無理強いな実験
「ねえ、さすがにこのまま待つのも退屈だし、少しくらい能力を確認してもいいんじゃない? バトルロワイヤルなんて物騒な話は、しないけどさ」
唐突な提言。僕は押し黙り、彼女の顔を見る。
微笑は微笑。だけどやっぱり恐怖を抱く。隙あらば心の臓を貫いてみせる――肩の手が、そんな風に語っている。
「玲香ちゃん、それはさすがに……」
彩水から助け舟が来た。僕がすがるように目をやると、彼女は玲香を諭すように、続ける。
「下手に行動すると人の迷惑になるかもしれないし、変なことしないほうが……」
「でもさ、少しくらい試してもいいじゃない?」
僕の肩に手を置いたまま、玲香は反論する。
「それにほら、庭先でやる程度なら見つかることもないよ」
言いながら、空いた手で陽が入る縁側を指差し、続ける。
「危なくなったらやめればいいよ。それに、もし緊急事態に陥ったりした場合、何か役に立つかもしれないよ」
――その緊急事態にならないよう何もしないんだよ、と言いたかった。でも置かれた手が徐々に肩に食い込み始め、今答えたらヤバイと頭が警告する。
「ねえねえ。ちょっとくらいはいいじゃない?」
懇願する玲香に対し、彩水の目が僅かに揺れた。
いかん、このままでは完全に彩水は玲香のペースに巻き込まれる。僕は何か声を発しようとした――だけど、肩に爪を立てられこちらの発言を潰してくる。痛い。
「ねえねえ、私も変わって少しくらい試したいんだよぉ。いいじゃん、迷惑にならなければいいんでしょ?」
「……う、うん」
彩水はとうとう、同意してしまった。途端に手が離れ、僕は肩を軽く抑えつつ振り向く。
そこには無邪気に喜ぶ玲香――が、深い憎悪の目で僕を見ていた。
あの、そういう視線をする会話ではなかったように思えるんだけど。
「じゃあ善は急げっていうし、早速試そう! ほら、隆也君付き合って!」
「え、ちょ、ちょっと――」
「ヴァンパイアなんでしょ? それくらいできるしょ?」
問いながら彼女は僕の背中をグイグイと押す。完全にペースに巻き込まれている。
僕は拒否しようと声を上げようとして――兄が「ほう」と小さく呟くのを耳にした。
視線を送ると、兄は何かを察したかのように顎に手をやり、こちらを眺めている。
その間に縁側に連れ出される。玲香は近くにあったサンダルをつっかけ、対峙するよう手で促す。僕はふと後方を見た。なんだか申し訳なさそうにする彩水の姿。
「ご、ごめん……ああなったら玲香ちゃん、聞かなくて……」
多分普段からこういうやり取りなのだろう。玲香は押しの強い性格で、早々に彩水が白旗を上げたのも、そうした要因があるためだと言ってよさそうだ。
僕は次に兄に目をやる。ニヤニヤしていた。毎週楽しみにしているテレビ番組を正座して待ち構えているような、何かを期待した目。
どうやら玲香を止めてくれる相手はいないようだ。僕は心の中で意を決し、サンダル履いて彼女と向かい合った。
おそらく、さっきのような衝撃波を放つのだと推測できた。けど、ここは彩水の家だ。そんなに無茶はしないだろう――そう高をくくって、玲香を見据えた。
「――え」
直後、思わず呻いた。
対峙する距離は五メートルくらい。僕には玲香の表情がくっきりと見え――負のオーラに包まれた笑みをしかと見た。もしこれがアニメなら、背後に紫色のモヤモヤがエフェクトで表現されていたかもしれない。
途端に逃げ出したくなる。なんだろう、彼女の目には僕が親の仇に見えるのだろうか。
「さて、それじゃあ始めようか」
言うと、笑みが消えた――背後のオーラが紫色から黒に変わり、手をかざす。
「い――!?」
呻く間もなく、本能に任せ横に避けた。
瞬間、立っていた地面を大きく巻き上げ、抉るような衝撃が発生し、風圧が僕にもはっきりと感じられた。さらに大砲でもぶっ放したのかというくらい、土砂が舞い上がる。
「れ、玲香ちゃ――!」
さすがの彩水も声を上げた。だが攻撃や止まらない。僕が避けた場所に、さらに衝撃波を打ち込む。
先ほど玲香の家でやっていた時とは大きく異なり、僕だけをピンポイントに、正確に射抜いてくる。おい、何でいきなりスナイパーになってるんだ!?
「何よ! 当たらなかったら実験にならないじゃない!」
声が飛んでくるが、この状況で当たりに行くなんて、とてもじゃないができない。
僕は轟音立てる衝撃波を、何度も避ける。ヴァンパイアということで身体能力が上がっているのか、軽快に動くことができるため、思った以上に余裕なのが幸いだ。
だが玲香はそれを読み取ったか、一度深呼吸をして、勢いよく腕を振った。すると、一個ではなく複数の衝撃波が、一度に襲い掛かってくる。
僕は着弾場所を呼んで避ける――しかし、追撃として放った一個が、回避不能のタイミングで飛来してくる――
「入った!」
なぜかそこで、兄の狂喜する声が聞こえた。
こんな有様だが、やはりデータは取りたいらしい。胸中で馬鹿兄にこのやろうと悪態を付きつつ、迫りくる衝撃波を知覚した。
それが真正面から僕の腹部に直撃する。耳の奥でドゴン、というかなり重い音が聞こえ、骨でも砕けたか――などと背筋が凍るような予感を覚えた。
衝撃が体中に響く中、玲香を見る。彼女は満面の笑みを浮かべ、なおかつガッツポーズまでしていた。
そうした光景を見ながら僕は、庭先で倒れ――なかった。衝撃で後退はしたが、二本の足で立ち、体勢を整える。
「……へ?」
玲香にとっても、それは予想外だったのだろう。僕の反応を見て素っ頓狂な声を上げた。
見ると、縁側にいる兄も眉をひそめている。彩水もまた、きょとんとした瞳を僕に投げかけている。
そして当の僕はと言うと――多分同じような顔をしているはずだった。




