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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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甘い罠みたいな、何か

「し、静奈さん……?」


 声を震わせ、僕は尋ねた。

 先ほど動くな、と言われた通り全身が麻痺したように動けない。ただ声は出せるし、麻痺といっても身じろぎ程度はできる。


 逆に言うと、本当にそのくらいしかできない。


「さてと、次は」


 静奈さんはこちらに歩み寄り、抱える。

 本来僕を抱えるような力はほとんどないはずの静奈さんだが、力が増幅しているのか、軽々とベッドに運ぶ。


 ――って、ちょっと待て。なんでベッド?


「じゃあ、色々試させてもらうとしますかー」


 混乱する僕をよそに静奈さんは言った。


 そこではたと気付く。眠そうな目をしているのは相変わらずであったが、それは半ば本当で、半ば演技なのだと。つまり、僕をこの部屋に連れ込むのが目的で、ああした行動をしていたのではないか。


「あ、の……静奈さん、一体……?」


 僕はとりあえず時間を稼ごうと、声を上げた。

 しかし、それは遅かった。突如静奈さんがベッドにダイブしてきたのだ。


「きゃっほー!」


 ものすごく楽しげに、覆いかぶさるようにのしかかり――いきなり僕を抱きしめた。


「へ!? ちょ、ちょっと静奈さん!?」

「その様子だと隆也君はヴァンパイアなんでしょ? あー、可愛いなあ!」


 制止を余所に静奈さんは叫ぶ。

 僕の顔は男性の夢であろう胸の膨らみにぎゅうぎゅうと押し潰されて――熱い抱擁に息ができなくなる。


「んー! んー!」


 僕の手がギブ、という風にベッドを力無いまま必死に叩く。すると静奈さんは我に返ったのか、慌てて体を離した。


「ああ、ごめんごめん」


 邪気のないその顔――それを見て、はっきりと戦慄した。だが同時にそう、ここだと思う。静奈さんのこういうところに、強い畏怖を感じている。


 彼女にまつわる悲劇――それはなんのことはない。中学、高校で彼女が振った男子はそれこそ恐ろしい数に上る。それだけなら、静奈さんが単純にモテていたという事実だけで済む。しかし、話はここからだ。

 静奈さんは本当に裏表がなく、例え相手がどんな人でも同じように接する。例え女子だろうが男子だろうが同じ話だ。そしてそれは、告白された男子に対しても同じなのだ。


 そう、男子に対し告白する前と後で一切接し方が変わらないのだ。その状況下で静奈さんは、無邪気に男子へ腕を絡めたりする(静奈さんから見れば友人として接しているつもりだろう)わけだ。これは悲劇以外の何物でもない。


 僕は兄に対し相談してきた人を知っている。彼は忘れようにも延々と同じような接し方をされる事実を話し、号泣していた。そりゃそうだ。小学生で恋愛事とか興味の無い時の僕でさえ、いくらなんでも酷いだろうと思ったほどだ。

 つまりは、そうした性質から僕はなんとなく静奈さんを避けてきた。だからこそ変に意識をしないようにしてきたし、なおかつちょっとした怖さを感じるようになった。


 で、それは今ピークに差し掛かろうとしていた。麻痺して動けない僕は、クモに絡め捕られた蝶そのものであり、恐怖に怯えきっている。


「どうしたの?」


 多分不安が顔に出ていたのだろう。静奈さんは首を傾げた。

 僕はというと、この状況を切り抜けるために頭をフル回転させていた。何か、何かヤバイ気がする。一刻も早く、この場を切り抜けなければならない。


 背中に嫌な汗が出てくる。その量はヴァンパイアになって以降――いや、もしかすると人生の中で最高かもしれない。それと同時に、静奈さんが一体どんな能力を持っているのか考える。残っているのは確か――


「大丈夫?」


 その間に静奈さんが僕に声を向けてくる。

 麻痺している体で大丈夫もあったものではないが――そこで、僕の視界に黒い何かが映った。見ると、彼女のワンピースの裾から黒い尻尾が伸びている。


 サキュバス――すぐに察した。それは確か男性を誘惑する悪魔。なるほど、そういう変化ならば、こうしたシチュエーションになるのはなんとなく理解できる。


「あ、あの静奈さん」


 僕はやや取り繕うように声を上げた。静奈さんがこちらを見て、小さく微笑む。


「なあに?」

「えっと、教えて欲しいんですけど、今から何をするんですか?」

「えっとねぇ」


 まな板の鯉の僕を見て、静奈さんはにこやかに言う。


「ひとまず、ズボンとか脱ごうか」

「……はいっ!?」


 思わず叫んだ。言葉の直後、静奈さんは顔をぐっと寄せる。視界一杯に静奈さんの表情が見える。トロンとしている瞳に、吸い込まれるような感覚を抱く。


「中学生だし、初めてよね?」

「な、何を……?」


 なんだか話が変な方向に行き始めている。時間を稼ごうとして言葉を紡ごうとするが、その前に再び抱擁され、口答えできなくなる。


「そんなこと、言わなくてもわかるんじゃないの?」


 すかしながら問うと、さらに顔を近づける。

 同時に軽く香水の匂いがした。僕は最後の抵抗と体を身じろぎする――けれど、全く意味が無かった。


「じゃあ、始めましょう」


 と、なんだかお菓子でも作り始める勢いで、僕のズボンのベルトに手を掛けた。


「待った待った待った!」


 慌てて制止する。静奈さんは再度僕に顔を近づけ、コロコロと笑いながら尋ねてくる。


「どうしたの?」

「い、いや……その、こういうの、良くないと思うんですよ……」


 とにかく、やめさせないと――そう結論付け、説得に舵を切る。

 状況を分析すると、下に彩水や玲香がいるが、こちらに来る保証はどこにもない。ならば、この場は僕一人で切り抜ける必要がある。


 そして体はまともに動かない――勝機は、この麻痺が解けるまでの時間を稼ぐこと。動けるようになれば、ヴァンパイアの力で無理矢理部屋を脱することも可能だ。


「あの、ですね……静奈さん」


 僕はとにかく、話し掛けることにした。静奈さんは行為を止めて目を合わせ、話を聞く構え。

 というか、じっと見つめられて、やたら胸がドキドキする。


「あ、と……」


 それが悪い方向にいってしまった。言葉が詰まって口が閉じる。心は言葉を発せと急かす。早く、早く何か喋らないと――


 けれど、後が続かなかった。対する静奈さんは、にっこりと微笑み僕に尋ねた。

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