残りの犠牲者と魔法について
ひとまずおばさんは置いておいて、再び作戦会議を始める。椅子に座り直し、僕が最初に口を開く。
「とりあえず現状把握しようか。えっと彩水、静奈さんは?」
「お昼から、大学に行っているけど……夕方には帰ってくると思う」
「呼び戻せない?」
「お姉ちゃんだったら宗佑さんの仕業だって気付くだろうから、危なくなれば帰ってくると思うよ。それにお姉ちゃん普段、携帯電話は電源切っちゃってるし」
携帯の意味がなさそうだけど、あえて触れないことにしよう。
「一応、掛けてみるけど」
言うと、彩水はポケットから携帯電話を取り出し電話を掛ける。
「そこは念話とか使いたいところだな」
「兄さん、黙って」
僕は兄さんを制止しながら反応を待つ。彩水はすぐにため息をついた。
「駄目みたい。やっぱり電源切られてる」
「そっか……となると、帰ってくるのを待つしかないと」
「うん」
「おーい、二人とも」
会話をする僕らに、兄が割り込んできた。
「そんな悠長に語っている場合じゃないだろ? いつ何時襲われるかもしれないのに」
「……あのね」
僕は兄へ向け、ため息混じりに答える。
「何の情報も知らされていないのに、いきなり戦うなんて真似、するはずがないよ」
「そうか? 好戦的な人なら何かやらかしそうだがな」
兄はポケットから何かを取り出す。小さなメモ書きのようだ。
「それは?」
「いや、残りの薬はなんだったのか確認を」
「……頭が混乱して聞いていなかったけど、残りは何があるの?」
ロクでもないのはわかっていたが、ひとまず訊いた。
兄はにっこりと笑みを浮かべ、メモを読み上げた。
「あと残っているのは超能力者、サキュバス、魔王」
「……そう」
どれもこれもがハズレのような気がする。しかも最後の魔王って何だ。
「サキュバスって、何?」
ふいに彩水が首を傾げる。知らないらしい。とはいえ僕もゲームで出てくる敵キャラ程度しか知らないので、詳しいことは語れない。
沈黙していると、兄が言葉を返した。
「えっと、男を誘惑し生気を奪う悪魔だ」
――兄は本来知識はないはずだが、そこだけは妙に正解な気がする。
そして残るは魔王と超能力者――僕はふと、疑問が頭をよぎる。
「兄さん、選んだ構成がずいぶんカオスな気がするけど、何か理由があるの?」
「選んだ理由? 静奈さんからもらった資料から適当に選んだだけだが」
元凶はもしかすると、静奈さんかもしれない。
脱力感をはっきりと抱きながらも、話を進めるため彩水の友人の件を切り出す。
「じゃあ次だ。彩水の友達だけど……一体誰?」
「玲香ちゃん」
「苗字は?」
「村山。村山玲香ちゃん」
村山。それを聞いた僕は何度目かわからない嫌な予感を覚える。
「村山っていうと、あのサッカー部員の先輩思い出すけど」
「その人の妹だよ」
「マジか……」
僕は頭を抱えた。彩水がそれを見て質問する。
「どうしたの?」
「いや、結構な人が変身している可能性があると思って」
僕の頭に浮かんでいる人物は村山幸一という一学年上の先輩。サッカー部所属で、中学三年生のためこの夏引退するはずの人物だが、これがとことんトラブルメーカーらしい。友人伝いにしか聞いていないが、サッカーではワンマンプレイばかりで、授業中も色々と騒動を起こすという、厄介な人物。
彼がもし魔王とか――いや、考えるのはやめよう。大丈夫だと言い聞かせ、話を戻す。
「彩水、友人に電話掛けられる?」
「うん」
承諾すると、彩水は友人へ電話を掛けた。しかし、
「こっちも駄目。電源が切られてる」
「家に行くしかないのかな」
「そうなるね」
彩水の言葉に、僕はゆっくりと立ち上がった。
「不本意だけど、僕らが行くしかないね。案内して欲しいんだけど」
「う、うん……けど」
彩水は頷くと、自分の服装を見た。
「これ、どうしよう?」
「着替えればいいんじゃないの?」
