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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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彼女と共に

 彩水の家の玄関をくぐったのは七時だった。ドタバタとリビングに入ると、お腹を鳴らすカレーの香りがした。しかし、そちらに構っている暇はない。


「どうした?」


 リビングには椅子に座り頬杖をつく兄と、隣で夕食を待つ静奈さんがいた。僕は二人に錦山の方角を指差して、言う。


「幸一先輩が山火事引き起こしそうになってる」

「……は?」


 素っ頓狂な声は、兄から聞こえた。静奈さんと共に、ひきつった顔を見せる。僕はその間に話を続ける。


「炎を生み出したはいいけど、消せないみたいで」

「それは、俺が入れた特性だな」


 兄はすぐさま表情を戻し、応じた。


「魔王は生み出す能力を一つだけ、それと他者に外部から干渉する能力しか与えていない。もし自由にできるようにすれば、俺の身も危うくなるからな」


 ――兄は「人を消したりする」という危惧から、そういう仕様にしたのだろう。

 けれどそこで、別の疑問がよぎる。


「他者に干渉する能力?」

「人を吹き飛べと念じれば、玲香君のように衝撃波で吹っ飛ばせるようにできる。ただ、人の体の内部を破壊するといったやり方はできないようになっているため切断などはできない。あくまで魔王の視界に入っているものにしか干渉できない……それと、炎か」


 兄は顎に手をやり、説明を加える。


「生み出す能力により、炎を使ったのだろう。ただ一つ何かを生み出すと、それが完全に消えるまで能力が使えない」

「ということは、氷とか出そうとしても……」

「無理だな」


 きっぱりと兄。なるほど、あんな所業をする時点でこうした事態は不可避だったわけだ。


「じゃあ、もし消火するなら――」

「魔法しかないな。特性上、魔法とかで作った炎は普通の水ではあまり消えないようになっているはず。だからもしやるなら消防車よりも、魔法でなければならない」

「彩水の力がいるね」

「そうなるな。お前はどうだ? 風の魔法を使えば」

「あんな制御もできないもの使ったら燃え広がるよ」

「確かに」


 兄はげにもと頷いた。僕は次に静奈さんへ視線を送る。


「その、彩水の調子は?」

「話は聞くようになったけど、まだ傷は深いままね」


 苦笑しつつ答える。解決できていないのは当然だが、ここは行かなければならない。


「彩水を連れて錦山まで行きます」

「私も、行った方がいいのかな?」

「静奈さんは兄の監視をお願いします」


 言うと、不服そうに兄が目を細めたが、僕は無視してリビングを出た。二階へ行き、再び彩水の部屋の前に立つ。


「彩水、ちょっといいか?」


 言いざまにドアをノックする。途端に、ヒュ――っと、空気を切る音がした。


「せ、正義と平和を撒き散らす――」

「ちょっと待った! 緊急事態なんだ!」


 僕は言うと流れるように錦山の事情を説明した。話をする間も、きっと彩水は杖を構えたままのはずだった。しかし、口を挟むことなく聞き続ける。


「彩水の力がいるんだ。すぐに――」

「う……」


 躊躇いのような呻きが聞こえた。思わず言葉を止め、扉を眺める。


「……彩水?」


 問い質す。しかし無言。だが戦意は無いのか、杖を構えるような気配が収まる。


「わ、わかった……」


 絞り出すような声で返答したのは、一分程経過した時。扉が開くと、おどおどした様子の彩水が現れた。


「錦山に……行けばいいんだよね?」

「ああ、行こう」


 切迫した僕の声に、彼女は小さく頷いた。とりあえず連れて行けば――そう考えたのは一瞬で、思いつめた顔をした彼女に、不安を抱く。

 だけど、それに構っている様子はない。とにかく急がなければならない。


 僕は彩水を連れ家を出た。夜なのでもう透明な魔法を使わずとも人気は無いし、バレるようなことにもならないだろう。魔法を使わずひたすら急ぎ、十分で錦山へ到着した。煙がもうもうと上がり始めており、猶予が無いのを悟る。

 空き地へ足を向けると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。どうやら火事に気付かれたらしい。急がなければならない。


 空き地に入った時、かなりひどい有様になっていた。城全体が炎を包み、周囲の木々にも若干火の粉が降りかかっている。木々に燃え移るのも時間の問題だ。


「――玲香!」


 僕は玲香の姿を認め、叫んだ。彼女は今、宙に浮き衝撃波を撃っていた。


「隆也君!」


 玲香は一瞬だけ目をやった後、僕へ応じた。どうやら木々へ迫ろうとしている炎を片っ端から消し飛ばしているらしい。だけど彼女の能力では火自体をどうにかすることができず、炎は勢いを増すばかり。


 一方の幸一先輩は、城の正面で立ち尽くしていた。慌てて駆け寄り、僕が声を掛ける。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ」


 頷く彼だが、惨状にビビっているのか顔面が蒼白。事態を許容できる範囲を超えてしまったかのような、呆けた顔をしていた。


「ああ、もう!」


 蒔いた種を見続けるだけの幸一先輩に対し、僕は声を上げ後方を指し示した。


「消防車が直に来る! 幸一先輩はそれを抑えていて!」

「――は?」


 表情を変えぬまま、彼は声を上げた。


「抑える? 迎え入れるんじゃなくて?」

「兄さんから聞いたんだよ。あの炎は魔法によって作られた奴だから、普通の水では消えにくいって! だから魔法を使うしかない。けど、ここに消防隊が来たらそれどころじゃなくなる。なんでもいいから消火するまで抑えておいて!」


 限りなく無茶な要求だった。もしかすると消火活動を止めたことにより、色々と問題が発生するかもしれない。けど、あまり贅沢を言っていられなかった。この際だから、一番嫌な役は幸一先輩に頼もう。そんな風に思いながら、続ける。


「魔法を使えばすぐにでも消せる! ほんの少しの辛抱だから!」


 声に幸一先輩は多少口を閉ざした。だけど近くにいる彩水と僕の顔を交互に見て――やがて、静かに頷いた。


「わかったよ。横にいる子は、魔法少女ってところだな?」

「はい」

「なら、任せる。頼む」

「解決したら、黙って薬飲む?」

「ああ、こんなのはもうこりごりだからな」


 自嘲的に笑みを浮かべ、幸一先輩は走り去る。僕は見送ると、改めて業火に包まれた城を見た。炎が空へ昇り、煙が天を覆うように広がりつつあった。

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