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間違いだらけの空想生物、誕生

 僕、細波(さざなみ)隆也(りゅうや)の人生は、常に兄と共にあった。


 感動的な話にも繋げられそうなその言葉はしかし、ロクな意味合いを持っていない。兄である細波宗佑の趣味は、開発だった。自称マッドサイエンティストであり、僕はその実験体筆頭だったのだ。


 ある時は変な薬を飲んで丸三日間寝込み、またある時は変な掃除道具を作り暴走した挙句家が無茶苦茶になる。両親は共働きであるため、バレないこともあった。しかしひとたび露見すれば即座に雷を落としていたのだが、次第に何も言わなくなってしまった。

 学業的な成績が要因だ。兄が実験をする度に、なぜか成績が上昇していくのだ。


 結果として兄は、それこそ海外の名門大学へ飛び級入学できる程に、頭が良くなった。しかもそれは、一つの分野だけではない。薬学、物理学、化学、機械学――そうした様々な分野で全て、等しく最高の成績を収めるようになった。


 だけど、僕から見れば成績に反比例し、どうしようもなくなっていった。普段は天然ボケをかまし、実験対象になりながら僕がそれにツッコミを入れるという日常の繰り返しだった。大変不本意だったが、僕の人生はそうして繰り返され、今に至っているというわけだ。


 そんな考えを頭で巡らしている時、目を開ける。いつのまにかベッドで眠ってしまったらしい。見慣れた天井と、横には兄の顔が見えた。


「目覚めたか、隆也」


 僕を見下ろしながら、兄が言う。嫌な予感がしながらも、小さく頷く。


「さあ、隆也。生まれ変わった姿をしかと見るがいい……!」


 なんだかよくわからないテンションで、笑みを浮かべながら兄は言う。


 僕は兄を横目に見ながら上体を起こした。服装はTシャツにジーンズ姿と、部屋に戻って着替えた服装そのまま。次に周りを見てみる。同時にクーラーの音が耳に入った。少し部屋を見回したが、どうやら部屋に変化は無い。


 最後に兄に目をやる。こちらを見て、なんだか満足そうな表情。


「……兄さん」


 そこで僕は、根本的な話からすることにした。


「どうした?」

「僕の部屋に、鏡ないんだけど」


 多分自分の容姿が変化したのだろうと、兄のセリフから推測できるのだが――あいにく確認できない。

 兄は僕の言葉を聞くと、(きびす)を返し部屋を出て行った。しばらくすると、手鏡を持って戻ってくる。


「はい、どうぞ」


 なぜかうやうやしく兄は渡す。僕は嘆息しつつも自分の姿を見て――絶句した。


「は……何これ……?」


 ――僕の元々の容姿は、それこそ「地味」の一言に尽きる。黒い髪に黒い瞳であまり特徴の無い顔立ち。強いて言えば少し瞳が大きめなのが特徴かもしれないが、それでも地味の範疇は超えない。