「できないの」
答えに、僕は目をしばたたく。
彼女はふいに左腕に着けられたブレスレットを外し、テーブルの上に置いた。彩水が手を離すと――ブレスレットが消え、いきなり彩水の手首に戻っていた。
「着替えようとしても、すぐに元通りになっちゃうの」
なんて面倒な機能。これは多分、彩水の変化が体だけではなく服にも及んでいるためだと、なんとなく察した。
「さすがに、恥ずかしいよね」
僕の言葉に、彩水ははっきりと頷いて見せた。だけどこの調子では、いつまでたっても解決しないのもまた事実。
何か方法はないか、僕は考え――彩水が魔法少女という変化であるのを思い出す。
「そうだ、彩水。例えば魔法で透明になるとか、すればいいんじゃないかな」
「透明?」
聞き返す彩水。僕は兄の方へ目をやると、尋ねる。
「兄さん。魔法少女って言うくらいだから、魔法は当然使えるんだよね?」
「当たり前だろ? なぜそんなことを訊く?」
信用できないからだよ――! 心の中でそう叫んでみたが、声に出すのはぐっと堪え、兄へ続ける。
「どんな魔法が使えるの?」
「言ったことをその通りに変化させるようにしてあるが」
「言ったこと?」
「例えば家よ燃えろ! と言えば家が丸焦げになる」
物騒極まりない。それでは迂闊に話もできないじゃないか。
「それ、かなり危険だけど……」
「無論、色々と条件がある。まず条件は彩水ちゃん本人がその効果を心から望んでいること。そして心に迷いがなく、澄み渡っていること。その二つが成立すれば何かを言うだけで、魔法が発動する……ああ、そうだ」
兄は何かを思い出したのか、ポケットから別のメモを取り出した。
「もし魔法を誰かに使いたい場合は、相手にこう宣言しなければならない」
そう言って、兄は彩水にメモを渡した。
何か呪文のようなものか――そう思い見守っていると、彩水の顔が少し赤くなり、口をパクパクさせる。
「あ、あの……これ……」
「どうしたの?」
僕が問うと、彩水は黙ってメモを渡した。文面を確認する。そこには――
『正義と平和をまき散らす、魔法少女アルティメットリーン参上! さあ! 黙って私に首を差し出しなさい!』
ひどい文言が記されていた。色々とツッコむ場所があって、逆に何も言えなくなる。さらには、頭痛までしてきた。
彩水はメモと兄を交互に見つつ、呟くように尋ねた。
「……こ、これ言うんですか?」
「うん」
躊躇いがちに呟く彩水に、馬鹿兄は軽く答える。
「このセリフを言わないと、誰かに魔法は使えない」
「……ねえ、兄さん」
僕はメモに目を落としながら、兄へ問い掛ける。
「もし味方である僕に魔法を使う場合でも、このセリフ言うの? これだと、僕が首を差し出すことになるんだけど」
「……おお、そういえば味方に使用することを、考えていなかったな」
設定における、穴の部分らしい。僕は小さく肩をすくめつつ、話を進めるため彩水へ顔を向けた。
「えっと、彩水。とりあえず僕が実験体になるから試してみなよ」
「え……」
彩水は逡巡する。けれど僕は構わず彼女の隣まで移動して、メモを差し出した。
「さあ、どうぞ」
促したが、やっぱり最初彩水は迷った。
しかし徐々に目に宿る光が変わり――やがて口を堅く結び、メモを手に取った。意を決した瞳の色。友達の様子を早く見に行かなければならないということで、決断できたようだ。
彩水は僕と向かい合いメモを再度確認。その後大きく息を吸い、声を発する。
「せ、正義と平和をまき散らす魔法少女アルティメットリーン参じょ――!」
そこで思いっきり舌を噛んだ。彩水は痛みに口元を押さえ、うずくまる。
その光景を見て僕は苦笑しつつ、兄へ質問した。
「兄さん」
「ん?」
「今のセリフを短縮するとかは、無理?」
「無理だな」
あっさりと返されてしまった。きっと既に条件なんかは決まっていて、修正は無理なのだと悟った。