戦いの結末
「……あれ?」
僕は呟きながら、腹部に手を当てた。ちっとも痛くない。
「直撃、したよね? 今」
「……うん」
こちらの問いに、神妙な面持ちで玲香は頷く。
僕は何度もお腹をさする。だけど、やはり痛みは無い。
「……設定上、威力が少ないのか?」
兄が、唐突に呟いた。見ると、腕を組み僕に視線を送っている。
「データとかで力の上下を決めたわけではないが、どうやら攻撃が通用していないようだな。これは少しばかり、想定外だ」
声を聞いて、僕は深いため息をついた。
どうやら、まともに攻撃を受けても大丈夫らしい。そう思い玲香に目をやると――不服そうな彼女の顔があった。なおかつ、オーラのエフェクトは黒のまま。
「あ、あの、村山さん」
「――問答無用」
死刑を宣告するように告げると、彼女は跳んだ。
それは空中浮遊でもしているかのような優雅な動きで、一瞬で僕の間近まで迫る。
「へ? ちょっと――」
何かを言う前に、衝撃波が炸裂した。今度は腹部ではなく顔。首が後方に傾げ、衝撃で思考が止まるが、やっぱり痛くはない。
だけど今度はバランスを崩して、倒れ込んだ。そこで、玲香の右手が僕の胸に突き付けられた。彼女の顔は、太陽の逆光でほとんど見えない。
「一発じゃ駄目そうだけど、連発ならどうかな?」
「え、ちょっと、待って――」
言い終わらぬうちに、衝撃波の雨が僕に降り注いだ。
でも痛くはない。けど、衝撃が体を打ちつけるため一切動けない。たまに顔に当たると息ができなくなる。轟音と衝撃で完全に思考が止まりそうになり――それをどうにか奮い立たせて、僕は叫んだ。
「ス、ストップ――!」
それと共に、右手を玲香へ差し向ける。彼女は反撃だと悟ったのか、即座に身を退いた。
攻撃が止み、僕は上体を起こす。結局痛みは無い。けれど先ほどの応酬による残響音が、鼓膜を震わせ不快な音を出していた。
周囲を見る。攻撃のせいか、横になっていた庭先の周囲が、穴ぼこだらけになっていた。
「ふむ、やはり通用しないようだな。計算ミスか?」
兄がこちらを見ながら分析した。僕はなんだか生きた心地のしないまま、無感動にその言葉を受け取る。
だけど、納得しない人間が一人。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
死ぬほど悔しそうに、玲香が声を上げた。
「なんとか通用する方法ないんですか!?」
「通用する方法か。それはありてい言って、どの程度?」
「彼が死ぬくらい」
あっさりと言い放った。その潔さにこちらは呆然となる。兄はさすがに止めるか、と思ったのだが、
「うーん、あの防御能力を破り心臓を貫くレベルの威力か」
実験思考モードらしく、僕を殺す策を考え始めた。最悪だ。
「そうだな……攻撃が通用しない以上、他の方法……例えばかなり重量のある物を直接ぶつけるといったやり方が一つの手か。隆也がなっているヴァンパイアの防御能力は計算しないとわからないが、極端に重い物ならば、通用するはずだ」
「重量?」
玲香が聞き返す。兄は庭先の一点を指差した。
そこにあるのは、一本の柿木。結構育っており、彩水の家の一階ほどの高さはある。
「あんな感じの物」
「そう」
玲香は言うと、僕に怪しい笑みを浮かべた。
何をするのか――そう思った直後、いきなり彼女は腕を木に向かってかざした。
次の瞬間――いきなり柿木が垂直に上がり、地面から抜け出た。僕はその光景に目が点となり――玲香の叫び声を耳にした。
「死ねぇぇぇぇ!」
無慈悲なまでの殺意を込め、木を大上段から振り下ろす――さすがの僕も、耐え切れず大声を上げた。
「――だああぁぁぁぁっ!」
叫びながら慌てて避けた――が、彼女の想いの力(としか考えられない)が通じたのか、避けるより早く襲い掛かってくる。
駄目だ、どう考えてもかわせない。そう思うと僕は咄嗟に両腕を交差させブロックするように腕を突き出した。柿木が腕と衝突し、声にならない衝撃が僕を包む。
「おお、すごい――!」
「ちょっと、玲香ちゃん――!」
兄の感嘆の声と、彩水の咎める声が聞こえる。
その時、僕の両腕が木と衝突して打ち負かし――柿木が、半ばから折れた。
「……し、死ぬかと思った」
ズウン、と木が重い音を立てて地面に落ちる。
僕は玲香を見やると彼女は口惜しそうに、こちらを眺めていた。なぜそんなに僕を亡き者としたいのか。
玲香は歯ぎしりしながら、兄へ目をやった。すると馬鹿兄は口元に手を当て、折れた木を見ながら考え始める。
「あれでも倒せないか……ふむ、物理攻撃が弱点だったはずなのだが」
横では兄が思案し始めた。きっとヴァンパイアの元ネタとなった、あのイラストを思い浮かべているに違いない。
「まあいい。ただあれで通用しないとなると、今度は車で持ち出さないと無理そうだな」
「わかった。車ね」
「待った待った!」
僕は慌てて二人を制止した。ここでさらに攻撃が加えられたら、いつか本当に死んでしまう。
「ちょっと、玲香ちゃん」
合わせるように、彩水が玲香へ呼び掛けた。さらに別のサンダルを履いて、彼女の近くに行く。
さすがの事態に、少し怒り気味。そこで玲香は、はっと我に返ったかばつ悪そうな表情を浮かべ、先手を取るように告げた。
「いや、その。あのくらいはやらないと実験にならないでしょ?」
いくらなんでも、その言い訳は無理だろう――心の中で呟くと、予想通り彩水の表情は変わらないまま。玲香は乾いた笑い声を上げ、彩水の反応を待つしかない。
両者のしばし無言で視線を交錯させ――やがて玲香が笑いを収め、根負けした。
「ごめんなさい」
そして土下座。なんだこの状況。
「……反省してる?」
「はい。してます」
限りなく疑わしいが、彩水もそれ以上追及するつもりがないのか、小さく息をつき、僕を見た。
「ごめん、隆也君。色々と……」
「ああ、まあ気にしないで」
僕は疲れた声で応じた。
なんというか、もうそろそろ勘弁願いたかった。兄は神妙な面持ちで分析をしている様子だし、彩水は申し訳なさそうな顔をしているし、玲香に至っては土下座の体勢のままである。正直空気が重くなりそうなので、話を切り上げたかった。




