場で一杯引っ掛けている頃だろう。場所を教えるから、顔合わせをしておいてくれないか?」
「同僚……ですか? そうですね。これから一緒に働くことになる相手です。どの様な人なんでしょうか?」
「悪い人間じゃあない。文句を言うこともあるが、仕事はきっちりと行う奴だ。そう、特別変わった奴じゃあないさ」
室長の話を聞き終った後、カナはさっそく言われた通りに、自分の同僚となるジンと言う男に会いに向かうことにした。
「さて……厄介事はあいつにとりあえず押し付けて、どういうことか考えてみんとな」
カナ・マートンが『魔奇対』の部屋から去った後、ラッドは一人呟く。あのカナという女性には心底驚かされた。事前に彼女を寄越したであろう女王陛下から、人物がどういう者なのかを知ってはいた。
アイルーツに幾つかある魔法学校の中でも、飛び抜けた成果を残した魔法使い。それはもはや奇跡とも言える程の才能をもった女性。そういう人間だとは事前に知っていた。
「実際、そうなのだろうな。言って見れば異端児だ。才能があまりにも豊かである故に、扱いに困り、一方で無駄に才を消費するわけにはいかない。だから、国家機関の中でも弱小に当たる場所に飛ばされることとなった」
可哀そうであるが、こっちとしては使える人間がやってきたと思いたい。ただ、一つの事柄がラッドの頭を悩ませていた。
「ただ、いくら才能豊かだって、齢が11の子どもをうちに寄越すか!?」
この決定を下した誰とも知らぬやからに、ラッドは怒鳴り声を上げた。そう、カナ・マートンは、これまでの人生よりこれからの人生が圧倒的に長い筈の少女だったのだ。
魔法だの奇跡だのと言った良く分からぬ物と戦わなければならない組織に、そんな子どもを寄越した、自分より偉い立場の人間達の意図がまったくわからぬラッドだった。
「ああ……くそ。考えがまとまらん。ジンの奴に彼女を押し付けて正解だったな……………あ」
そこまで口にして、ラッドは自分の失態を漸く理解した。
カナに教えたジンの居所は、町の中でも治安の悪い場所の、さらに荒っぽい人間が集まる酒場であり、決して子どもが近寄って良い場所ではないことを思い出したのだ。
ラッドは椅子から立ち上がり、カナが去った部屋の扉へと走る。
「マ、マートンくん! まだそこにいる……か…ね」
今さら遅かった。扉の向こうには、人気の無い廊下が伸びるだけであり、カナの姿はどこにも見当たらなかったのである。
「だからさあ、マスター。やっぱり俺にはああいう仕事は向いてないんだよ」
ハイジャングの荒っぽい人間が集まる酒場『ピースキープ』にて、ジンは明らかな悪酒に酔っていた。
時間帯は夜であり、そういう客が多いので別に酒場にいたとしてもおかしくは無いタイプの人間なのだが、絡まれる『ピースキープ』のマスターは迷惑そうな顔をしている。
「おい。昼から酒を飲んで仕事に出掛けたと思ったら、夜も飲むつもりか。お前の職場ってのは、そんなに気楽な場所なのかよ」
「気楽なわけ無いだろう! この服を見ろよこの服を。服屋に急遽作って貰ったスーツで、めかし込んで偉いさん達と会ったら、やれ採寸が合ってないとか、良く見なくても安物だとか馬鹿にされて、話の本題を話す前に、俺の服装の品評会が始まったんだぜ! 最後までそれで、俺なんのために緊張して貴族なんかに会ったのかわからなくなったよ!」
ジンが酒を飲む時は、ひたすらに自分の気分を晴らしたい時だ。暴力に走ることは無いものの、他人に絡み愚痴を吐くタイプであるので、近寄る人間は殆どいない。
だから偶に酒場のマスターが注文を聞きに近寄ったのを見計らって、マスター自身に絡むのである。
「お前さんが貴族様方に会えるってだけで有り難いと思わんのか。そのしわくちゃな服を見れば、俺だって馬鹿にしたくなるぜ?」
「しわくちゃになったのは酒場に来てからだって! こう、俺にしてみればビシッと決めてたんだよ! なのにあの貴族連中ときたら―――」
「おい! うるせーぞ! 黙って酒も飲めねーのか!」
「女々しい事ばっかり言ってんじゃねー!」
ジンの愚痴は、別の客の怒声に打ち消された。そう面と向かって言われれば、黙る他無い。
