幼馴染の友人ご登場
「ここ?」
「うん、ここ」
僕の問いに見えない彩水は答える。視線を向ける先には、十階建ての大きなマンションがあった。
透明になったためここまで障害もなく辿り着いた。見上げる程度には大きいマンションの目の前で、僕は念の為きょろきょろと辺りを見回し、人気が無いのを確認する。
「さて、入口は?」
「あっち」
彩水が答える。きっと指で示しているのだと思うが、あいにく僕の目には何も見えない。
「彩水、ごめん。見えない」
「あ、そっか。えっと、正面に見える玄関にまず入るよ」
それに従い、歩き入口の自動ドアをくぐる。
マンションは完全なオートロックシステムとなっているようで、中に入るためには彩水の友達を呼び出さないといけないようだ。
「彩水、呼ぶには魔法を解除しないと。格好で人目が気になるなら、外を見張ってるよ」
「あ、うん。そうだね……えっと、魔法、解除せよ」
言うと、彩水の姿が出現する。そして、僕の方へ杖を向けた。
「魔法、解除せよ」
僕の姿も一瞬で元に戻る。自分の両手を見つめ、閉じたり開いたりしてみる。うん、ちゃんと元通りだ。
「よし、それじゃ外で待ってるから」
「うん」
返事を聞くと、僕はマンションの外へ出た。
人影は全くない。マンション周りは閑静な住宅街といった様相だが、夏場のためセミの鳴き声が聞こえ少しうるさい。
「そういえば、時間は……」
ジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、時刻を確認。午後二時半。まだ昼の最中にある。
「しっかし、暑いな」
マンション入り口は日陰ながら、最も気温の高い時間帯であるため、外にいればどんな場所でも汗ばんでしまう。
本来のヴァンパイアはこんな気候でも平気なのだろうかと、馬鹿なことを思案していると――彩水が帰って来た。
「少ししたら来るって」
「そっか。でも、その格好でいいの?」
今更だが、僕は彩水に聞いてみた。すると、
「うん。どうも玲香ちゃんも色々とあったみたいで」
と答えた。皆まで聞かず理解できた。玲香という彩水の友人もまた、同じ被害にあっているのは確定のようだ。
そこから時間にして三分程度待機し、入口に当該の人物がやって来た。僕と同じくらいの身長で、ピンクのプリントTシャツにショートパンツ姿の、活発な雰囲気をはっきりと出している女子。ショートカットの茶髪が歩く動作にあわせて揺れ、話しながらこちらに寄ってくる。
「いやー、私もびっくりしたんだよ。眠って起きたらいきなり髪が染められてて、なおかつ念力が使えるようになっててさ――」
と、彼女は僕達を視界に捉えた。同時にぎょっと目を剥く。
「……え、ええー……」
彼女は彩水を見て、なんだかすごく複雑な表情をする。
「あ、彩水? その恰好は?」
「これが、私の変化……」
少し恥ずかしげに、彩水が答えた。相手の村山さんは、その様子にうろたえる。
「あ、いや。別に嫌だとか変だとか言っているわけじゃないよ? 私はただ、コスプレ趣味に目覚めたのかと」
村山さんの言葉に、彩水は顔を赤くして俯く。
無理もないが、面と言われるとショックらしい。互いが無言となり、セミの鳴き声がはっきり聞こえ始める。
僕はやり取りを見て、二人だけでは時間が掛かりそうだと思った。ここであーだこーだやっていても話が進まないので、彩水に代わり口を開く。
「あ、あのさ。一ついいかな?」
割って入るように彼女へ尋ねる。
そこで相手は初めて僕の存在に気付いたように、見返した。
「……あんたは、誰?」
「こういう事態に陥った首謀者の弟かつ、彩水の知り合い、細波隆也です」
質問に応じ、僕は申し訳なく思い頭を下げた。
直後、彼女の顔に変化が起こった。なんだかよくわからないが、こっちを見て何かを思い起こすような、不思議な表情。
「どうしたの?」
尋ねてみるが、反応がない。少ししてから彼女は「何でもない」と言い、僕に口を向けてくる。
「えっと、それで。ここに来たのは?」
「現状把握と問題解決をしたいんだ。彩水の家でジュースを貰ったと思うんだけど、それをとりあえず返して欲しい」
ひとまず用件を告げた。村山さんはしばし僕を注目し、無言となる。
「あの……?」
反応がどうも変だ。鈍いという訳ではなさそうだが、僕を見て何か思慮している様子。何か思い当たる節があるのだろうか。だけど、こちらには心当たりがない。
奇妙な沈黙が訪れる。僕も無言にならざるを得なかったが、やがて村山さんが静寂を破った。
「……わかった。ここじゃなんだし、一度部屋に上がらない?」
やや硬質な声で、こちらへ返答した。僕と彩水は同時に頷く。
反応を見て、村山さんの顔が険しくなる。僕は訝しんだけれど、彼女は何も告げずくるりと踵を返し、先頭を切って歩き始めた。
マンションの入口を抜け、エレベーターで五階へ上がる。その間村山さんは僕と彩水を交互に見て、何事か考えている。明らかに様子が変だが、ほぼ初対面である以上追及するのも憚られたので、だんまりを決め込んだ。
やがてエレベーターが到着し、家へと通される。3LDKのリビングを中心とした間取りの一室であり、案内に従いソファに座らせられる。
「ジュースを持ってくる」
言葉と共に、村山さんはキッチンへ向かった。僕と彩水は黙って待つことにする。室内はクーラーが効いて、汗だくの僕には丁度良かった。
やがて戻って来た村山さんは、ソファの前にあるガラスのテーブルにジュースの入った容器を置く。
「これで、いいの?」
桃色と黄色い飲み物が、同じ量だけ容器に入っていた。僕は頷き、彩水に確認する。
「この二つで間違いない?」
「うん」
彩水が答える。とりあえず、これで犠牲者が増えるような事態にはならなそうだ。
「えっと、それで村山さん。ひとまず彩水の家に来てほしいんだけど」
「何で?」
「一度変化した人を集めて、話し合いをしたいんだ。情報を共有して、何事もないようにしたい」
提案に、村山さんは「そう」と答え、僕を注視する。
「……どうしたの?」
その視線に、僕は首を傾げ尋ねた――直後、携帯の着信音が鳴った。
「あ、私だ」
彩水が呟く。ポケットから携帯を取り出し、表示を見てあっ、と声を上げた。
「お姉ちゃんからだ」
「え……!」
僕が反応したのと同時に、彩水はソファから立ち上がった。
「ちょっと待っていて。電話してくるから」
言うと彩水はリビングを出て行く。少しすると、廊下から話し声が聞こえてきた。
(これで、とりあえず全員かな……?)
容器に同じ量だけ入ったジュースを見ながら、僕は考える。同時にて小さく息をつき、彩水を待とうと決めた。