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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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自覚する感情

「……死ぬかと思ったじゃない」


 落ち着いた直後、玲香が僕に言い放つ。それはこちらも同じだ。


「いや、僕も心臓止まるかと思った」

「実は私を亡き者にしようと、仕組んだわけじゃないよね?」

「それだったら、僕が飛んでるのおかしいだろ?」

「……確かに」


 玲香は同意しつつ、地面に座り込む。同時に何かに気付いたのように呟いた。


「よくよく考えれば、飛ばされている間に念力使えば良かったのかな」

「そうだね」

「はあ、そっか……とりあえず、あんたの魔法は、使わない方がよさそうね」

「うん、全くだ」


 確信しながら、首肯した。味方どころか自分まで巻き込むような魔法を、使うべきじゃないだろう。


 僕は一息つくと、先ほどの光景を思い起こす。状況を察した時の狼狽ぶりは、未だに体を震わせる。それに加え、対外的な状況を危惧した。翌日の新聞とかで『怪奇! 空を飛ぶ人間!』とか書かれないだろうか。大丈夫だろうか。


「……なんか、気持ちいわね」


 そんな心情を余所に、玲香が声を上げた。


 辺りを見ると、昼を超えた時刻だというのに気温は低めで、木陰ということもあり、涼しかった。僕の魔法とは異なる、自然の風がどこからか流れてきて、頬をくすぐる。


「……あれ?」


 僕は呟き、自分のいる場所に気付いた。錦山の中腹なのは察していたが、ここがそうだとは思わなかった。


「どうしたの?」

 声に反応し、玲香が問う。僕は無言で立ち上がった。左右を見回した後、横手にある一本の木が目に入る。


「あ、やっぱりこれだ。懐かしいな」


 大木を見ながら呟く。

 目に見える木は他の物と大差ない、ごくごく普通のブナの木。だけど見覚えがあった。小学生にしては登りやすい枝の配置だったので、よく登って上から景色を見下ろしていたりしたのだ。


「それって、よく登ったブナの木?」


 玲香が尋ねてくる。きっと彼女は彩水から話を聞いていたのだろう。

 こちらが頷くと、なんだか少し恨めし気に僕を見る。


「私も、錦山に通っていれば良かったかなぁ」

「村山さんは、ここには来なかったの?」

「家は結構厳しかったからね。警察まで呼ばれたことのある危ない場所なんて、足を向けた瞬間止められてた」

「そっか」


 僕は答えて、自分はどうだったろうと思い出す。


 兄の存在がいたせいか、少々無茶してもあまり咎められることはなかった。一方の彩水は、母親がかなり穏やか(幽霊になってしまった現状は、それがさらに強くなったとみていい)なので、さほど言及することがなかった。良く言えば自主性を重んじる。悪く言えば放任の家庭だったのだ。


「はあ。なんだかな」


 玲香がふいに呟いた。なんだか()に落ちた様子。


「隆也君ってさ、いつもそうなの?」

「……いつもって?」

「こんなわけのわからない事態に、いつもそんな達観しているの?」

「達観って……僕はかなり動揺しているつもりけど」


 あまり顔に出ていないのだろうか――いや、もしかすると慣れという恐ろしい適応性が、ヴァンパイアになってもさして動揺させていない理由の一つになっているのかもしれない。


 だけど、こちらからすれば玲香だって同じように見える。


「そういう玲香だって、結構落ち着いているじゃないか」

「そりゃあ、二人が来て理由を話してくれたからね。言っておくけど、私も変化した時死ぬほど動揺したわよ。いきなり念力使えて空中浮遊までできたのよ? 思わず警察と救急車呼びそうになったもん」


 呼んでどうするのか、とは訊かなかった。確かに錯乱してそうなってもおかしくないと、心のどこかで思ったりした。

 こちらが無言でいると、彼女は続ける。


「まあでも、なんとなく納得したわ。なんていうか、隆也君は多分、誰かに頼られそうな雰囲気だもんね。そりゃそうなるわ」


 言って、彼女は彩水を見た。僕も釣られて彩水を見る。まだ気絶したままの姿を見て、僕はようやく、玲香の最初の時口走っていたことを分析できた。


「……えっと」


 そして、なんというか。出てきた結論に、うろたえる。


「今頃気付いたの?」


 呆れた様子で、玲香が尋ねた。僕は首肯しようとして――反論する。


「いや、ちょっと待って。あのさ、僕らは中学になって疎遠になったわけで」

「そりゃそうよ」

「何で?」

「あんたを見る度に顔が真っ赤になるらしいから。面と向かえなかったんじゃない?」


 玲香の言葉に、僕は絶句した。さらに彩水を見返して、頭をかく。


「ああ、っと……その……」

「ま、その辺のことは置いときましょ。後でいいでしょ、別に」


 玲香は長くなると思ったのか、そうやって話を切り上げた。


「ああそれと、さっきは悪かったよ。なんというか、今まで溜まっていたフラストレーションみたいなものが、あんたを見て爆発したというか」

「……そう」


 僕は呟いて、それ以上は何も言わなかった。そうした様子を見て、彼女はピッと指を立てる。


「だけど、一つ言っておくよ」

「な、何?」

「あきらめてないからね、私」


 なぜかいきなりライバル宣言。どう返していいかわからず、二の句が継げられなくなる。


「さて、じゃあそろそろ行こうか」


 玲香はさらに話は終わりだと言わんばかりに手をパンパンと叩く。その後彩水へ歩み寄ると、いきなりおぶった。


「あ、あのさ」

「先に、行ってるわよ」


 何かを言う前に、玲香はくるりと背を向けた。直後、彼女の足が浮いて――瞬きした後はかなり前方にいた。


「え、ちょっと――!」


 超能力だろう。戸惑っている間に、姿が見えなくなった。


 彩水のことで気が動転しつつも、どうにか頭を回転させてどうしようか考える。

 初めに思ったのは、玲香が超能力ですっ飛んで行った事実。


「……良かったのかな、あれ」


 誰かに見られないだろうか。しかしあの速さなら誰かに見られてもわからないか――いや、怪奇現象としてやっぱり新聞とかに載るのだろうか。


「……考えるの、やめるか」


 呟いて、思考をシャットアウトした。

 考えるのが馬鹿らしかったし、何より僕が気に掛ける話でもない、と心の中で断じた。そうなったらそうなった時考えようと思い、歩き出そうとして――ふと振り返る。よく登ったブナの木を、眺める。


 彩水は昔結構やんちゃで、下手をすると僕よりも好奇心旺盛で、色々と駆けずり回っていた。あの木にも時には二人で登ったこともあった。傍から見れば無鉄砲に見えたかもしれないそんな彼女と、僕は小学生の時ずっと一緒にいた。


「彩水が、ねぇ……」


 実感なく、僕は呟く――だが考えると同時に、少し顔が赤くなってくる。


「とりあえず、全部解決してから考えよう」


 難題が増えたような気がして、僕は呻くように呟き棚上げを決心した。

 軟弱物に見られるかもしれないが、ひとまず今の事態を解決させないことには、進展できないのもまた事実。


 ブナの気から目を離し、再び歩き出した。山には空き地があるのだが、そこからは距離があるので、人に見つかるようなこともないだろう。


 ポケットから携帯を取り出し、時間を確認。針が三時半を指そうとしていた。

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