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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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最悪な遭遇

 しかし、今回の行動には続きがあった。


 途端に、静奈さんの(まと)う空気が一変する。もしかすると、ヴァンパイアに変身したからこそ察せられたのかもしれない。表現しにくいが、玲香が見せた黒いオーラのような、得も言われぬ雰囲気。

 それはきっと、サキュバスの本性を垣間見せた、静奈さんの姿だったのかもしれない。


 僕は咄嗟に声を上げようとした。心の中で彩水が危ないと感じたのかもしれない。だが寸前に、彩水が静奈さんから離れる。そして僕を見て、顔を再度赤くしながらも近寄ろうと、静奈さんの横を通り抜けようとした。

 その瞬間、静奈さんが彩水の肩に手を置いた。


「え――」


 何かあるのか。そんな風に思ったのか彩水が振り向き――いきなり、静奈さんが顔を近づけて彼女の唇を塞いだ。


「は――?」


 僕は思わず声を上げた。まさか、そんな展開になろうとは予想外も甚だしい。

 不可思議な状況に、僕は二人がキスしている光景を見ていることしかできない。だがその間に、静奈さんから発せられるサキュバスとしての雰囲気が、一層強くなった気がした。これはもしや、サキュバスの力に静奈さんが影響を受けているための行為なのか――


「ねえ、どうしたの?」


 そして、さらに悪い要素。玲香が階段から顔を出した。

 ちょっと待て――そういう声を僕は上げようとしたが遅かった。キスされて硬直する彩水の様子を、彼女がバッチリ視界に収める。


「……へ?」


 硬直し、呆然と眺める玲香。直後、彩水が我に返り静奈さんを引きはがした。

 彩水の顔は先ほどとは異なる理由で、ゆでダコのように真っ赤に染まっていた。


「な、な、な……」


 そして唇をわなわなとさせながら、彩水が口を開こうとする。だが何か発する前に、静奈さんがあははと笑う。


「いいじゃない。スキンシップだよ」


 僕の目にはそんな風に見えなかったのだが、かといって追及する勇気は無い。

 というか、そこに口を挟んだら先ほどのように迫られるかもしれないので、無言に徹する。


 しかし、観察するのは止めない。じっと静奈さんの様子を窺うと、先ほどまで放っていたサキュバスの気配が小さくなっているのを把握する。どうやら波があるらしく、先ほどの行為はその悪い特性が強く働いたのだろう。


「……あ、玲香ちゃん?」


 静奈さんは、次に階段先にいる玲香へ目をやった。


「ごめんね、心配させちゃったみたいだね」


 優しく声を向ける。言われた玲香は目を白黒させて、静奈さんと彩水を交互に見ている。

 最初は戸惑い。しかし、やがて表情が別のものへと変化してゆく。


「……ふ」


 やがて玲香から出た言葉は、不敵な笑い。


「そうよね……なんだか能力とかライバル出現とかで頭が混乱していたけど……基本的なことを忘れていたわ――」


 何を言っているのか――と、ふいに体が動いた。完全に麻痺の効果が終わり、自由に動けるようだ。僕は起き上がろうと腕に力を込め――玲香が静奈さんへ、右腕を向けた。


「――死ねぇぇぇぇ!」


 ええっ――!? 僕は驚愕し、さらに彩水も静奈さんも声に驚き、一瞬(ひる)んだ。


 驚く間に、突如玲香さんが宙に浮いた。それはきっと、衝撃波を打ち付けられたための反動――同時に轟音が耳をつんざく。当の静奈さんは部屋の中にすっ飛ばされ、ガラスを突き破り外へ放り出された。


「ちょ、ちょっと!」


 さすがの僕も、驚き窓を見た。

 外は枠などもないため、静奈さんはそのまま下へ落下してしまった。慌てて窓へ駆けより周囲を見ると、階下にお腹をさする静奈さんの姿。良かった、大丈夫らしい。


「どいて!」


 次いで後方から玲香がやって来て僕を突き飛ばし、窓の外を見る。


「ちっ……やっぱり一発じゃ倒せないか。なら連続攻撃で」

「ちょっと待った!」


 すかさず僕は叫んだ。直後、玲香がこちらを(にら)む。怖い。


「何よ?」


 明らかに怒気の混じった声で、聞き返した。思わず言葉に詰まったが、どうにか口には出す。


「あ、あの人、お姉さんだよ!?」

「だから、何?」


 即、答えが返って来た。目が血走っており、反射的に一歩退いた。ハンパじゃなく怖い。


「姉だろうが何だろうが、あの子の唇を奪ったのは許せないのよ」

「……えー」


 僕は呻くように声を上げる。どうにかして怒りを抑える方向に持っていきたかったが、今の玲香は聞きそうにない。

 どうしようか逡巡(しゅんじゅん)していると、玲香は再び窓に目をやり、ガラスの割れた窓を開けた。次の瞬間宙に浮き、外へ出ていく。


「ちょ、ちょっと!」


 言い終わらぬ内に下から轟音が聞こえ始める。まずい、本格的にまずい。僕は即座に身を翻して、部屋を出て行こうとした。

 けれどそこで、床に前のめりで倒れている彩水を発見した。


「今のでも駄目なのかよ!」


 たぶん衝撃波が間近で炸裂したので、音にびっくりして気絶したのだろう。外の音はなおも聞こえ今すぐ行きたかったが、このまま彩水を放っておくこともできない。

 僕は手早く起こそうと、彼女の肩を揺らす。


「彩水!」

「う、うん……?」


 目を開ける。僕に気付くと目をぱちくりとさせたる。


「良かった。玲香と静奈さんが喧嘩し始めて。止めないと――」


 そこまで言った時、彩水の顔に変化があった。知られた――そういう表情。


「あ、あ……」


 顔が紅潮していく。さらには抱き起されている状況に、体を強張らせる。


「あ、彩水……」


 声を掛けようとした瞬間――いきなり彩水の瞳に涙がブワッと溜まる。

 そして、僕を突き飛ばした。


「うわーん!」


 泣きながら、彩水は自分の部屋に入って行った。次に勢いよく閉められたドアの音。

 最後に残ったのは、唖然(あぜん)としながら見送った僕。


「ああ、うん……そうだよな」


 そういう状態になるよな、と思った。不本意だがこれで彩水は再起不能だ。呼んでも部屋から出てこないだろう。

 僕はため息をつきつつ、立ち上がった。まだ外の音は続いている。一度深呼吸をして階段を下る。


 心底嫌だったが、下の戦いは僕が責任を持ってどうにかしなければならないだろうと、心の中で悟った。

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