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新たな犠牲者、幼馴染と再会

 森坂家は団地の隣近所であり、それぞれ同い年の兄弟を持っているということで、小さい頃から一緒に遊んだりして、家族ぐるみで付き合いがある。


 こちらが二人兄弟ならば、あっちは姉妹。特に妹の方である森坂(もりさか)彩水(あみ)とは、小学校の時それこそ毎日遊び、互いの家にも出入りしていた。


 さらに、兄の所業を知る少ない人物達でもある。僕が実験で寝込んだりした時、彩水は色々と面倒を見てくれることもあった。だけど中学に入って一年半。クラスが離れ自然と疎遠になり、親の会話で近況を聞くくらいしか、彼女の話は聞かなかった。


 僕は行くのを止めて久しい隣の家の、玄関扉の前にある呼び鈴を押した。お姉さんの方はわからないが、同じ中学に通う彩水に関しては下校時間を考えれば帰って来ていてもおかしくない。そして最悪、僕と同じように一服盛られたジュースを飲んでいても不思議じゃない。


 だけど呼び鈴に対し、反応が無い。留守なのかと思いつつも、もう一度呼び鈴を押した。直後、家の中から足音が聞こえてくる。間違いない、誰かいる。

 少しすると、インターホンから声が聞こえてきた。


『……ど、どちらさまですか……?』


 ひどくおどおどした声。それだけでわかる。間違いなく彩水の声だ。


 僕は答えようとして、一瞬フリーズした。こうして話すのはそれこそ小学生以来で、どう声を掛ければ――少し迷った後、状況を把握する必要から意を決し、口を開いた。


「ぼ、僕だよ。隆也だ」

『り、隆也君……?』


 少し安堵したのか、彼女は答えて――すぐに、弾かれるように叫んだ。


『じゃ、じゃあ……これ、もしかして宗佑さんが!?』


 その言葉で、僕は遅かったと悟る。どうやら彼女もまた、ジュースを飲んでしまったらしい。


「多分……そうだよ。僕も同じような目にあってる。その、もし良かったら、状況を確認したいんだけど……」

『わ、わかった』


 インターホンが切られた。僕はその場で少し待つ。彼女は一体どうなっているのか。限りない不安を抱きながら、やってくるのを待つ。

 やがて玄関のドアが開いた。少しずつ、窺うように開かれるドアの隙間から、僕は中を覗き見た。


「……り、隆也君?」


 そして、彼女は疑うような目で、声を発した。

 僕は自分がヴァンパイア(もどき)になっているのを思い出す。彼女のことばかり考えて、失念してしまっていた。


 さらには、彼女の問いに答えられず固まった。理由はいくつかある。学校でもあまり会わなかったため、ずいぶんと久しぶりに見た彼女は、すごく綺麗だったのが一番の理由だ。


 身長は僕よりも低かったが、上目遣いで見てくる瞳は大きくパッチリしていて、通った鼻筋の下にある小さな口は、唇を震わせ呼吸をしていた。その様子はどこか小動物のようで、守ってあげたくなるような印象を僕に与える。


 だけど言葉を失ったのはそれだけではなかった。二つ目の理由は、彼女が明らかに普通とは異なる衣装に身を包んでいたためだ。

 色合いは青と白が中心。全身をすっぽりと覆うようなフリルのついたスカート衣装に、彼女の右手にはなぜか宝石のような物がはめ込まれた杖。さらに頭には金色の髪飾り。なんだか色々織り交ぜた風貌をしていたが、一目見て、あるものを想像した。それは――


「お、彩水ちゃんは魔法少女か」


 解答を、背後に駆けつけた兄がかっさらう。そう、僕も同じ見解を抱いていた。


「そ、宗佑さん……」


 怖々と、彩水が呟く。怯えるようなその表情を見て、僕は兄に対しマグマが噴き上がるような急速な怒りを覚える。


「……兄さん」

「ん?」


 僕は兄へ振り返り、拳をゆっくり構える。


「とりあえず、一発はいいよね?」

「……え?」


 兄は僕を見て、目をぱちくりとさせ――咄嗟に両手を差し出し、制止しようとする。


「い、いやいや。待った。今の隆也に殴られれば、俺の命が無い」

「大丈夫、手加減するから。それに、兄さんにはこれを治す薬を作ってもらわないといけないしね。だけど、一発くらいは良いと思うんだよ?」


 多分、反撃は想定していなかったのだろう。兄は見るからに動揺し、視線を泳がせ始める。怒り具合を見て、言い訳を必死に考えている様子。


「あ、待った待った。そうだ、これから説明をしないといけないんだ。それに――」

「……隆也君」


 僕が無言で言い訳する兄へ迫ろうとした時、彩水が声が上げた。


「わ、私はとりあえず大丈夫だから……ひとまず、事情を聞こうよ」


 彼女の言葉に、兄の目がパアッと輝く。助け舟が来た。そう思っているに違いない。


「そ、そうだぞ弟よ。暴力で解決するのは、いけない」

「……今僕らに起こっている現状は、直接的じゃないけど暴力じゃないの?」

「その辺のことはひとまず置いておこう。うん。ね、彩水ちゃん。とりあえず入れてくれるかな?」

「はい」


 彩水は小さく頷き、入るよう促す。それを見て僕は怒りの矛先を失い、拳を下ろした。

 次の瞬間兄は、形勢逆転したように笑いながら声を発した。


「ほら、早く入ろう」


 僕は一度キッ! と(にら)んでから家に入る。兄さん、後で覚えておけ。


 リビングへ入る。中は僕が出入りしていた頃とそれほど変わっていなかった。四人掛けの大きい丸テーブルに、大きい黒い革のソファ。フローリングの床はピカピカで、埃一つ落ちていない。


「テーブルに掛けて」


 キッチン奥から彩水の声がした。僕はそれに従い、兄と共にテーブルに備えられた木製の椅子に着席する。

 遅れて彩水がキッチンから出てきて、向かい側に座った。その手には、赤い色合いをした飲み物が入ったプラスチック容器。


「私、これを飲んでこうなっちゃったんだ」

「トマトジュース?」


 僕は色を見て尋ねる。彩水は頷いた。


「果汁を搾って作った特性ジュースなのは、隆也君も知っていると思うけど……これに入っていたってことで、いいんだよね?」

「うん、そうだ。俺が入れた」


 平然と、兄が言い放った。


「で、元ネタはこれだ」


 そう言い、兄は僕の時と同じようにプリンタ用紙を出した。

 紙には彩水と同じ衣装を着た少女が描かれていて、端っこには『魔法少女アルティメットリーン』という、なんだか物騒な名前が書かれていた。


「アルティメットリーンって……」


 僕が文面に呻いていると、彩水があっ、と声を上げた。


「この子知ってる」

「え?」

「お姉ちゃんがコスプレしてた」

静奈しずなさん、そんなことしてるの?」


 僕が疑うように言うと、彩水は首を縦に振り、


「なんか大学のサークルでやってるんだって」


 と答えた。


 ふと思い当たる。兄さんと彩水のお姉さん――森坂(もりさか)静奈(しずな)さんは同じ大学に通う同級生で、少なからず大学でも交流があると親伝いに聞いたことがあった。

 僕は確認のために視線を横にやると、兄は深く頷いた。


「そう、これらの資料は全部静奈さんから頂いたものだ」

「……そっか」


 余計なことを吹き込まないで、静奈さん。そう思いながら、僕はがっくりとうなだれた。

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