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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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唐突な、告白

「私ね」


 ポツリと、ひどく静かに語る。

 ここに至り和んだ空気が完全に冷え切り、緊張感が一気に生じる。


「――隆也君のことが、ずっと好きだったんだ」


 ――そして放たれた言葉を、僕が理解するのにはたっぷりと十秒を要した。やがて頭の中に刻まれると、クエスチョンマークが浮かんだ。


 何かの、間違いじゃないのか?


「え、えっと……」


 彩水はどう返答していいのかわからないのか、口をモゴモゴさせている。

 そんな彼女の様子に、静奈さんは尻尾を左右に振りながら、続ける。


「それはもう、他人から見たら奇妙極まりないかもしれないね。最初は何で自分がと思ったけど、その想いは事実だし、ついでだからこの機会に一気に迫ろうかと思って」


 無茶苦茶言っている。僕は咄嗟に動かない体をどうにか奮い立たせようとした。けれど、麻痺は完全に治っていない。それでも動き出そうかと思ったが、一瞬静奈さんが僕を見て中断した。ここで下手に動くのも、リスクが高い。


 けれど同時に考える。なんとなくだけど、ここにいてはいけない気がした。


「う、嘘だよね……?」


 彩水が言う。様々な感情が混ざり合っているのか、語尾が小さくなり静奈さんへ窺うような表情を見せる。


「お姉ちゃん、変身したからってそんな冗談――」

「そうだね、冗談に聞こえるかもしれないね。でも本当にそうなのか、彩水にはわかると思うよ?」


 彩水の体がビクッと震えた。そして、目が静奈さんの方へ向けられ、絞り出すように声を上げた。


「ど、どうして?」


 何かを察し、核心に触れるような口上だった。


「どうして、隆也君を?」

「錦山で遊んでいるのを見たり、それに参加したりしたのがきっかけ。私も気付いたら好きになっていたから、いつからとかは自分でもわからない」


 そこでふと、静奈さんが僕らに対してどう関係していたかを思い出す。一番大きい事項としては、錦山の子供達の監視だった。


 錦山の一件が警察沙汰になり監視が必要となった時、見張り役を一番に表明したのは静奈さんだった。理由としては、無頓着な彩水の両親に代わり不安を覚えたためだと、以前聞いたことがあった。最終的にはそれが受理され、静奈さんはちょくちょく様子を見に来ることがあった。


 僕は静奈さんの恐ろしさをよく知っているが、それが小学生の相手であれば大いにプラスに働くということも知っていた。邪気のない静奈さんは、錦山に遊びに来た僕の友人にも好かれていた。さらに彩水の友人が、静奈さんのように綺麗になりたいと言っているのを耳にしたことがある。


 そうした経緯から、静奈さんは僕を――それが嘘であるようにも(というより、僕にはそうとしか思えなかったが)感じられるが、彩水の様子からそれもなさそうだった。どうやらこのサキュバスは『自分の本能に赴くまま』行動する性質があるらしい。


 静奈さんは無言となる僕と彩水を見て、小さく息をついた。


「せっかくサキュバスになったわけだし、そういう心情も言った方がいいかなと思ったりしてね。もしできればそのまま――」

「――お姉ちゃん」


 ほんの少しだけ、怒気を込めて彩水が言った。


「とりあえず、その話は後にしようよ」

「え、誤魔化すの?」

「違うって! こんな事態だから話は後にしようってこと!」


 彩水は声を荒げて言う。だが静奈さんは納得していないのか、腕を組んだ。


「そう? ああ、でも――」


 静奈さんは尻尾をなおも振りつつ、語る。


「――彩水も隆起君のこと好きだし、本音とか言える今の内にはっきりしておいた方がいいかと思って」


 空気が、さらに凍った。この場で言ってはいけないと思われるさらなる事実を、あっさりと静奈さんが言い放った。


「あ、う……」


 ぎこちなく、彩水の視線は静奈さんへ向かう。さらに麻痺したままの僕へ注がれ――こちらはそれをただ見つめ返すしかない。

 一応、事前に(といっても知ってから一時間も経っていないが)把握していたのでさして衝撃的ではない。しかし彩水はバレていることなど知る由もなく、秘密を打ち明けられて動揺し、それが顔にはっきり表れている。


 僕は何か言おうと口を開きかけた。だが、


「あ、ごめん」


 遮るように、そして失敗したという面持ちで、静奈さんは口元に手を当てた。


「つい言っちゃった」


 僕は「実は嘘ですよ」とか取り繕うのかと思ったけど、そういうわけじゃないらしい。


「お、お姉ちゃん……」


 対する彩水は、声を震わせ応じた。それはどこか、混乱の元になった姉に対して、すがるようなトーンだった。

 同時に彩水はそれこそ、動けない僕を見て顔を真っ赤にして、静奈さんに首を向けた。


「も、もう……そんな、嘘ばっかり……」

「好きすぎて顔も満足に見れないって相談したのは、誰?」


 ここでまさかの追い打ち。

 僕はさすがに静奈さんに声を掛けようと思ったが――赤から青に変わっていく顔色と、満足に呼吸できず口をパクパクさせる彩水を見て、口出しするのも憚られた。


 その中で僕はこの状況を打破できる策を巡らせる。麻痺はまだ解けない。だがよしんば動けたとしても、こちらが行動を起こすと対峙する二人が何をしでかすかわからない。手詰まりだと認識しながら、ひとまず二人の動向を観察する。


 静奈さんが声を発したのは、決断したその時だった。


「あ、ごめんね。そういえば隆起君本人がいたんだった」


 一切謝罪の意志もなさそうな感じで、静奈さんは言う。


「ごめんねー、仲直りしようよ――」


 彼女は両手を一杯に広げ、突如彩水を抱きしめた。

 静奈さんが彩水を元気づけるための抱擁――以前、彩水が恐怖系の番組を見て泣いていた時、なだめるために静奈さんが寄り添って声を掛けていた姿が思い出された。

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