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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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元に戻る薬

 少し興奮気味に、馬鹿兄は話す。


「ふむ、今は食事中かもしれないのだな? そうであれば食べ終わったら行動を起こすと。ならば場所を予測して張り込みたいところだな」

「勘弁してください」


 僕は頭を下げた。なんとなく両者はフィーリングが合いそうな気がする。もし二人が結託しようものなら、どうしようもない。


「……一応、推測ならつくけど」


 玲香が呟いた。余計なことをと僕は思ったが、兄が身を乗り出したので、手遅れだと理解する。


「どこに行くと思うんだ?」

「錦山」


 即答する玲香。彼女は指で毛先を弄びながら、話し始める。


「私は親に止められていたけど、幸一はよく行っていたみたいだから」

「とすると、そこにラストダンジョンを作るの?」

「多分ね。どうするかまではわからないけど」


 肩をすくめつつ、玲香は問いに答える。


「ま、幸一は飽きっぽいし、現実モードに入ると家に帰ってくるから、あまり心配していないけど」

「現実モード?」


 聞き返すと、玲香は苦笑しながら言った。


「そう。夢は世界征服なんて言っているけど、根は小心者だからね。昔からそうなのよ。何かにつけてくだらないことを始めて、そのうち何で俺はこんなことをしているんだろうと考えて、家に帰ってくる」


 なんだか中途半端に、地に足がついている人物だ。なんだろうか、現実と夢が交錯し頭を悩ませているのだろうか。


「だからラストダンジョンを作るとかだって、その内現実モードになって帰って来るよ。ひとまず薬をもらって、それを飲ませるようにするから」

「わかった。玲香がそれでいいなら」


 僕は了承し、残りの問題を整理する。変身がどうにかなるのは一安心。だが、今度は彩水の問題が頭をもたげる。


「で、どうするの?」

「……何が?」


 訊いてきた玲香に対し、僕は首をやる。

 彼女はわかっているでしょ、という風に皮肉な笑みを浮かべていた。


「私としては、友人として色々と気掛かりなわけよ」


 表情は全くそうは見えない。むしろ「この状況が永遠に続けばいい」などと考えているのがわかる。


「ま、その辺については私は触れないようにしておくよ。がんばってね~」


 茶化すように玲香は告げると、今度は兄へ告げた。


「で、薬なんですけど」

「ん? ああ。これを飲めばたちまち治るはずだ」


 言いながら、兄はカプセルの入った小瓶をテーブルの上に置く。


 僕はそれをじっと見つめ、どうしようか考える。問題は、誰が飲むかだ。兄のことだから失敗する可能性もゼロではない。こういうケースで痛い目に合っている僕は、最大級に警戒する。

 だから、先手を取って逃げの一言を告げた。


「僕は、ひとまず止めておくよ。幸一先輩のもしものケースがあるし」

「同じく」


 玲香も合わせて言う。そうなると彩水か静奈さんとなるわけだが。


「……私も、ちょっとやめておくよ」


 静奈さんが言った。その眼は、ほんの少しだけ薬に疑いを抱いているよう。だとすると残りは――


「静奈さん」


 僕が口を開いた。静奈さんは「なあに?」と陽気に言ったのだが、


「お母さんを実験体にするつもり、とか?」


 そう尋ねてみると、固まった。うーん。


「確かに、少し……もとい、かなり怖いけど……」


 小瓶を眺めながら、僕は言う。

 振り返ってみれば、こういう薬でロクなことがない。変身した今回もそうだが、ただ単に腹痛を起こす薬とかもあったわけで。なんだか怖い。


「心配いらないぞ」


 不服そうに兄が語る。


「添加物は入っていない」


 そこじゃないよ、と心の中で呟いた。だけど、ここでグダグダ言っていても始まらない。僕はおばさんに目を向けた。テレビを見るのをやめて、ソファで横になっていた。さぞ気持ちがいいだろう。


「……そうだ。幽霊だと色々実害が出るだろうし、おばさんは早く治ってもらった方がいいよね」


 なんとなく、そんな風に呟いてみたところ、静奈さんが同調した。


「そうよね。そう思うよね? ひとまずお母さんだけは戻した方がいいよね?」

「そうねぇ。確かに」


 玲香も頷く。すると兄が僕らの様子を見て目を細めた。


「……なんというか、醜いな」

「兄さん、悪いけどそれを言う資格はないよ」

 僕が一言添えると、兄は黙った。


 それからおばさんを呼んで、薬を飲ませることにする。兄が席を譲り、おばさんを座らせ、水の入ったコップを目の前に置く。


「宗佑君、これを飲んだら戻れるの?」

「はい」

「そうなの。そうね、みんなも大変でしょうし戻りましょうか」


 おばさんは答えると、カプセルとコップを手に取る。

 僕他、静奈さんや玲香、さらには兄までもが固唾を飲んで見守る。いや待て、兄さん。あんただけは自信を持っていないと駄目だろ。


 おばさんは僕らの様子に構わず、カプセルを飲み、水で流し込んだ。僕は半ば無意識に唾を飲み込む。頭の中で爆発するとかいう嫌な未来を予想する。沈黙が流れ、それが十秒程経過した時、おばさんの体に変化が現れた。


「……あら?」


 おばさんが呟いた瞬間、半透明だった体がくっきりと輪郭を現した。

 数回瞬きをした時には、体は完全に元通りになっていた。


「元に戻った」


 おばさんがポツリと言う。僕は安堵と共にゆっくりと息をついた。


「良かった。とりあえず成功みたいだ」

「うむ、まさしく」


 兄が意気揚々と腕組みをして言う。さっきまでの自信のなさが嘘のようだった。

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