 だけど、今の僕は違った。顔立ちに変化は無い。しかし髪は銀色、瞳は真紅。それだけでえらく変化したように見えて、何も言えなくなってしまった。


「そう、実験は成功した……!」


 兄はガッツポーズを交え、僕に告げる。


「とうとうやったんだ……俺は、この手で想像できる存在を具現化できる力を手に入れたのだ……!」

「……あの、兄さん?」


 一人世界に入りつつある兄へ、呼び掛ける。しかし反応は無く、兄は興奮しきった様子でひたすら続ける。


「長かった……ここまで来るのに長かったが……俺は……とうとう……」


 しかも号泣し始める。そんな兄に僕はドン引きしながらも、ひとまず事情を伺おうと声を掛ける。


「兄さん。興奮しているようで悪いんだけど」

「……ん?」


 兄は声に気付き、涙を袖で拭いて僕に向き直った。


「おお、すまない実験体一号。無視してしまった」

「せめて名前で呼んで……」


 がっくりとうなだれつつも、自分を指差して疑問をぶつける。


「えっと、僕はどういう状況? 想像できる存在って何?」

「よし、良いだろう。まずはそこから説明しようじゃないか」


 兄は答えると両手を大きく広げ、まくし立てるように話し出す。


「つまりだ、脳に眠っている記憶を現実世界に放出するには、その想像を具現化し解析するシステムと、思考という抽象的概念を物理的に作り出して――」

「ストップ」


 思わず兄を呼び止めた。


「わけがわからない。できれば一言二言で簡単に」

「……張り合いがないな」


 兄は言う。だけど今の話に付き合っても、満足のいく解答なんて得られないのはわかり切っていたので、詳しい話は願い下げだった。


「まあいい。わかりやすく言うと、俺が頭の中に浮かんだ想像上の存在を、この世に生み出す薬を開発したんだ」

「はあ……?」


 きょとんとなりながら聞き返す。よくわからないが、兄が思い浮かべた存在に変身させる薬と思えばいいのだろうか。


「いくつか薬を作り、その一つを隆也が飲んだオレンジジュースに入れた。そして実験は成功した。お前は――」


 兄は告げると仰々しく、かつ満面の笑みを伴い宣告した。


「――ヴァンパイアに、なったのだ」

「……はあ」


 言われて、僕は生返事をした。そんな様子に、兄は肩を少しコケさせる。


「なんだ、ずいぶん反応が薄いな」

「当然だと思うけど……」


 いきなりそんなことを言われても、ピンとくるわけがない。


 僕は釈然としないまま改めて自分の顔を見た。銀色の髪に真紅の瞳。確かに黒マントでも羽織っていれば、それっぽく見えるかもしれない。


「ヴァンパイア、ねえ……」


 自分の姿をまじまじと見ながら、考える。一応自分の髪を触ってみた。ついでに何度かまばたきをしてみる。そんな様子を見て、兄は尋ねた。


「どうした?」

「いや、念のため確認しているんだけど……カツラじゃないし、カラーコンタクトも着けられてないね」

「当たり前だ」


 胸を張って兄は答える。僕は辟易としながらも、再度問う。


「それで、ヴァンパイアになった僕は、何かあるの?」

「え? いや、実験結果をみてどうだ? という話なんだか」


 感想を聞きたいらしい。僕は小さくため息をつき――ふと枕元にある目覚まし時計を確認した。一時四十五分。帰って来てから、二時間程度だ。

 次に窓に目をやった。外は陽がサンサンと降り注いでいる。


 途端に気付く。自分の足に、太陽光が降り注いでいる。


「っ!」


 反射的に、ベッドから飛び退いた。部屋の入り口近くで、光が当たらないよう扉と背中合わせになる。


「どうした、隆也?」

「いや……太陽の光……」


 僕は言いながら、足を見た。靴下を履いているせいかわからないが、とりあえずおかしな様子はない。


「太陽?」


 兄は聞き返し、窓へ目をやる。


「太陽が、何だ?」


 さらに問う。ヴァンパイアは太陽が弱点だ――と言おうとした時、察した。


「……えっと、兄さん」

「何だ?」

「ヴァンパイアの参考文献って、何?」


 問われて、兄は真意を図りかねたのか首を傾げた。しばし視線を交錯させる僕と兄。

 やがて埒が明かないと思ったか、兄は僕を押しのけ部屋を出ていく。資料を取ってくる気なのだろう。


 少ししてから、プリンタ用紙を持ってきた。


「これだ」


 見せられたのは、一枚のイラスト。そこには僕と同じように銀髪で真紅の瞳を持ち、黒いマントをはためかせている人物がいた。イラストの端の方に名前が記載されている。見ると『ヴァンパイア グランベルト』という文字。きっとゲームか何かのキャラで、グランベルトというのは彼の名前だろう。


 僕はイラストに目をやりながら、兄へ問う。


「えっと、一つ訊きたいんだけどさ……このヴァンパイアに何か能力とか、弱点とかはあるの?」

「もちろんだ」


 質問に対し、兄は意気揚々と答える。


「驚異的な力に加え、多大な魔力を持ち、風属性の魔法を多数扱うことができる。対策としては魔法防御を高めて一撃を耐えられるようにし、低めの防御力を狙って物理攻撃を仕掛けるのがベターだ」


 ――多分、このキャラに関するゲーム内の攻略法を語っている。そうした兄の言葉と共に、僕は額に手を当て憂鬱(ゆううつ)げに息を吐いた。


「……本来のヴァンパイアの弱点って、知ってる?」

「本来? 何だ、それは?」


 聞き返された。わかっていないんだと確信できた。


「じゃあ、ヴァンパイアって何か知ってる?」

「……このキャラじゃないのか?」


 やっぱりかと、僕は思った。


 馬鹿兄は確かに様々な分野で天才的なセンスを持っているのだが、その利用方法がロクでもないことに加え、歴史とか、神話とか、小説とかの分野に関しては信じられない程疎い。結果として、兄はヴァンパイアがどういう存在なのかわからないまま、僕をヴァンパイアに仕立て上げたわけだ。


「ああうん、わかったよ。もういいよ……」


 疲れた声で、僕は話を切り上げた。なんというか、しょうもない。


「まあでも、太陽で灰になるとかよりは大分マシか……」


 僕は呟き、兄へ向き直ると改めて口を開く。


「で、兄さん。これから何がしたいの?」


 多分考えていないんだろうな、とか思いながらも訊いてみると、兄は腕組みをした。


「ああ、他の実験結果を勘案し、色々やろうと思ってな」

「は?」


 他の実験結果? 僕は聞き返そうとして――背筋が凍った。そういえばさっき、目の前の馬鹿兄は「いくつか薬を作り――」と言っていた。


「もしかして、この実験って……」

「ああ。もちろん他にもいるぞ?」

「その人って、誰?」


 恐る恐る尋ねると、兄は先ほどまでと変わらない、あっけらかんとした表情で答えた。


「隣の森坂(もりさか)さんのジュースにも混ぜておいたんだ。ほら、たまにお手製のフルーツジュースをもらうだろ? それに入れた。忍び込むのは申し訳なかったが、これも実験のため仕方が――って、おい!」


 最後まで聞かず、僕は部屋を飛び出した。いくらなんでも――そう思いながら、隣の家へと急いだ。

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