「マ、マスター? 俺、そんなにうるさかった? 辺り構わず恥をまき散らしてた?」
いや、黙らない。小声になりながらも、やはりマスターに愚痴を続ける。
「まあ否定はしないが、酒場がうるさいのは当たり前だしな。お前を怒鳴ったあいつら、新顔だよ。お前さんが良くこの酒場でぐちぐちやってることを知らないんだ」
怒鳴った客に聞こない声で、マスターはジンに事情を説明する。ジンも酔いで歪んだ視線で見ると、そこには確かに見覚えの無い顔が二人と、後頭部が一人。酒場の小さな机を囲んで、安酒を芋で作ったつまみで流し込んでいる。
風貌は汚れた格好をしており、服の上に革鎧らしき物を着ている。腰には剣とは言えぬまでも、刃物を携行していた。穏やかな連中じゃあ無いことは確かだろう。
「マスター……俺、暫く黙って飲むわ」
「ああ。そうしてくれ」
面倒事は嫌いだ。さっきまではその面倒な仕事をしてきたので、愚痴を言う酒場までそうなるのは勘弁してもらいたい。
ジンがただ黙って、明日を忘れられる量の酒を飲むことに決めた頃、酒場の扉が開き、ベルが鳴った。
客が新たに入って来たのだろう。ジンはそちらに目線を向けると、そこにはジンにとってまた見知らぬ人間がいた。
「は?」
その姿に、ジンはつい声を上げてしまった。どうしてこんなところに。という感情を混じらせた声だ。
髪を短めに切り揃えた黒髪の女性。美人に当たる顔つきをしている。もし、それが大人であれば、ジンは口笛でも吹いていたかもしれない。ただし、それは将来の話であった。酒場に入って来た人間。それは、どう見ても十歳前半程度の風貌である少女だったのである。
カナ・マートンは、ラッドに知らされた通りの場所までやってきていた。町の中にこんな場所があったのかと脅威に思う程の汚れた場所だったが、その片隅で、漸く目当ての場所。酒場『ピースキープ』を見つけた。
「ここに私の同僚になる人がいるんですか………」
場所が場所だけに、どうにも心細い。大人が沢山存在する場所というのには慣れているが、それらの中にはガラの悪い人間はいなかった様に思える。
ただ、この地区に踏み込んでからは、そんな人間ばかりであり、向こうもカナを奇異の目で見てくるのだ。
(もしかしたら、これは組織に入るための試練なのかもしれない。頑張らないと)
ここへ向かうことになったのは、ラッドの手違いであるとは思いも寄らないまま、カナはまっすぐに言われた通りのことを行っていた。
カナは少しの躊躇の後、酒場の扉を開ける。
「は?」
まっさきにそんな声が聞こえて来た。いったいどういうことだろか。
(………何か私に不満でもあるのかな?)
もしや、自分が子どもだからだろうか。確かに酒場に子どもはおかしいかもしれない。
「あ、あの。ここにジンさんって言う人はいらっしゃいますか?」
とにかく自分の目的を果たそうと、酒場にいる人々に話し掛ける。誰に向かって話したわけじゃあないが、酒場の主人らしき男が答えてきた。
「ジンなら、今、俺の隣で酔っぱらってる奴だ」
主人は親指を立てて、隣で酒をちびちびと飲んでいる目つきの悪い青年へ向けた。
「お、俺? いや、確かに俺はジンって名前だが、君みたいな娘に知り合いがいる様な人種じゃあ無いぞ?」
ジンと呼ばれた青年は訝しげにカナを見てくる。カナ自身も、こんなチンピラ風の男が、同僚だと思いたくなかった。
「ラッド・フライと言う人に、ジンさんという方がここにいると聞いてやって来たんですが………」
人違いであれば嬉しいのだが、酒場にいるジンは、酔いで赤い顔を少し傾けた後、口を開く。
「ああ、それなら多分、俺で間違いない。要するに『魔奇対』関係者かな?」
どうやらカナの期待は裏切られた様だ。この酔っ払いが、カナのこれからの同僚なのだ。
「関係者と言うより―――」
「おい! さっきからやかましいと何度言ったらわかんだ!」
何時の間にかカナのすぐ近くに、酒場の別の客が立っていた。どうにも随分と酔っぱらっているらしく、目の焦点が合っていない。
「お、おいおい。こんな子どもにまでそんなこと言うことは無いだろう。それに、この娘はそんなに五月蠅くていないし」
