マイペースなお姉さんと、嫌な予感
「実験は成功?」
静菜さんの無邪気な問いに、馬鹿兄は深々と頷いた。
「ああ、まあな。ちなみに、君の持っていったお茶にも入れてしまったんだが、問題ないのか?」
「うん、大丈夫だよー」
わかっているのかいないのか。声から本当に理解しているのか怪しい。玲香も同じ心境のようで、僕に困惑した視線を向けてくる。
「でも、確かに飲んで少ししたら頭がポカポカしてきたねー」
それは熱中症とかじゃないのか? 内心不安になったが、彼女は笑ってきちんと立っている様子だし、可能性は低いと思った。
「とりあえず、彩水。私もジュース欲しいな」
「あ、うん」
あくまでマイペースに静奈さんは言うと、彩水は頷いて冷蔵庫の方へ歩いていく。
対する静奈さんは微笑みながらこちらに歩み寄り始めた――けど、足取りがずいぶんと拙い。
「大丈夫ですか?」
玲香が訊くと、静奈さんは「うんうん」と口で言いながら頷き、よたよたした足取りで玲香の前の席へと回り込み、座る。
直後「あははは」と笑い、心底不安にさせる。さすがにこれは、いつもの姿じゃない。
「はい、どうぞ」
彩水が背後からジュースを出す。
静奈さんは「ありがとう」と答えながら、それを飲んだ。コクコクと喉を鳴らし、おいしそうに一気飲みする。
「おかわりする?」
「ううん、大丈夫。ありがとー」
静奈さんは飲んでから言うと、彩水へコップを返す。
「それで宗佑さん。これで飲んだ人は全員?」
静奈さんは眠たそうに小さく欠伸をして尋ねる。よくよく見ると、なんだか頬が少し赤い。お酒でも入っているのかと思ったが、あいにくそういった臭いはしてこない。
「ああ、これで全員らしい」
そうした様子に兄は気付いたのか、眉をひそめながら返答した。
「そっかぁ……」
眠たそうにこちらを見る静奈さん。そんな様子を見て、僕は声を上げた。
「あの、眠いんですか?」
「うん? うん、確かに」
こちらに向けられている目は、トロンとしている。けど、なんとなく嫌な予感を覚えた。なんだろう、変な胸騒ぎがする。
「少し寝るよ」
言うと、静奈さんは立ち上がった。その行動に対し、彩水が声を上げる。
「あ、お姉ちゃん。ちゃんと行ける?」
「少し頭がフラフラするねー」
静奈さんは同じトーンで返答する。熱でもあるのか、それともジュースを飲んだ原因によりそうなっているのかわからないが、おかしいのは間違いない。
「じゃあおやすみー」
けれど周りの様子もなんのその。相変わらず間延びした声で、静奈さんはリビングを出て行こうとする。
しかし、やはりというかなんというか、フラフラで千鳥足。しかも帰って来た時よりもひどくなっている。
「ああ、っと……!」
彩水が声を出し慌てて駆け寄ろうとした時、僕は静奈さんに駆け寄り、体を支えた。
「とりあえず、僕が部屋まで送るよ」
「そう……じゃあ、お願い」
提案に彩水は頷いた。
静奈さんは「ごめんねー」と照れ笑いを浮かべつつ、僕の腕に支えられてリビングを出て、階段を上がり始めた。
ヴァンパイアという変化があるせいなのか、かなり楽に上がることができた。こればっかりは、この能力に感謝しなければならないだろう。
二階は当然ながら冷房などないので、蒸し暑い。それを我慢しながら静奈さんの部屋を開ける。中はひどくシンプルで、勉強机とベッドと洋服ダンス程度しか大きい家具が無い部屋。
机の上にあったリモコンを手に取り、冷房をつける。さらに静奈さんを支えたままベッドの上に寝かせた。
「ふう」
腕を離すと、ベッドの上で静奈さんは小さく笑う。
「ごめんねー、隆也君」
「いえ。むしろこのまま騒動が収まるまで寝ていた方がいいと思いますよ」
僕はそう言って部屋を出て行こうとする。その時、
「ねえ、隆起君」
「はい?」
静奈さんから呼び掛けられ、僕は振り向く。
視界に見えたのは、相も変わらずボケーっとした静奈さんの表情。
だけど、ふいに悪寒を覚えた。それはどこか――そう、何か得体の知れない存在に出会ってしまったような、そんな感覚。
「閉まれー」
静奈さんはずいぶん間延びした声で言った。
直後開いていた部屋のドアが、突如バタンと閉ざされる。
「え……」
首をやって確認し、再び静奈さんへ視線を移し――目が合う。
「動くな」
限りなく優しい声音で、静奈さんが告げた。その直後、いきなり全身の力が抜け、床に座り込む。
「……へ?」
「ふっふっふ、これが私の力なのだよ。念力的な力と、人を少しだけ操る力……それが、私の力」
驚愕している間に静奈さんは立ち上がり、胸を張った。
「色々試行錯誤して、どんな能力を持っているかわかったからねー。こういうこともできたりするんだよー」
声の調子は全く変わっていない。でも纏う雰囲気は、帰って来た時とは大きく異なっていた。それは、行ってみれば小悪魔的な――いや、そんな可愛げのあるものではないかもしれない。
今の静奈さんは言ってみれば、無邪気極まりなく、それこそ遊んでいるような雰囲気。だがそれが僕をさらに不安へ陥れる。
さらに言えば、僕や彩水のような特殊な力を持っているとなると、危機感も倍増だった。




