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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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彼女に伝えるその言葉

「彩水」


 炎を見ながら名を呼ぶと、隣にいる彩水は僅かに震えた。だが意思は受け取ったか、静かに杖を構え、大きく息を吸い込む。

 そしていつもの文言を叫ぶ。その間にも炎が広がり、空へと伸びる。


「炎よ――消えろ!」


 彩水が告げた。直後、杖が輝き、正面の炎の勢いが目に見えて弱まる。

 いけるか――最初は思ったのだが、杖が途端に力を失い、炎が元に戻る――いや、戻ってはいない。僅かながら勢いを失っている。


 もう一度と、僕が視線で示す。すると彩水は、視線に気付きビクッと、またも体を震わせた。

 態度を見て――どうしたものかと考える。


「彩水――」

「う、うん。わかってる」


 言うや否やまたも杖を構える。だが僕はそれが徒労に終わると予測できた。

 雑念が多すぎる――それが推測した結論。横に僕がいることと、それに応えようとする意識が先走って、魔法が上手く働かない。


「彩水、待って」


 反射的に呼び止めた。杖を振りかざしたまま彩水の動きが止まる。僕は業火に燃える城を見ながら、少しの間考える。


 きっと彩水は何かしら答えを求めているのだと思う。こんな状況だけれど、彩水に対し何かを言わなければならない――

 思案は数秒だったのか、それとも数分だったのか。僕は一度深呼吸をした。炎に照らされて赤みを帯びた彩水の顔が、どこか幻想的に見える。


「――事情を知って、最初は驚いたよ」


 正直な感想を、僕は述べた。すると、彩水は聞きたくないという風に首を左右に振ろうとして、


「だけど、本音を言えばすごく嬉しかった」


 一気に告げた。途端に、彩水は僕を凝視する。


「彩水のことを一度たりとも嫌いになったりはしなかったよ。むしろ中学に入って疎遠になって、すごく寂しかった。本当は僕の方から遊びに誘うこともできたわけだけど、なんというか……すごく、照れくさかった。けど、嫌いになってなんかいない――」


 その時ぐすっ、と彩水が鼻をすする音が聞こえた。見ると、少しだけ瞳に涙が溜まっていた。僕はなおも続きを語ろうとしたが――彩水が小さく首を振ったので、反応を待った。


「……ありがとう、隆也君」


 嬉しそうに、そしてすべてが報われたかのように、晴々とした微笑を浮かべた。もう大丈夫――そう決意したことによって、杖の光が強くなる。


「良かった、嫌われていなくて」


 僕の鼓動が大きく高鳴る程に、彩水の笑みは綺麗だった。赤い炎の下なので判別できなかったかもしれないが、きっと今の僕は顔が赤いはず。それが炎の熱のせいなのか、それとも笑顔のせいなのか――


 ふいに、上空から何かが飛来する気配を感じ取る。即座に後退すると、立っていた場所に衝撃波が撃ち込まれ、地面が抉れた。


「こらー! そこー!」


 空中で四苦八苦している玲香が、非難の声を上げる。さっさと解決しろ、という意味では決してなく、イチャイチャしているんじゃないという警告だ。


「……それじゃあ、やりますか!」


 心機一転。彩水は腕を回し杖を構え直した。僕はその態度に安堵し、見守る。

 光り輝く杖をかざす。今までよりも遥かに強い力と、何より澄み切った気配を生み出しており――彩水は、叫んだ。


「炎よ――消えよ!」


 声の直後、光が杖から放出される。光が全てを覆い尽くすように炎に当たり――炎が休息に力を失っていく。


「っ!」


 だが直後、彩水が呻いた。一気に消すのは難しい様子。杖を握り締め必死に力を制御する。そこで僕は隣へ駆け寄り、杖を握り締めた。


 頑張れ――声を掛けようとした時、彩水が僕に笑みを向けた。ありがとうと目でお礼を言い、再び業火へ視線を送ると、大きく息を吸い込んだ。


「炎よ――消えよ!」


 さらに光が膨れる。視界が白い光で埋め尽くされ、燃え盛る炎の音がどんどん無くなっていく。やがて――光が消え、視界が元に戻った時、炎は完全に消え、暗がりと焼け焦げた城の跡だけが残っていた。


「やった……」


 息をついた。どうにか最悪の事態だけは避けることができた。横を見ると、杖を握り体をひっつけあった彩水が見える。炎が無くなり、月明かりになってしまったが、それでも間近であるため顔が見えた。

 直後、彩水の顔が赤く染まった。


「わわわわ!」


 彩水は即座に後ずさる。そこへ、玲香が地面に降り立つ姿が見えた。


「はあ、とりあえず解決ね」

「ああ、そうだね」


 僕は玲香へ返答した。そして、城の残骸に目をやる。土とはいえ焼け焦げた城は、月明かりの世界でも黒々と不気味な様子を見せている。


「で、どうする? これ」


 僕はそれらを人差し指で示し、二人へ問う。


「このまま置いておいてもいいような気がするけど」

「変な噂が立つのもなんだし、隠滅しておいた方が良くない?」


 玲香の発言。それもそうかと僕は頷く。


「おー、収まったのか!」


 会話をしていると幸一先輩が戻ってきた。事態が収束したためか、満面の笑みを見せている。


「幸一先輩、消防隊は?」

「全員見事に眠ってるぜ。後はこのままとんずらするだけだな」


 この人が言うと、どうにも胡散臭く聞こえてしまうが――けれどそれが一番だ。こんな珍妙な集団誰かに見られたら、今回以上の大事になるのは間違いない。


「いやー、一時はどうなることかと思ったけど、良かった――」


 ほっとした様子で続けた幸一先輩だが――後が続かなかった。玲香が無情にも、飛び蹴りを顔面へ喰らわせたからだ。


「元はと言えば、あんたが原因でしょうがぁぁぁ!」


 玲香はぶっ倒れた兄にマウントポジションでボコスカ殴り始める。まあ、魔王だし平気だろうと見捨てつつ、僕は彩水に指示を出す。


「とりあえず、元に戻そう」

「うん」


 彩水は小さく頷き、杖をかざした。






 それから約十五分後、僕らは空き地を直して錦山を後にした。思えばひどく長い一日。彩水の家に辿り着いた時携帯電話で時刻を確認すると、八時前だった。


「ようやく、終わった……」


 疲れ切った声で呟く。これで全て終わるはず。カレーの香りが立ち込める玄関をくぐり、僕らはリビングへと入った――

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