ジンが慌てて立ち上がると、カナと酔っぱらいの間に立つ。彼自身の足元もおぼつかないので、甚だ心許ないが。
「てめえの知り合いだろうが! さっきからぐちぐちと癇に障る声を聞かせられたあげく、次は子どもの甲高い声と来たもんだ! 耳がおかしくならあ!」
カナにしてみれば、怒鳴り声を上げる酔っ払いの方がよっぽど耳に悪い。ただ、酔っ払いと一緒に酒を飲んでいるらしき男達は、酔っ払いを囃したてる。良くぞ言ったなどと。
「だからって子どもを怒鳴っても仕方ないだろう。なんなら、俺は酒場を出るから、ここは穏便に」
「おい兄ちゃん。人様に迷惑掛けといて、何もせずにどっか行けると思っているのか? 迷惑料として、ここの酒代を置いて行け」
酔っ払いは無茶苦茶を言う。まるっきりヤクザな方法だ。というかどう見てもカツアゲである。
「は、はあ? マスター! こんなことを言ってくるんだが」
ジンは酒場の主人に助けを求めるものの、主人は首を横に振る。
「自分でなんとかしろ」
どうやらジンは主人に見捨てられた様だ。しかし、どうしてだか気弱な表情をせず、むしろ表情に力を入れていた。
「良いんだな」
ジンはそう主人に聞いた。何のことだろうか。まるで、何かの許可を得ようとしている様だ。
「ああ。ほどほどにな」
主人はジンの言葉に答える。二人のやりとりが良くわからず、首を傾げるカナだったが、酔っ払い達は、そのままジンが主人に守られぬ立場に立たされたと考えたらしい。
「残念だったな、兄ちゃん。金を出すか、ここで痛い目みるか、どっちかを選びな」
手を組み、指の関節を鳴らす酔っ払い。体格は酔っ払いとジンにそれ程の違いは無いが、酔っ払いの方は喧嘩慣れているのか強気だ。
「………威勢の良いこと言ってんじゃねえよ。腰の短剣を当てて強くなったつもりか? ギリギリ国の違反にならない程度の長さじゃねえか。国の規則を守るなら、犯罪紛いのことなんてしてんじゃねえ」
ジンの口調が、チンピラらしく荒っぽくなる。その姿に、酔っ払いは少し気圧されたらしいが、なんと腰の短剣を抜いて、ジンの首筋に近づけた。
「兄ちゃん……喧嘩を売る相手を選びな。俺たちゃあ傭兵だ。剣の長さも、この国で商売するなら、あんまり迷惑を掛けないで置こうって親切心さ。俺を親切な人間のままで居させてくれよ」
短剣は今にもジンの首に刺さりそうな程に近くなっている。どう考えても危険な状況だ。どうにかしなければ。
(魔法を使えば私自身の身は守れるけど、この人には被害が出ちゃうかもしれない)
カナはジンを見た。酔っ払いと至近距離で睨みあう彼を見れば、迂闊に敵を倒す魔法を使えば、酔っ払いの持つ短剣が彼の首元を傷つけるかもしれない。
(どうしよう……一か八か?)
カナが何とか行動を起こそうとした瞬間。再びジンが口を開いた。
「傭兵? 盗賊か何かの間違いだろう? 酒場で他人に当たり散らすしか能の無い人間のくせにな!」
(なんでそんな人を挑発する様なことを言うの!?)
ジンの言葉に、酔っ払いは明らかに激昂した。
「ああ!? 喧嘩売る相手は選べって言ったよなあ!」
傭兵か盗賊かは知らないが、酔っ払いは確かに剣で人を傷つけることに戸惑いが無い人種だった。
手に持った短剣を、躊躇無く振りぬいたのだ。当然、その軌道にはジンの首元があり、そこを通り過ぎた瞬間、カナの耳に酷く嫌な気分になる音が聞こえて来た。
(え?)
ただし、その音は人が斬られる音では無かった。耳触りの悪い音。金属と金属を擦り合わせた様な音が聞こえたのだ。
(な、何が起こったの?)
カナは目に映った光景に戸惑う。夢か幻か。剣を振り抜かれた先にいたはずのジンが、別の物になっているのだ。
それは人だろうか。人型ではあるのだが、ジンの体格より一回りは大きい。それも当然で、そこには大鎧が存在していたのである。
頭の上から足の指の先まで、全身を覆う鎧だ。生身の部分などどこにも見当たらない。関節と関節の間も、きめ細やかな鎖帷子らしき物が何重にも存在しており、その先に肉体があるとは思えなかった。
その大鎧は、先程までジンが立っていた場所に、そのまま代わる形で立っている。何よりも威圧感があるのはその色だ。現れた大鎧は、すべてが黒い金属で出来ていたのだ。